皮膚硬化治療薬として世界初、医師主導治験により全身性強皮症に対するB細胞除去療法の有効性を証明

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2021-05-27 東京大学,日本医療研究開発機構

発表者

吉崎 歩(東京大学医学部(皮膚科学)/東京大学医学部附属病院 皮膚科 講師)
江畑 慧(東京大学医学部附属病院 皮膚科 助教)
佐藤 伸一(東京大学大学院医学系研究科 皮膚科学/東京大学医学部附属病院 皮膚科 教授)

発表のポイント
  • 自己免疫疾患(注1)の一つである全身性強皮症を対象に、医師主導治験(注2)としてリツキシマブを用いたプラセボ対照二重盲検並行群間比較試験(注3)を行い、主要な症状である皮膚硬化と肺線維症に対する優れた有効性を見いだしました。
  • 企業をはじめ、様々な研究者が治療薬の開発を精力的に行っているにもかかわらず、全身性強皮症に対する有効な治療はほとんど世に出ておらず、特に二重盲検試験において皮膚硬化を主要評価項目(注4)として有効性を示せた研究はこれまで存在していなかったことから、皮膚硬化に対して有効な薬剤自体を見いだした世界初の成果であると言えます。
  • 今回の成果をもって、リツキシマブの全身性強皮症に対する保険適用を目指し、そのステップとして現在、製造販売元の製薬会社より独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)への薬事承認申請が行われています。
発表概要

東京大学医学部附属病院皮膚科の佐藤伸一教授、吉崎歩講師、江畑慧助教らの研究グループは、全身性強皮症(以下、強皮症)に対する多施設共同医師主導治験(治験責任医師・調整医師 吉崎歩講師)を行い、リツキシマブの投与によるB細胞(注5)除去療法が強皮症の皮膚硬化に対して有効であることを世界に先駈けて証明しました。

強皮症は線維化病変(注6)を来す、膠原病に属する自己免疫疾患で、厚生労働省が定める指定難病(注7)に認定されています。線維化病変は皮膚をはじめ内臓を含む全身に生じ、特に肺に発生した線維化病変(肺線維症)は高頻度に生命を脅かします。原因は未だ不明ですが、免疫抑制薬が一定の効果を示すことから、病態には免疫異常が関与していることが予測されていました。今回の治験では、皮膚と肺に生じる線維化病変である皮膚硬化と肺線維症の改善を、それぞれ主要評価項目、副次評価項目とし、免疫を担当するB細胞を除去する薬剤「リツキシマブ」の効果を科学的に調べました。これまで皮膚硬化に対する有効性を証明できた薬剤は存在せず、今回の治験は世界で初めて皮膚硬化に対する薬効を証明したものとなります。

現在、リツキシマブの製造販売元から、PMDAへ承認申請が行われています。承認された後には強皮症に対する新しい治療選択肢が生まれ、福音となることが期待されます。

なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「難治性疾患実用化研究事業」の支援と、リツキシマブの製造販売元である全薬工業株式会社の支援(治験費用の一部と治験薬の無償供与)を受け、東京大学医学部附属病院治験審査委員会の承認のもと実施されました。本治験の結果は、膠原病分野を代表する雑誌の一つである英国誌The Lancet Rheumatology誌(オンライン版:日本時間2021年5月27日)に掲載されました。

発表内容
研究の背景

全身性強皮症(以下、強皮症)は、皮膚をはじめ、内臓を含めた全身に、線維化病変と血管障害を来す、膠原病に属する自己免疫疾患です。国内では、少なくとも20,000人以上が罹患していると推測されており、診断基準を満たさない軽症例を含めると40,000人以上の患者が存在すると考えられています。病気の原因は不明で、根本的な治療は存在せず、厚生労働省が定める指定難病に認定されています。未治療のまま放置すると、症状がしばしば進行し、特に肺線維症と呼ばれる肺に生じた線維化病変は、ときとして致命的となります。

