5,061遺伝子のノックアウトマウスを整備~国際連携によるマウスの品質管理が研究基盤を拡充する~

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2021-04-13 理化学研究所

理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター実験動物開発室の吉木淳室長、綾部信哉専任研究員、マウス表現型解析開発チームの田村勝チームリーダーらの研究グループ※が参加する国際マウス表現型解析コンソーシアム(International Mouse Phenotyping Consortium:IMPC)は、5,061遺伝子の新しいノックアウトマウス[1]系統を樹立し公開しました。

本研究成果は、これまでにIMPCポータルサイト注1)で公開されているデータとともに、遺伝性希少疾患の発症に関わる原因遺伝子の特定や未診断疾患の研究推進、治療法の開発に貢献すると期待できます。

ヒトの遺伝子の機能や疾患における役割を解明するために2011年に発足したIMPCでは、マウスの全遺伝子それぞれについて、ノックアウトマウスの樹立と国際標準解析プロトコールに沿った表現型[2]の解析を行い、マウス遺伝子機能のカタログ作成を進めてきました。

今回、IMPCは遺伝子改変が一つの遺伝子だけに施され、設計どおりにノックアウトされていることを検証する品質管理を行った上で、マウスES細胞[3]から5,061遺伝子のノックアウトマウス系統を樹立しました。これにより、発現を可視化できる遺伝子の数が従来の約3倍に、コンディショナルノックアウトマウス[4]として利用できる遺伝子の数は約2倍に拡充しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Genetics』オンライン版(4月8日付)に掲載されました。

注1)IMPCポータルサイト(英語)

背景

病気の発症や予防に関わる遺伝子の機能を明らかにするために、ヒトと同じ哺乳類であるマウスの遺伝子機能を失わせたノックアウトマウスが30年以上にわたって作製されてきました。研究対象の選択と集中化を通して、特定の遺伝子に偏ったマウスモデルの作製と解析は進みましたが、残りの多くの遺伝子についてはノックアウトマウスが存在せず、遺伝子の機能も明らかではありませんでした。

2011年に発足した「国際マウス表現型解析コンソーシアム(International Mouse Phenotyping Consortium:IMPC)」は、遺伝子機能の総合的なカタログの作成を進めています(図1)。マウスの各遺伝子についてそれぞれノックアウトマウスを樹立し、血液検査、血圧、行動、形態など約300にわたる国際標準の解析プロトコールに沿った表現型解析法を用いて、網羅的な解析を実施してきました。2016年には、400を超える胎生致死遺伝子[5]を特定し、それらとヒト疾患遺伝子との関連性を明らかにしました注2)。2017年には、360遺伝子のノックアウトマウス系統が既知の遺伝性希少疾患のモデルマウスとなることや、135系統が新たなメンデル遺伝病[6]のモデル候補となることを解明しました注3)

IMPCで得られたデータはIMPCポータルサイトで公開されており、遺伝性希少疾患の発症に関わる原因遺伝子の特定や治療法の開発に役立てられています。

国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)の図

図1 国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)

IMPCは、世界19研究機関が共同してマウスゲノム上のタンパク質コード遺伝子の機能を明らかにすることを目的とした国際連携プロジェクトである。日本からは唯一、理研バイオリソース研究センター(BRC)が参加している。

注2)2016年9月20日プレスリリース「マウスで難病遺伝子を探索

注3)2017年7月11日プレスリリース「3,328遺伝子ノックアウトから疾患モデル発見

研究手法と成果

IMPCでは、2021年までの10年間の研究期間(フェーズ1:2011~2016年、フェーズ 2:2016~2021年)を通して、標準的実験マウス系統であるC57BL/6NのES細胞コレクションから5,061遺伝子についてのノックアウトマウス系統を樹立しました。これらのうち3,644遺伝子(約72%)のノックアウトマウスは少なくとも一つの表現型を示しており、一つ一つの遺伝子の機能が哺乳類の健康状態に影響を与えることが明らかになりました。

IMPCによる5,061遺伝子のうち2,850遺伝子は初めてノックアウトされたもので、これまでにIMPC以外の研究グループから樹立されていた系統を含めると、マウス全遺伝子(2万2000遺伝子)の半分以上に相当する1万1214遺伝子のノックアウトマウスが作製されたことになります(図2A)。

また、IMPCによる5,059系統はレポーター遺伝子[7]を組み込むことでノックアウト遺伝子の発現を可視化できるようになっており、全体では従来の約3倍の系統が詳しい遺伝子発現解析に利用可能になりました(図2B)。さらに、IMPCが樹立した3,674系統はコンディショナルノックアウトマウスであり、全体ではこれまでの2倍近い系統で、遺伝子発現の時期や組織特異的な機能解析が可能になりました(図2C)。

IMPCプロジェクトとその他でノックアウトされた遺伝子の内訳の図

図2 IMPCプロジェクトとその他でノックアウトされた遺伝子の内訳

A:IMPCにより5,061遺伝子のノックアウトマウス系統が作製され、そのうち2,850遺伝子は初めてノックアウトマウスが作製された。他の研究グループ(非IMPC)からは8,391遺伝子のノックアウトマウス系統が報告されており、合わせると11,214遺伝子がノックアウトされたことにとなる。

