2021-03-10 農研機構
ポイント
農研機構動物衛生研究部門は、2020年11月5日から2021年2月16日までに国内の家禽かきん及び野鳥から得られた検体のうち、H5N8亜型1)高病原性鳥インフルエンザウイルス2)57株の全ゲノムを解読しました。これらのウイルスが保有する8本の遺伝子分節の組み合わせを解析したところ、5種類の遺伝子型のウイルスが国内に侵入していることが明らかになり、家禽での発生には4種類の遺伝子型のウイルスが関与していることがわかりました。
概要
今季初めてのH5N8亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス (highly pathogenic avian influenza virus: HPAIV)が、2020年10月24日に北海道で野鳥の糞便から発見され、2020年11月5日には日本国内の家禽でH5N8亜型高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)3)の発生が確認されました。その後2021年2月28日までに家禽での発生は茨城県から鹿児島県まで17県51事例、野鳥では北海道から鹿児島県まで18道県56事例が報告されています。
農研機構動物衛生研究部門では、家禽及び野鳥から得られたH5N8亜型HPAIVの関連性やウイルスの侵入・拡散経路等を推定することを目的に、全国の家禽での49発生事例(2020年11月5日から2021年2月11日)と関東甲信越・北陸地方の野鳥由来検体8例(2020年11月5日から2021年2月16日)から得られたウイルス57株の全ゲノムの解読を行いました。
A型インフルエンザウイルスは8本の遺伝子分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、MP及びNS遺伝子分節)4)から構成されているため、今回解読したウイルスの分節ごとに系統樹解析5)を行ったところ、ウイルスの亜型を決定するHA及びNA遺伝子分節では、2019-2020年にヨーロッパで流行したH5N8亜型HPAIV系統(欧州19-20冬系統)と2020-2021年にロシア・ヨーロッパで報告されているH5N8亜型HPAIV系統(欧州20秋系統)の2つの系統に由来するウイルスが存在していました。そのうち、欧州19-20冬系統では、HA及びNA以外のPB2、PB1、PA及びNP遺伝子分節が野鳥由来の鳥インフルエンザウイルスに由来している4種類が見出され、各分節の組合せによって合計5種類の異なる組合せ(遺伝子型)のウイルスが国内に侵入していることが明らかになりました。5種類の遺伝子型のウイルスの推定アミノ酸配列には、抗ウイルス剤であるノイラミニダーゼ阻害剤及びウイルス RNA ポリメラーゼ阻害薬に対する耐性変異は見られませんでした。また、哺乳類に対する感染性を増加させる様な既知のアミノ酸変異も認められていません。
当機構では、今後5種類の遺伝子型のウイルスについて、感染実験によって家禽に対する致死性及び体内でのウイルス増殖性などを精査していく予定です。
問い合わせ先
研究推進責任者 :農研機構動物衛生研究部門 研究部門長 筒井 俊之
研究担当者 :同 越境性感染症研究領域 ユニット長 内田 裕子、領域長 西藤さいとう 岳彦
広報担当者 :同 広報専門役 吉岡 都
詳細情報
背景
2020年11月5日に日本国内の家禽でH5N8亜型HPAIの発生が確認されて以降、家禽での発生は、2021年2月28日までに茨城県から鹿児島県まで17県51事例と過去に類を見ないほどの件数になっており、野鳥や環境検体においても同亜型のHPAIVが、北海道から鹿児島県まで18道県56事例から検出されています。今季家禽及び野鳥から得られたH5N8亜型HPAIVの関連性等を推定するために、2020年11月5日から2021年2月11日までの全ての家禽発生事例に由来するウイルス49株、環境省のサーベイランスにより関東甲信越・北陸地方で2020年11月5日から2021年2月16日までに得られた野鳥検体に由来するウイルス8株、計57株の全ゲノムを解読しました。なお、HPAIVの全ゲノム配列の解読では、次世代シーケンサを用いてウイルス溶液に含まれる全遺伝子情報を解読した後、農研機構動物衛生研究部門と(株)ワールドフュージョンが共同で開発したインフルエンザウイルスゲノム自動解析ソフトウェア「FluGAS」(Automatic Influenza Genome Assembly and Subtyping system)6)を用いることで、大量の解読データから自動的にウイルスゲノム配列を迅速に決定しました。解読した全ゲノム配列を基に各分節の系統樹解析を行い、8本の遺伝子分節の組み合わせによる遺伝子型の分類を行いました。