東京大学医学部附属病院皮膚科の佐藤伸一教授らは長年、強皮症の発症と進行には、白血球の一種であるB細胞が関与していることを多くの研究によって示してきました。B細胞は身体の外から侵入してきた細菌やウイルスに対する抗体産生をはじめ、他の白血球を活性化させるなど、免疫系において重要な役割を担っています(図1)。このB細胞が必要以上に活発に働いてしまうことが強皮症を引き起こしている可能性を世界に先駈けて明らかにしました(図2)。この成果を受けて、B細胞を除去する作用を持つ抗CD20抗体製剤「リツキシマブ」を用いた、多数の臨床研究が多くの施設で行われてきました。東京大学医学部附属病院皮膚科においても、吉崎歩講師らを中心に2012年から2017年にかけて、強皮症に罹患し肺線維症を合併した14人に対して、倫理審査委員会の承認のもとリツキシマブの投与が行われました。その結果、リツキシマブは従来の治療法であるエンドキサンパルス療法よりも、肺線維症と皮膚に生じた線維化病変である皮膚硬化を改善させる可能性が示されました[Ebata S, Yoshizaki A, Sato S, et al. J Dermatol. 2019, 46: 1006-13]。この結果から、リツキシマブは強皮症に対する新たな治療薬になる可能性が示唆されました。


図1.B細胞がもつ多彩な機能B細胞は抗体を産生する機能に加えて、抗原提示能や炎症物質産生能などの多くの機能をもち、T細胞やマクロファージ、樹状細胞など他の免疫細胞を活性化します。(Yoshizaki A. J 2016, 43: 39-45)


図2.強皮症の病態とB細胞の関係強皮症は自己免疫異常、線維化、血管障害の3つの主な病態から成り立っています。その中心にB細胞異常が存在すると考えられています。(Yoshizaki A, Sato S. Systemic sclerosis. Springer Inc., pp21-37, 2016)

研究の内容

基礎研究によって見いだされた新しい治療法の有効性を科学的に証明し、保険適用の中で使えるようにするためには、治験と呼ばれる厳密に管理された環境下で行われる臨床研究を行う必要があります。今回、東京大学医学部附属病院皮膚科の佐藤伸一教授、吉崎歩講師、江畑慧助教らは、強皮症に対するB細胞除去療法の有効性を証明するために、強皮症に対するリツキシマブのプラセボ対照二重盲検並行群間比較試験を実施しました。この治験は、吉崎歩講師を責任医師・調整医師とする多施設共同医師主導治験として行われました(ClinicalTrials.gov: NCT04274257, UMIN-CTR: UMIN000030139)。この治験は国内の4施設で行われ、合計56人の強皮症患者が参加しました。治験薬(リツキシマブもしくはプラセボ)の投与から24週後の時点において、リツキシマブはプラセボと比較して、主要評価項目として設定された皮膚硬化の指標である修正ロドナンスキンスコアと、副次評価項目として設定された肺線維症の指標である%努力性肺活量を有意に改善しました。本治験は、過去に行われた臨床研究の結果から、主要評価項目である皮膚硬化に対するリツキシマブの有効性を治験に先立って統計学的に予測し、これを検証する形で行われた検証的治験でした。つまり、今回の治験結果により、リツキシマブは強皮症の皮膚硬化に対して有効であることが科学的に証明されたことになります。加えて、副次評価項目の結果から、リツキシマブは強皮症の肺線維症に対しても有効であることが示唆されました。

社会的意義・今後の展望

これまで、皮膚硬化を主要評価項目として行われた検証的治験の中で、有効性を示すことができた研究は存在しませんでした。従って、本治験は強皮症の皮膚硬化に対するリツキシマブの有効性を証明しただけでなく、世界で初めて皮膚硬化に対して有効な薬剤自体を見いだした先駆的な研究と言えます。強皮症において皮膚硬化は最も主要な症状で、ほぼ全例に病初期から生じます。さらに東京大学医学部附属病院皮膚科に通院する1,000名を超える強皮症患者のうち、詳細な情報が入手可能であった198名の解析からは、皮膚硬化の重症度は肺線維症の重症度と相関し、同時に皮膚硬化の重症化は肺線維症の進行をもたらすことが示唆されています[Matsuda KM, Yoshizaki A, Ebata S, Sato S, et al. Arthritis Res Ther. 2019, 21: 129]。つまり、皮膚硬化に対して有効な治療は、肺線維症の進行防止にも有効であることが示唆され、リツキシマブは強皮症の症状を広く抑制することが予測されます。現在、リツキシマブの製造販売元から、PMDAへ承認申請が行われています。承認された後には強皮症に対する保険適用の新しい治療選択肢が生まれ、強皮症患者にとって大きな福音となることが期待されます。

