2018-05-03 新潟大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 大脳皮質と脊髄を結ぶ「皮質脊髄路」と呼ばれる神経回路が、どのようにして動物の複雑な運動動作を生み出すことができるのか不明であった。
- 今回、げっ歯類の皮質脊髄路においてさまざまな神経細胞が接続して多様な神経回路を形成していることを発見し、それぞれの神経回路が異なる運動機能をコントロールしていることを明らかにした。
- 皮質脊髄路の詳細な神経回路の構成、すなわち「神経地図」が明らかとなり、今後、脳卒中や脳脊髄の損傷など運動機能が障害される神経疾患において、機能を回復させる神経回路の実体解明に大きな手がかりとなることが期待される。
新潟大学 脳研究所 システム脳病態学分野の上野 将紀 特任教授、シンシナティ小児病院の吉田 富 准教授らの研究グループは、脳と脊髄を結ぶ「皮質脊髄路注1)」の中に多様な神経回路が存在することを発見し、それらが運動動作をコントロールする神経地図としての働きを示すことを明らかにしました。
大脳皮質と脊髄を結ぶ「皮質脊髄路」と呼ばれる神経回路は、運動を開始したり、手足を巧みに動かしたりするのに必要な神経回路として知られています。しかし、この回路がどのような種類の神経細胞でつながっていて、最終的に複雑な運動動作を生み出すことができるのか、その接続様式や動作原理は不明のままでした。そこで本研究グループは、神経回路を解析するための最新の技術を用いて、この皮質脊髄路に存在する詳細な神経細胞の構成とその働きを探りました。その結果、皮質脊髄路の中には、これまで知られていなかった多様な接続を持った神経回路、すなわち「神経地図注2)」、が内在していることを見いだしました。これらの回路は、複雑な動作を行う際に、それぞれが異なる運動機能の要素をコントロールしていることを明らかにしました。これらの結果から、皮質脊髄路は単一の神経回路ではなく、別々の働きを持つ多様な神経回路が内在しており、それらが統合して働くことによって、運動をコントロールしていることが明らかになりました。この成果は、巧みな動作を発揮できるもととなる神経基盤の存在を明らかにし、脳卒中や脳脊髄の損傷など運動機能が障害されるさまざまな神経疾患において、どのような神経回路の再建が必要であるかの手がかりを示すものです。
本研究の成果は2018年5月2日(日本時間)に国際科学誌「Cell Reports」オンライン版に掲載されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)、National Institute of Health(NIH)、科研費(若手研究(A)、新学術領域「適応回路シフト」、挑戦的研究(萌芽))、日本学術振興会(海外特別研究員)、かなえ医薬振興財団、加藤記念バイオサイエンス振興財団、東京生化学研究会、日本心臓財団、成茂神経科学研究助成基金の支援を受けて実施されました。
<背景>
日常生活において、私たちは、コップを持ったり、ボールを投げたり、ピアノを弾いたりと、手足を使ってとても複雑な運動動作を何気なく行っています。1つ1つの動作は、身体のさまざまな種類の筋肉が絶妙なタイミングで動くことで成り立ちます。また、つかんだ取手や鍵盤の硬さなど、周囲の環境から受ける微妙な感覚の情報もうまく捉えることで運動を行っています。こうして協調的な筋肉の運動を引き起こしたり、感覚の情報を統合したりできるのは、脳や脊髄にある神経回路が働くからです。
こうした運動は日常生活を過ごすのに不可欠なものですが、一方で、脳卒中や脳脊髄に外傷を被ることによって、正しく運動することができなくなり、苦しんでいる患者が多く存在しています。こうした疾患では、脳や脊髄がダメージを受けるとともに、運動を生み出すもととなる神経回路が障害され、運動機能を麻痺させてしまいます。一度障害された機能を元に戻すには、どのような神経回路の再建が機能回復に必要なのか、運動を担う神経回路の動作原理の理解が求められています。
大脳皮質と脊髄を結ぶ「皮質脊髄路」と呼ばれる神経回路は、特に、自発的に運動を始めたり、複雑で巧みな運動動作をコントロールしたりするのに重要な神経回路として知られています(図1A)。この回路は、大脳皮質にある神経細胞が、神経の軸索注3)を伝って、脊髄、そして筋肉へと指令を送り、運動をコントロールすると考えられています。この皮質脊髄路の存在は少なくとも19世紀後半には知られていましたが、その後100年以上経っているにも関わらず、どのような種類の神経細胞が接続して神経回路を形成し、最終的にかくも複雑で絶妙な運動動作を生み出すことができるのか、その接続様式や動作原理のからくりは、まだ不明のままでした。
<研究内容>
