2021-02-12 東京大学,日本医療研究開発機構
発表者
河岡義裕(東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野 教授)
発表のポイント
- 新型コロナウイルスに感染した場合、発症10日目くらいにはウイルスに対する抗体が検出され、抗体価は発症20日目くらいにピークに達しました。
- 抗体価は時間と共に低下しますが、その低下速度は一定ではなく徐々に緩やかになっており、発症から3~6か月後でも抗体は維持されていました。
- 重症者の最高抗体価は軽症者に比べ高い傾向にありましたが、時間の経過と共に重症者と軽症者の抗体価の差は小さくなりました。
発表概要
東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野の河岡義裕教授らのグループは、共同研究グループ(※)とともに、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しCOVID-19を発症した患者におけるウイルスに対する抗体応答の解析を行い、ウイルス感染により誘導された抗体が、発症後少なくとも3~6か月間維持されることを明らかにしました。誘導された抗体は、発症20日目をピークとして、徐々に低下していました。しかし、その低下速度は発症から時間が経つと緩やかになり、抗体が長期間にわたり持続されることが確認されました。
感染患者を症状の重症度ごとにグループ分けして抗体価の推移を比較したところ、重症グループにおける最高抗体価の平均値は軽症グループに比べ高い傾向が確認されたものの、重症グループにおける抗体価の低下速度が軽症グループよりも早い傾向にあるため、時間と共に両グループ間の抗体価の差は小さくなっていました。これらの結果は、当初示されていた「感染により誘導された抗体がすぐに消失し、再感染が起こるのではないか」という当初の懸念を払拭し、COVID-19を発症した患者の多くが抗体を一定期間維持することを示した成果です。
本研究結果は2021年2月12日までに、英国医学誌ランセットが発行するオープンアクセス臨床誌「EClinicalMedicine」(オンライン版)に掲載されました。
発表内容
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2019年12月にヒトでの感染が初めて報告された後、世界中に拡散し流行しました。2020年3月11日、WHOがパンデミックを宣言した後も、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界的に流行し続けており、収束の気配は未だありません。SARS-CoV-2のヒトでの感染が報告された直後には、SARS-CoV-2に感染した際の抗体応答についての知見はありませんでした。
パンデミックの初期の研究では、COVID-19患者ではSARS-CoV-2に対する抗体が誘導されるものの、ウイルスに対する抗体は1か月程度で検出限界以下に低下する可能性が示唆されていました。そのため、一度SARS-CoV-2に感染しても、再感染が容易に起こるのではないかという懸念がありました。
研究グループは、39名のCOVID-19患者から経時的に採血し、その血中に含まれる抗体量を発症から3~6か月にわたり計測し、抗体量の変動を調査しました。抗体量の測定方法は、SARS-CoV-2のS蛋白質のレセプター結合領域(注1)、S蛋白質の細胞外領域(注2)、またはN蛋白質(注3)を抗原蛋白質として用いたELISA(注4)、および中和試験(注5)を用いました。39名の抗体応答の解析から、S蛋白質の細胞外領域に対する抗体応答が最も早く惹起され、その後S蛋白質のレセプター結合領域やN蛋白質に対する抗体および中和活性を持つ抗体が誘導されることを明らかにしました(図)。
図 COVID-19患者におけるSARS-CoV-2に対する抗体価の変動39名のCOVID-19患者から経時的に採血を行い、S蛋白質のレセプター結合領域、S蛋白質の細胞外領域、N蛋白質に対する抗体をELISAにより、中和抗体価を中和試験により測定しました。赤線は抗体価の中央値を示し、灰色の領域は95%最高密度区間を示しています。
誘導された各種抗体の量は、発症20日目くらいをピークとして、その後減少していました。しかし、その減少速度は次第に穏やかになるため、抗体がすぐに検出限界以下になることはなく、発症後約3~6か月間は維持されることを明らかにしました。
これまで、抗体がすぐに消失するという結果や、長期にわたって持続するという結果など、異なる結果が報告されています。この違いは、用いた検査の抗体検出感度に起因すると思われます。抗体がすぐに消失するという結果は、検出感度が低いため、実際には抗体が持続しているにもかかわらず、抗体があたかもすぐに消失するかのごとくみえてしまったものと考えられます。
