生きた組織の硬さを傷つけずに測る~物理モデルと統計的推定の合わせ技~

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2018-04-05 基礎生物学研究所

受精卵から動物の体が形成される過程では、細胞の集まりである組織は流動的で柔軟に変形できる状態にあります。さらに細胞自身が力を働かせることで組織や臓器の形が生み出されます。組織を押したり引いたりしたときに形がどう変わるか、という力学的な特性は組織や臓器の形成過程を理解する上で重要な情報です。しかし最も基本的な力学特性である「硬さ」ですら、組織を傷つけることなく測定するのは困難でした。
今回、基礎生物学研究所/岡崎統合バイオセンター 定量生物学研究部門の近藤洋平助教、青木一洋教授らは、京都大学の石井信教授との共同研究によって、生体組織の物理モデリングと統計的推定を組み合わせることで、非侵襲的に硬さを測定する手法を提案しました。提案手法は、広く利用されている実験システムである単層培養細胞シートにてその有効性が示されています。本成果は、米国の学術誌「PLoS Computational Biology」誌に掲載されました。

【研究の背景】
受精卵から私達の体が出来上がるまでの過程では、多くの細胞が協調して組織の変形を起こし、形をつくっていきます。この際、生きた組織の硬さに対してちょうど良い強さの力を細胞自身が生み出す必要があります。この目に見えない力というものを測るために、様々な手法が生み出され多くのことがわかってきました。その一方で、生きた組織の細胞の硬さや粘さなどの力学的な特性、つまり押したり引いたりしたときに組織がどうのように変形し流れるのか、についての定量的理解は遅れていました。その理由のひとつとして挙げられるのが、硬さを調べるために人間が組織を押したり切ったりすると、どうしても組織を傷つけ、自然な形態形成を阻害してしまうという点です。つまり、生きた組織の硬さというのは、ゴムや金属の硬さを調べるのと同じようにはいかないということになります。ここでそもそもなぜ押したり切ったりする必要があったかと考えると、硬さを調べたい物体の形が変わる過程を観察するためでした。そこで研究グループは、細胞集団の自発的な変形とそのときに組織が受けている力を測定し、それらの情報をもとに細胞集団の硬さを推定するという手法を考案しました。

【研究の成果】
提案手法を検証するための実験システムとして選んだのは、イヌ腎臓上皮細胞由来のMDCK細胞がつくる単層細胞シートです。創傷治癒や薬物透過性の研究対象として長い歴史を持つシステムですが、最近では生物の形づくりの物理学的理解を進めるための足がかりとして新たに脚光を浴びています。研究グループはMDCK細胞シートが集団運動を起こす環境を用意し、その運動中に細胞シートが受けている力と変形を同時に計測し、最後に独自に構築した細胞シートの物理モデルをあてはめることで硬さを推定しました(図1および図2)。
生きた組織の硬さを傷つけずに測る~物理モデルと統計的推定の合わせ技~
図1:提案手法の概略
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図2:測定結果の例
本研究で考えている「硬さ」は、細胞を構成する特定の物質の硬さというよりは、細胞内部で分子が織りなす構造や分子モーターの活性といった複合的な要因が重なってつくられるものと想定されます。実際に、分子モーターの一つであるミオシンを薬剤処理によって不活性化した組織に対して提案手法を適用すると、硬さが半分以下になっているという結果が得られました(図3)。これは組織の力学特性は可変であり、組織自身によって制御されている可能性を示唆します。
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図3:薬剤(ブレビスタチン)による分子モーター抑制の影響
推定された組織の硬さの妥当性をその推定値だけから判断するのは困難です。そこで研究グループは、未来の組織にかかる力をモデルに予測させるという「力予報精度」という指標を考え、これをデータにもとづき定量化しました。その結果、測定された硬さパラメータを持ったモデルは帰無仮説モデルよりも良い予測を示すことが統計的にわかり、それによって測定値自体の妥当性も示されました。

【今後の展望】
本研究の結果は、平たい面の上を運動する一層の細胞シートという単純な実験システムを使用したものですが、より長期の目標として臓器の形成メカニズムの理解を見据えています。そのためには、曲がった細胞シートや中身が詰まった組織など、3次元的な形状を扱える技術を整備していくことが重要になります。また、力学的な要素だけでなく、遺伝子発現や細胞シグナル伝達といった化学的な現象を今後考慮にいれたいと考えています。

【発表雑誌】
雑誌名 PLoS Computational Biology
掲載日 2018年3月1日
論文タイトル: Inverse tissue mechanics of cell monolayer expansion
著者:Yohei Kondo, Kazuhiro Aoki, and Shin Ishii
DOI:10.1371/journal.pcbi.1006029

【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所/岡崎統合バイオサイエンスセンターの青木一洋教授、近藤洋平助教、京都大学大学院生命科学研究科の石井信教授による共同研究グループの成果です。

【研究サポート】
本研究は、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 生命動態システム科学推進事業「多次元定量イメージングに基づく数理モデルを用いた動的生命システムの革新的研究体系の開発・教育拠点」、およびJSPS科学研究費助成事業 若手研究(B) No.26840077の支援のもと行われました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 定量生物学研究部門
助教 近藤 洋平

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

生物化学工学
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