2021-09-01 東京大学医学部附属病院
B型肝炎ウイルス(HBV)は、全世界で2億5千万人以上が持続感染し、HBV関連疾患により毎年約82万人が死亡しており、その克服は日本のみならず世界的な重要課題です。特に、死亡原因の多くを占めるのが肝癌ですが、既存のHBV治療薬では発癌をゼロにすることはできず、また そもそもの発癌機構も十分には解明されていませんでした。
そうした中、ウイルス蛋白HBxは宿主蛋白Smc5/6を分解することでウイルス複製を促進するという報告がなされました。本来、宿主蛋白Smc5/6は宿主DNAダメージ修復機構に重要な蛋白質であることから、東京大学医学部附属病院 消化器内科の關場一磨 特任臨床医(研究当時)、大塚基之 講師、小池和彦 教授(研究当時)らの研究グループは、「HBVが産生するウイルス蛋白HBxは宿主蛋白Smc5/6を分解することで、ウイルス複製を促進するだけでなく、宿主DNAダメージの修復阻害にも働いているのではないか」と考え検証を行いました。
実際に、ヒト検体やマウスモデル、HBx過剰発現細胞などを用いた検討で、宿主蛋白Smc5/6がウイルス蛋白HBxにより分解されると、宿主DNAダメージ修復能も低下することが分かりました。一般的にDNAダメージの蓄積は主要な発癌促進因子であり、研究グループの検証でも宿主蛋白Smc5/6が分解されている細胞で腫瘍形成能の亢進を認めました。さらに、ウイルス蛋白HBxの働きを抑制する化合物ニタゾキサニドをHBV感染細胞に投与すると、宿主蛋白Smc5/6の分解が阻害され、宿主DNAダメージ修復能が回復することが分かりました。
以上より、本研究は今まで明らかとなっていなかったHBV関連肝発癌の機序の一端を解明するとともに、「Smc5/6分解阻害薬による発癌抑止」という発癌予防の新たなコンセプトを提唱するものとなりました。本研究成果は、9月1日にJournal of Hepatology(オンライン版)にて発表されました。
なお、本研究は日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業の肝炎等克服緊急対策研究事業(研究開発課題名「近接依存性標識法を用いた HBV cccDNA維持に関わる宿主因子の網羅的同定と制御」研究代表者:關場一磨、「B型肝炎ウイルスRNAと相互作用する宿主因子の網羅的同定とその制御による病態制御法開発」・「慢性炎症を背景とした肝発癌の機序解明と肝癌高危険群の囲い込み法の開発」研究代表者:大塚基之)とB型肝炎創薬実用化等研究事業(研究開発課題名「新規メカニズムに基づくB型肝炎治療薬の探索」研究代表者:森屋恭爾)、および文部科学省科学研究費補助金などの支援により行われました。