植物が硫黄栄養をリサイクルする経路を解明

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防御物質グルコシノレートは栄養の予備タンクにもなる

2021-05-25 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター代謝システム研究チームの杉山龍介基礎科学特別研究員(研究当時)、リ・ルイ研修生(研究当時)、平井優美チームリーダーらの国際共同研究グループは、アブラナ科の植物が硫黄原子(S)を含む二次代謝産物[1]であるグルコシノレート[2]を自ら分解して硫黄を再利用する経路を発見しました。

本研究成果は、持続的な食料生産や高機能作物の開発に向けた植物の形質改良に貢献すると期待できます。

自ら動くことのできない植物は、二次代謝産物と呼ばれるさまざまな化合物を合成することで、植食昆虫や病原菌から身を守っています。その合成には多くのエネルギーと材料を投入する必要があるため、植物の生存戦略として二次代謝産物の合成は自身の体を大きくする成長とバランスをとることが重要です。

今回、国際共同研究グループは、シロイヌナズナ[3]が防御物質として合成したグルコシノレートを分解して、体の構成成分にもなる硫黄を含むアミノ酸であるシステインに変化させる経路を解明しました。システインからグルコシノレートを作る経路は解明されていましたが、最終産物であると考えられていたグルコシノレートからシステインを作る経路を分子レベルで明らかにしたのは初めてです。

本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)』オンライン版に近日中に掲載されます。

通常時と硫黄欠乏時のグルコシノレートの役割の図

通常時と硫黄欠乏時のグルコシノレートの役割

背景

植物は生存戦略の一環として、外敵からの防御や環境適応に役立つ多種多様な二次代謝産物をその身に蓄えます。このような成分は人間に対しても有益な効果を示すことがあり、疾病治療や健康増進などへの利用法が幅広く研究されてきました。

二次代謝産物は植物の生存率を向上させる一方で、その合成には多くのエネルギーと材料を投入する必要があります。そのため、例えば栄養源が限られた状況では、自身の体を成長させるための栄養素とうまくバランスをとっていかなければなりません。このような観点から、「植物は二次代謝産物を栄養源として分解・再利用できるのではないか」という疑問が長年議論されてきました。しかし、リサイクル経路が実際に存在すること、そしてそのシステムが植物の生存に利することを明確に示した例はこれまでありませんでした。

本研究で着目したグルコシノレートは主にアブラナ科植物が作る成分で、昆虫による食害や病原菌に対する防御物質として働くことが知られています。植物内のグルコシノレート貯蔵量は、環境中の栄養素、特に硫黄濃度によって大きく変動します。硫黄原子(S)を複数含む分子構造なども踏まえて、「アブラナ科植物にとってグルコシノレートは硫黄栄養のリザーバーでもある」という仮説が15年以上前に指摘されていましたが、その詳細は謎に包まれたままでした。そこで国際共同研究グループは、グルコシノレートから硫黄が回収される分子メカニズムの理解と、植物にとっての生理学的意義の解明を目指しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、アブラナ科植物であるシロイヌナズナを使って次の三つの課題に取り組みました。

1.グルコシノレートは硫黄栄養として植物の成長を助けるか?

植物は、主要な硫黄源である硫酸イオンが不足した栄養条件では十分に成長することができません。ここにグルコシノレートを一定量加えて栽培すると、シロイヌナズナは通常の栄養条件で栽培したときと同様に成長することができました(図1A)。この結果は、グルコシノレートを構成する硫黄原子が植物の栄養源として使われたことを示しています。グルコシノレートの分子中には少なくとも二つの硫黄原子が含まれ、一つはグルコシノレートの分解により硫酸イオンとして放出されると考えられます(図1B)。

そこで次に、もう一方の硫黄原子も栄養源として利用可能なのかを調べました。具体的には、自然界にごくわずかしか存在しない硫黄の同位体[4]である34Sで当該部位をラベルした合成グルコシノレートをシロイヌナズナに与え、植物中の成分を質量分析[5]装置を用いて解析しました。その結果、植物の体を構成する重要なアミノ酸であるシステインやメチオニンに、この34Sが多く取り込まれていることが分かりました(図1C)。以上より、シロイヌナズナはグルコシノレートを硫黄栄養として活用することができ、グルコシノレート1分子の分解によって少なくとも2個の硫黄原子を回収することが分かりました。

