動物の消化への腸内細菌の寄与
2020-05-01 京都大学
半谷吾郎 霊長類研究所准教授らの研究グループは、屋久島の野生ニホンザルの新鮮な糞と葉を混ぜて試験管内で発酵させたところ、葉をよく食べている地域のほうが発酵が多く行われることを明らかにしました。
ニホンザルの腸内細菌の種構成は、葉をよく食べる地域と果実をよく食べる地域で分かれており、果実をよく食べる地域では、糖の貯蔵にかかわる遺伝子が多く腸内細菌に含まれていました。多くの種類の食物を食べるジェネラリスト(広食性)の動物では、自分自身の遺伝子ではなく、腸内細菌を柔軟に変化させて、その場所に応じた食物の消化能力を身につけている可能性が示唆されました。
本研究成果は、2020年4月24日に、国際学術誌「Microbial Ecology」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
詳しい研究内容について
葉をたくさん⾷べるニホンザルの腸内細菌は、葉の発酵能⼒が⾼いことを証明
―動物の消化への腸内細菌の寄与―概要
京都⼤学霊⻑類研究所の半⾕吾郎准教授らの研究グループは、屋久島の野⽣ニホンザルの新鮮な糞と葉を混ぜて試験管内で発酵させたところ、葉をよく⾷べている地域のほうが発酵が多く⾏われることがわかりました。
ニホンザルの腸内細菌の種構成は、葉をよく⾷べる地域と果実をよく⾷べる地域で分かれており、果実をよく⾷べる地域では、糖の貯蔵にかかわる遺伝⼦が多く腸内細菌に含まれていました。多くの種類の⾷物を⾷べるジェネラリスト(広⾷性)の動物では、⾃分⾃⾝の遺伝⼦ではなく、腸内細菌を柔軟に変化させて、その場所に応じた⾷物の消化能⼒を⾝につけている可能性が⽰唆されました。
本研究成果は、2020 年 4 ⽉ 24 ⽇に国際学術誌「Microbial Ecology」のオンライン版に掲載されました。
背景
動物の中には、特定の⾷べ物だけを⾷べるように特殊化したスペシャリスト(狭⾷性)もいれば、多くの種類の⾷物を⾷べるジェネラリスト(広⾷性)もいます。野菜、果物、⾁、⿂、乳製品、キノコ、昆⾍、海藻、と、ありとあらゆるものを⾷べるヒトは、もっとも典型的なジェネラリストだといえるでしょう。
スペシャリストの代表であるアイアイは、硬いものの中に隠されている栄養豊富な⾷べ物、例えば硬い⽊の実の殻の中⾝を⾷べるために、⼀⽣伸び続ける切⻭、⼤きな⽿、⼀本だけ細くて⻑い中指を持っています。殻の外側を指でたたいてその⾳を聞き、中⾝があることを確かめてから、硬い⻭で殻に⼩さな⽳をあけ、細い中指で中⾝を掻き出して⾷べます。ヒトが道具を使ってクルミの殻をあけるように、彼らは⾃分⾃⾝の体を精妙に作り変えて、ほかの動物には⾷べられない⾷物を⾷べるように進化したのです。
ニホンザルは、葉や果実、種⼦、昆⾍、キノコなど、さまざまな⾷物を⾷べるジェネラリストです。彼らは、亜熱帯性の照葉樹林の広がる⿅児島県屋久島の低地の森にも、世界有数の豪雪地帯である北アルプスの⼭岳地帯にも住んでいます。豊富な⽊の実をおなかいっぱい⾷べられるときもあれば、ごくごく⼩さな⽊の芽や、樹⽪をはがして⾷べるしかないときもあります。彼らは、さまざまな⾷べ物を⾷べるために、⾃分⾃⾝の体をなにか特定の⾷物に特殊化させてしまうわけにはいきません。彼らは、⾷物条件が⼤きく異なるときに、どうしているのでしょうか?