次に、39名の患者を軽症グループ、中等症グループおよび重症グループの3グループに分けて抗体応答を比較しました。各患者の最高抗体価を各グループで平均して比較したところ、重症グループの平均値は軽症グループの平均値よりも高いことが明らかになりました。しかし、発症60日以降における抗体価の平均値を3つのグループ間で比較したところ、重症グループの抗体価の減少が軽症グループの減少よりも著しかったため、重症グループと軽症グループ間における抗体価の差が縮小していました。
本研究により、SARS-CoV-2に感染した場合に誘導される抗体が短期に消失することなく、半年程度にわたり維持されることが明らかになりました。今回のような抗体応答の挙動は、一般的な急性感染症の初めての感染時にみられる抗体応答と同様であると考えられます。一方で、SARS-CoV-2への再感染例も少数報告されています。今回の研究においても弱い抗体応答しか認められない症例が確認されていることから、初感染により誘導された抗体価が低かった可能性が考えられます。今後、充分な抗体が誘導されない危険因子についてさらなる検証が必要であると考えられます。
(※)本研究は、東京大学、藤沢市民病院、済生会中央病院、済生会宇都宮病院、永寿総合病院、けいゆう病院、国立国際医療研究センター、横浜市立大学、米国ウィスコンシン大学が共同で行ったものです。本研究成果は主に日本医療研究開発機構(AMED)新興再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として得られました。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「EClinicalMedicine」(オンライン版)
- 論文タイトル
- Antibody titers against SARS-CoV-2 decline, but do not disappear for several months
- 著者
- Seiya Yamayoshi*, Atsuhiro Yasuhara, Mutsumi Ito, Osamu Akasaka, Morio Nakamura, Ichiro Nakachi, Michiko Koga, Keiko Mitamura, Kazuma Yagi, Kenji Maeda, Hideaki Kato, Masanori Nojima, David Pattinson, Takayuki Ogura, Rie Baba, Kensuke Fujita, Hiroyuki Nagai, Shinya Yamamoto, Makoto Saito, Eisuke Adachi, Junichi Ochi, Shin-ichiro Hattori, Tetsuya Suzuki, Yusuke Miyazato, Shiho Chiba, Moe Okuda, Jurika Murakami, Taiki Hamabata, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Hideaki Nakajima, Hiroaki Mitsuya, Norio Omagari, Norio Sugaya, Hiroshi Yotsuyanagi, and Yoshihiro Kawaoka*(*責任著者)
- DOI
- 10.1016/j.eclinm.2021.100734
- URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589537021000146
用語解説
- (注1)S蛋白質のレセプター結合領域
- 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス粒子上の主要な抗原蛋白質であるS蛋白質の中で、宿主細胞への感染に重要な感染受容体(ACE2)との結合に中心的な役割を果たす領域。この領域に対する抗体は、SARS-CoV-2の感染を阻害することが期待される。
- (注2)S蛋白質の細胞外領域
- S蛋白質の中で、ウイルスの表面上に出ている領域。
- (注3)N蛋白質
- SARS-CoV-2のウイルス粒子内部にあり、ウイルスのゲノムRNAと結合している。N蛋白質に対する抗体がウイルスの増殖を抑制するかどうかは明らかでないものの、感染により抗体が誘導される。
- (注4)ELISA
- 抗原とする蛋白質を結合させたプラスチックプレートを用いて、抗原蛋白質に対する抗体量を高感度に測定することができる。抗原蛋白質に対して結合する抗体を測定するため、抗体の量を知ることはできるが、ウイルスの増殖を阻害する活性を持つ抗体がどれくらいあるかを知ることはできない。
- (注5)中和試験
- 本物のSARS-CoV-2が細胞に感染する過程を阻害する(中和活性を持つ)抗体量を測定することができる。ELISAと比較すると感度は高くないものの、抗体の質を評価することができる。
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