シロイヌナズナにおけるグルコシノレートからの硫黄栄養の回収の図

図1 シロイヌナズナにおけるグルコシノレートからの硫黄栄養の回収

(A)異なる栄養条件で栽培したシロイヌナズナ実生の写真。硫黄源として硫酸イオンを含まない条件では植物の成長異常が起こるが,グルコシノレートを添加した場合はそのような現象が見られない。

(B)同位体34Sでラベル化したグルコシノレートの構造。赤色部分は分解時に硫酸イオンとして放出されると考えられる。

(C)硫酸イオンまたはグルコシノレートを硫黄栄養源として栽培したシロイヌナズナ実生中のシステイン含有量比較。グルコシノレート由来の34Sがシステインに取り込まれたことを示す。

2.グルコシノレートの硫黄はどのような経路でシステインへ渡されるのか?

グルコシノレートはからし油配糖体とも呼ばれる糖を含む化合物で、一般的にミロシナーゼという糖分解酵素によって破壊され、イソチオシアネート(からし油)などの揮発性物質に変換されます。硫酸イオンはこの時点で放出されると考えられますが、これだけではもう一方の硫黄原子が最終的にシステインなどに取り込まれる理由を説明できません。

そこで、図1Bとは異なる部位を重水素(2H)で置き換えたグルコシノレートをシロイヌナズナに与え、その成分の総体(メタボローム[6])を経時的に解析することで、イソチオシアネートがどのような成分に変換されていくかを追跡しました。その結果、イソチオシアネートは植物体内に豊富に存在するペプチドであるグルタチオンと結合し、数段階を経てラファヌサム酸という物質に変換されることが分かりました(図2)。さらにこの経路では、ラファヌサム酸はイソチオシアネート由来の硫黄原子を放出後にシステインへと再生され、グルタチオンに戻されたのちに再利用されていました。以上から、シロイヌナズナはグルタチオンを触媒のように活用し、グルコシノレート1分子からタンパク質のもととなるシステインを少なくとも2分子獲得できることが示されました(図2)。

グルコシノレートから硫黄原子をシステインに受け渡す分子の流れの図

図2 グルコシノレートから硫黄原子をシステインに受け渡す分子の流れ

グルコシレートが分解されてできたイソチオシアネートはグルタチオンと結合し、数段階を経てラファヌサム酸に変換される。ラファヌサム酸はイソチオシアネート由来の硫黄原子を放出後にシステインへと再生され、グルタチオンに戻されたのちに再利用される。

3.硫黄回収のためのグルコシノレート分解を制御する酵素は何か?

ここまでの実験では人工的に植物に与えたグルコシノレートの分解過程を観察してきましたが、次にシロイヌナズナがもともと貯蔵しているグルコシノレートを硫黄栄養として再利用するために必要な遺伝子を調べました。BGLU28とBGLU30という糖分解酵素に着目し、BGLU28がグルコシノレートを分解する酵素活性を持つことを明らかにしました(図3A)。これらのBGLU遺伝子が機能しない変異体は、硫黄が不足した栄養条件での生育がさらに低下しました(図3B)。

硫黄不足条件で栽培したBGLU変異体中の成分を調べてみると、図3AでBGLU28が高い分解活性を示すグルコシノレートの大部分が分解されずに残っていました。つまり、これらの糖分解酵素が働かないと、植物体中に貯蔵されたグルコシノレートを分解して硫黄栄養を回収できないため、硫黄不足への適応力が下がったと考えられます。

グルコシノレートからの硫黄回収に関わる糖分解酵素(ミロシナーゼ)の同定の図

図3 グルコシノレートからの硫黄回収に関わる糖分解酵素(ミロシナーゼ)の同定

(A)BGLU28のグルコシノレート分解活性。特定のグルコシノレート分子種に対してのみ高い分解活性を示す。

(B)BGLU28, BGLU30遺伝子を欠失した変異体の形態観察。硫黄不足条件への適応力が下がっていることが分かる。


以上、硫黄栄養不足に陥ったシロイヌナズナが、貯蔵されていたグルコシノレートを分解することで足りない硫黄原子を補う仕組みを備えていることを証明し、その分子メカニズムを明らかにしました。

今後の期待

グルコシノレートはブロッコリーなどのアブラナ科野菜に含まれる成分で、健康を促進する機能が知られていることから、グルコシノレートを多く含む野菜の開発が注目されています。今回明らかになったグルコシノレートの分解経路は、シロイヌナズナ以外のアブラナ科植物にも共通であると予想されます。アブラナ科野菜の持つ分解経路を抑制することで、グルコシノレートを増やす技術への応用が期待できます。