近年、⾃分⾃⾝の体を作り変えずに、さまざまな⾷物を⾷べるための適応として、腸内細菌の役割に注⽬が集まっています。たとえば、海藻を常⾷する⽇本⼈の腸内細菌には、海藻特有の炭⽔化物を分解する酵素を持つものがいることが知られています。ヒトには 2 万種類あまりの遺伝⼦しかないのに対し、ヒト 1 個体の持つ、500-1000 種に上る腸内細菌には、300 万以上の遺伝⼦が含まれると推定されています。動物がこの膨⼤な数の腸内細菌を、⾃分の⽣存のためにどのように利⽤しているか、近年急速に研究が進められています。
成果
本研究では、動物の持つ腸内細菌の発酵能⼒を明らかにするため、新鮮な糞と基質となる⾷物を混ぜ合わせて試験管内で発酵させる試験管消化試験を⾏いました。⻑年ニホンザルの研究が⾏われ、野⽣のサルを間近に観察できる屋久島で、排泄直後の新鮮な糞を採取し、それを京都⼤学野⽣動物研究センターの観察ステーションの実験室にすぐに持ち帰り、糞を、ヒサカキの葉の粉末と混ぜ、消化管の中を模した、⼆酸化炭素を充填し37 度に保った試験管の中で 24 時間発酵させました。
この実験は、京都⼤学⼤学院理学研究科⽣物科学専攻の学⽣実習として⾏われました。彼らは、インド、ブラジルから参加したふたりの招へい学⽣とともに、フィールドワークに加えて、6 時間に 1 回のガス発⽣量の測定のため、ときには夜中に及ぶ実験を 1 週間にわたってやり遂げました。
葉をよく⾷べる屋久島上部域のニホンザルと、果実をよく⾷べる屋久島海岸部のニホンザルで、葉の発酵能⼒を⽐較すると、上部域のほうがガスの発⽣量が多く、発酵の産物のうち、酪酸の産⽣量が多くなっていました。
糞と、発酵後の懸濁液を遺伝⼦解析して腸内細菌の種構成を調べてみたところ、上部域と海岸部では、種構成が異なっていました。また、どのような遺伝⼦が含まれているのかを調べてみると、どちらの地域でも、植物の細胞壁成分であるセルロースなどの多糖を分解する遺伝⼦を持っていました。ニホンザルをはじめとする脊椎動物はこの遺伝⼦を持っておらず、ニホンザルは、腸内細菌のはたらきを借りて葉を消化していることが確認されました。また、海岸部のニホンザルの腸内細菌には、グリコーゲン合成にかかわる遺伝⼦が、上部域より多く含まれていました。果実を主に⾷べる海岸部では、グルコースを多く摂取したときに、それをグリコーゲンに変えて、肝臓に貯蔵する、という反応が多く⾏われている可能性があります。
試料中に含まれる複数の種類の遺伝⼦を丸ごと読む次世代シーケンス技術の進展によって、1 個体あたり数百種にものぼる、きわめて多様な⽣物群集である腸内細菌の種構成に関する報告が、近年相次いでいます。そのような膨⼤な知⾒とは裏腹に、「その腸内細菌は、それを持つ宿主の動物の⽣存に、どのように貢献しているか」という、⽣態学にとって重要な問いに、簡明に答える研究は存在していませんでした。本研究は、試験管消化試験と遺伝⼦解析を組み合わせて、葉を常⾷する個体の腸内細菌は、葉の発酵能⼒が⾼いことを明瞭に⽰しました。⾃分⾃⾝の体を変えずに、多様な⾷物を⾷べるジェネラリストの動物が、変動する⾷物環境に適応する⼿段の⼀つとして、腸内細菌の重要性を⽰唆するものです。
<論⽂のタイトルと著者>
