簡便に効率良くCNTを酸化する手法を開発
2018-04-19 国立研究開発法人 産業技術総合研究所,株式会社 島津製作所
ポイント
- 近赤外領域で蛍光を発する酸化カーボンナノチューブ(CNT)の高効率・簡便な合成法を開発
- 新規合成法による酸化CNTを用いた近赤外蛍光イメージングプローブを作製し、マウスの血管造影で実証
- 励起光や蛍光の生体透過性が良く、高輝度なので、生体内イメージングプローブとしての活用に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】CNT評価チーム 飯泉 陽子 テクニカルスタッフと岡崎 俊也 研究チーム長(兼)同研究センター 副研究センター長らは、株式会社 島津製作所【代表取締役社長 上田 輝久】(以下「島津製作所」という)と共同で、カーボンナノチューブ(CNT)を酸化する簡便な方法を考案するとともに、この方法で合成した酸化CNTを用いて、生体透過性の良い第2近赤外(NIR-II)領域で発光する近赤外蛍光イメージングプローブを開発した。
CNTは蛍光を発することが知られているが、近年、CNTを孤立分散させた水に、オゾン水を混和し光を照射して、より高い蛍光量子収率の酸化CNTを合成する方法が報告されている。この酸化CNTは生体透過性の良い近赤外光で励起でき、NIR-II領域で発光する。しかし、酸化CNTの大量合成ができないなどの課題があった。
今回、紫外線照射で発生したオゾンでCNT薄膜に数分間の酸化処理を行うことで、酸化CNTを合成する方法を開発した。この方法は、数時間の反応時間を要する従来法に比べ、短時間に多量の酸化CNTを合成できる。合成した酸化CNTは近赤外光励起によりNIR-II領域で蛍光を発光するため、近赤外蛍光イメージングプローブとして応用できる。合成した酸化CNTの表面をリン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)でコーティングして水に分散できるようにし、生体内イメージングプローブとして用いてマウスの血管を長時間高輝度で造影できた。また、免疫グロブリンG(IgG)を修飾したPLPEG(IgG-PLPEG)でコーティングしたところ、免疫沈降(IP)反応により、標的指向性を付与できる可能性が確認できた。
なお、この成果は、2018年4月19日(英国時間)にScientific Reportsにオンライン掲載される。
酸化カーボンナノチューブの蛍光とマウスの血管造影の概念図
開発の社会的背景
生物科学では、蛍光イメージングは必須の研究ツールとなっている。近年は、より高感度で低ノイズの蛍光画像を得るため、近赤外領域で発光する蛍光イメージングプローブの開発が盛んである。これまで、主に波長約700~900 nmの近赤外領域で発光する蛍光イメージングプローブが開発されてきたが、より長波長の1000~1400 nm付近のNIR-II領域では、生体分子や水による吸収や、光散乱の影響をさらに軽減できるため、十分な輝度や生体親和性を持つ新たなNIR-II領域の蛍光イメージングプローブの開発が期待されている。
CNTには、直径のサイズやグラファイト層の巻き方によって、NIR-II領域で蛍光を発光するものがある。また、これまでのCNTの安全性評価では、明確な急性毒性は確認されていないため、NIR-II領域の生体内イメージングプローブの有力な候補となっている。さらに、CNTを酸化すると、近赤外光で励起できることが報告されたが、従来法では一度に多量の酸化CNTを合成できないなどの課題があり、CNTを簡便に酸化する方法が求められていた。
研究の経緯
産総研では、CNT産業の創出を目指し、CNTの大量合成、構造分離、機能性複合材料作製、安全性評価などの基盤技術を開発してきた。その中で、機能化したCNTの光物性や、分散液中でのCNT分散状態の研究を行ってきており、安定なCNT蛍光イメージングプローブの合成技術を保有している。一方、島津製作所は、可搬型 in vivo 蛍光イメージングシステムを開発し、NIR-II領域の蛍光を使ったマウスのイメージングアプリケーション開発に取り組んできた。現在上市されている蛍光イメージングプローブには毒性があることが確認されており、無毒または低毒性の新規蛍光イメージングプローブの開発が望まれていた。
そこで両者は、酸化CNTを用いてより高輝度なNIR-II領域の生体内イメージングプローブを開発するための共同研究を行ってきた。
なお、この研究開発は、島津製作所と、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究「酸化カーボンナノチューブ近赤外蛍光プローブ」(平成 26 年度)による支援を受けて行った。
研究の内容
今回、紫外光照射によってオゾンを発生する市販のUVオゾンクリーナーを用いて、CNT薄膜に数分間のオゾン酸化処理を行うことで、酸化CNTを合成する方法を開発した。この手法では、非常に温和な条件でオゾンとCNTが反応するため蛍光消光は起きず、効率よくCNT表面を酸化できる。また、CNT分散液を用いて数時間以上酸化反応を行う従来法に比べて、簡便に短時間で酸化処理できる利点がある。さらに、複雑な合成装置は必要としない。カイラル指数(6, 5)が主成分である市販の単層CNT試料の、酸化反応前後の蛍光スペクトルを図1に示す。反応前の(6, 5) CNTは、波長980 nmに蛍光ピークを持つが、酸化により、980 nmの蛍光強度は減少し、代わりに1280 nmに新しくピークが観測された。蛍光エネルギーの変化量から、1280 nmの蛍光は酸素がエポキシド型で結合した酸化CNTに由来するとわかった。1280 nmは、NIR-II領域でも特に生体透過性が良いため、今回開発した手法で合成した酸化CNTは蛍光イメージングプローブとして有望と考えられた。
図1 反応前CNT(左)と酸化CNT(右)の蛍光スペクトルの比較
