仙台湾のヒラメは割と個人主義だった

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脊椎骨コラーゲンの分析でヒラメの「生活履歴の個体差」が明らかに

2021-04-13 総合地球環境学研究所

概要

和食、洋食を問わず、高級食材としての需要が高いヒラメ。近年では養殖も増えていますが、自然界での成長の過程は完全に解明されていません。そうした中、名古屋大学の加藤義和研究員、水産研究・教育機構の冨樫博幸主任研究員、栗田豊副部長、総合地球環境学研究所の陀安一郎教授らの研究グループは、仙台湾に生息するヒラメの脊椎骨椎体※1について、コラーゲンに含まれる炭素・窒素の安定同位体比※2を分析しました。その結果、仙台湾のヒラメには、成長に伴って波打ち際から沖合へ移動するタイミングや、湾内での生息場所の好みが異なるという、生活履歴が異なる2つの集団が存在することを個体単位で確認しました。本研究により、ヒラメの生活環の一端が解明され、ヒラメという資源の保護や活用にも有用な知見が明らかになっただけでなく、脊椎骨椎体の安定同位体分析という手法がさまざまな魚種の生活史や行動、集団の構造などの解明に役立つ見通しが得られました。

本成果は、2021年4月5日にMarine Biology誌にオンライン掲載されました。

仙台湾のヒラメ脊椎骨論文

研究の背景と課題

魚類の成長に伴う移動や餌の変化などの生活環の解明は、生態学や水産学の分野における重要なテーマです。そうした基礎的な知見がわかれば、水産資源の保護や活用にも役立ちます。

そこで、タグやラベルをつけた魚類の個体を放流して再捕獲し調べる方法や、小型の発信機をつけて追跡するテレメトリー法、魚の耳の耳石※3に含まれる各種元素の解析により復元推定する方法などがこれまでに試され、魚類のさまざまな移動履歴が明らかにされてきました。近年では、ヒラメが属する「硬骨魚類」については、脊髄を形作る椎体(脊椎骨椎体)に見られる年輪状の構造に着目し、含まれるコラーゲンを構成する各種元素の安定同位体比を成長に沿って測定して、個体ごとに過去の生活履歴を復元する手法が開発されています。生物の組織に含まれる安定同位体の比率(安定同位体比)を、生体の主な構成元素である炭素と窒素それぞれについて調べれば、その生物がどのような餌を食べてきたか、あるいは、どのような場所に生息していたかを推定することができるからです。

このように、脊椎骨椎体を用いた安定同位体による測定法の精緻化や、さまざまな魚種への応用が期待されてきました。

研究の目的

魚の中でも、高級魚の一種、ヒラメは、孵化後1ヶ月程度の浮遊仔魚期を経た後に、成魚と同じ扁平な体型に変化して海底での着底生活に入ります。稚魚期には波打ち際など浅い海域で成長しますが、仙台湾では生後6か月から1年ほど経つと、より水深の深い沖合へと移動、定着し、そのタイミングは生後6か月から1年の間でばらつきがあることが知られていました。しかし、その生活環の全貌は完全には明らかになっていません。

そこで本研究では、仙台湾に生息するヒラメを対象とし、成長に応じた移動や餌の変化が個体によってどのように異なるのかを、脊椎骨椎体を用いた安定同位体による測定法により個体単位で詳細に明らかにすることを目指しました。

研究の方法

地球研を中心とした研究グループは、まず、仙台湾内のさまざまな地点(図1)で、ヒラメ成魚(3~4歳魚)を捕獲しました。そして、椎体先端のごくわずかな部位に記録されている稚魚~幼魚期の履歴を解析できるよう、歯科用のドリルや歯石除去用の超音波スケーラーを用いて脊椎骨を精緻に削り、椎体のみを取り出しました。さらに、耳石の同心円状の模様(輪紋)を観察してその個体の年齢を判別したのち、椎体表面にも見られる輪紋の幅に合わせて、1分画がおよそ2か月相当の厚さになるように分割しました(図2)。それぞれの分画に含まれるコラーゲンの炭素・窒素の安定同位体比に加え、餌の種類や生息場所をより精密に知るために「アミノ酸態窒素」の安定同位体比※4を測定しました。