B:IMPCにより樹立された5,059遺伝子のノックアウトマウス系統には、ノックアウト遺伝子の発現を可視化できるレポーター遺伝子を組み込んである。これにより全体では、従来(非IMPC)の約3倍の系統が詳しい遺伝子発現解析に利用できる。

C:IMPCにより樹立された3,674遺伝子のノックアウトマウス系統はコンディショナルノックアウトマウスである。これにより全体では、従来(非IMPC)の2倍近い遺伝子発現の時期、組織特異的な機能解析が可能である。


さらに、ES細胞コレクションからマウスを樹立するにあたっては、遺伝子改変が一つの遺伝子だけについて施され、設計通りにノックアウトされていることを検証する品質管理が必要であることが明らかとなりました。一例として、ES細胞レベルでの検証に加えて、IMPCではマウスレベルでの二重の品質管理を実施した結果、ES細胞コレクションの一部には8番染色体への遺伝子挿入があることが判明しました。そこで、理研バイオリソース研究センターをはじめとする世界各国の中核マウスリソース機関では、この挿入遺伝子を持たないマウスを選抜・交配し、設計通りに遺伝子がノックアウトされている高品質な系統として樹立・表現型解析されたマウスを作製し、国際標準の疾患研究用リソースとして世界中に提供しています。

今後の期待

高品質なバイオリソースは、生命科学研究の実験の再現性を向上させる役割を果たします。ゲノム編集技術により遺伝子改変マウスが作製される現在においても、その際に注意深い品質管理が必要であることに変わりはありません。今回の成果は、マウスモデルを用いたヒトゲノムの深層機能の解明とその臨床応用を目指す新たな研究提案「The Deep Genome Project」注4)をはじめとした将来の研究プロジェクトの基盤となるものです。

ES細胞コレクションからIMPCが作製・公開したマウスを利用して、これまでに1,900を超える論文が研究コミュニティーにより発表されました。その数は増加し続けており、IMPCポータルサイトで公開されているデータとともに、遺伝性希少疾患の発症に関わる原因遺伝子の特定や未診断疾患の研究推進、治療法の開発に寄与すると期待できます。

注4)IMPCのWhite Paper「The Deep Genome Project」が発表されました | 理化学研究所バイオリソース研究センター新規タブで開きます

補足説明

1.ノックアウトマウス
目的の遺伝子を人為的に欠損させたマウス。

2.表現型
細胞や個体での遺伝子発現の変化などの結果、個体差となって現れる形質のこと。遺伝子の発現量の差から生じる形質の差は、タンパク質の違い、代謝産物の違いという段階を経て、細胞や個体の形や機能の差として現れる。

3.ES細胞
胚性幹細胞(embryonic stem cells)。哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から作製した細胞株で、身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を持つもの。

4.コンディショナルノックアウトマウス
Cre/loxPシステム(loxP配列と呼ばれるDNA配列に対し、DNA組換え酵素)を用いて、時期特異的、部位特異的に遺伝子を欠失させたマウス。

5.胎生致死遺伝子
胎児期の生存に必須の遺伝子。この遺伝子の破壊により、マウスは胎生期に死亡する。

6.メンデル遺伝病
単一遺伝子の変異により発症し、疾患形質がメンデル遺伝形式に従って次世代に遺伝する病気。

7.レポーター遺伝子
解析したい遺伝子の発現を蛍光・発光や化学染色により簡便に検出、定量する目的で利用される標識遺伝子のこと。IMPCのノックアウトマウスでは、化学染色が容易な大腸菌のlacZ遺伝子が使用されている。

研究グループ

理化学研究所バイオリソース研究センター
実験動物開発室
室長 吉木 淳(よしき あつし)
専任研究員 綾部 信哉(あやべ しんや)
ポスドク研究員 水野 沙織(みずの さおり)
専任技師 中田 初美(なかた はつみ)
専門技術員 門田 雅世(かどた まさよ)
テクニカルスタッフII 岩間 瑞穂(いわま みずほ)
テクニカルスタッフII 橋本 知美(はしもと ともみ)
マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 田村 勝(たむら まさる)
開発研究員 古瀬 民生(ふるせ たみお)
開発技師 山田 郁子(やまだ いくこ)
開発技師 三浦 郁生(みうら いくお)
特別研究員 澁谷 仁寿(しぶや ひろとし)
統合情報開発室
室長 桝屋 啓志(ますや ひろし)
開発研究員 田中 信彦(たなか のぶひこ)
特別顧問 小幡 裕一(おばた ゆういち)
センター長 城石 俊彦(しろいし としひこ)

原論文情報

Marie-Christine Birling , Atsushi Yoshiki 他69名, “A resource of targeted mutant mouse lines for 5,061 genes”, Nature Genetics, 10.1038/s41588-021-00825-y

発表者

理化学研究所
バイオリソース研究センター 実験動物開発室
室長 吉木 淳(よしき あつし)
専任研究員 綾部 信哉(あやべ しんや)
マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 田村 勝(たむら まさる)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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