2021-06-03 東京大学
- 発表者
- 矢守 那海子(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 学術専門職員)
松島 依子(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 学術専門職員)
矢守 航(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 准教授)
発表のポイント
- 室内でのバラ管理において、上方照明が有効であることを明らかにした。
- 根元から光をあてることによって、葉の老化が抑制され、開花が促進された。
- 病院など室内で植物を管理する際の新たな選択肢となり得る。
発表概要
図1 室内での利用方法
上向きの照明(上方照射)は、葉も花も美しく保つことができ、照明を設置するためのスペースも必要ないため、室内で手軽にバラを楽しみたい人におすすめのツールと言えます。
図2 実験の概要
(A)補光なし、上から下向きの照明をあてる(下方照射)、下から上向きの照明をあてる(上方照射)を示した図。(B)使用した蛍光灯と補光に使用したLEDの波長組成を示した図。3月に花芽が現れるまで、温室内でミニチュアバラを栽培しました。開花する前に、植物を室内の10〜20 μmol m-2 s-1の蛍光灯の下に移してから、2週間の処理を行いました:1)LED補助なし、2)150 μmol m-2 s-1の下方照射、3)150 μmol m-2 s-1の上方照射。LED補光は、植物から5〜10 cm離して設置し、12時間(09:00〜21:00)点灯しました。
図3 LED上方照射が下位葉の老化を抑制する
LED補光がクロロフィル量とルビスコ量に及ぼす影響を解析しました。補光なしでは、クロロフィルとルビスコの含有量は中位葉で減少し、下位葉は枯死しました。また、下方照射や上方照射によって、中位葉と上位葉ではクロロフィルとルビスコの含有量に差は無かった一方、下方照射よりも上方照射によって下位葉のクロロフィルとルビスコの含有量が向上しました。
図4 下方照射と上方照射は共に開花を促進する
LED補光がつぼみに及ぼす影響を解析しました。植物を室内の10〜20 μmol m-2 s-1の蛍光灯の下に移してから、2週間の処理後、LED補光なしでは、ほとんどの花芽は枯死しました。一方で、150 μmol m-2 s-1でLED上方照射やLED下方照射すると、花芽の3分の2以上が開花しました。
図5 研究の概略図
LLED補光なしでは、下位葉は老化し、花芽は枯死しました。一方で、上から下向きの照明をあてるLED下方照射では、下位葉は老化しましたが、開花を促進しました。また、下から上向きの照明をあてるLED上方照射では、下位葉の老化を抑制しながら、開花も促進しました。本研究により、植物の根元から上向きに光を照射する上方照射によって、鑑賞性を損なわずに鉢植えのバラを美しく保てることを明らかにしました。
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構の矢守航 准教授らは、室内にある鉢植えのバラに、根元から上向きの光をあてることによって、バラを美しく保つことができることを明らかにしました(図1)。
植物には人の心を癒す働きがあるため、このコロナ禍でテレワークのお供に花を飾るようになった人もいるかもしれません。中には鉢植えを選んだ人もいるでしょう。しかし、室内環境は植物にとっては暗過ぎることが多く、鉢植えのバラのつぼみがちゃんと咲くようにするには、照明をあててあげる必要があります。一般に、植物に光をあてるときには、上の方に設置した下向きの照明を使うことが多いですが、そのためには背の高いスタンドライトや照明器具を取り付ける支柱などを新たに用意しなければなりません。また、上から光をあてていると、下の方の葉が枯れてしまうという問題もあります。できるだけ省スペースでバラをキレイに咲かせたい。上からが難しいのならば下から光をあててみては―?本研究は、そんな主婦目線の雑談の中から生まれました。
そこで、室内に置く鉢植えのバラを、根元に置いたLEDで上向きに照らし、葉の枯れ具合や花の咲き方を調べてみました。薄暗い環境に置いた鉢植えのミニチュアバラを、1)追加の照明なし、2)上から下向きの照明をあてる、3)下から上向きの照明をあてるという3つに条件で2週間置き、比較しました。その結果、追加の照明がないと根元に近い葉が枯れてしまい、つぼみも茶色くなってしまいました。下向きの照明では、花はよく咲きましたが、下の方の葉は枯れてしまいました。上向きの照明をあてると、下の方の葉が枯れるのを防ぐことができ、つぼみも3分の2以上が開きました。上向きの照明は、葉も花も美しく保つことができ、照明を設置するためのスペースも必要ないため、室内で手軽にバラを楽しみたい人におすすめのツールと言えそうです(図1)。