今回の手法で合成した酸化CNTの表面をPLPEGでコーティングして近赤外蛍光イメージングプローブ(酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブ)を作製した。これを血管造影剤としてマウスの尾静脈から投与し、波長980 nmの近赤外光で励起すると1150~1400 nmの近赤外光が検出され、近赤外生体内イメージング像が得られた(図2(a))。酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブは、毛細血管まで到達するためマウスの全身が観測でき、また肝臓などの臓器に捕捉されないで血管中を循環し続けるため、約6時間にわたって血管を造影できた。また、酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブを経口投与したところ、蛍光強度が強いため、消化管の運動を直接造影できた(図2(b))。これらの結果から、今回開発した酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブは、薬剤開発時に副作用の効果を評価するツールとしての利用などが期待される。
図2 酸化CNTを生体内近赤外蛍光イメージングプローブとして使用した例
(a)血中投与による血管の造影像、(b)経口投与による消化管の造影像
次に、酸化CNTが、標的指向性を持った蛍光イメージングプローブとして応用できるかどうかを検証するため、今回合成した酸化CNTをIgG-PLPEGで表面修飾し、IP反応を行った。まず、IgG-PLPEGで表面修飾した酸化CNTを分散させた水に、IgGと特異的に結合するGタンパク質で被覆したマイクロ粒子を混和して反応させた後、マイクロ粒子を回収した。回収したマイクロ粒子を溶出液に入れると、マイクロ粒子に結合していた酸化CNTは粒子から脱落し、溶出液中に移行する。この溶出液の蛍光スペクトルを測定したところ、酸化CNT由来の蛍光が観察された(図3)。比較のため、IgGを修飾していないPLPEGで表面修飾した酸化CNTで同様のIP反応を行ったところ、溶出液から酸化CNT由来の蛍光は観察されなかった。これは、IgG-PLPEGで表面修飾した酸化CNTは、IP反応によりマイクロ粒子と特異的に結合したことを示しており、酸化CNTに標的指向性を付与できることがわかる。
図3 IgG-PLPEGで表面修飾した酸化CNTとGタンパク質とのIP反応のイメージ図(左)と
IP反応後のGタンパク質被覆マイクロ粒子の溶出液の蛍光スペクトル(右)
今回開発した酸化CNT合成法は、複雑な装置を必要とせず、数分間という短い反応時間で合成でき、スケールアップが容易などの利点がある。合成した酸化CNTは、生体透過性の良いNIR-II領域で蛍光を発光し、高輝度近赤外蛍光イメージングプローブとして使用できる。さらに、適切な表面修飾を施すことによって、標的指向性を持つ高輝度近赤外蛍光イメージングプローブとしての応用が期待される。
今後の予定
今後は、今回の成果をもとに、島津製作所と共同で高輝度な酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブの実用化に取り組む。
用語の説明
- ◆カーボンナノチューブ(CNT)
- 炭素原子だけで構成される直径が0.4~50 nmの一次元性のナノ炭素材料。その化学構造は、グラファイト層を丸めてつなぎ合わせたもので表され、層の数が1枚だけのものを単層CNTと呼び、複数のものを多層CNTと呼ぶ。
- ◆第2近赤外(NIR-II)領域
- 可視光よりも波長が長い、700~2500 nmの波長領域を近赤外領域という。そのうち、1000~1400 nmの波長領域は第2近赤外領域と呼ばれ、この領域の光は特に水や生体分子の吸収や散乱の影響を受けにくく、生体透過性が良いとされている。第二の「生体の窓」ともいわれる。
- ◆蛍光イメージングプローブ
- 生体内での事象、細胞レベルの分子の形態、発現、動きなど、生体の機能情報を得るために使用する蛍光を発する分子。生体内での事象、細胞レベルの分子の形態、発現、動きなどを可視化するために利用される。
- ◆蛍光量子収率
- 蛍光となって放出される光子数の、吸収された励起光の光子数に対する比。蛍光量子収率が1に近いほど、蛍光が効率良く発光する。
- ◆リン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)
- 生体膜を構成するリン脂質にポリエチレングリコールを結合させた分子。リン脂質のアルキル鎖が疎水性のCNT表面に物理吸着する。ポリエチレングリコール鎖が親水性であるため、吸着したCNTを水中に孤立分散させることができる。また、ポリエチレングリコールで被覆したナノ粒子は生体内で捕捉されることなく、血中滞留性が良いとされている。
- ◆免疫グロブリンG(IgG)
- 特定のタンパク質などの分子を認識して結合する働きを持つ抗体の一種。生体防御反応である免疫を担う。
- ◆免疫沈降(IP)
- 抗体との親和性を利用して、溶液中からタンパク質や生体分子を沈降法により分離する手法。
- ◆標的指向性
- 生体内で標的部位へ集積する性質。ナノ粒子表面に標的部位に特異的に結合する分子や抗体などを修飾することで標的指向性を付与できる。
- ◆カイラル指数
- CNTの円周ベクトル(図左で、6a1+5a2と書かれたベクトル、グラファイトを丸めた時に図右のようにベクトルの原点と終点が一致する。)を、六方格子の基本格子ベクトル(図左で、a1とa2と書かれたベクトル)の線形結合で表した場合の係数にあたる2整数の組(m, n)。カイラル指数によってCNTの立体構造が記述できる。CNTの電子状態はカイラル指数によって記述される立体構造に依存するため、励起波長や蛍光波長もCNTのカイラル指数によって変化する。
カイラル指数(6, 5)であらわされるCNTの構造イメージ図
- ◆エポキシド
- 酸素原子が2個の炭素原子と環状に結合した、3員環エーテル構造の官能基。
- ◆Gタンパク質
- G群溶結性レンサ球菌の細胞壁に存在するタンパク質。IgGに特異的に結合する。