継続的な監視活動により、未知ウイルスの国内への侵入を検出
2020-11-16 農研機構,沖縄県家畜衛生試験場
ポイント
蚊やマダニ、ヌカカ等の節足動物によって媒介されるアルボウイルス1)は、ヒトや家畜に病気を起こすものがあることから、国内侵入の早期発見が感染拡大防止に重要です。農研機構と沖縄県は、八重山諸島へのアルボウイルスの侵入を25年以上にわたり監視してきた結果、これまで知られていなかった新規の「ヨナグニオルビウイルス」を牛から発見することに成功し、そのゲノム構造を世界に先駆けて明らかにしました。今後も、多様なアルボウイルスの侵入が危惧されることから、監視の強化や国内新規ウイルスの検出法の開発を積極的に行っていきます。
概要
蚊やマダニ、ヌカカ等の吸血性の節足動物に媒介される節足動物媒介(アルボ)ウイルスは、ヒトや家畜に病気を起こすものがあることが知られています。国内では、九州・沖縄地域を中心にアルボウイルスの蔓延による家畜の疾病が流行し、生産性が著しく阻害されてきました。
過去のアルボウイルス感染症について流行の様子を解析すると、多くのアルボウイルスは、媒介する節足動物とともに、海を越えて国内に侵入することが示唆されています。そこで農研機構と沖縄県は1994年より、アルボウイルスの常在地である東南アジアなどの熱帯・亜熱帯地域に近接する沖縄県八重山諸島で、牛へのアルボウイルスの感染状況を継続的に調査し、アルボウイルスの国内への侵入を監視してきました。
今回、与那国島で2015年に採取した牛の血液から未知のウイルスを発見しました。ウイルスの全ゲノム配列を次世代シーケンサーにより決定したところ、レオウイルス科オルビウイルス属の新しいウイルスであることがわかり、ヨナグニオルビウイルス(Yonaguni orbivirus)と命名しました。今後、本ウイルスの家畜に対する病原性や、媒介昆虫、八重山諸島以外での分布状況等を明らかにする予定です。
本ウイルスの発見は、八重山諸島における継続的な監視が有効に機能し、日本国内に感染が広がる前にアルボウイルスの侵入を検出するとともに、周辺地域の蔓延状況を把握できることを示しています。
関連情報
予算:農林水産省委託プロジェクト「家畜の伝染病の国内侵入と野生動物由来リスクの管理技術の開発」
問い合わせ先
研究推進責任者 :農研機構動物衛生研究部門 研究部門長 筒井 俊之
研究担当者 :同 越境性感染症研究領域 任期付研究員 室田 勝功、上級研究員 梁瀬 徹
広報担当者 :同 研究推進室 広報専門役 吉岡 都
詳細情報
開発の社会的背景
牛に感染するアルボウイルスのなかには、発熱を伴い各種臓器に重い障害を起こすものや、胎盤を介して胎子に感染し、流産や死産、先天異常を持つ子牛の分娩の原因になるものがあります。国内では、アカバネ病など、アルボウイルスによる牛の疾病の流行が繰り返し起きており、生産性低下の一因となっています。また、2011年秋にドイツで確認された新規のアルボウイルス(シュマレンベルクウイルス)は、欧州全域に拡大し、2013年春までに1万戸以上の農家で牛やめん羊の異常産を引き起こすなど、畜産農家はアルボウイルスによる新興感染症の脅威にも晒されています。
アルボウイルスは、蚊やマダニ、ヌカカ等の節足動物によって媒介されます。アルボウイルスの多くは、年間を通じて媒介節足動物の活動がみられる熱帯や亜熱帯に常在化し、夏季に温帯地域に分布を広げると考えられています。日本国内へは、ウイルスに感染した蚊やヌカカなどが海を越えて飛来し、牛などの感受性動物から吸血することにより、伝播が始まると推測されます。そこで、農研機構と沖縄県は、日本の南西端に位置し、アルボウイルスの常在地(東南アジアなどの熱帯地域)に近接する沖縄県の八重山諸島(図1)において、アルボウイルスの国内への侵入を早期に検知するため、抗体調査やウイルス分離2)による牛のウイルス感染状況の調査を1994年から続けています。また、こうした調査により、わが国周辺のアルボウイルスの蔓延状況を把握し、検査体制の拡充に努めてきました。
研究の内容・意義
1.与那国島で2015年に採取した牛の血液から、分離効率の高い蚊由来の培養細胞を用いることにより、これまでに国内への侵入が確認されていないアルボウイルスを分離しました(図2)。分離されたウイルスは、既知のアルボウイルスの分類に用いられるPCR検査では同定3)できず、未知のウイルスであると考えられました。
2.未知のウイルスの全ゲノム配列を 次世代シーケンサー4)により決定したところ、新規のウイルスであることがわかり、ヨナグニオルビウイルス(Yonaguni orbivirus)と命名しました。決定した配列情報をデータベース(GenBank等)上に登録されている配列と照合したところ、レオウイルス科オルビウイルス属のウイルスであることがわかりました(図3)。
