ウイルス由来マイクロRNAを標的とした感染症の新しい病理診断法の開発

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ポリオーマウイルスが産生するマイクロRNAの局在と機能を証明 マイクロRNAによるウイルス自らの増殖制御が明らかに

2020-05-28 国立感染症研究所,日本医療研究開発機構

要旨
  • マイクロRNAは生物ゲノムにコードされる20塩基ほどの短いRNAのことで、他の遺伝子の発現を調節する働きをしています。
  • 本研究では、ウイルス由来のマイクロRNAを検出するin situ hybridizationの技術を確立し、進行性多巣性白質脳症とBKウイルス関連腎症の病理組織標本上で、ポリオーマウイルス由来のマイクロRNAが感染細胞の核に発現することを示しました。
  • ウイルス由来マイクロRNAの局在を病理組織標本上で明瞭に示した報告は世界初で、ウイルス感染症の新しい病理診断法として期待されます。
  • さらに、培養細胞の実験系で、JCポリオーマウイルス由来のマイクロRNAがウイルス自身の増殖を抑制することを明らかにしました。
  • 将来的に、ウイルス由来マイクロRNAを利用した新規治療法の開発が期待されます。

国立感染症研究所感染病理部の片野晴隆らのグループは、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の感染症実用化研究事業(エイズ対策実用化研究事業)「ART早期化と長期化に伴う日和見感染症への対処に関する研究」(研究代表者 照屋勝治)において、ウイルス性日和見感染症におけるウイルス由来マイクロRNAを標的とした新しい病理診断の開発を行い、新規治療法開発のための解析を行いました。本研究成果は、2020年4月23日に「PLOS Pathogens」にオンライン掲載されました。

背景

進行性多巣性白質脳症(Progressive multifocal leukoencephalopathy; PML)は、JCポリオーマウイルス(JC polyomavirus; JCV)※1の感染によって、エイズや血液系悪性疾患など、主に免疫抑制状態の患者に発症する中枢神経系の疾患です。多くが致死的経過をたどりますが、現在有効な治療法は確立されていません。さらに近年、抗体医薬や多発性硬化症での薬剤使用による発症が報告され、注目されています。BKポリオーマウイルス(BK polyomavirus; BKV)※1の感染によるBKウイルス関連腎症も、同じく主に免疫抑制状態にある患者に発症する日和見感染症※2のひとつです。

マイクロRNA※3は、生物の遺伝子にコードされる約20塩基からなる小型のRNAで、細胞でタンパク質の発現を制御することが知られています。多くのDNAウイルスは遺伝子にそれぞれのマイクロRNAをコードしています。ウイルスに感染した細胞からはウイルス由来マイクロRNAが産生されますが、病理組織標本上での局在は明らかにされておらず、その機能についても限られた知見しか得られていませんでした。

成果

本研究において、ウイルス由来のマイクロRNAを検出する in situ hybridization※4の技術を確立し、病理学的に確定診断された進行性多巣性白質脳症とBKウイルス関連腎症の病理組織標本上で、それぞれJCV、BKVに由来するマイクロRNAが、ウイルス感染細胞の核に発現することを、明瞭に示しました(図1)。病理組織標本上で、ウイルス由来マイクロRNAの局在を明瞭に示した報告は世界初です。

図1:In situ hybridizationによる組織上でのウイルス由来マイクロRNAの検出進行性多巣性白質脳症の脳組織像(上段)とBKウイルス関連腎症の腎組織像(下段)。ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色(左)、免疫染色によるウイルスタンパク質(VP1)の検出(中、茶色)、 In situ hybridization によるポリオーマウイルスのマイクロRNAの検出(右、茶色)。

次に、JCV由来マイクロRNAについて、組織での発現をリアルタイムPCR※5によって定量する検出系を確立し、進行性多巣性白質脳症の脳組織では、対照の脳組織と比較し、ウイルス由来マイクロRNAの発現量が有意に高く、ウイルス由来マイクロRNAの発現量の測定が診断に有用となることを明らかにしました(図2)。

図2: 進行性多巣性白質脳症(PML)脳組織からのJCVマイクロRNAの定量進行性多巣性白質脳症の脳組織では、非PMLの脳組織と比較し、JCV由来のマイクロRNA(miR-J1-5pおよびmiR-J1-3P)の発現量が有意に高かった。miR21: 内因性コントールのマイクロRNA。

