DNA結合剤の電子材料としての新しい機能を開拓 ~抗がん剤が有機半導体材料になる~

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2019-09-25 京都大学

崔旭鎮 工学研究科博士課程学生(現・韓国・POSTECH研究員)、関修平 同教授らの研究グループは、Fengjiao Zhang 米国・イリノイ大学アーバナーシャンペイン校博士研究員、Prapti Kafle 同博士課程学生、Ying Diao 同助教、Jérôme Cornil ベルギー・モンス大学グループリーダー、David Beljonne 同グループリーダーらと共同で、抗がん剤として用いられるDNA結合剤Ellipticine(エリプチシン)が高い電荷輸送特性を示し、有機半導体としても優れた材料となることを発見しました。
エリプチシンは有機半導体の必須の特徴であるπ共役性と、生体分子によく見られる水素結合性を併せ持つ分子です。一般に、水素結合を有する分子は高い熱力学的な安定性を示すものの、電気伝導性の発現において重要な電子や正孔を注入した場合、水素結合の形成のもととなる官能基がそれらの電荷を捕まえてしまうことが多く、高い伝導特性はほとんど期待できませんでした。
本研究によって、水素結合はエリプチシン分子間の距離を著しく短縮しつつその固体構造を安定化し、電気伝導のための経路の構築に十分に資することが明らかになりました。さらに、マイクロ波伝導性評価法を用いてエリプチシン配向固体中の異方的な電気伝導特性を非接触・非破壊で測定し、電気伝導に対するπ共役と水素結合の寄与を分離することに成功しました。また、本結果をもとに電界効果型トランジスタ素子を形成し、実際に異方伝導特性を伴って動作することを確認しました。
本研究は水素結合を介した有機半導体中の電子伝導を直接的に観測した初めての研究です。
本研究成果は、2019年9月16日に、国際学術誌「Nature Communication」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究で行った実験の概念図。左:FP-TRMC法、右:FI-TRMC法。

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41467-019-12248-9

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/244143

Fengjiao Zhang, Vincent Lemaur, Wookjin Choi, Prapti Kafle, Shu Seki, Jérôme Cornil, David Beljonne & Ying Diao (2019). Repurposing DNA-binding agents as H-bonded organic semiconductors. Nature Communications, 10:4217.

  • 日刊工業新聞(9月24日 20面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

DNA 結合剤の電子材料としての新しい機能を開拓
―抗がん剤が有機半導体材料になる―

概要
京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 崔旭鎮 博士課程学生(研究当時、現:韓国 POSTECH 研究員)、 関修平 同教授らのグループは、米国イリノイ大学アーバナーシャンペイン校 化学・生物分子工学専攻 Fengjiao Zhang 博士研究員、Prapti Kafle 同博士課程学生、Ying Diao 同助教、ベルギー王国モンス大学 新 材料化学研究所 Jérôme Cornil グループリーダー、David Beljonne 同グループリーダーらと共同で、抗がん 剤として用いられる DNA 結合剤 Ellipticine(エリプチシン)が高い電荷輸送特性を示し、有機半導体として も優れた材料となることを発見しました。
エリプチシンは有機半導体の必須の特徴であるπ共役性と、生体分子によく見られる水素結合性を併せ持つ 分子です。一般に、水素結合を有する分子は高い熱力学的な安定性を示すものの、電気伝導性の発現において 重要な電子や正孔を注入した場合、水素結合の形成のもととなる官能基がそれらの電荷を捕まえてしまうこと が多く、高い伝導特性はほとんど期待できませんでした。分析の結果、水素結合はエリプチシン分子間の距離 を著しく短縮しつつその固体構造を安定化し、電気伝導のための経路の構築に十分に資することが明らかにな りました。本研究では、マイクロ波伝導性評価法を用いてエリプチシン配向固体中の異方的な電気伝導特性を 非接触・非破壊で測定し、電気伝導に対するπ共役と水素結合の寄与を分離することに成功しました。また、 この結果をもとに電界効果型トランジスタ素子を形成し、実際に異方伝導特性を伴って動作することを確認し ました。本研究は水素結合を介した有機半導体中の電子伝導を直接的に観測した初めての研究になります。
本研究成果は、2019 年 9 月 16 日に国際学術誌「Nature Communication」にオンライン公開されました。