3.本ウイルスは健康な牛から分離されたため、病原性については不明です。しかし、これまでの研究で、近縁のウイルスは家畜や野生動物に病気を起こす可能性が示唆されていることから、今後、病気との関わりについても調査を進めていく予定です。
4.本ウイルスの発見は、八重山諸島における継続的な監視が有効に機能し、日本国内に感染が広がる前にアルボウイルスの侵入を検出するとともに、周辺地域の蔓延状況を把握できることを示しています。
今後の予定・期待
ヨナグニオルビウイルスは健康な牛から分離されており、病原性や八重山諸島以外での分布など不明点が多く、今後も野外での感染状況を調査していきます。また、本研究により、未知のアルボウイルスが継続的に国内に侵入する可能性があることが示唆されました。このことを踏まえて、農研機構は近隣諸国との情報共有など連携を深めながら、国内へのアルボウイルスの侵入リスクの査定や監視活動の強化を行い、行政機関が策定する防疫体制の拡充に貢献します。
用語の解説
- 1)アルボウイルス
- 蚊やヌカカなどの吸血性節足動物により伝播されるウイルスの総称です。節足動物と宿主動物(脊椎動物)の両方で増殖可能です。
- 2)ウイルス分離
- 検体をウイルスに感受性の高い培養細胞に接種することで、細胞中でウイルスを増殖させ、細胞障害による細胞の変形等を観察することでウイルスの存在を検出します。
- 3)(ウイルスの)同定
- ウイルスの同定は、それぞれのウイルスのゲノムに特徴的な塩基配列の確認により行われます。既知のウイルスであれば、それぞれの配列に基づいた特異的なPCR検査によって同定が可能ですが、遺伝子情報が不明なウイルス(例えば新規ウイルス)では、次世代シーケンサーなどを用いてそれらのゲノムの解析を行い、既知のウイルスとの比較によって、分類学的な位置を確認します。
- 4)次世代シーケンサー
- 機種によっては数百万から数億分子のDNA断片を同時に解読することができる遺伝子解析装置です。従来のDNAシーケンサーと比べて、網羅的かつ大量の塩基配列を決定できます。
- 5)分子系統樹解析
- 生物のゲノム情報(塩基配列やそこにコードされるアミノ酸配列)を比較して、その系統関係を解析する手法です。その結果は系統樹という枝分かれした図で示されます。
発表論文
Murota K, Suda Y, Shirafuji H, Ishii K, Katagiri Y, Suzuki M et al. Identification and characterization of a novel orbivirus, Yonaguni orbivirus, isolated from cattle on the westernmost island of Japan. Arch Virol 2020 165(12):2903-2908.
https://doi.org/10.1007/s00705-020-04803-3
参考図
図1 沖縄県八重山諸島の地図
本研究で調査を行った、沖縄県八重山諸島の地図(国土地理院の地図 https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.htmlを加工して作成)。日本最西端の島・与那国島を含む亜熱帯地域です。
図2 アルボウイルス分離の流れ
採取した牛血液を遠心分離で血球と血漿に分け、それぞれを培養細胞に接種します。もし血液中にウイルスが存在していた場合は、培養細胞内でウイルスが増殖し、細胞障害が観察されます。増殖したウイルスのゲノムを抽出し、既知のウイルスの場合はPCR法で検出されますが、未知のウイルスの場合は次世代シーケンサーによる解析でゲノム配列を決定します。
図3 オルビウイルスの分子系統樹
ヨナグニオルビウイルス(赤矢印)を含むオルビウイルス属の分子系統樹解析5)。図中の数値はブートストラップ値:クラスター(枝分かれ)の確かさを表す数値で、100に近いほど信頼性が高くなります。スケールバーは枝の長さ当たりの変化の割合を示します(枝が長いほど変異が大きくなる)。家畜防疫において重要な病原ウイルスは紫矢印で示します(African horse sickness virus:アフリカ馬疫ウイルス、Bluetongue virus:ブルータングウイルス)。分離ウイルスは、近年、中国や北米、南米などで確認された蚊媒介性のオルビウイルスと同じグループに含まれることがわかりました。