ヒトT細胞白血病ウイルス1型の新たな感染経路の鍵となる細胞を特定

ad
ad

胎盤を介した感染経路の機序解明に向けて

2020-10-20  国立感染症研究所,日本医療研究開発機構

国立感染症研究所血液・安全性研究部の手塚健太主任研究官、浜口功部長、および長崎大学医学部産婦人科の淵直樹客員研究員、三浦清徳教授らの研究グループは、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染者(キャリア)の組織におけるウイルスの高感度検出法を確立し、キャリア妊婦の胎盤内にHTLV-1が感染しやすい細胞が存在することを世界で初めて示しました。

これまで知られていなかった胎盤を介したHTLV-1の母子感染経路の存在が示唆されることから、今後、新たな母子感染予防法の開発等に役立つことが期待されます。

本研究成果は、2020年10月19日付(米国東部時間午後4時)で、米国科学誌『The Journal of Clinical Investigation』にオンライン掲載されました。

ポイント

  • ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は主に感染者(キャリア)の母乳を介して児に感染することが知られているが、完全な人工栄養法を選択した児の一部にも感染が認められることから、母乳を介さない感染経路の存在が示唆されていた。
  • 今回、組織中のウイルス核酸を高感度に検出する手法を確立し、キャリア妊婦の胎盤内の特定の細胞にHTLV-1が感染していることを発見した。
  • 胎児の血液である臍帯血にHTLV-1が検出されたキャリア妊婦の胎盤では、HTLV-1が臍帯血に検出されなかったキャリア妊婦と比較して、より多くの感染細胞が活発な状態を維持していた。
  • HTLV-1が感染した胎盤の細胞は、体内でウイルスの感染源として機能する可能性を示した。
  • これら所見は胎盤を介したHTLV-1の新たな感染経路の存在を示唆するとともに、感染制圧に向けた新たな取り組みが必要であることを示している。

背景

HTLV-1は重篤な造血器腫瘍である成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)や、慢性の神経疾患であるHTLV-1関連脊髄症(HAM)の原因ウイルスです。日本には約80万人のキャリアが存在すると推定されています。HTLV-1は主にキャリアの母乳を介して次世代の児に母子感染※1することが知られており、人工栄養法(ミルク)を選択したり、母乳栄養法を工夫すること(母乳を与える期間を短くする、搾乳して一度母乳を凍結する、等)によって母子感染を高いレベルで制御可能であることが分かっています。その一方で完全な人工栄養法を選択した児の一部にも母子感染が認められることから、母乳以外の感染経路の存在が示唆されていましたが、長い間その詳細は明らかになっていませんでした。母子感染の適切な予防法の確立のためには感染経路の理解は不可欠であり、この課題を解き明かすことが望まれていました。

成果

病原体の感染経路を研究するためには組織における感染細胞の挙動を探ることが有効ですが、HTLV-1は体内でのウイルス遺伝子の発現量が極めて低いため、従来の手法では困難でした。本研究グループはウイルス核酸※2を高感度かつ高精度に検出する新たな手法を開発し、組織中の感染細胞を可視化することに成功しました。この新手法を用いてキャリア妊婦の胎盤組織を詳細に調べた結果、半数以上の例でHTLV-1ウイルス核酸が検出されることが分かりました。さらに研究グループは、多くのキャリア妊婦(97.6%)では胎児の血液である臍帯血にHTLV-1が検出されないものの(臍帯血陰性例)、ごく一部のキャリア妊婦(2.4%)では臍帯血にHTLV-1が検出されることを見出しました(臍帯血陽性例)。このような妊婦の胎盤絨毛組織では、臍帯血陰性例と比較してウイルスRNAを発現する細胞数が顕著に多く(図1)、胎内においてより多くの細胞でウイルス遺伝子発現が活性化した状態を維持していることが示唆されました。