図1 仙台湾における調査地点(4地点)。右上はヒラメ成魚。

図1 仙台湾における調査地点(4地点)。右上はヒラメ成魚。

図2 精緻に整形した脊椎骨椎体を年齢に沿って分割し、コラーゲンを抽出する手順

図2 精緻に整形した脊椎骨椎体を年齢に沿って分割し、コラーゲンを抽出する手順

研究の経過や成果

椎体コラーゲンの炭素・窒素の安定同位体比を解析した結果、仙台湾のヒラメが沿岸から沖合に移動するタイミングが、生後6か月から1年の間でばらついていることを、個体ごとにさかのぼって確認することができました。また、湾の北東部には、幼魚から成魚に至るまでの長い期間を通じて、湾内の他の地点とは生活履歴の異なる集団が存在することを発見しました(図3)。この結果は、湾の北東部にいた個体は、他の地点の個体と同じ地点で生活することがなかった可能性や、異なる餌を利用していた可能性を示しています。

さらに、アミノ酸態窒素の安定同位体比の解析からは、成長とともに、栄養段階が低い餌(アミや多種の稚魚)からより高い餌(イカナゴ、マイワシなど)を利用するようになったことが確認できました。また、成長に伴って、沿岸から沖合へ生息場所を移したことを示すシグナルも検出することができました。

 

図3 脊椎骨椎体コラーゲンの炭素・窒素安定同位体比(δ13Cbulk、δ15Nbulk)を用いた非線形時系列解析から想定された、ヒラメの生活履歴の4つの主要なモード。

図3 脊椎骨椎体コラーゲンの炭素・窒素安定同位体比(δ13Cbulk、δ15Nbulk)を用いた非線形時系列解析から想定された、ヒラメの生活履歴の4つの主要なモード。
横軸は椎体中心からの距離(分画の番号)を示し、値が大きいほど骨の外側であることを示す。縦軸は各モードにおける同位体比の変化の相対値、グラフに入った縦の線はおよそ12か月(6分画分に相当)の時点を示す。「モード1」は、N55の個体は他地点の個体に比べ、生涯を通じて窒素安定同位体比が低い傾向を示していることから、「地点間での個体差」を示していると考えられた。「モード2」は成長に伴って個体別に緩やかに変わっていったことから「成長に伴う変化」、「モード3」は初めの6ヶ月から1年のうちに大きく変化していることから「沿岸から沖合へ移動するタイミング」とみなされた。「モード4」は、年ごとに規則的に振動することから、季節的な変化と考えられた。モード1から、N55のヒラメは幼魚から成魚に至るまでの長い期間を通じて、湾内の他の地点のヒラメとは生活履歴の異なる集団であると考えられた。モード3から、沿岸から沖合へ移動するタイミングは個体ごとにばらつきがあると考えられた。モード2およびモード4の変動を生み出す具体的なメカニズムは不明だが、成長や季節サイクルに伴う餌の変化や繁殖行動が影響している可能性がある。

まとめと今後の展望

以上のように、安定同位体を使って脊椎骨椎体を解析することにより、仙台湾のヒラメ集団に見られる時間的・空間的な構造を明らかにできることがわかりました。「時間的な構造」とは、成長の過程で沿岸域から沖合へ出ていくタイミングの個体差を指し、「空間的な構造」とは、仙台湾内でそれぞれのヒラメが好む生息場所の違いを指します。

脊椎骨椎体を解析すれば、多数の個体について個体ごとの「移動」、「食性」等の履歴を同時に得ることができます。今後は、耳石などの他の部位、あるいは、他の元素を使った解析を組み合わせることで、さまざまな魚種の生活史や行動、集団の構造などを明らかにすることができると考えられます。

