ヒストンメチル化による自閉症の新しいメカニズムを発見―自閉スペクトラム症の治療薬開発に役立つ可能性―

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2021-07-15 理化学研究所,日本医療研究開発機構

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チームの吉川武男チームリーダー(研究当時)、シャビーシュ・バラン研究員(研究当時)、開拓研究本部眞貝細胞記憶研究室の眞貝洋一主任研究員らの国際共同研究グループは、自閉スペクトラム症[1](自閉症、ASD)でヒストンH3[2]のメチル化[3]に関連する「SUV39H2遺伝子[4]」に機能喪失を来すアミノ酸変異を見いだし、ヒストンメチル化の異常が自閉症に関連するメカニズムを発見しました。本研究成果は、自閉症の病態理解および治療薬の開発に向けた取り組みに貢献するものと期待できます。

自閉症の詳しい原因は不明な点が多く、今のところ病因に基づいた有効な治療薬はありません。今回、国際共同研究グループは、健常対照者と自閉症のDNA検体を用いた遺伝子配列解析により、機能喪失につながるまれなSUV39H2遺伝子のアミノ酸変異を発見しました。さらに、SUV39H2遺伝子破壊マウスは、自閉症の中核症状である「同一性への固執、習慣へのかたくななこだわり」に相当する行動を示しました。また、ヒストンH3のメチル化障害は「クラスター型プロトカドヘリンβ遺伝子群[5]」の発現の乱れを生じさせたことから、脳発達期のヒストンH3のメチル化不全が、プロトカドヘリン[5]を介した神経ネットワークの形成に影響を与え、自閉症につながるという新しいメカニズムを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Molecular Psychiatry』のオンライン版(2021年7月15日付:日本時間2021年7月15日)に掲載されました。

概要図
Suv39h2遺伝子の欠損は、胎生期にプロトカドヘリンβ遺伝子群の発現過剰を招く(下段)

※国際共同研究グループ
理化学研究所
脳神経科学研究センター 分子精神遺伝研究チーム(研究当時)
チームリーダー 吉川 武男(よしかわ たけお)
副チームリーダー 大西 哲生(おおにし てつお)
研究員 シャビーシュ・バラン(Shabeesh Balan)
研究員 前川 素子(まえかわ もとこ)
研究員 豊島 学(とよしま まなぶ)
客員研究員 豊田 倫子(とよた ともこ)
テクニカルスタッフⅠ 岩山 佳美(いわやま よしみ)
テクニカルスタッフⅠ 久野 泰子(ひさの やすこ)
テクニカルスタッフⅠ 大羽 尚子(おおば ひさこ)
テクニカルスタッフⅡ 渡辺 明子(わたなべ あきこ)
開拓研究本部 眞貝細胞記憶研究室
主任研究員 眞貝 洋一(しんかい よういち)
研究員 白井 温子(しらい あつこ)
研究員 山田 亜夕美(やまだ あゆみ)
特別技術員(研究当時) 福田 幹子(ふくだ みきこ)
テクニカルスタッフⅠ 事柴 芳(ことしば かおる)
生命機能科学研究センター 構造バイオインフォマティクス研究チーム
チームリーダー カイ・ザン(Kam Zhang)
客員研究員 デリープ・カラリカル・ヴィジャヤン(Dileep Kalarickal Vijayan)
研究員 山田 亜夕美(やまだ あゆみ)
特別技術員(研究当時) 福田 幹子(ふくだ みきこ)
テクニカルスタッフⅠ 事柴 芳(ことしば かおる)
浜松医科大学 医学部 精神医学講座
准教授 桑原 斉(くわばら ひとし)
帝京大学 医学部 精神神経科学講座
教授 栃木 衛(とちぎ まもる)
東京大学大学院 教育学研究科
教授 佐々木 司(ささき つかさ)
弘前大学大学院医学系研究科 神経精神医学講座
教授 中村 和彦(なかむら かずひこ)
中京大学 現代社会学部
教授 辻井 正次(つじい まさつぐ)
福井大学 子どものこころの発達研究センター 脳機能発達研究部門
教授 松﨑 秀夫(まつざき ひでお)
NTT東日本 関東病院 精神神経科
部長 音羽 健司(おとわ たけし)
フェノバンス・リサーチ・アンド・テクノロジー合同会社
代表 遠藤 俊裕(えんどう としひろ)
シュトゥットガルト大学 生化学・生物工学研究所
教授 アルバート・イェルチ(Albert Jeltsch)
研究員 サラ・ヴェイリッヒ(Sara Weirich)
研究員  マレン・シューマッハ(Maren Schuhmacher)
研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「Autism Spectrum Disorders(ASD)associated rare loss of function genetic variant in SUV39H2; a putative role of H3K9 methylation dynamics in ASD pathogenesis(研究代表者:Shabeesh Balan)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「マルチスケール精神病態の構成的理解(領域代表者:林朗子、分担:吉川武男)」、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)『エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出』研究開発領域(研究開発総括:山本雅之)における研究開発課題「ヒストンリジンメチル化制御系に基づく脳機能の理解と治療戦略への展開(研究開発代表者:眞貝洋一、分担:吉川武男)」による支援を受けて行われました。

背景

自閉スペクトラム症(自閉症、ASD: autism spectrum disorder)は、精神疾患診断の指針によると、社会的コミュニケーションや対人的相互反応における持続的な欠陥、行動・興味・活動の限定された反復的な様式を中核症状とし、加えて多動性などの非典型な行動が併存しやすいといった臨床的特徴を持つ神経発達障害の一つとされています。

その発症率は近年増加傾向にあるといわれており、2014年(平成26年)の厚生労働省の調査では自閉症を含む発達障害の患者が全国に19万5000人いると報告されています(2015年公表)注1)。しかし、自閉症の詳しい原因についてはまだ分かっていません。新しい診断法や治療法の開発への取り組みに貢献するため、自閉症の分子メカニズムの解明が望まれています。

自閉症の病理・病態メカニズムの一つとして、これまでの遺伝子研究からクロマチンリモデリング[6]に関係する因子の可能性が知られています。その中でも特に、ヒストンH3の9番目のアミノ酸であるリジン(H3K9)残基のメチル化に関係する遺伝子が注目されています。例えば、H3K9のメチル化酵素の一つにEHMT1(GLP)がありますが、EHMT1(GLP)遺伝子の異常は自閉症様症状を呈する神経遺伝性障害のクリーフストラ症候群[7]の原因として知られています。

一般的に、遺伝子のプロモーター領域[8]のH3K9がメチル化されると、その遺伝子の発現が抑えられます。しかし、自閉症とH3K9のメチル化の詳細な関連はこれまで不明でした。

注1)平成29年1月 総務省行政評価局による「発達障害者支援に関する行政評価・監視 結果報告書」(p12) PDF

研究手法と成果

国際共同研究グループは、H3K9のメチル化状態に関連する9個の遺伝子(EHMT1、EHMT2、WIZ、SETDB1、SUV39H1、SUV39H2、KDM3A、KDM3B、PHF8)に着目し、658例の自閉症患者と2,170例の健常対照者のDNAを比較しました。その結果、自閉症に特異的なまれな変異として、29個のミスセンス変異(アミノ酸変化を伴う変異)およびスプライスサイト変異(mRNAのスプライシングに影響する変異)が検出され、そのうち18個は世界の主だった公的データベースにも登録されていない新しいものでした。

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