図1:キャリア妊婦の胎盤組織におけるHTLV-1ウイルスRNA(茶色部分)の検出

胎盤では母体の血液からグルコース等の栄養素を受け取り、胎児へと供給する絨毛組織が発達しています(図2)。同時に、この絨毛組織は血液胎盤関門と呼ばれる、母体と胎児の血液を隔てる機能を担っています(図2)。血液胎盤関門を主に構成する細胞群(栄養膜細胞※3、間葉系細胞、血管内皮細胞)を培養シャーレ上に分離して解析したところ、栄養膜細胞において、①HTLV-1の主要な感染受容体※4を高発現していること、②HTLV-1に対して易感染性を示すこと、③HTLV-1に感染した栄養膜細胞はウイルス粒子を活発に産生することが明らかになりました。さらに、動物モデルを用いた検討の結果、HTLV-1に感染した栄養膜細胞は標的T細胞へ効率的にHTLV-1を伝播させたことから、体内でのHTLV-1の感染源として機能し得ることが示唆されました。

図2:キャリア妊婦におけるHTLV-1の胎盤を介した母子感染のモデル(模式図)

また、従来の免疫染色法と今回開発した新手法を組み合わせてキャリアの胎盤を解析した結果、実際の組織である胎盤内においてもHTLV-1感染の標的となっている細胞は栄養膜細胞であることが確認されました。これらの知見より、母乳以外のHTLV-1の母子感染経路として胎盤を介する経胎盤感染の存在が示唆され、胎盤絨毛に存在するHTLV-1に感染した栄養膜細胞はその主要な役割を果たしていると考えられます(図2)。

本研究の成果は、これまでほとんど未解明であった「HTLV-1の母乳を介さない母子感染経路とそれに関わる特殊な細胞を同定する」というウイルス学上の基盤的な情報であるのと同時に、HTLV-1の母子感染対策や関連疾患の予防法の発展・開発につながる重要な発見であると考えられます。また今回開発に成功した組織中でのHTLV-1高感度検出法は様々な研究領域に活用可能であり、HTLV-1感染症の克服に向けた力強いツールになることが期待されます。

研究協力体制

本研究は国立感染症研究所血液・安全性研究部と、長崎大学医学部産婦人科および長崎大学病院検査部の研究協力体制で実施したものです。

本研究への支援

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(研究代表者浜口功:JP19fk0108037)、日本学術振興会科学研究費基盤研究C(研究代表者浜口功:15K09462、18K08378、三浦清徳:26462495、17K11241)、若手研究(研究代表者手塚健太:19K16032、淵直樹:16K20198、18K16805)の一環として行われました。

発表論文
掲載誌
The Journal of Clinical Investigation
論文タイトル
HTLV-1 targets human placental trophoblasts in seropositive pregnant women
著者
Kenta Tezuka#, Naoki Fuchi#, Kazu Okuma, Takashi Tsukiyama, Shoko Miura, Yuri Hasegawa, Ai Nagata, Nahoko Komatsu, Hiroo Hasegawa, Daisuke Sasaki, Eita Sasaki, Takuo Mizukami, Madoka Kuramitsu, Sahoko Matsuoka, Katsunori Yanagihara, Kiyonori Miura*, Isao Hamaguchi*
(#Equal contribution, *Corresponding authors)
DOI番号
10.1172/JCI135525
用語解説
※1 母子感染
細菌やウイルスなどの病原体が母親から赤ちゃんに感染すること。母子感染には、赤ちゃんが子宮内で感染する胎内感染、分娩が始まって産道を通る時に感染する産道感染、母乳を介して感染する母乳感染の3つの経路が知られている。
※2 ウイルス核酸
ウイルスに固有のRNAあるいはDNAのこと。今回開発した新手法は、ウイルスRNAを検出する手法である。
※3 栄養膜細胞
胎盤内の絨毛等に存在する細胞層であり、母体血と接触している。最も外側の合胞体性栄養膜細胞は有糸分裂せず、その内側の細胞性栄養膜細胞が細胞融合することで形成される。これらの細胞はMHC分子をほとんど発現せず、様々なトランスポーター分子を細胞膜上で局在させ、方向性のある物質交換を行っている。
※4 感染受容体
ウイルスが細胞へ侵入する際に利用する細胞側の膜蛋白質。レセプターとも呼ばれる。ウイルスは感染受容体が存在しない細胞には感染することが出来ない。HTLV-1の感染受容体の候補として、グルコーストランスポーター1(GLUT1)、ニューロピリン1(NRP1)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPGs)が報告されている。
お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ先
国立感染研究所 血液・安全性研究部
部長 浜口功

報道に関するお問い合わせ先
国立感染研究所 総務部調整課

日本医療研究開発機構
創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました