植物の甘味成分グリチルリチンの酵母生産に成功

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最後の1ピースの酵素遺伝子の発見、植物バイオテクノロジーで大豆の育種にも貢献

2020-11-16 大阪大学

研究成果のポイント

・漢方薬原料「甘草」に含まれる天然の甘味成分であり抗ウイルス活性もあるグリチルリチン※1や、大豆に含まれるソヤサポニン※2など、機能性成分として知られるトリテルペン配糖体(サポニン)※3合成の鍵となる配糖化酵素を発見し、本酵素遺伝子を導入した酵母でグリチルリチンの生成に成功。
・さまざまな植物低分子化合物の配糖体化は、UDP糖依存型配糖体化酵素(UGT)と呼ばれる一群の酵素が触媒するというこれまでの定説をくつがえし、植物細胞壁多糖であるセルロースを合成する酵素に類似する酵素がサポニン生合成に関わることを初めて明らかにした。
・貴重な植物資源を枯渇させずに、酵母や植物組織培養による持続的な有用サポニンの工業生産に期待。「すべての人に健康と福祉を」、「陸の豊かさも守ろう」でSDGsにも貢献。

概要

大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授(理化学研究所客員主管研究員兼任)、關光准教授(理化学研究所客員研究員兼任)、Soo Yeon Chung博士課程学生(日本学術振興会特別研究員)らの研究グループは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(次世代作物開発研究センターと生物機能利用研究部門)の石本政男研究領域長、理化学研究所環境資源科学研究センターの斉藤和季センター長(千葉大学植物分子科学研究センターセンター長兼任)らと共同で、植物が産生するトリテルペン配糖体の生合成に関わるグルクロン酸転移酵素を発見し、本遺伝子を導入した酵母でグリチルリチンを生産することに世界で初めて成功しました。

これまでの数多くの研究から、トリテルペンを含む多様な植物低分子化合物の配糖体化は、UDP糖依存型配糖体化酵素(UGT)と呼ばれる一群の酵素ファミリーが触媒することが定説となっていました。しかしながら、トリテルペン骨格にグルクロン酸(単糖の一種)を転移する配糖化酵素については未解明でした。

今回、村中教授らの研究グループは、遺伝子共発現解析※4と呼ばれる機能未知遺伝子の機能予測手法を用いて、UGTとは全く異なるセルロース合成酵素スーパーファミリー※5に属するタンパク質がトリテルペン骨格にグルクロン酸を転移する配糖化酵素であることを初めて明らかにしました。さらに、本遺伝子を含む7個の植物遺伝子を導入した酵母がグリチルリチンを生成することを確認しました。これにより、本酵素遺伝子を導入した酵母や植物培養細胞をもちいた有用サポニンの工業生産への応用が期待されます。

成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、11月16日(月)19時(日本時間)に公開されました。


図1 カンゾウ(理化学研究所豊田公徳博士撮影)、ダイズとミヤコグサ(農研機構平賀勧博士撮影)に含まれる有用サポニンの構造。今回発見した酵素(CSyGT)がアグリコン部に転移する糖(グルクロン酸)を丸で囲んだ。

研究の背景

トリテルペン配糖体(一般にサポニンと呼ばれる)は植物が産生する健康機能性成分として知られています。サポニンはトリテルペンの炭素骨格に複数の糖が結合した化合物群で、多くの生薬において主な有効成分であることが知られています。そのため、サポニンが植物細胞の中でどのような仕組みで合成されているのか、その仕組みを解明するための研究が国内外で精力的に進められてきました。

マメ科に属する薬用植物カンゾウの根(甘草)は漢方で最も多く処方される生薬で、そこから抽出されるサポニンであるグリチルリチンは肝臓疾患改善薬などの医薬品原料のほか、砂糖の150~300倍の甘さを持つことから天然甘味料としても使用されています。SARSなどの抗ウイルス作用も知られています。また、大豆には、一般にソヤサポニン類と総称される構造が異なる100種類以上のサポニンが含まれており、その中でもソヤサポゲノールBを非糖部分(アグリコン部)とするDDMPサポニンとその分解産物については抗高脂血症作用、大腸がん細胞増殖抑制作用などの有用機能性が報告されています。

サポニンが植物細胞の中で合成される過程、すなわち「生合成経路」には、トリテルペン炭素骨格を酸化修飾して多様な構造のアグリコン部を生成するシトクロムP450モノオキシゲナーゼ(CYP)に続いて、アグリコン部にグルコースやガラクトースなどの糖を結合(配糖化)する複数のUDP糖依存型配糖化酵素(UGT)が関わることが広く知られており、配糖化のパターン、すなわち糖が結合する位置や糖の種類と数の違いによって、サポニンの水溶性や味、生体吸収性などが大きく変化することが知られています。

これまでに、グリチルリチンおよびソヤサポニンの生合成に関わるCYPおよびUGTのほぼ全てがすでに明らかにされてきました。しかしながら、配糖化反応の第一段階である3位水酸基へのグルクロン酸転移反応を触媒する酵素のみが未解明のままとなっていました。

