シン・胸腺上皮細胞~シングルセル解析による胸腺上皮細胞の分化機構解明~

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2022-05-17 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター免疫恒常性研究チームの秋山泰身チームリーダーらの研究グループは、自己免疫疾患[1]の発症抑制に重要な胸腺[2]上皮細胞の新たな分化機構を明らかにしました。

本研究成果は、自己免疫疾患の治療や、発症予防や予後因子の同定などへの応用が期待できます。

胸腺上皮細胞は、Tリンパ球の分化に加えて、自己免疫疾患の発症抑制に重要です。これまで成体の胸腺上皮細胞がどのような機構で維持されているのか、不明でした。

今回、研究グループは、成体マウスから胸腺上皮細胞を採取し、1細胞ごとに遺伝子発現解析、クロマチン構造解析(ATAC解析)[3]を行うことで、高い増殖性を持つ新たな胸腺上皮細胞を同定しました。さらに、胸腺器官の再構成実験により、この胸腺上皮細胞は、胸腺の髄質領域[4]に存在し、分化が完了していない未熟な増殖性前駆細胞であることを明らかにしました。

本研究は、オンライン科学雑誌『eLife』(5月17日付:日本時間5月17日)に掲載されました。

背景

自己免疫疾患は、自己組織に対する免疫応答(自己免疫)が起き、それが持続した状態です。世界人口の約5%が何らかの自己免疫疾患に罹患していると報告されています。その多くは原因がよく分かっておらず、根治が難しい病気です。自己免疫疾患の治療や、予防法を開発するためには、体内で自己免疫がどのように抑制されているのか調べることが重要です。

自己免疫を抑制する上で、重要な臓器がリンパ組織の一つである胸腺です。胸腺では、免疫応答に重要なTリンパ球(T細胞)[5]が分化しますが、その際、自己免疫を起こす可能性のあるT細胞(自己応答性T細胞)も分化します。しかし、通常は自己応答性T細胞の多くが胸腺で除かれ、体内で起きる自己免疫を抑制しています。この機構に重要な細胞が、胸腺の髄質領域に存在する上皮細胞(髄質上皮細胞)です。

髄質上皮細胞は体内のさまざまな臓器で特異的に発現するタンパク質(組織特異的抗原:インシュリンなど)を多種類にわたり異所的に発現し、それらを抗原としてT細胞に提示することができます。この組織特異的抗原に応答するT細胞は、自己応答性T細胞として胸腺で除去されます。そして、この機構が異常になると自己応答性T細胞が除去されず、自己免疫疾患が引き起こされます。髄質上皮細胞における組織特異的抗原の異所的発現は、核内因子AIRE[6]により誘導されます。そしてAIREを発現する髄質上皮細胞は、成体で絶えず入れ替わっていますが、その維持機構は明らかになっていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、マウスの胸腺から上皮細胞を採取し、1細胞ごとの遺伝子発現解析とクロマチン構造解析(ATAC解析)を行うことで細胞を分類し、両者のデータを統合解析しました(図1)。その結果、特異的な遺伝子発現プロファイルとクロマチン構造を持つ新しいタイプの「AIRE発現髄質上皮細胞」が存在することが判明しました。

図1 1細胞のクロマチン構造解析(左)とRNAシークエンス解析(右)の統合解析

マウス胸腺上皮細胞を1細胞ごとにクロマチン構造解析(左、Single cell ATAC解析)とRNAシークエンス解析(右、Single cell RNA-seq解析)を行い、細胞を分類した(カラーと番号で区別)。


この新たなAIRE発現髄質上皮細胞は、細胞増殖に必要な遺伝子を高く発現していました。そこで、理研脳神経科学研究センター細胞機能探索技術研究チームの宮脇敦史チームリーダーと阪上朝子研究員が開発したFucci技術[7]を利用して、増殖中のAIRE発現髄質上皮細胞を採取し、その特徴を調べました。RNAシークエンス解析を利用して遺伝子発現プロファイルを確認したところ、増殖性AIRE発現髄質上皮細胞は、成熟髄質上皮細胞に比べて、組織特異的遺伝子群の発現が非常に少ないことが判明しました(図2)。すなわち、増殖性AIRE発現髄質上皮細胞は、これまで報告されたAIRE発現髄質上皮細胞とは全く異なる性質を持つことが明らかになりました。