発表雑誌
雑誌名
「The Lancet Rheumatology」(オンライン版:2021年5月27日)
論文タイトル
Safety and efficacy of rituximab in systemic sclerosis(DESIRES):a double-blind, investigator-initiated, randomised, placebo-controlled trial
著者
Satoshi Ebata*, Ayumi Yoshizaki*, Koji Oba, Kosuke Kashiwabara, Keiko Ueda, Yukari Uemura, Takeyuki Watadani, Takemichi Fukasawa, Shunsuke Miura, Asako Yoshizaki-Ogawa, Yoshihide Asano, Naoko Okiyama, Masanari Kodera, Minoru Hasegawa, Shinichi Sato*
*equally contributed
用語解説
(注1):自己免疫疾患
外来異物から自身を守る免疫が、何らかの原因で、自分自身を攻撃してしまうようになり、これによって生じる疾患を総称して自己免疫疾患と呼びます。
(注2):医師主導治験
製薬会社が行う一般的な治験とは異なり、対象疾患を専門とする医師が中心となって、自ら行う治験のことです。実際に患者さんの診療に当たっている医師らが、日常の診療から、ぜひ解決する必要があると考えた医学的な課題に基づいて計画されます。
(注3):二重盲検並行群間比較試験
二重盲検比較試験とは、実施に関わるすべての人が、投与される薬がプラセボか実薬かを知らされずに行われる試験のことです。この方法を採用することで、評価に主観やプラセボ効果が入ることを防げます。並行群間比較試験は、被験者を無作為に、実薬を投与するグループとプラセボを投与するグループに分け、両群同時に、同じ期間、薬を投与する試験デザインです。この手法により、被験薬の効果や安全性を相対的に評価することが可能になります。両者を組み合わせた二重盲検並行群間比較試験は、新規の治療薬の有効性・安全性を正確に評価できるので、保険承認の可否を決定する目的で施行される治験の中で、最も標準的な手法です。
(注4):評価項目
治験において評価される項目は主に主要評価項目と副次評価項目に分けられます。主要評価項目は、治験薬の有効性を評価する目的で、治験開始前に設定しておく、最も優先度が高い評価項目です。臨床的な意義が確立されており、なおかつ客観的に評価しやすい項目を、通常一つだけ設定します。主要評価項目が達成されることで初めて、治験薬の効果を立証することが出来ます。一方、主要評価項目以外の補足的な評価項目は、副次評価項目と呼ばれます。
(注5):B細胞
人体に備わる免疫は、細菌やウイルスといった体外からやってきた異物を攻撃し、排除します。B細胞はこの免疫系を構成する細胞の一つで、リンパ球と呼ばれる集団に属します。B細胞は抗体を産生することによって、異物を排除する機能を持っています。
(注6):線維化病変
膠原線維(コラーゲン)と呼ばれる細胞同士の隙間を埋め、肌の張りなどを保っているタンパク質が異常に増え、皮膚や内臓などの組織が硬くなる病変のことを指します。
(注7):指定難病
「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」第5条第1項にもとづき指定される疾病です。難病の定義である4つの条件(1:発病の機構が明らかでない、2:治療方法が確立していない、3:希少な疾病、4:長期の療養を必要とする)を満たし、患者数が国内において一定の人数(0.1%程度)に達せず、客観的な診断基準が確立していること等の要件を満たす疾病が必要な手続きを経て指定難病に定められています。
お問い合わせ先

研究内容に関するお問い合わせ先
東京大学医学部附属病院 皮膚科
講師 吉崎 歩(よしざき あゆみ)

広報担当者連絡先
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井

AMED事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
創薬事業部 創薬企画・評価課
難治性疾患実用化研究事業 担当

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