1.背景
有機エレクトロニクスで用いられている有機半導体は一般にπ共役を有する分子であり、π共役系間の相互 作用が高い電気伝導に大きく寄与すると考えられています。一方、生理活性を有する生体分子は電気伝導性を 持たないと思われがちですが、一部の生体分子は有機半導体と同様にπ共役を有しており、実際の生理反応下 でも電子のやり取りを行っています。このような生体分子は有機半導体と同様に電気伝導性を示す可能性があ りますが、明確にπ共役構造と水素結合部位が幾何学的に分離した DNA などの例を除いて、これまで詳細に 調べられるケースはあまりありませんでした。また、生体分子には一般的な有機半導体とは異なり、生体内で の相互作用の鍵として、強い 「水素結合」を形成する官能基を有していることが多くあります。水素結合は生 体分子が互いに寄り集まるための原動力になりますが、近年、水素結合を担う水素原子が電子輸送と協奏する 例の発見から、電子伝導の経路としての可能性も指摘されつつあります。しかしながら、電子伝導に対する水 素結合とπ共役の寄与を分離するのは難しく、水素結合を通した電子伝導に関する明確な観測結果はありませ んでした。

2.研究手法・成果
この研究では抗がん剤として使われているエリプチシンの電気伝導性を調べました。エリプチシンは植物か ら抽出されたアルカノイドの抗がん剤で、DNA の塩基の間に入り込み、DNA の複製を妨げることで抗がん作 用を引き起こします。その抗がん作用機構から分かるように、エリプチシンは DNA に入り込むための高い平 面性と強い水素結合性を有しています。そのため、高い結晶性を示し、エリプチシン分子が規則正しく並んだ 薄膜を形成することが可能です。この研究ではブレードでエリプチシン溶液をゆっくり押し広げながら薄膜を 形成する手法を用いて、配向方向の揃ったエリプチシン薄膜を作製しました。
エリプチシン結晶が優れた特性を示す有機半導体と同程度のπ-π相互作用有していることを、量子化学計 算結果より示しました。この過程で、水素結合はエリプチシン分子が寄り集まるための原動力であり、水素結 合が無いと仮定すると分子間距離は2倍にも離れ、電子相互作用が激減すること予測されています。一方で、 水素結合は単純に分子間距離を縮めているだけでなく、水素結合を通した電子移動相互作用も高いことが 計 算結果より確かめられました。
この実験的な検証として、本研究ではマイクロ波を用いた伝導性測定を行いました。マイクロ波伝導度測定 法は非接触的に物質の伝導度を測定する手法で、電子とマイクロ波の相互作用による吸収を測定するため、外 因を排除した物質の本質的な電子伝導特性を評価することができます。レーザーを用いて物質中に電子を発生 させる FP-TRMC(Flash Photolysis Time Resolved Microwave Conductivity:光励起・時間分解マイクロ波 伝導度)測定法によってエリプチシン薄膜の伝導度を測定したところ、π共役の折り重なる方向への伝導度が 水素結合方向より 1.5 倍程度大きいことが観測されました。また、見積もられた電荷移動度も代表的な有機半 導体であるペンタセンと同程度であり、エリプチシンが有機半導体として優れた特性を持っていることを 示しました。さらに、電場を用いて電子を注入する FI-TRMC(Field Induced Time Resolved Microwave Conductivity:電場誘起時間分解マイクロ波伝導度)測定法では、エリプチシンの電荷キャリア移動度がπ 共役方向へは 6.5 cm2V -1s -1、水素結合方向へは 4.2 cm2V -1s -1 と測定され、FP-TRMC と良い相関を示し ました。また、この数値はペンタセンが示した 6.3 cm2V -1s -1とほぼ同程度の伝導性を示しています。