研究の内容

今回、村中教授らの研究グループは、遺伝子共発現解析手法を用いて、カンゾウおよび大豆ですでに明らかとされていたサポニン生合成酵素群と同じような遺伝子発現パターンを示す遺伝子を絞り込むことで未解明のグルクロン酸転移酵素の候補を探索しました。これにより、植物細胞壁を構成する多糖であるセルロースの合成酵素に類似性の高い機能未知タンパク質(CSyGT: Cellulose Synthase derived- Glycosyltransferaseと命名)の遺伝子を見出しました。次に、これまでに研究グループが単離した酵素遺伝子を導入してグリチルレチン酸(グリチルリチンのアグリコン部)あるいはソヤサポゲノールB(DDMPサポニンのアグリコン部)を生産するように改変した酵母(Saccharomyces cerevisiae)に本遺伝子を導入したところ、3位水酸基に1分子のグルクロン酸が結合した化合物が生成されることを確認しました。本研究グループはさらに、大豆と同様に本来はソヤサポニンを産生するミヤコグサ(マメ科植物研究のモデル植物)が有するCSyGT相同遺伝子を破壊するとソヤサポニンを産生しなくなることを確認しました。これにより、CSyGTが植物体内においても実際にサポニン生合成に関わることを明らかにしました。

このような研究を経て、本研究グループは、CSyGTを含む合計7個の植物酵素遺伝子を酵母に導入することによってグリチルリチンを生産する酵母の作出に世界で初めて成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

グリチルリチンは非糖質系甘味料であることから、メタボリック症候群の予防に役立つ甘味料として注目されています。しかし、栽培されたカンゾウではグリチルリチンの含有量が低く、収穫までに数年を要するため、供給のほとんどを自生のカンゾウの採取に依存しており、国内使用量の全てを海外から輸入しています。近年、主要生産国である中国では、カンゾウの採取・輸出を規制する動きが出てきており、今後の輸入価格の高騰と安定供給への懸念が高まっています。今回発見した遺伝子を導入した酵母や植物を用いたサポニンの工業生産への応用が期待でき、ひいては自生カンゾウの乱穫防止、生態系の保全にも役立つことが期待されます。また、さまざまな機能性成分を産生する大豆の品質改良への波及効果も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年11月16日(月)19時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:”A cellulose synthase-derived enzyme catalyses 3-O-glucuronosylation in saponinbiosynthesis”
著者名:Soo Yeon Chung, Hikaru Seki, Yukiko Fujisawa, Yoshikazu Shimoda, Susumu Hiraga, Yuhta Nomura, Kazuki Saito, Masao Ishimoto, and Toshiya Muranaka

なお、本研究は、農林水産省農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「作物における有用サポニン産生制御技術の開発」、JSPS科学研究費補助金・基盤研究(B)、新学術領域「生合成リデザイン」の助成を受けて行われました。

用語説明

※1 グリチルリチン
マメ科植物カンゾウの地下部(生薬名、甘草)に含まれる主活性成分であり砂糖の150~300倍の甘みを持つといわれる。低カロリーであることから、メタボリック症候群の予防に役立つとして注目されている。肝機能補強機能、抗ウイルス作用など多様な生理活性が確認されている。

※2 ソヤサポニン
ソヤサポニンはトリテルペン配糖体に分類され、ソヤサポゲノールA及びBの2種類のアグリコン(非糖部)に糖が付加した配糖体の総称であり、大豆を始めマメ科植物に広く含まれる。ソヤサポゲノールAをアグリコンとするグループAサポニンは不快味の原因物質と報告されているが、ソヤサポゲノールBをアグリコンとするDDMPサポニンとその分解産物は抗高脂血症作用、大腸ガン細胞増殖抑制作用等の健康機能性が報告されている。

※3 トリテルペン配糖体(サポニン)
炭素数5のイソプレン単位を6つ持ち、計30の炭素数で構成されている化合物群をトリテルペンという。トリテルペンにグルコース、ガラクトース、ラムノース、グルクロン酸などの糖が結合した化合物群はトリテルペン配糖体あるいは一般にサポニンと呼ばれる。

※4 遺伝子共発現解析
すでに機能が解明されている遺伝子に対する遺伝子発現パターンの類似性を指標として、機能未知遺伝子の機能を推定する解析手法。植物成分の生合成には通常、複数の酵素による連続的な化学反応が必要となる。そのため、同じ生合成経路に関わる複数の遺伝子の発現は協調的に制御されることが多い。従って、ある成分の生合成経路に関わることがすでに判明している酵素遺伝子と発現パターンが類似する遺伝子を探索することで、同一の生合成経路に関わる未同定の酵素を特定できる可能性がある。

※5 セルロース合成酵素スーパーファミリー
セルロース合成酵素群(Cellulosesynthase)と10種の異なるファミリーに分類されるセルロース合成酵素類似群(Csl,Cellulosesynthase-like)で構成され、それぞれ細胞壁の構成多糖であるセルロースとヘミセルロースの合成に関わるとされている。これまでに機能が解明されたCslは数少ないが、本研究によってCslMファミリーの中の一部が進化の過程でトリテルペンへの糖転移活性を獲得したことが示唆された。

研究者のコメント

村中俊哉教授

私たちは、甘草グリチルリチンなど、トリテルペノイドサポニンの生合成研究に10年以上前から取り組んでいました。生合成遺伝子をほぼ明らかにしたものの、「アグリコンにグルクロン酸を付ける酵素遺伝子」がどうしても見つかりませんでした。従来の発想を変えて、遺伝子探索した結果ようやくこの酵素遺伝子を見つけることができ、研究がコンプリートしました。甘い酵母、機能性のあるダイズなどでSDGsに貢献します。

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