さらに、培養細胞系を用いて、マイクロRNAをコードする領域が変異したJCVを産生させる実験を行い、マイクロRNAを欠損させた変異株では、ウイルスタンパク質の発現が著明に増加することを明らかにしました。これは、JCV由来のマイクロRNAが、ウイルス自らのタンパク質の発現を抑制させる働きを持つことを示し、自身のマイクロRNAを介して、ウイルスが自らの増殖制御機構を有することを明らかにしたものです。

今後の展開

今回の研究により、病理組織標本上で、ウイルス由来マイクロRNAの局在が明瞭に示され、進行性多巣性白質脳症の組織からは、ウイルス由来マイクロRNAを定量することも可能となりました。マイクロRNAは小型のRNAであり、通常の病理組織標本の作成過程におけるホルマリン固定の影響を受けにくいことが考えられます。ウイルス由来マイクロRNAを標的とした検索は、既存の手法では解析の難しかった過去の組織検体に対しても、ウイルス感染症の病理解析として有用であり、画期的な診断法となる可能性があります。さらに、培養細胞系の実験では、ウイルス由来マイクロRNAによるウイルス自らの増殖抑制機構も明らかとなったことから、将来的に、ウイルス由来マイクロRNAを標的とした、ウイルス感染症における新規の治療法の開発が期待されます。

共同研究者

本研究は国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターの黒田誠の研究グループと共同で行ったものです。

本研究への支援
  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)感染症実用化研究事業(エイズ対策実用化研究事業)「ART早期化と長期化に伴う日和見感染症への対処に関する研究」(研究代表者 照屋勝治)
  2. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 「病理学的アプローチによる先天性感染症・原因不明感染症診断法の開発」(研究開発代表者 鈴木忠樹)
  3. 日本学術振興会 科学研究費助成事業 「ウイルスマイクロRNAに特有の代謝生理を利用した新規診断治療法およびDDSの開発」(研究代表者 片野晴隆)
  4. 日本学術振興会 科学研究費助成事業 「JCウイルスマイクロRNAに着眼した新しい感染症の病理診断とPMLの治療法開発」(研究代表者 高橋健太)
  5. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班 (研究代表者 山田正仁)
発表論文
雑誌名:
PLOS Pathogens
論文タイトル:
High expression of JC polyomavirus-encoded microRNAs in progressive multifocal leukoencephalopathy tissues and its repressive role in virus replication.
著者名:
Kenta Takahashi, Yuko Sato, Tsuyoshi Sekizuka, Makoto Kuroda, Tadaki Suzuki, Hideki Hasegawa, Harutaka Katano
DOI番号:
10.1371/journal.ppat.1008523
用語解説
※1 ポリオーマウイルス
哺乳類、鳥類などに感染するDNAウイルスの一種で、ヒトに感染するものは現在14種類知られています。そのうちヒトで疾患の原因となるものは4種類です。JCV、BKVはその代表的なもので、健常成人の7割以上が感染しています。健常者では疾患と関連しませんが、主に免疫不全者でJCVは進行性多巣性白質脳症を、BKVは腎症の原因となります。
※2 日和見感染症
免疫力が何らかの原因によって低下した際に、通常ではほとんど病気をおこさないような病原体が原因で起こる感染症のこと。
※3 マイクロRNA
生物ゲノムにコードされ発現する20塩基ほどの短いRNAのことで、miRNAと略されます。メッセンジャーRNAなどに結合し、他の遺伝子の発現を調節するという生物学上、重要な働きをすることが知られています。哺乳類のみならず、ウイルス(DNA ウイルス)のゲノムにもコードされています。
※4  in situ hybridizationと免疫染色
In situ hybridizationは組織標本や細胞において、特定の核酸(DNAやRNA)の分布、局在を検出する方法です。一方、免疫染色は組織標本で特定のタンパク質を検出する方法です。免疫染色は病理組織標本上でヒトやウイルスタンパク質を検出することで病理診断においてしばしば使用されています。
※5 リアルタイムPCR
核酸(DNA, RNA)の断片を定量的に測定する遺伝子増幅法です。特定の遺伝子配列を増幅することができ、ウイルス核酸の検出法としてよく用いられます。
お問い合わせ先
研究に関すること

国立感染症研究所 感染病理部
室長 片野晴隆

AMEDの事業に関すること

日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課(エイズ対策実用化研究事業担当)

報道に関するお問い合わせ先

国立感染症研究所 総務部調整課

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