ケタミンの即効性抗うつ作用に関わる新しいメカニズムを解明!

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2022-05-17 金沢大学,大阪公立大学,日本医療研究開発機構

金沢大学医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授、金田勝幸教授、大阪公立大学大学院医学研究科脳神経機能形態学の近藤誠教授らの共同研究グループは、ケタミン(※1)の即効性抗うつ作用に関わる新しいメカニズムを解明しました。

うつ病の患者数は世界で約2.8億人(※2)と言われ、深刻な社会経済的損失をもたらします。しかし、現在うつ病の治療に用いられる抗うつ薬は、効果発現が遅く、3分の1以上の患者は治療抵抗性であることが問題となっています。2000年代の臨床研究により、全身麻酔薬として古くから用いられているケタミンが、麻酔用量よりも低用量で治療抵抗性うつ病患者に対して即効性の抗うつ作用をもたらすことが明らかとなり、大きな注目を集めています。ケタミンには依存性や精神症状(幻覚、妄想など)といった重大な副作用があるため、ケタミン自体の臨床応用には大きな問題が伴います。そこで、不明な点が多いケタミンの作用メカニズムの解明により、有効性が高く、かつ副作用の小さい治療薬の開発につなげることが期待されます。

本研究グループは、マウスの脳を解析し、ケタミンを投与すると、内側前頭前野(mPFC)(※3)においてインスリン様成長因子-1(IGF-1)(※4)の遊離が持続的に増加し、このIGF-1がケタミンの抗うつ作用の発現に重要な役割を果たしていることを世界で初めて発見しました。

本研究でIGF-1の役割が明らかとなったことにより、将来、IGF-1を標的とした、ケタミンより安全性の高い新しい抗うつ薬の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2022年5月17日午前1時(英国夏時間)に米国オンライン科学誌『Translational Psychiatry』に掲載されました。

研究の背景

うつ病は身近な精神疾患であり、ひきこもりや自殺の要因となり、深刻な社会経済的損失をもたらします。うつ病の患者数は世界で約2.8億人といわれていますが、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行に伴う日常生活や働き方の変化がストレスとなり、その患者数は急増(※5)しています。一方で、現在うつ病の治療に用いられているモノアミン系の抗うつ薬(※6)は、効果発現が遅く、3分の1以上のうつ病患者は治療抵抗性であることが問題となっています。そのため、即効性で、治療抵抗性うつ病患者にも効果を示す新しい抗うつ薬の開発が強く望まれています。

2000年代の臨床研究により、NMDA受容体(※7)阻害薬のケタミンが、治療抵抗性うつ病患者に即効性の抗うつ作用をもたらすことが明らかとなり、大きな注目を集めています。ケタミンの抗うつ作用について、これまでの研究では、脳の内側前頭前野(mPFC)における脳由来神経栄養因子(BDNF)の関与が見いだされているものの、BDNF経路だけでは抗うつ作用の説明がつかず、新規のメカニズム解明が必要となっていました。

研究成果の概要

本研究グループは、インスリン様成長因子-1(IGF-1)をmPFC内に局所投与すると、即効性の抗うつ作用が生じるという報告(※8)に着目し、mPFCに内在するIGF-1がケタミンの即効性抗うつ作用に関与しているのではないかと考えました。そして、実際にケタミン投与後のマウスの脳を解析したところ、mPFCにおいてIGF-1の遊離が数時間にわたり増加することを発見しました(図1)。次に、このIGF-1がケタミンの抗うつ作用に関与するかどうかを、マウスを用いた行動実験により調べました。その結果、IGF-1の働きを阻害するタンパク質(IGF-1中和抗体)をmPFC内に局所投与したマウスでは、ケタミンの抗うつ作用が消失することを明らかにしました(図2)。これらの結果は、ケタミンによりmPFC内で遊離が増加したIGF-1が、抗うつ作用の発現に重要であることを強く示唆しています。


図1 マウスにケタミンを投与すると、脳の内側前頭前野(mPFC)においてインスリン様成長因子-1(IGF-1)の遊離が持続的に増加した。*は統計解析(繰り返しのある2元配置分散分析)により有意差があることを示す(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001)。


図2 ケタミンの抗うつ作用に対するmPFC内のIGF-1の役割をマウスの行動実験で調べた。無動時間(グラフ縦軸の値)が短いほど、抗うつ作用が強い。IGF-1中和抗体(IGF-1の働きを阻害するタンパク質)をマウスのmPFC(両側)に局所投与すると、ケタミンの抗うつ作用は見られなくなった。この結果から、ケタミンの抗うつ作用におけるmPFC内IGF-1の重要性が示唆された。*は統計解析(2元配置分散分析)により有意差があることを示す(***p<0.001)。