タイトル:Fermentation ability of gut microbiota of wild Japanese macaques in the highland and lowland Yakushima: in vitro fermentation assay and genetic analyses
著 者:Goro Hanya, Janko Tackmann, Akiko Sawada, Wanyi Lee, Sanjeeta Sharma Pokharel, Valdevino Gisele de Castro Maciel, Akito Toge, Kota Kuroki, Ryoma Otsuka, Ryoma Mabuchi, Jie Liu, Masaomi Hatakeyama, Eri Yamasaki, Christian von Mering, Rie Shimizu-Inatsugi, Takashi Hayakawa, Kentaro K. Shimizu, Kazunari Ushida
発表雑誌: Microbial Ecology
D O I:10.1007/s00248-020-01515-8
―動物の消化への腸内細菌の寄与―概要
京都⼤学霊⻑類研究所の半⾕吾郎准教授らの研究グループは、屋久島の野⽣ニホンザルの新鮮な糞と葉を混ぜて試験管内で発酵させたところ、葉をよく⾷べている地域のほうが発酵が多く⾏われることがわかりました。
ニホンザルの腸内細菌の種構成は、葉をよく⾷べる地域と果実をよく⾷べる地域で分かれており、果実をよく⾷べる地域では、糖の貯蔵にかかわる遺伝⼦が多く腸内細菌に含まれていました。多くの種類の⾷物を⾷べるジェネラリスト(広⾷性)の動物では、⾃分⾃⾝の遺伝⼦ではなく、腸内細菌を柔軟に変化させて、その場所に応じた⾷物の消化能⼒を⾝につけている可能性が⽰唆されました。
本研究成果は、2020 年 4 ⽉ 24 ⽇に国際学術誌「Microbial Ecology」のオンライン版に掲載されました。
背景
動物の中には、特定の⾷べ物だけを⾷べるように特殊化したスペシャリスト(狭⾷性)もいれば、多くの種類の⾷物を⾷べるジェネラリスト(広⾷性)もいます。野菜、果物、⾁、⿂、乳製品、キノコ、昆⾍、海藻、と、ありとあらゆるものを⾷べるヒトは、もっとも典型的なジェネラリストだといえるでしょう。
スペシャリストの代表であるアイアイは、硬いものの中に隠されている栄養豊富な⾷べ物、例えば硬い⽊の実の殻の中⾝を⾷べるために、⼀⽣伸び続ける切⻭、⼤きな⽿、⼀本だけ細くて⻑い中指を持っています。殻の外側を指でたたいてその⾳を聞き、中⾝があることを確かめてから、硬い⻭で殻に⼩さな⽳をあけ、細い中指で中⾝を掻き出して⾷べます。ヒトが道具を使ってクルミの殻をあけるように、彼らは⾃分⾃⾝の体を精妙に作り変えて、ほかの動物には⾷べられない⾷物を⾷べるように進化したのです。
ニホンザルは、葉や果実、種⼦、昆⾍、キノコなど、さまざまな⾷物を⾷べるジェネラリストです。彼らは、亜熱帯性の照葉樹林の広がる⿅児島県屋久島の低地の森にも、世界有数の豪雪地帯である北アルプスの⼭岳地帯にも住んでいます。豊富な⽊の実をおなかいっぱい⾷べられるときもあれば、ごくごく⼩さな⽊の芽や、樹⽪をはがして⾷べるしかないときもあります。彼らは、さまざまな⾷べ物を⾷べるために、⾃分⾃⾝の体をなにか特定の⾷物に特殊化させてしまうわけにはいきません。彼らは、⾷物条件が⼤きく異なるときに、どうしているのでしょうか?
