2020-07-01 農研機構
ポイント
農研機構は、花の観賞が脳の活動に影響を与え、心理的、生理的に生じたストレス反応を緩和させることを明らかにしました。ストレスを与えた実験参加者に花の画像を見せると、ネガティブな情動が減少し、ストレスにより上昇した血圧やストレスホルモンの値が低下しました。本成果により”花の癒し効果”が心理的、生理的、脳科学的に実証されました。
概要
農研機構は筑波大学等と共同で、花の観賞による癒し効果を心理的、生理的、脳科学的データによって示しました。
実験参加者に不快な画像を見せて心的ストレスを負荷し、その後、花の画像を見せたところ、不快な画像によって生じたネガティブな情動(恐怖や嫌悪感)が減少してポジティブに転じました。さらに、上昇していた血圧は3.4%低下し、その低下幅は花以外の画像を見せた時に比べて有意に大きなものでした。また、ストレスによって上昇するホルモンの値は花の画像によって21%低下することが確認されました。
実験参加者の脳活動を解析した結果から、花の画像を見ることによって情動の生起に関わる脳領域(扁桃体)の活動が抑制されることが明らかになりました。実験参加者は「花」という刺激に惹きつけられることで、ストレス源であった不快画像から注意が逸れたと推察されました。その結果、ネガティブな情動を生起させていた扁桃体領域の活動が減少し、身体に生じていたストレス反応(血圧やホルモンの上昇)も緩和したと考えられます。今後は、生花の観賞が健康にどの程度寄与するのか、その効果を明らかにしていきたいと考えています。
関連情報
予算:科研費(課題番号 20688001)
問い合わせ先
研究推進責任者 :農研機構野菜花き研究部門 部門長 岡田 邦彦
研究担当者 :同 食品研究部門 食品加工流通研究領域 上級研究員 望月 寛子
(兼任:同 野菜花き研究部門 花き生産流通研究領域)
広報担当者 :同 野菜花き研究部門 研究推進室 湯本 弘子
詳細情報
開発の社会的背景と経緯
ビルが建ち並ぶ都市環境に比べ、木々が育ち小川が流れるような自然環境では、人々の気分が向上し、ストレスが緩和されることが知られています。また自然環境のうち、緑(木々の写真の提示、森林散歩)がストレス軽減効果を持つことは、複数の報告により明らかにされています。一方、花は自然環境を構成する重要な要素の1つであり、お見舞いやプレゼントに多用されるなど、ヒトの心理に影響を与えると予想されますが、花の観賞によってストレス軽減効果が得られるのか十分な検証は行われてきませんでした。
ヒトはストレスを感じると恐怖や怒り、嫌悪などのネガティブな情動が生起します。生理的には血圧が上昇し、コルチゾールと呼ばれるホルモンが上昇します。そこで本研究は、実験的にストレスを与えられた参加者に対して典型的な花の画像と花以外の画像を見せ、情動、血圧、コルチゾールへの影響を比較検討しました。さらに、花によるストレス軽減効果の背景にある脳内メカニズムを明らかにするために、花を見た時に生じる特異的な脳活動を調べました。
研究の内容・意義
1.花を想起する形の調査
大学生34名(平均年齢20.3歳)を対象に、「花と聞いてどんな形を思い浮かべるか」調査を行いました(図1左)。その結果を基に典型的な花の形を決定し(図1右)、花の画像として使用する写真を選定しました。
2.花の画像は青空や椅子の画像よりもストレス反応の軽減に有効である
実験参加者35名(平均年齢24.4歳)を対象に、ストレス期に不快画像(例:事故場面、ヘビ、虫など)を6秒間提示した後、花、青空(自然で心地よい)または椅子(人工的で中立的)の画像を6秒間提示して26秒間安静にする(回復期)試験を各10回ずつ、計30回繰り返して血圧の変化を記録しました。さらに参加者にはストレス期と回復期の2回、気分(情動)を報告するよう求めました。その結果、実験参加者にはストレス期にネガティブな情動が生起されましたが、その情動は回復期において、椅子の画像に比べ、花および青空の画像で有意に改善し、ポジティブに転じることが示されました(図2)。一方で、血圧がより低下したのは花の画像でした。花の画像では回復期に最大で3.4%血圧が低下し、他の2つの条件に比べて平均血圧が約2mmHg低い状態が8秒間続きました(図3)。青空のような心地良い画像によっても心理的な改善効果は認められましたが、身体に生じた生理的ストレス反応(血圧上昇)をより効率的に低減させるのは花であることが示されました。
3.花の画像はストレスホルモン(コルチゾール)を下げる
実験参加者32名(平均年齢21.6歳)に対して、不快画像を4分間提示(ストレス期)した後、花の画像もしくは花のモザイク画像を8分間提示し(回復期)、唾液中コルチゾール値を比較しました。その結果、花条件ではコルチゾールの値が約21%減少しましたが、モザイク条件では減少しませんでした(図4)。
4.花の画像は不快な記憶の想起やネガティブな情動の生起を抑制する
実験参加者17名(25.5歳)を対象に、不快画像の後に花または花以外の画像(花のモザイク、固視点)を見ている時の脳活動をfMRI1)によって計測したところ、花条件では花以外の条件に比べて右半球の扁桃体から海馬に至る領域で活動の低下を認めました(図5)。海馬は記憶の想起、扁桃体は情動の生起にそれぞれ重要な役割を果たす脳領域です。この2つの領域の活動低下は、花の画像によって不快画像の想起が抑制され、さらにネガティブ情動も減少したことを反映していると考えられます。
5.なぜ、花の画像はストレス反応を緩和させたのか?
花の画像がディストラクション(distraction)効果を誘発し、ストレス反応を緩和させたと考えています。心理学分野でディストラクションとは、ストレス源から注意(意識)を逸らす過程を指します。本実験の参加者は、花の画像に惹きつけられることで、ストレス源であった不快画像から意識が逸れたと推察されました。その結果として脳の特定領域における活動が低下し、心理的なネガティブ情動の減少、生理的に生じたストレス反応の緩和が生じたと考えられます。自然の緑によっても同様のディストラクション効果が示唆されています。
期待と今後の予定
本研究は「花の画像」がストレス軽減に有効であることを明らかにしました。花を生活に取り入れることで、日常に起こるストレス反応を上手く軽減できる可能性を示しています。また、毎日のように変化し、よりヒトの目を惹く「生花」は「花の画像」よりもストレス反応の低減により効果的であると推察されます。今後は、生花の観賞が健康にどの程度寄与するのか、その効果を明らかにしていきたいと考えています。
花には、様々な花型、花色があり、香りも存在します。花の特徴が変われば、その花によって生じる脳活動も異なり、心理的・生理的効果も異なると予想されます。今後は、多様な花の多様な効果について、1つ1つ調べていくことも必要となります。
用語の解説
- 1)fMRI(functional magnetic resonance imaging: 磁気共鳴機能画像法)
- MRI装置を用いて、ヒトやその他の動物の脳内の血流量の変化を可視化する方法です。
発表論文
Viewing a flower image provides automatic recovery effects after psychological stress. Mochizuki-Kawai H, Matsuda I, Mochizuki S. Journal of Environmental Psychology (2020) https://doi.org/10.1016/j.jenvp.2020.101445