造礁サンゴの幼生が示す光応答行動を新たに発見 〜光に応じたサンゴ分布形成機構の一端が明らかに〜

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2020-10-19 基礎生物学研究所

サンゴ礁を形成する造礁サンゴ類は、体の中に藻類(褐虫藻)を共生させ、藻類の光合成産物に生育に必要な栄養の多くを依存しています。そのため、生息場所の光環境はサンゴの生存に重要な要因となります。基礎生物学研究所 形態形成研究部門の酒井祐輔研究員、上野直人教授は、同研究部門の高橋弘樹助教、多様性生物学研究室の加藤輝特任助教、初期発生研究部門の小山宏史助教、藤森俊彦教授、お茶の水女子大学の服田昌之教授、オーストラリア海洋科学研究所(AIMS)のAndrew Negri主任研究員およびJames Cook大学のAlyson Kuba大学院生、Andrew Baird教授と共同で、造礁サンゴの一種であるウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)の幼生が光強度、特に青色光の減少に応じて遊泳を一時停止する行動を示すことを報告し、この行動が光環境に応じた生息場所決定に寄与する可能性を示しました。この成果は2020年10月19日に英科学雑誌Scientific Reports誌に掲載されます。

造礁サンゴの幼生が示す光応答行動を新たに発見 〜光に応じたサンゴ分布形成機構の一端が明らかに〜図1.研究の概略図。
サンゴの成体は海底に固着して動けないため、幼生期の行動がサンゴの分布パターンに影響する。今回の研究で明らかとなった幼生の光応答は、光に応じたサンゴの分布形成に寄与する可能性がある。

【研究の背景】
サンゴ礁は、海洋生物のおよそ25%もの種が生息する非常に生物多様性の高い生態系です。造礁サンゴは、共生する藻類の光合成産物やサンゴの骨格が作り出す複雑な海底環境によって、その高い生物多様性を支えています。共生する藻類の光合成産物に栄養を依存しているサンゴにとって、光はエネルギー源として必要不可欠な要素であるため、生息場所として適切な光環境を選択する必要があります。しかし、サンゴの成体は海底に固着して移動性をもたないため、好適な光環境に移動することができません。一方で、受精後数日で生じる幼生は、体表を覆う繊毛(動画1)によって遊泳することができます。このことから、幼生期の光に応じた行動がサンゴの生息光環境の決定に寄与する可能性が古くから指摘されてきました。しかし、眼のような明確な光受容器をもたないサンゴ幼生における光受容メカニズムは未解明であり、幼生が光刺激に対してどのように応答するのかはほとんど分かっていませんでした。

動画1.(https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/uploads/20201019/movie1.mp4)
遊泳中のウスエダミドリイシの幼生の繊毛の運動。

【研究の成果】
今回の研究では、サンゴ幼生の光応答を明らかにすることを目的とし、造礁サンゴの一種であるウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)(図2)を対象として、様々な光条件下で幼生の行動を詳細に観察・記録しました。その結果、サンゴの幼生は光強度の減少に応じて遊泳を一時的に停止する反応を示すことを明らかにしました(動画2および図3)。

fig2.jpg図2.研究対象種ウスエダミドリイシの群体(左)とプラヌラ幼生(右)。
撮影:服田昌之(お茶の水女子大学)。

動画2(https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/uploads/20201019/movie2.mp4).
光の減衰の刺激(動画の0 sec時点)を受けると、幼生は一時的に遊泳を停止する(動画の20 sec付近から)。光の減衰の刺激から一定時間経過すると、遊泳を再開する(動画の120 sec付近以降)。

fig3.jpg図3. ウスエダミドリイシの幼生における遊泳停止反応。光強度の低下に応じて幼生は遊泳を一時停止する。暗条件で常に遊泳活性が低いわけではなく、光強度の低下という刺激に反応した一時的な行動の変化である。


また、サンゴの幼生が認識する光の波長を調べた結果、幼生は長波長(オレンジ〜赤色)や紫外光に対する感受性が低い一方で、400 – 500 nmの紫〜青色光に対して高い感受性を示して活発に活動し、同波長領域の光がなくなることで遊泳の停止が起こることがわかりました(図4)。

fig4.jpg図4.遊泳停止反応を用いて推定したウスエダミドリイシの幼生の波長感受性。
白色光から各単色光に切り替えたときの相対遊泳速度を示す。幼生は白色光から400 — 500 nmの紫〜青色の切り替えでは光の減衰を感じず、遊泳停止を起こさない。つまり、この波長領域の光をよく感知できることが推定される。


さらに、幼生の行動を模した数理シミュレーションを行ない、光強度の減少に応じた遊泳の一時停止反応が、結果的に明暗勾配のある広い海洋環境において明るい領域への集合を引き起こすことが示唆されました。

本研究は、サンゴの幼生が実際に光受容能をもち、外界の光刺激の変化に反応することを個体レベルで初めて示したとともに、幼生の行動が海中の多様な光環境に応じたサンゴの分布形成に寄与する可能性を示しました。

【今後の展望】
本研究では、サンゴの幼生が時間的な光の変化に対して明確な反応を示すことを明らかにしました。今後は、実際に海洋で見られるような空間的な光環境の多様性に応じてサンゴ幼生がどのように行動を変化させるのか、それが最終的な着底場所の選択やサンゴの生息分布にどのような影響を与えるのかを明らかにしていく必要があります。また、サンゴを含む刺胞動物においては、その光受容メカニズムがほとんど明らかになっていません。祖先的な動物である刺胞動物の光受容メカニズムを明らかにすることは、例えば動物における視覚の進化などを明らかにする上でも重要な知見を提供します。本研究で示されたサンゴ幼生の明確な光応答は、光受容メカニズムを解明する上でも大きな足がかりになると考えられます。

【発表雑誌】
雑誌名: Scientific Reports
掲載日: 2020年10月19日
論文タイトル: A step-down photophobic response in coral larvae: implications for the light-dependent distribution of the common reef coral, Acropora tenuis
著者: Yusuke Sakai, Kagayaki Kato, Hiroshi Koyama, Alyson Kuba, Hiroki Takahashi, Toshihiko Fujimori, Masayuki Hatta, Andrew Negri, Andrew Baird, Naoto Ueno
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-020-74649-x

【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所 形態形成研究部門の酒井祐輔研究員(現大阪市立大学)、上野直人教授を中心として、同研究部門の高橋弘樹助教、多様性生物学研究室の加藤輝特任助教、初期発生研究部門の小山宏史助教、藤森俊彦教授、お茶の水女子大学の服田昌之教授、オーストラリア海洋科学研究所(AIMS)のAndrew Negri主任研究員およびJames Cook大学のAlyson Kuba大学院生、Andrew Baird教授との国際共同研究として実施されました。

【研究サポート】
本研究の一部は、基礎生物学研究所 大型スペクトログラフ共同利用実験(18-705)およびボトムアップ型国際共同研究の支援を受けて行なわれました。

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 形態形成研究部門(現所属:大阪市立大学大学院理学研究科)
博士研究員 酒井 祐輔

基礎生物学研究所 形態形成研究部門
教授 上野 直人

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

生物環境工学
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