論文の主著者である、元地球研の研究員で現在は名古屋大学で研究を進める加藤研究員は「これまで単一の個体群だと考えられてきた仙台湾のヒラメの中に、生活履歴が大きく異なる集団が見つかったことは、とても興味深いです。湾内に住むそれぞれのヒラメがどのような生活をしているかが詳細に分かれば、持続可能なヒラメの利用にもつながります。脊椎骨椎体の同位体解析は、さまざまな魚の生活をさかのぼって知ることができる有益なツールですから、ヒラメのような重要な水産資源の保全はもちろん、魚類を中心とした水域生態系の構造を調べる上でも大いに役に立つでしょう」と述べています。

用語の説明

※1 脊椎骨椎体
魚類の脊椎骨の中には、つづみ状に向かい合った二つの円錐形の椎体があります。椎体は、円錐の頂点から外縁部に向けて、樹木の年輪のような同心円状の構造を持っています。椎体は、魚の成長に伴って、年輪が一つずつ増えていくようにして伸長していくため、稚魚期(円錐の頂点)から死亡時(円錐の最外縁部)に至るまでの履歴が、時系列に沿って椎体の中に記録されています。

※2 安定同位体比
炭素、窒素、水素、酸素、硫黄などの元素には、それぞれ陽子数が等しく中性子数の異なる同位体が存在します。これらのうち、時間の経過に伴って崩壊し、別の原子に変わるものを放射性同位体、変化しないものを安定同位体と呼びます。

※3 耳石
硬骨魚類の内耳には、平衡感覚や聴覚を司る硬組織である耳石が入っています。耳石の主な成分は炭酸カルシウムで、ナトリウム、カリウム、ストロンチウムなどの元素も微量に含まれています。魚の概日リズムに合わせ、稚魚の耳石には1日1本の輪紋が、成魚の耳石には1年に1本の輪紋が同心円状に形成されます。そのため、耳石は、魚類の年齢を知るのに古くから利用されてきました。また、耳石中心から縁辺部に向かって、含まれている元素を分析することにより、個体レベルでの移動経路などの履歴を知ることができます。

※4 アミノ酸態窒素の安定同位体比
生物の組織には、さまざまな種類のアミノ酸が含まれています。ある生物の組織に含まれる特定のアミノ酸(たとえばグルタミン酸とフェニルアラニン)について、アミノ酸を構成する窒素の安定同位体比を比較、解析することにより、その生物がどのような餌を食べてきたか、あるいは、どのような場所に生息していたかを高い精度で推定することができます。

論文情報

掲載誌名:

Marine Biology

オンライン掲載日:2021年4月5日

論文タイトル:

Segmental isotope analysis of the vertebral centrum reveals the spatiotemporal population structure of adult Japanese flounder Paralichthys olivaceus in Sendai Bay, Japan
(分割した脊椎骨椎体の同位体分析が明らかにした仙台湾ヒラメ個体群の時空間構造)

著者名:

Yoshikazu Kato1,2*, Hiroyuki Togashi3, Yutaka Kurita3, Yutaka Osada1,3, Yosuke Amano3,4, Chikage Yoshimizu1, Hiromitsu Kamauchi1,5, Ichiro Tayasu1
*責任著者

所属機関:

  1. 総合地球環境学研究所
  2. 名古屋大学 環境学研究科
  3. 水産研究・教育機構
  4. 福島県水産海洋研究センター
  5. 無所属

メインで研究を行った研究者の名前、職名、所属:加藤 義和
名古屋大学 環境学研究科 研究員(元:総合地球環境学研究所 研究員)

DOI番号:

10.1007/s00227-021-03868-1

研究体制と支援

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST(PMJCR13A3)、水産庁 我が国周辺水産資源調査・評価等推進委託事業、および日本学術振興会 科学研究費助成事業(16H02524)による助成のもと、総合地球環境学研究所および水産・研究教育機構の主導によって進められました。

問い合わせ先

総合地球環境学研究所 広報室 岡田 小枝子(おかだ さえこ)

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