発表内容
切り花を長期間美しく保つ方法については、数々の研究が行われてきましたが、室内での鉢植えの管理方法についてはまだあまり明らかになっていません。植物の生長や開花には、光強度や波長、照射時間が強く影響します。弱光下では生長が抑制され、葉やつぼみも枯死してしまいます。室内は光強度が十分でない場合が多いため、葉を緑色に保ち、より多くの花芽を開花させるためには、照明器具を使用して光を補う必要があります。一般に、植物に光を照射するときには上から下向きの照明を設置しますが、照明器具を天井からぶら下げたり、横にスタンドライトを置いたりするのは困難な場合も多く、見た目も損ないかねません。また、植物体の下部に付いている葉は、上からの光が届かず、枯死してしまうという問題もあります。それらの問題を解決できるのが、植物体の根元に置いたLED照明からの上方照射です(図1)。
上方照射の効果を調べるため、本研究では、室内環境を模した薄暗い場所にバラの鉢植えを用意し、1)LED補光なし、2)上から下向きの照明をあてる(下方照射)、3)下から上向きの照明をあてる(上方照射)という3つの処理を行いました(図2)。そして、植物体の上位葉・中位葉・下位葉それぞれについて、クロロフィル量(注1)、ルビスコ量(注2)、光合成活性を測定しました。また、花芽の数をカウントし、枯死・未開花・開花の割合を調べました。LED補光なしの場合、植物体下部の葉が枯れ、つぼみの大半が茶色に変色しました。これは、室内のような薄暗い環境では、バラの生育は困難だということを示しています。下方照射と上方照射で比較すると、葉の光合成特性を示すクロロフィル量とルビスコ量は、上位葉と中位葉では処理間に差がなかったものの、下位葉では上方照射の方が有意に多くなりました(図3)。このことから、上方照射が植物体下部の葉の老化を抑制することがわかりました。また、花芽については、下方照射の方がより多く開花したものの、上方照射でも3分の2以上が開花しており(図4)、上方照射も下方照射とほぼ同等の開花促進作用があることがわかりました(図5)。
植物には人の心を癒す効果があると言われています。ストレスを抱えることの多い現代社会において、自然と触れ合う機会の少ない都市部などでは特に、切り花や鉢植えの存在は重要です。また、病気やケガの回復にも良い影響を与えることから、病院やリハビリ施設に植物が飾られることもよくあります。LEDによる上方照射で鉢植えの植物を適切に管理することによって、人々の心を明るくすることができるでしょう(図1, 5)。
発表雑誌
- 雑誌名
- HortScience
- 論文タイトル
- Upward LED lighting from the base suppresses senescence of lower leaves and promotes flowering in indoor rose management
- 著者
- Namiko Yamori, Yoriko Matsushima, Wataru Yamori*(*責任著者)
- DOI番号
- doi.org/10.21273/HORTSCI15795-21
- 論文URL
- https://doi.org/10.21273/HORTSCI15795-21
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(ヤモリ ワタル)
用語解説
注1 クロロフィル
クロロフィルは緑色を発する色素で、葉緑素とも呼ばれます。光合成の中心的な色素として働き、光エネルギーを吸収し化学エネルギーへと変換する、光アンテナとしての役割をもちます。葉が老化すると葉色が黄化しますが、これは葉のクロロフィルが分解されることで葉が元々持っていたカロテノイド(黄色色素)が顕在化してくるからです。このように、クロロフィル量は葉の老化の良い指標になります。
注2 ルビスコ
ルビスコは光合成において、二酸化炭素を固定する鍵酵素として知られており、現在の大気CO2濃度では、植物の光合成全体の速度を決定していると考えられています。この酵素は一般的な酵素よりも反応速度が遅く、植物はこの非効率性を補うためにルビスコを非常に多く生産します。一般的に、植物の葉の可溶性タンパク質の50%ほどを占め、地球上で最も多く存在するタンパク質であると推定されています。