3.波及効果、今後の予定
これまでの先入観とは対照的に、今回の発見では生体分子のなかにも高い電気伝導性を有する分子があり うることが明らかになりました。新薬開発過程で生まれるさまざまな分子の中、新薬として採用されるのは ごくわずかでしかありません。しかし、その中で生まれた分子に有機半導体としての新たな役割を与えるこ とで、材料開発費を低減させることができるかもしれません。今後は生体分子を用いたトランジスタや 肺が んの生物指標化合物である酢酸エチルを検知する化学センサーなどの開発を行う予定です。

4.研究プロジェクトについて
 日本学術振興会 科学研究費補助金
日本学術振興会 特別研究員奨励費

<研究者のコメント>
炭素で構成された骨格を持つ有機分子、中でもπ共役分子は、さまざまな他の元素を骨格とした材料には見 られない構造的 ・電子的な特性を多く有しています。“たいらになる”という性質は、なかでもとりわけ重要で はないでしょうか。平らな炭素が、例えば Graphene・グラファイトとして知られているように、熱力学的に も金属やセラミクスといった誰もが化学的に安定である、と信じて疑わない材料に比べても、さらに高い安定 性を有していることはあまり顧みられることがありません。このような平らな炭素は、例えば電子伝導におい ても、よく知られた結晶シリコンなどに比べてはるかに高い電子移動度を示すこともまた同様です。
このような中、有機分子をもとにしたエレクトロニクスは、その軽量性や柔軟性に利点を見出されることが 多くあります。一方でその本質は、「本来化学的に非常に安定であり高性能」というだけでなく、我々がつく りだすことのできる“たいらな分子”のバリエーション (構造の自由度)が、ほかの材料に比べて破格に大きい ことにあるのでしょう。さまざまな分子が考案され、創り出される中、本来の分子の用途とは決定的に異なる 分野で、その分子の性質が如何なく発揮されることがあります。このような分子を探し出すうえで、だれより も速く正確にその分子の性質を見極める術、がその分子の将来 ・研究の鍵を握っているのではないかと思いま す。

<論文タイトルと著者>
タイトル: Repurposing DNA Binding Agents as H-bonded Organic Semiconductors(DNA 結合剤の新たな 顔「水素結合性有機半導体」)
著 者: Fengjiao Zhang1,2, Vincent Lemaur3 , Wookjin Choi4,5, Prapti Kafle1 , Shu Seki4 , Jérôme Cornil3 , David Beljonne3 , and Ying Diao1
1 – Department of Chemical and Biomolecular Engineering, University of Illinois at Urbana-Champaign, 600 South Mathews Avenue, Urbana, Illinois 61801, United States.
2- School of Chemical Science, University of Chinese Academy of Sciences, Beijing 100049, P.R. China.
3 – Laboratory for Chemistry of Novel Materials, University of Mons, Place du Parc, 20, B7000 Mons, Belgium
4 – Department of Molecular Engineering, Graduate School of Engineering, Kyoto University, Nishikyo-ku, Kyoto 615-8510, Japan
5- Department of Chemical Engineering, Center for Advanced Soft Electronics, Pohang University of Science and Technology, Pohang 37673, Korea
掲 載 誌:Nature Communication  DOI:10.1038/s41467-019-12248-9

<参考図>


図 マイクロ波と物質の相互作用を利用して物質内の電子の運動状態を非接触で測る FP-TRMC 法の概念図 (左)と,この拡張により物質が積み重なった構造中の界面に蓄積された電荷の運動状態だけを非破壊で測定 する FI-TRMC 法の概念図(右)

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