さらに、IGF-1と、先行研究でケタミンの抗うつ作用に関与することが知られていたBDNFとの関係性を調べました。BDNFをmPFC内に局所投与すると、ケタミンと似た抗うつ作用が発現しますが、この抗うつ作用はIGF-1中和抗体を同時に局所投与しても影響を受けませんでした。また、IGF-1をmPFC内に局所投与すると生じる抗うつ作用も、BDNFの働きを阻害するタンパク質(BDNF中和抗体)を同時に局所投与しても消失しませんでした。これらの結果から、IGF-1とBDNFは異なるメカニズムで、ケタミンの抗うつ作用に関与している可能性が明らかになりました。

今後の展開

本研究により、ケタミンの抗うつ作用にmPFCにおけるIGF-1が重要な役割を果たしていることが新たに明らかとなりました。ケタミンには、依存性や精神症状などの重大な副作用があるため、ケタミン自体の臨床応用には大きな問題が伴います。今後、本研究で明らかとなったIGF-1を標的とした、ケタミンより安全性の高い新たな即効性抗うつ薬の開発につながることが期待されます。

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)「治療抵抗性うつ病に対する新規治療薬の開発」、日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究戦略的推進プログラム(大阪大学拠点)「SSRI治療抵抗性うつ病に対する新規治療薬の開発」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費 基盤研究(C)JP19K07120、JP19K11440、島原科学振興会、武田科学振興財団、日立財団倉田奨励金、三菱財団、持田記念医学薬学振興財団、先進医薬研究振興財団、宇部興産学術振興財団の支援を受けて実施されました。

掲載論文
雑誌名
Translational Psychiatry
論文名
IGF-1 release in the medial prefrontal cortex mediates the rapid and sustained antidepressant-like actions of ketamine
(内側前頭前野におけるIGF-1遊離はケタミンの即効性かつ持続性の抗うつ作用に関与する)
著者名
Satoshi Deyama,Makoto Kondo,Shoichi Shimada,Katsuyuki Kaneda
(出山諭司、近藤誠、島田昌一、金田勝幸)
掲載日時
2022年5月17日午前1時(英国夏時間)にオンライン版に掲載
DOI
10.1038/s41398-022-01943-9
用語解説
※1 ケタミン
1960年代に合成された全身麻酔薬。既存の抗うつ薬が効かない治療抵抗性うつ病患者に低用量のケタミンを点滴で静脈内に投与すると、数時間以内に抗うつ作用が現れ、この抗うつ作用は1週間程度持続する。
※2 うつ病の患者数は世界で約2.8億人
引用元:世界保健機関ウェブサイト(2021年9月13日更新版)、https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/depression
※3 内側前頭前野(mPFC : medial prefrontal cortex)
大脳の前頭葉の最前部に位置する前頭前野と呼ばれる脳領域の内側部分であり、うつ病との関連が報告されている。
※4 インスリン様成長因子-1(IGF-1: insulin-like growth factor-1)
インスリンとよく似た構造をもつタンパク質。細胞の分化・増殖の促進、細胞死の抑制など多様な生理作用を有する。
※5 患者数は急増
引用元:Lancet誌、398巻、1700-1712ページ、Covid-19 Mental Disorders Collaborators、2021年、DOI:10.1016/S0140-6736(21)02143-7
※6 モノアミン系の抗うつ薬
現在、日本国内で処方されている抗うつ薬はすべて、細胞外のモノアミン(セロトニンやノルアドレナリン)量を増加させる作用を持つ。これらの抗うつ薬は即効性が乏しく、抗うつ作用が現れるまでに数週間以上の服用が必要であり、さらに3分の1以上のうつ病患者では治療効果が見られない。
※7 NMDA受容体(N-methyl-D-aspartate受容体)
脳における主要な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一つ。神経細胞の興奮性、記憶・学習の細胞レベルでの基盤と考えられているシナプス可塑性、病的条件下における神経細胞死など、多岐にわたる脳機能に深く関わっている。活性化状態にあるNMDA受容体を阻害することが、麻酔薬としてのケタミンの効果に重要であると知られている。
※8 IGF-1をmPFC内に局所投与すると、即効性の抗うつ作用が生じるという報告
引用元:International Journal of Neuropsychopharmacology誌、19巻、pyv101、Burgdorfら、2016年、DOI:10.1093/ijnp/pyv101
本件に関するお問い合わせ先

研究内容に関すること
金沢大学医薬保健研究域薬学系 准教授
出山 諭司(でやま さとし)

大阪公立大学大学院医学研究科脳神経機能形態学 教授
近藤 誠(こんどう まこと)

広報担当
金沢大学医薬保健系事務部薬学・がん研支援課企画総務係
宮下 亜矢子(みやした あやこ)

大阪公立大学広報課
上嶋 健太(かみしま けんた)

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部疾患基礎研究課
脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)

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