植物が二次代謝産物を自己分解するシステムは、グルコシノレートに限らずさまざまな成分に備わっているかもしれません。これまで、植物中の有効成分を調節する試みとしては生合成という「作る経路」に多くの目が向けられてきました。本研究は「壊す経路」の存在を提示することで、物質生産制御に向けたより多面的なアプローチの発展へと波及していくと期待できます。さらに、こうした植物のポテンシャルの理解は、栄養欠乏に強い植物の開発につながり、過剰な肥料の投入を回避する持続可能な農業生産にも役立つと考えられます。

本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち、「2. 飢餓をゼロに」、「3. すべての人に健康と福祉を」、「15. 陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

1.二次代謝産物
生物の成長や生殖には直接的には関与しない成分のことで、外敵からの防御など、生存環境への適応に利する生理活性を持つことが多い。近年では特化代謝産物(specialized metabolites)とも呼ばれ、植物だけでなく微生物や動物にも広く存在する。

2.グルコシノレート
主にアブラナ科植物によって生産される二次代謝産物。からし油配糖体とも呼ばれ、ミロシナーゼという糖分解酵素によって破壊されると、防虫効果や発がん抑制作用を持つイソチオシアネート(からし油)などの揮発性物質に変換される。

3.シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草。約2カ月で世代交代し、植物の遺伝学的解析におけるモデルとしてよく利用される。グルコシノレートを生産するため、グルコシノレート関連研究では特に重要。

4.同位体
同じ元素に属するが質量数が異なる原子で、化学的性質はほぼ同じ。一定の比率で自然界に安定に存在するものを特に安定同位体と呼ぶ。本研究では、硫黄(32S)の安定同位体34Sと水素(1H)の安定同位体2Hを用いた。

5.質量分析
化合物に高エネルギーを付加して発生させたイオンを検出し、原子や分子の「質量」を推定する分析法。試料に含まれる成分の種類や化学的性質、含有量などを調べることができる。同位体が取り込まれた成分は個別に検出することができる。

6.メタボローム
生体内の化学反応によって生成される、低分子化合物の総体のこと。試料中のメタボローム情報を取得する際に特に有効な手法の一つが質量分析である。

7.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
代謝システム研究チーム
基礎科学特別研究員(研究当時) 杉山 龍介(すぎやま りょうすけ)
(現シンガポール国立大学 HFSPフェロー)
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
(質量分析・顕微鏡解析ユニット ユニットリーダー)
研修生(研究当時) リ・ルイ(Rui Li)
テクニカルスタッフI 桑原 亜由子(くわはら あゆこ)
統合メタボロミクス研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
(環境資源科学研究センター センター長)
研究員(研究当時) 中林 亮(なかばやし りょう)
質量分析・顕微鏡解析ユニット
専門技術員 森 哲哉(もり てつや)

マックス・プランク植物育種学研究所
研究員 中野 亮平(なかの りょうへい)

ポーランド科学アカデミー 生物有機化学研究所
教授 ベドナレク・パブエル(Paweł Bednarek)

東京大学 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
教授 藤原 徹(ふじわら とおる)
助教 反田 直之(そった なおゆき)

東京農工大学 グローバルイノベーション研究院
教授 大津 直子(おおつ なおこ)

東京農工大学 農学部
学生(研究当時) 伊藤 岳大(いとう たけひろ)

研究支援

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(16H07449、18K14348、19H02859、20H04852)、理研基礎科学特別研究員制度、中国政府奨学金(201906610013)の支援を受けて行われました。

原論文情報

Ryosuke Sugiyama, Rui Li, Ayuko Kuwahara, Ryo Nakabayashi, Naoyuki Sotta, Tetsuya Mori, Takehiro Ito, Naoko Ohkama-Ohtsu, Toru Fujiwara, Kazuki Saito, Ryohei Thomas Nakano, Paweł Bednarek, Masami Yokota Hirai., “Retrograde sulfur flow from glucosinolates to cysteine in Arabidopsis thaliana.”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS), 10.1073/pnas.2017890118

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム
基礎科学特別研究員(研究当時) 杉山 龍介(すぎやま りょうすけ)
研修生(研究当時) リ・ルイ (Rui Li)
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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