2021-07-07 東京大学
発表のポイント
◆透明度が高い湖の底が、緑色の糸状藻類に覆われる現象が世界中で広がっています。透明度の高さは植物プランクトンの餌となる栄養物質が少ないことで維持されるため、透明度が高い湖において、なぜ同じ植物である糸状藻類が異常に増えるかは不明でした。
◆透明度が高い湖における糸状藻類の異常繁殖の原因について、6カ国26名の研究者が議論し、世界で初めて3つの仮説を提案しました。
◆底生藻類が異常繁茂する現象は、湖だけでなく海の沿岸部でも発生していて、「グリーンタイド」と呼ばれ問題になっています。本仮説がグリーンタイドの原因解明や対策につながることが期待されます。
発表概要
近年、透明度が高く植物プランクトンが少ない湖沼において、糸状の底生藻類が異常繁茂する現象が世界で広がっています。東京大学大学院新領域創成科学研究科の山室真澄教授ら世界6カ国26名の研究者は、湖沼で生じている糸状藻類異常繁茂の原因について議論し、世界で初めて3つの仮説を提案しました。
底生藻類の異常繁茂は沿岸域でも広がっており、この現象をグリーンタイドと呼んでいます。沿岸域や湖沼では、窒素やリンなど栄養物質の増加による植物プランクトンの異常繁茂により赤潮やアオコが発生し、産業や景観に悪影響を与えてきました。この対策として流入負荷削減対策が行われてきましたが、透明度の高い湖沼でも底生藻類の異常繁茂が起こっていることから、従来の負荷削減では対策として機能しない可能性があります。今回提案した3つの仮説により、原因究明や対策の検討が進むことが期待されます。
本研究成果は、7月7日付でBioScience誌オンライン版に掲載されました。
発表内容
研究の背景
透明度が高い湖の湖岸で、糸状藻類が異常繁茂する現象が世界で広がっています。例えばロシアにある世界最高の透明度を誇るバイカル湖では、異常繁茂した糸状藻類が打ち上げられてヘドロ化し(写真1)、湖岸域に生息する二枚貝や海綿などが大量死しています。アメリカのシエラネバダ山中にあるタホ湖も高い透明度を誇る湖ですが、湖岸域の湖底は暖候期に糸状藻類に覆われます(写真2)。ニュージーランドの山岳湖沼でも、近年、糸状藻類の異常繁茂が繰り返されています。
これらの湖はいずれも、植物プランクトンの養分となる窒素やリンなどの栄養塩が非常に少ない貧栄養湖で、植物プランクトンがほとんど発生しないことで透明度が高い状態が保たれています。このため糸状藻類が繁茂する湖底まで十分な光量が到達することが異常繁茂の一因であると考えられますが、同じ植物である糸状藻類がなぜ貧栄養な状態で繁茂できるのかは解明されていません。
糸状藻類の異常繁茂は栄養分が多い富栄養湖でも近年になって発生するようになりました。日本でも島根県の宍道湖などで糸状藻類の異常繁茂が発生するようになり、湖底に生息する二枚貝ヤマトシジミに影響しないよう駆除作業が行われています(写真3)。
研究内容
貧栄養湖沼を含む世界各地の湖で糸状藻類の異常繁茂が広がっている原因をどのように解明するか検討するために、2019年10月、アメリカのタホ湖に6カ国26名の研究者が集まって議論を行いました。その内容を踏まえ、関係する既報を整理した上で、糸状藻類の異常繁茂の原因に関する3つの仮説を提案しました。
一つめは、栄養塩濃度の増加です。一般に湖では中央付近の表層の水質がモニタリングされており、浅い湖岸での栄養塩濃度はほとんど記録されていません。このため、湖の深いところでは透明度が高い状態のまま、湖岸だけ富栄養化している可能性があります。特に、窒素やリンが地下水を通じて湖岸に供給された場合、植物プランクトンが利用する前に湖底に繁茂する糸状藻類が使い尽くすことになります。また近年、降水中の窒素やリン濃度が増加傾向にあることから、貧栄養とされる山岳湖沼であっても富栄養化が進んでいる可能性もあります。
二つめは湖水の成層状態などの水理環境の変化です。近年の温暖化により暖候期が長くなることで、浅い湖岸で糸状藻類が繁茂しやすい高水温が長く維持されます。このとき、湖の深いところでは表層が高温、底層が低温になる水温成層が形成されて、底層から供給される栄養塩が表層に供給されなくなることで植物プランクトンの繁茂が抑制され、湖底に届く光量が増えます。
三つめは生物間の相互作用です。何らかの原因で植物プランクトン捕食者が増えれば、光量が増えることで糸状藻類が繁茂しやすくなります。また、糸状藻類の捕食者が減少することでも、糸状藻類が繁茂します。実際、糸状藻類の捕食者が大幅に減少しているとする報告があり、その原因解明が望まれます。
社会的意義
これまで湖を対象にした研究では、富栄養化による植物プランクトン増殖のメカニズム解明や対処などはさまざまに研究されてきたものの、糸状藻類のような底生藻類についてはほとんど研究されてきませんでした。沿岸域も同様で、赤潮の発生メカニズムなどは広く研究されていますが、底生藻類の異常繁茂原因はほとんど解明されていません。また、貧栄養湖沼でも糸状藻類が異常繁茂していることから、これまで植物プランクトンを対象に行われてきた流入負荷規制では問題解決につながらない可能性が高いと考えられます。
北米の五大湖では打ち上げられた糸状藻類の腐敗時にボツリヌス菌が繁殖し、水鳥が大量死する事態が生じています。日本各地の干潟でもグリーンタイドが起こっています。本研究で提案した3つの仮説について、湖だけでなく沿岸域でも研究が進み、防止・改善対策につながることが期待されます。
発表雑誌
雑誌名:BioScience(オンライン版7月7 日付)
論文タイトル:Blue Waters, Green Bottoms: Benthic Filamentous Algal Blooms Are an Emerging Threat to Clear Lakes Worldwide
著者:YVONNE VADEBONCOEUR*, MARIANNE V. MOORE*, SIMON D. STEWART*, SUDEEP CHANDRA*, KAREN S. ATKINS, JILL S. BARON, KEITH BOUMA-GREGSON, SOREN BROTHERS, STEVEN N. FRANCOEUR, LAUREL GENZOLI, SCOTT N. HIGGINS, SABINE HILT, LEON R. KATONA, DAVID KELLY, ISABELLA A. OLEKSY, TED OZERSKY, MARY E. POWER, DEREK ROBERTS, ADRIANNE P. SMITS, OLEG TIMOSHKIN, FLAVIA TROMBONI, M. JAKE VANDER ZANDEN, EKATERINA A. VOLKOVA, SEAN WATERS, SUSANNA A. WOOD, MASUMI YAMAMURO
DOI番号:10.1093/biosci/biab049
URL:https://academic.oup.com/bioscience/article-lookup/doi/10.1093/biosci/biab049
発表者
山室 真澄(東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻 教授)
添付資料
写真1:バイカル湖の湖岸
異常繁茂した糸状藻類が打ち上げられてヘドロ化している
写真2:タホ湖の湖岸域
湖底が糸状藻類に覆われている様子
写真3:宍道湖
異常発生した糸状藻類の駆除作業が行われている
関連研究室
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