遺伝子の構造が「密」になると遺伝子の働きが抑制される

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遺伝子が巻き付いた円柱構造に着目して解明された遺伝子の働く強さの調節

2021-07-12 藤田医科大学

藤田医科大学医学部の石原悟講師、理化学研究所生命機能科学研究センターの二階堂愛チームリーダー、大阪大学大学院基礎工学研究科の山下隼人助教のグループは、「遺伝子※1の働く強さを調節する仕組み」をヒトの細胞を使って解明しました。従来、遺伝子は働くか働かないの2パターンの、オンとオフの「スイッチ」のもとで調節されていると考えられていました。しかし、その実態は、全く働かない、少しだけ働く、中程度に働く、活発に働くというように、オフから最大値まで無段階に調節されています。そこで、その可変調節を可能にする「ダイヤル」の実体の解明に、遺伝子が巻き付いている円柱状の構造物「ヌクレオソーム」に着目し、超遠心分離機を用いたヌクレオソーム解析法を新たに開発しました。その解析法により、数個のヌクレオソームが「密」に集まる時には遺伝子の働きが抑えられ、「疎」に散らばるほど遺伝子が強く働くことが明らかになりました。つまり、ヌクレオソームの密集の程度が、遺伝子の働く強さを決める「ダイヤル」であると結論付けられます。遺伝子の正常な働きはヒトの健康に必須な生命活動であり、その異常が様々な病気を引き起こします。したがって、本研究で明らかにされた知見は、ヒトの健康と病気を理解するうえでの新たな方策につながることが期待されます。
本研究成果は、英国学術誌「Nucleic Acids Research(ヌクレイック・アシッズ・リサーチ)」オンライン版に2021年7月7日付けで公開されました。

研究成果のポイント
  • 遺伝子が巻き付いたヌクレオソームの、「密」な構造と「疎」な構造を見分ける解析法を世界で初めて開発しました
  • ヌクレオソームが「密」に集まると遺伝子の働きが弱まり、「疎」に散らばると強まることを、世界で初めて明らかにしました
研究の背景

ヒトの体には約2万個の遺伝子が存在し、それら遺伝子が正常に働くことによって、体の健康が維持されます。遺伝子自体はDNA※2と呼ばれる物質でできており、その中に遺伝暗号が書き込まれています。遺伝子が働く時、この遺伝暗号をRNA※3という物質に写し取る反応が起きます。この反応を「転写」といいます。転写で写し取られるRNAの量は遺伝子によって様々で、RNAをたくさん作る遺伝子ほど強い働きを示します。ただし、遺伝子の強い働きが必ずしも健康につながる訳ではありません。それぞれの遺伝子には丁度よい強さが必要とされ、遺伝子によってRNAの適量が決められています。このようにヒトを含む全ての生物にとって重要である遺伝子の強さの調節ですが、どのようにRNAの転写量が決まるのか、その仕組みは現在まで明らかにされていませんでした。

研究手法と研究成果

細胞内のDNAは「ヌクレオソーム※4」と呼ばれる小さな円柱状の構造物に巻かれて、ゆらゆらと動いていることが知られています(図A)。したがって、ヌクレオソームはその時々に応じて「密」に集まった状態(図B)と「疎」に散らばった状態(図C)になります。このようなヌクレオソームにホルムアルデヒド※5という試薬を作用させて、ヌクレオソームの状態を瞬時に固定しました。そして、固定後のヌクレオソームを超遠心分離機に掛けて、「密」ヌクレオソームと「疎」ヌクレオソームを分離しました。それぞれのヌクレオソームに含まれる遺伝子を調べてみると、RNAを多く転写する遺伝子ほど「疎」ヌクレオソーム側に多く見られ、この傾向が弱くなるにしたがって遺伝子から転写されるRNA量は減っていました。遺伝子から遺伝暗号をRNAに転写する酵素「RNAポリメラーゼ」はタンパク質の大きな複合体で、「密」ヌクレオソームの遺伝子には結合できませんが、「疎」ヌクレオソームの遺伝子には結合します。したがって、ヌクレオソームのゆらゆらとした動きが「密」と「疎」のどちらの状態に偏るかによって、RNAポリメラーゼの結合できる頻度が変化しRNAの転写量が決められることが分かりました。

転写反応についてのこれまでの研究は、DNAの遺伝暗号やヌクレオソーム上で起こる化学反応に中心が置かれ、転写反応の主役であるRNAポリメラーゼの結合に影響を及ぼすヌクレオソームの密集度についての研究はありませんでした。今回の研究では、この密集度の解析法を確立するところから始めて、遺伝子調節の新たな知見を得ることに成功しました。このような研究戦略は本研究の特質すべき点と考えられます。

期待される波及効果

遺伝子の働きが異常になって引き起こされる病気は、がんを始めとして数多くあります。そこで、本研究で開発したヌクレオソーム解析法を病気の検体に応用することで、遺伝子異常の原因を分子のレベルで正確に分析し、従来法とは異なる新たな治療への道を開くことが期待されます。

用語解説

※1 遺伝子
生命活動に関わるタンパク質を作るための設計図をいいます。DNAという物質からできており、その中に含まれる4種類の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミンという物質)の並び順が遺伝暗号として働きます。その暗号で20種類のアミノ酸が連なるタンパク質のアミノ酸の並びを指定します。

※2 DNA
生物の体内にある長大な線状の物質です。その一部分には遺伝暗号が含まれており遺伝子として機能します。リン酸を含むためマイナスに帯電しています。

※3 RNA
DNAと同様な線状物質です。遺伝子から写し取られた遺伝暗号を含み、遺伝子のコピー版としてタンパク質の合成に利用されます。

※4 ヌクレオソーム
「ヒストン」と呼ばれるタンパク質が8個結合して円柱形になり、その周りにDNAが1.7周巻き付いた構造物のことです。ヒストンはプラスに帯電しているため、マイナスのDNAと強く結合します。体内のヌクレオソームは常時ゆらゆら動いており、隣り合うヌクレオソームで「密」になり塊を作ったり、分散して「疎」になる動きを繰り返します。

※5 ホルムアルデヒド
DNAとタンパク質の間で共有結合を作らせる化学物質です。ホルムアルデヒドを作用させた生体分子は周辺の生体分子と結合し固定された状態になります。本研究ではヌクレオソームの状態を固定するために用いました。

発表論文

タイトル
Local states of chromatin compaction at transcription start sites control transcription levels

著者
Satoru Ishihara, Yohei Sasagawa, Takeru Kameda, Hayato Yamashita, Mana Umeda, Naoe Kotomura, Masayuki Abe, Yohei Shimono, Itoshi Nikaido

学術誌
Nucleic Acids Research

DOI番号
10.1093/nar/gkab587

本研究への支援

本研究は、創薬等支援技術基盤プラットフォーム(PDIS)、日本学術振興会科学研究費補助金(JSPS)、科学技術振興機構(JST)さきがけなどの支援のもと行われました。

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細胞遺伝子工学
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