近年、⾃分⾃⾝の体を作り変えずに、さまざまな⾷物を⾷べるための適応として、腸内細菌の役割に注⽬が集まっています。たとえば、海藻を常⾷する⽇本⼈の腸内細菌には、海藻特有の炭⽔化物を分解する酵素を持つものがいることが知られています。ヒトには 2 万種類あまりの遺伝⼦しかないのに対し、ヒト 1 個体の持つ、500-1000 種に上る腸内細菌には、300 万以上の遺伝⼦が含まれると推定されています。動物がこの膨⼤な数の腸内細菌を、⾃分の⽣存のためにどのように利⽤しているか、近年急速に研究が進められています。
成果
本研究では、動物の持つ腸内細菌の発酵能⼒を明らかにするため、新鮮な糞と基質となる⾷物を混ぜ合わせて試験管内で発酵させる試験管消化試験を⾏いました。⻑年ニホンザルの研究が⾏われ、野⽣のサルを間近に観察できる屋久島で、排泄直後の新鮮な糞を採取し、それを京都⼤学野⽣動物研究センターの観察ステーションの実験室にすぐに持ち帰り、糞を、ヒサカキの葉の粉末と混ぜ、消化管の中を模した、⼆酸化炭素を充填し37 度に保った試験管の中で 24 時間発酵させました。
この実験は、京都⼤学⼤学院理学研究科⽣物科学専攻の学⽣実習として⾏われました。彼らは、インド、ブラジルから参加したふたりの招へい学⽣とともに、フィールドワークに加えて、6 時間に 1 回のガス発⽣量の測定のため、ときには夜中に及ぶ実験を 1 週間にわたってやり遂げました。
葉をよく⾷べる屋久島上部域のニホンザルと、果実をよく⾷べる屋久島海岸部のニホンザルで、葉の発酵能⼒を⽐較すると、上部域のほうがガスの発⽣量が多く、発酵の産物のうち、酪酸の産⽣量が多くなっていました。
糞と、発酵後の懸濁液を遺伝⼦解析して腸内細菌の種構成を調べてみたところ、上部域と海岸部では、種構成が異なっていました。また、どのような遺伝⼦が含まれているのかを調べてみると、どちらの地域でも、植物の細胞壁成分であるセルロースなどの多糖を分解する遺伝⼦を持っていました。ニホンザルをはじめとする脊椎動物はこの遺伝⼦を持っておらず、ニホンザルは、腸内細菌のはたらきを借りて葉を消化していることが確認されました。また、海岸部のニホンザルの腸内細菌には、グリコーゲン合成にかかわる遺伝⼦が、上部域より多く含まれていました。果実を主に⾷べる海岸部では、グルコースを多く摂取したときに、それをグリコーゲンに変えて、肝臓に貯蔵する、という反応が多く⾏われている可能性があります。
試料中に含まれる複数の種類の遺伝⼦を丸ごと読む次世代シーケンス技術の進展によって、1 個体あたり数百種にものぼる、きわめて多様な⽣物群集である腸内細菌の種構成に関する報告が、近年相次いでいます。そのような膨⼤な知⾒とは裏腹に、「その腸内細菌は、それを持つ宿主の動物の⽣存に、どのように貢献しているか」という、⽣態学にとって重要な問いに、簡明に答える研究は存在していませんでした。本研究は、試験管消化試験と遺伝⼦解析を組み合わせて、葉を常⾷する個体の腸内細菌は、葉の発酵能⼒が⾼いことを明瞭に⽰しました。⾃分⾃⾝の体を変えずに、多様な⾷物を⾷べるジェネラリストの動物が、変動する⾷物環境に適応する⼿段の⼀つとして、腸内細菌の重要性を⽰唆するものです。
<論⽂のタイトルと著者>
タイトル:Fermentation ability of gut microbiota of wild Japanese macaques in the highland and lowland Yakushima: in vitro fermentation assay and genetic analyses
著 者:Goro Hanya, Janko Tackmann, Akiko Sawada, Wanyi Lee, Sanjeeta Sharma Pokharel, Valdevino Gisele de Castro Maciel, Akito Toge, Kota Kuroki, Ryoma Otsuka, Ryoma Mabuchi, Jie Liu, Masaomi Hatakeyama, Eri Yamasaki, Christian von Mering, Rie Shimizu-Inatsugi, Takashi Hayakawa, Kentaro K. Shimizu, Kazunari Ushida
発表雑誌: Microbial Ecology
D O I:10.1007/s00248-020-01515-8