ビタミンB6欠乏はノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じ、統合失調症様行動異常を惹起する

ad

2021-08-31 東京都医学総合研究所,日本医療研究開発機構

公益財団法人東京都医学総合研究所 統合失調症プロジェクトの鳥海和也主任研究員、糸川昌成副所長、新井誠プロジェクトリーダーらは、一部の統合失調症患者で認められるビタミンB6の欠乏は、脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を引き起こし、統合失調症様行動障害を惹起することを明らかにしました。

本研究は興和株式会社と共同で研究を行い、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムに係る発達障害・統合失調症等の克服に関する研究(発達障害・統合失調症・てんかん等の鑑別、病態、早期診断技術及び新しい疾患概念に基づいた革新的治療・予防法の開発)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の研究助成により実施しました。

この研究成果は、2021年5月3日(月曜日)に米国科学誌『Translational Psychiatry』にオンライン掲載されました。


成果の概要
A.ビタミンB6欠乏マウスの脳内ではノルアドレナリン神経系が機能亢進しており、社会性行動障害、及び認知機能障害を惹起することが示された。B.ビタミンB6の脳内への補充、もしくはα2Aアドレナリン受容体アゴニストであるグアンファシン(GFC)の投与は、ノルアドレナリンの機能亢進を改善し、行動異常を改善した。

発表のポイント
  • 一部の統合失調症患者で認められるビタミンB6欠乏という病態を模したマウスモデルを作成し、脳内アドレナリン神経系の亢進及び、社会性行動障害、認知機能障害を確認しました。
  • ビタミンB6の脳内への補充により、ノルアドレナリンの代謝亢進が抑制され、行動異常が改善されました。
  • 過剰なノルアドレナリン放出を抑制するために、α2Aアドレナリン受容体アゴニストのグアンファシンを投与すると、ノルアドレナリン代謝亢進が抑制され、行動障害が改善されました。
研究の背景

統合失調症は、幻覚・妄想等の陽性症状、無気力・感情の平板化等の陰性症状、認知機能の低下等を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者の末梢血中のビタミンB6(ピリドキサール)濃度が健常者と比較して有意に低いことを報告してきました1。統合失調症患者の35%以上は、ビタミンB6が基準値以下で(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満)、このビタミンB6濃度はPANSS(陽性・陰性症状評価尺度)の重症度スコアに反比例することを明らかにしてきています2。さらに、私たちは統合失調症患者の一部において、高用量のビタミンB6(ピリドキサミン)が、精神病症状、特にPANSSの陰性尺度及び総合精神病理評価尺度を緩和するのに有効であることを報告してきました。これら事実は、ビタミンB6の欠乏が統合失調症の症状発現に寄与している可能性を示すものです。近年のメタ解析では、統合失調症患者におけるビタミンB6の減少が、主要な精神疾患の末梢血バイオマーカーとして「最も説得力のあるエビデンス」であることが示されています3。一方で、このビタミンB6欠乏がどのような分子機序により統合失調症の症状を引き起こすのかについては、よく分かっていませんでした。

発表内容

本研究では、ビタミンB6欠乏によって引き起こされる脳内分子病態を明らかにするために、ビタミンB6欠乏マウスを作成し解析を行いました。ビタミンB6は一部が腸内細菌により合成されますが、主として食物から摂取されるため、8週齢のC57BL/6J雄マウスにビタミンB6欠乏餌(ビタミンB6含有量5μg/100gペレット)を4週間給餌し、ビタミンB6欠乏マウスを作成しました。一方、ビタミンB6を1.4mg/100gペレットで含む通常餌を与えたものをコントロールマウスとして用いました。

給餌4週間後、ビタミンB6欠乏マウスの血漿中のビタミンB6濃度は通常マウスの約3%にまで減少しており、脳内においても通常マウスの約50-70%の減少が生じていました。また、統合失調症様行動障害を評価したところ、ビタミンB6欠乏マウスでは社会性行動試験において他マウスとの接触時間の有意な減少が認められ、さらに新奇物体認識試験においては認知機能障害を示しました。これらの結果はビタミンB6の欠乏が統合失調症の陰性症状、認知機能障害に関与していることを示唆し、臨床的な知見と一致していました。