内容・意義
1.A型インフルエンザウイルスは8本の遺伝子分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、MP及びNS遺伝子分節)から構成されます。ウイルスの亜型を決定するHA及びNA遺伝子分節の系統樹解析から、今季国内に侵入したH5N8亜型HPAIVは2019-2020年にヨーロッパで流行したH5N8亜型HPAIV系統(欧州19-20冬系統)と2020-2021年にロシア・ヨーロッパで報告されているH5N8亜型HPAIV系統(欧州20秋系統)の2つの系統に分類されることが明らかとなりました。
2.その他6本の遺伝子分節の系統樹解析によって、野鳥由来の鳥インフルエンザウイルス7)の遺伝子分節(PB2、PB1、PA及びNP)を持つウイルスが見出されました。
3.各遺伝子分節の組合せから、欧州19-20冬系統の中で4種類の遺伝子型(①-④)、欧州20秋系統で1種類(⑤)、計5種類の異なる遺伝子型のウイルスが国内に侵入していることが明らかになりました(図1)。
4.これら5種類の遺伝子型のうち、家禽での発生には①、②、③及び⑤の4種類の遺伝子型のウイルスが関与していることがわかりました(図2)。
今後の予定・期待
今後、BSL-3病原体であるHPAIVの取り扱いが可能な動物衛生高度研究施設8)において、各遺伝子型の家禽への致死性やウイルス排泄に関する研究を迅速に推し進める予定です。その成果は、国内のHPAI防疫の一層の強化につながると期待されます。
用語の解説
- 1)(A型インフルエンザウイルスの)亜型
- ウイルス表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク:HA、ノイラミニダーゼ:NA)の種類に基づくウイルスの分類型。HAには、H1からH18、NAにはN1からN11までの亜型が存在します。A型インフルエンザウイルスの種類はそれぞれの亜型を組み合わせて、H1N1、H3N2、H5N1等と記載します。
- 2)高病原性鳥インフルエンザウイルス
- 国際獣疫事務局(OIE)の規定による分離ウイルスの鶏への静脈内接種試験やHAタンパク質の開裂部位における連続した塩基性アミノ酸の存在によって判定される、鶏に高い致死率を示すA型インフルエンザウイルス。H5及びH7亜型の一部のウイルスが主。
- 3)高病原性鳥インフルエンザ
- 高病原性鳥インフルエンザウイルスによって引き起こされ、鶏に高い致死率を示す家禽の疾病。
- 4)遺伝子分節
- A型インフルエンザウイルスは、8つの分節RNAをゲノムとして保有しています。
- 5)系統樹解析
- 生物の遺伝的関係を線でつなぐ形で示したもので、アミノ酸配列やDNA塩基配列をデータとして用います。枝分かれをした樹木のような図が得られ、近縁な場合は近くの枝に示されます。
- 6)FluGAS
- 次世代シーケンサ等によるインフルエンザウイルスゲノムシーケンスデータから、簡単な操作で亜型の判定と遺伝子分節ごとの塩基配列を決定するWindows用のソフトウェア。農研機構動物衛生研究部門と(株)ワールドフュージョンで共同開発しました。
- 7)鳥インフルエンザウイルス
- 野鳥に自然感染して共生しているA型インフルエンザウイルス及び家禽類に感染するA型インフルエンザウイルスの総称。
- 8)動物衛生高度研究施設
- HPAIVなどのBiosafety level 3(BSL-3)にあたる畜産上重要な感染症病原体を取り扱うことが認められた農研機構内の高度封じ込め実験施設。国際獣疫事務局(OIE)ならびに世界保健機構(WHO)のラボラトリー・バイオセイフティー基準に適合した国内有数規模を誇るBSL-3施設です。
参考図
図1.8分節の遺伝子系統樹解析に基づく今季H5N8亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの遺伝子型
亜型を決定する遺伝子分節(HA及びNA)により2系統に分類され、その他の遺伝子分節の組み合わせにより、計5種類の遺伝子型に分類されます。
図2.今季国内の家禽及び一部地域野鳥由来H5N8亜型HPAIVの遺伝子型の県別分布図
家禽での発生は茨城県から鹿児島県でみられ、①、②、③及び⑤の4種類の遺伝子型のウイルスが分離されています。野鳥では、①、③、④及び⑤の遺伝子型のウイルスが分離されています。