2020-02-18 北海道大学,岡山大学,東北大学,基礎生物学研究所
ポイント
・メダカが親密な異性を好む性質は,オキシトシンホルモンによって制御されていることを解明。
・オキシトシン遺伝子を壊すと,メスでは好みが消失し,オスでは親密なメスを好むようになる。
・メダカの基礎研究から親密な異性への好みや性差を生み出す機構の解明に期待。
北海道大学大学院薬学研究院の横井佐織助教,岡山大学大学院自然科学研究科の竹内秀明特任教授/東北大学大学院生命科学研究科教授(併任)及び基礎生物学研究所などの研究グループは,メダカが親密な異性を好むか否かをオキシトシンが制御していることを明らかにしました。
メダカのメスには「そばにいたオス」を目で見て記憶し,そのオスの求愛を積極的に受け入れる傾向がある一方,オスは親密度に関係なくメスに求愛します。本研究では,「愛情ホルモン」として知られるオキシトシンに着目し,メダカでの異性の好みに対する効果を検証しました。オキシトシン遺伝子を壊したメダカを用いて実験をしたところ,メスではオスに対する好みが消失し,見知らぬオスを積極的に受け入れましたが,オスでは三者関係(オス,オス,メス)において,初対面のメスには無関心である一方,親密なメスに対してはライバルオスを追い払ってメスのそばにいる様子が観察されました。ヒトなどでは,オキシトシンには親密な他者に対する愛着を強める働きがあるとされていますが,メダカのオスでは逆に愛着を下げる方向に働くことが明らかとなりました。このことから,オキシトシンが動物種や性別によって「愛情ホルモン」以外の働きを持つと考えられます。
行動異常を示したメダカの脳ではいくつかの遺伝子の発現量に顕著な変化があり,その遺伝子は ヒトにも存在したことから,メダカの基礎研究からオキシトシンが親密な他者に対する愛着を制御 する仕組みや性差を生み出す仕組みが明らかになることが期待されます。
なお,本研究成果は日本時間2020年2月18日(火)午前5時(米国東部時間2020年2月17日(月)午後3時)公開のProceedings of the National Academy of Sciences誌に掲載される予定です。
【背景】
オキシトシンは,母子関係やパートナーとの絆形成に重要であり,近年「愛情ホルモン」として注目されています。しかし,「親密な異性を好むように働く」というオキシトシンの効果は,ごく一部の動物でしか確認されていませんでした。そこで本研究では,親密度が異性の好みに影響を与えるメダカを用いて,この疑問に応えることにしました。これまでに研究グループは,メダカのメスは「そばにいたオス」を目で見て記憶し,そのオスの求愛を積極的に受け入れる傾向にある一方,オスは親密度に関係なくメスに求愛をすることを見出していました(p.1図:正常メダカ)。
【研究手法】
ゲノム編集技術*1によって機能的なオキシトシンを合成できないメダカ(オキシトシン欠損メダカ)を作製し,その異性に対する好みを検証しました。検証にあたっては,メスではオスの求愛を受け入れるまでの時間を測定し,見知ったオスをすぐに受け入れる傾向が観察されるかどうかを,オスでは求愛行動や,オス,オス,メスの三者関係において,オスがライバルオスを追い払いメスを守る行動 (配偶者防衛行動) に変化が生じるかを調査しました。さらに次世代シーケンサー*2を用いて,オキシトシン欠損が脳における全遺伝子の発現に与える影響を評価し,オキシトシンの制御を受ける一連の遺伝子群を同定しました。
【研究成果】
メスのオキシトシン欠損メダカは「見知らぬオス」の求愛もすぐに受け入れ,「親密なオスを好む」性質を失っていました。一方,オスでは,初対面のメスに対してあまり求愛しませんでしたが,初対面のメスと同じ水槽で20日程度飼育(親密化)したところ,求愛をするようになりました。また,配偶者防衛行動においては,初対面のメスの防衛をしないことがわかりました。さらに,「親密なメス」に対しては遺伝子欠損のないオスよりも強い防衛を示したことから,親密なメスを好み,強い愛着を示すようになったと考えられます。よって,メダカにおいてオキシトシンはオスとメスで逆の効果を示すこと(p.1図)がわかったほか,オキシトシン欠損メダカのメスまたはオスでのみ,一部の遺伝子の発現量が変化しており,こうした性差が行動において逆の効果をもたらした可能性が考えられます。
【今後への期待】
これまでオキシトシンは「愛情ホルモン」として,親密な他者に対する愛着を促進するとの考え方が一般的でした。本研究により,動物種や性別によってオキシトシンの作用は一様ではなく,逆に愛着を下げる方向に働くこともある,ということが明らかになりました。ヒトにおいても,性別や個人差に よってオキシトシンの作用が異なる可能性も考えられます。また,本研究で同定された遺伝子群はヒトにも存在するため,メダカの基礎研究により,ヒトにおいても親密な異性を好むメカニズムやその性差が明らかになることが期待されます。
【用語解説】
*1 ゲノム編集技術 … 遺伝子の中の狙った場所を切断し,編集する技術のこと。特定の遺伝子の機能を欠損させることが可能。
*2 次世代シーケンサー … 遺伝子配列を高速に読むことができる機械。
論文情報
論文名 Sexually dimorphic role of oxytocin in medaka mate choice(メダカの配偶者選択におけるオキシトシンの性的二型)
著者名 横井佐織1,2,成瀬 清2,亀井保博2,安齋 賢2,3,木下政人4,水戸麻理5,岩崎信太郎5,6, 井ノ上俊太郎1,奥山輝大7,中川真一1,Larry J. Young8,竹内秀明3,9(1北海道大学大学院薬学研究院,2基礎生物学研究所,3東北大学大学院生命科学研究科,4京都大学大学院農学研究科,5理化学研究所,6東京大学大学院新領域創成科学研究科,7東京大学定量生命科学研究所,8エモリー大学ヤーキース米国立霊長類研究所,9岡山大学大学院自然科学研究科)
雑誌名 Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)
公表日 日本時間2020年2月18日(火)午前5時(米国東部時間2020年2月17日(月)午後 3時)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学大学院薬学研究院 助教 横井佐織 (よこいさおり)
岡山大学大学院自然科学研究科 特任教授/東北大学大学院生命科学研究科 教授(併任)
竹内秀明(たけうちひであき)
配信元
北海道大学総務企画部広報課
岡山大学総務・企画部広報課
東北大学大学院生命科学研究科広報室
基礎生物学研究所広報室