皮質脊髄路は、ヒトを含む哺乳類に広く存在しており、各動物が行う自発的、かつ巧みな運動に役立っていると考えられています(図1)。今回、本研究グループは、げっ歯類であるマウスの皮質脊髄路をモデルとして、遺伝子改変技術や神経トレーサー注4)、電気生理学的解析、神経活動の制御技術、3次元行動解析注5)など、神経回路を解析することができる最新の技術を駆使して、皮質脊髄路の詳細な構成、すなわち「神経地図」と、その動作原理を徹底的に探りました。その結果、運動機能を担う皮質脊髄路の中に、これまで知られていなかった多様な接続を持った神経回路が内在していることを発見しました(図1B)。それらは回路ごとに、大脳皮質や脊髄の中で存在する場所が異なっており、例えば、大脳皮質の内側や外側など別々の領域に神経細胞が存在し、それらが背側や腹側など異なる脊髄の領域へとつながっていました。また、神経回路ごとに多様な性質を持つ神経細胞と結ばれており、それぞれにおいて(1)特異的な遺伝子を発現し、(2)運動や感覚回路との接続様式に相違が見られ、(3)興奮性・抑制性の神経伝達物質の種類が異なっていました(図2A)。さらに、各々の神経回路の活動を遮断すると、腕を伸ばして餌を取るといったきめ細かな運動において、腕をうまく前へ伸ばせなかったり、つかんだ物を離せなかったりなど、異なる動作の異常が発生しました。従って、皮質脊髄路中に存在するそれぞれの神経回路は、複雑で巧みな運動を実行する際に、運動のスピードや感覚情報の制御など、動作に必要な別々の機能に貢献していることが明らかになりました(図2B)。
これらの結果から、皮質脊髄路は大脳皮質と脊髄をつなぐ単一で単純な回路ではなく、別々の働きを持った多様な神経回路の集合体として、巧みに運動動作をコントロールしていることが明らかになりました(図1B)。
<今後の展開>
この成果から、運動機能を制御する新たな神経回路の存在が明らかになりました。ヒトをはじめとする霊長類においても、大脳皮質の異なる領域から、皮質脊髄路の軸索が脊髄へ伸びていることが知られています。従って、今回見いだされた多様な神経回路は、ヒトも含め多くの種で共通の様式を持つと考えられ、私たちが日頃行う複雑な動作の基盤になっていると考えられます。この成果は、脳卒中や脳脊髄の損傷など皮質脊髄路の脱落に伴って運動機能が障害されるさまざまな神経疾患において、どのような回路の再建が必要であるかを「神経地図」として示唆するものです。今後、リハビリテーションや神経回路の再生技術を用いて、今回見いだされた神経回路をどうやって再建するのか、その手法の開発が期待されます。
<参考図>
図1 巧みな動作を発揮する皮質脊髄路
- (A)「皮質脊髄路」は、大脳皮質と脊髄を結び、筋運動を制御すると考えられている(緑線)。複雑で巧みな動作を生み出すのにどのような神経細胞の種類と接続で神経回路が働いているのか、そのからくりは不明であった。
- (B)げっ歯類の皮質脊髄路を対象に調べたところ、大脳皮質と脊髄にある多様な神経細胞種によって回路が作られ(緑、赤、青色)、それぞれが巧みな運動を行う際に、異なる機能を持っていることを明らかにした。
図2 皮質脊髄路の中に潜む多様な接続様式と機能
- (A)皮質脊髄路の中には、多様な内在回路が存在する。軸索を伸ばす別々の経路があり(左図、赤、白矢印)、それらは異なる脊髄の神経細胞(右図、緑)と接続して特異的な回路を作っている。
- (B)皮質脊髄路の中にあるさまざまな内在回路を実験的に遮断して、手腕で餌を取る巧緻運動を解析した。回路の遮断によって、腕を前へうまく伸ばせない、つかんだ物を離せないなど、異なる運動の異常が発生する。右図は餌の位置に対する手の到達点をヒートマップにしたもの。神経回路の遮断により、手が餌の位置に届かなくなる。
<用語解説>
- 注1)皮質脊髄路
- 自発的に手足を動かす、いわゆる随意運動をコントロールする主要な神経回路の1つ。大脳皮質にある神経細胞が、軸索注3)を脊髄へと直接伸ばして回路を結び、大脳皮質から脊髄へと運動の指令を送る(図1)。軸索は脳の下方にある延髄下部で交差して脊髄の対側へと伸びるため、片側の大脳皮質神経細胞は、反対側の手足の運動を制御する。
- 注2)神経地図
- 脳や脊髄では、機能が類似する神経細胞やその軸索の投射経路が、各々特異的な領域に配置され整然と並んでいる。これらの分布様式が、神経地図あるいは地形図(トポグラフィックマップ)と呼ばれる。
- 注3)軸索
- 神経細胞体から伸びる線維状の構造で、神経細胞の信号の出力を担う。
- 注4)神経トレーサー
- 脳や脊髄に注入することで、神経の細胞体から軸索末端まで到達して、軸索全体を可視化したり(順行性)、あるいは軸索末端から神経細胞体に到達して(逆行性)、細胞体を可視化したりできる物質の総称。これにより、神経回路のつながり方を直接観察することができる。
- 注5)3次元行動解析
- 運動中の手足の動きを3次元的に解析する方法。ある特定の動作を複数台のハイスピードカメラで撮影することで、手足の各関節の3次元的な座標位置を経時的に算出することができる。これにより運動中の各関節の位置や速度、角度などを詳細に解析して、微細な動作の異常を検出できる。
<論文情報>
タイトル:“Corticospinal circuits from the sensory and motor cortex differentially regulate skilled movements through distinct spinal interneurons.”
著者名:Masaki Ueno, Yuka Nakamura, Jie Li, Zirong Gu, Jesse Niehaus, Mari Maezawa, Steven A Crone, Martyn Goulding, Mark L Baccei, Yutaka Yoshida.
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
上野 将紀(ウエノ マサキ)
新潟大学 脳研究所 システム脳病態学 特任教授
<JST事業に関すること>
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
新潟大学 脳研究所事務室 共同利用係
科学技術振興機構 広報課