成熟髄質上皮細胞と増殖性髄質上皮細胞における組織特異的遺伝子発現の比較の図

図2 成熟髄質上皮細胞と増殖性髄質上皮細胞における組織特異的遺伝子発現の比較

成熟髄質上皮細胞と増殖性髄質上皮細胞の間で遺伝子発現量の比を横軸、変動の有意差を縦軸でプロットした。赤点は2倍以上かつ有意に変動した遺伝子のプロットを示している。


次いで、増殖性AIRE発現髄質上皮細胞が、成熟したAIRE発現髄質上皮細胞に分化するのかを検討しました。マウスの胸腺から分取した増殖性AIRE発現髄質上皮細胞を、マウス胎仔胸腺細胞と混合して胸腺器官を再構成した後に培養しました。培養した再構成胸腺に存在する髄質上皮細胞を解析したところ、増殖性AIRE発現髄質上皮細胞は、組織特異的抗原を発現する成熟したAIRE発現髄質上皮細胞に分化することが分かりました。

今後の期待

体内のさまざまな組織には、分化が完了した細胞と組織幹細胞[8]の間に、一過性に増殖する分化段階の細胞が存在します。今回の研究から、胸腺上皮細胞でも同様な一過性増殖細胞が存在することが初めて証明されました。この一過性に増殖する髄質上皮細胞や前段階の組織幹細胞を詳細に調べることで、髄質上皮細胞の分化と維持の機構が明らかになります。

さらに、その知見を利用して、髄質上皮細胞の異常による自己免疫疾患の発症を抑制する方法の開発も期待できます。

補足説明

1.自己免疫疾患
自己の組織に対して免疫応答が開始し、持続することで、組織の正常機能が損なわれる疾患。

2.胸腺
Tリンパ球の分化に重要なリンパ組織の一つ。またTリンパ球が分化する際、自己タンパク質に応答する(自己応答性)Tリンパ球を選択して除去する機能を持つため、自己免疫疾患の発症を抑制する上でも重要な組織である。

3.クロマチン構造解析(ATAC解析)
DNAとヒストンタンパク質の複合体であるクロマチンの構造解析。ATAC解析では、ヒストンが結合していないゲノムDNA領域が同定できる。ATACはAssay for Transposase-Accessible Chromatinの略。

4.胸腺の髄質領域
胸腺組織は内側部分である髄質領域と外側部分の皮質領域に大きく分かれる。髄質領域で自己応答性T細胞が除去される。

5.Tリンパ球(T細胞)
免疫応答を誘導するリンパ球の1群。他の免疫細胞を活性化したり、ウイルス感染した細胞を殺したりする機能を持つ。

6.核内因子AIRE
髄質上皮細胞で組織特異的抗原の発現を誘導する核内タンパク質。このタンパク質に変異があると、ヒトで自己免疫疾患を発症する。

7.Fucci技術
細胞周期の進行を蛍光タンパク質で検出する技術。細胞周期の中でDNA合成期、分裂期およびその間は緑色の蛍光、分裂期からDNA合成期は赤色蛍光で検出できる。

8.幹細胞
組織中に存在し、自己複製能と組織内の成熟細胞への分化能を持つ細胞。

研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター
免疫恒常性研究チーム
技師 宮尾 貴久(ミヤオ・タカヒサ)
上級研究員 秋山 伸子(アキヤマ・ノブコ)
チームリーダー 秋山 泰身(アキヤマ・タイシン)
融合領域リーダー育成プログラム
上級研究員 井上 梓(イノウエ・アズサ)
エピゲノム技術研究チーム
チームリーダー 蓑田 亜希子(ミノダ・アキコ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「胸腺上皮細胞の多様性による自己免疫疾患の発症抑制(研究代表者:秋山泰身)」、同基盤研究(C)「自己免疫寛容を誘導する胸腺上皮細胞の分化・維持機構の解明(研究代表者:秋山伸子)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Takahisa Miyao, Maki Miyauchi, S. Thomas Kelly, Tommy W. Terooatea, Tatsuya Ishikawa, Eugene Oh, Sotaro Hirai, Kenta Horie, Yuki Takakura, Houko Ohki, Mio Hayama, Yuya Maruyama, Takao Seki, Haruka Yabukami, Masaki Yoshida, Azusa Inoue, Asako Sakaue-Sawano, Atsushi Miyawaki, Masafumi Muratani, Aki Minoda, Nobuko Akiyama, and Taishin Akiyama, “Integrative analysis of scRNAs-seq and scATAC-seq revealed transit-amplifying thymic epithelial cells expressing autoimmune regulator”, eLife, 10.7554/eLife.73998

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 免疫恒常性研究チーム
チームリーダー 秋山 泰身(アキヤマ タイシン)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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