次に、脳内神経伝達物質及びその代謝産物の定量を行ったところ、脳全体を通してノルアドレナリンの代謝産物であるMHPG(3-メトキシ-4-ハイドロキシフェニルエチレングリコール)の顕著な増加が認められました。また、in vivoマイクロダイアリシスにより、前頭皮質や線条体においてノルアドレナリンの放出量が実際に増加していることが示され、ビタミンB6欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を引き起こすことが明らかとなりました(図1)。


図1:ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進ビタミンB6欠乏マウス(VB6(-))の各脳部位における(A)ノルアドレナリン、(B)MHPG、(C)ノルアドレナリンの代謝回転を表す。また、(D)前頭皮質におけるノルアドレナリンの放出量の変化を示す。ビタミンB6の欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じることが示された。*p < 0.05, **p < 0.01, ***p < 0.001 [Bonferroni多重比較検](A-C:n = 6, D:n = 7)。


さらに、浸透圧ポンプを用いてビタミンB6を脳内に直接補充すると、ノルアドレナリン神経系の機能亢進、及び行動異常が改善されたことから、ビタミンB6欠乏の影響は中枢に由来することも明らかにしました(図2A–C)。また、ノルアドレナリン神経伝達を正常化させる目的で、α2Aアドレナリン受容体アゴニストグアンファシンを投与したところ、前頭皮質における亢進したノルアドレナリン神経系は正常化し、行動障害の改善が認められました(図2D–F)。


図2:ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果(A)(D)前頭皮質におけるノルアドレナリン代謝回転、(B)(E)社会性行動試験、(C)(F)新奇物体認識試験の結果を示す。ビタミンB6の脳内補充、α2A受容体アゴニストであるグアンファシンの投与は、ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進を抑制し、行動異常を改善した。*p < 0.05, **p < 0.01, ***p < 0.001 (vs. control/SAL), #p < 0.05, ##p < 0.01, ###p < 0.001(vs. VB6(-)/SAL), %p < 0.05(vs. control/GFC), $$p < 0.01(Control/SALのHabi vs. Test, または Training vs. Retention)[Bonferroni多重比較検](A-C: n = 9-10, D: n = 8, E-F: n = 12)。


ビタミンB6欠乏を有する統合失調症患者は、患者全体の35%以上も存在することが分かっており、比較的重篤な臨床症状を呈し、治療抵抗性を示します。本成果は、このような患者に対し、ノルアドレナリン神経系を標的とした新たな治療戦略が有効である可能性を提示するものです。また、私たちが臨床研究を進めている「統合失調症に対するビタミンB6投与4」という新たな治療法に、病態生理に基づくエビデンスを与えるものと考えられます。

論文情報
論文名
“Vitamin B6 deficiency hyperactivates the noradrenergic system, leading to social deficits and cognitive impairment”
ビタミンB6欠乏はノルアドレナリン神経系の機能を亢進し、社会性障害及び認知機能障害を引き起こす
発表雑誌
Translational Psychiatry
DOI
10.1038/s41398-021-01381-z
URL
https://www.nature.com/articles/s41398-021-01381-z#Abs1
引用文献
  1. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry 2010; 67(6):589-597.
  2. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K et al. Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Schizophr Bull 2014; 40(5):1040-1046.
  3. Carvalho AF, Solmi M, Sanches M, Machado MO, Stubbs B, Ajnakina O et al. Evidence-based umbrella review of 162 peripheral biomarkers for major mental disorders. Transl Psychiatry 2020; 10(1):152.
  4. Itokawa M, Miyashita M, Arai M, Dan T, Takahashi K, Tokunaga T et al. Pyridoxamine: A novel treatment for schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Psychiatry Clin Neurosci 2018; 72(1):35-44.
お問い合わせ先

研究に関すること
東京都医学総合研究所
プロジェクトリーダー 新井 誠

東京都医学総合研究所に関すること
東京都医学総合研究所
事務局研究推進課:武仲・大井

AMEDに関すること
日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました