2021-10-13 東京大学,自然科学研究機構,日本医療研究開発機構
発表者
小林俊寛(東京大学医科学研究所 再生発生学分野 特任准教授/自然科学研究機構生理学研究所 遺伝子改変動物作製室 准教授)
発表のポイント
- ウサギ初期胚の解析と、今回新たに樹立・維持に成功したウサギ多能性幹細胞を用いた分化誘導系により、ウサギにおける始原生殖細胞の成立機構を明らかにした。
- ウサギの初期胚は形態的にマウスよりヒトに近いことが知られていたが、始原生殖細胞の特徴およびその成立機構もウサギ・ヒト間で類似していることが明らかになった。
- ウサギはこれまで詳細が不明だったヒト初期胚の発生メカニズムを知る上で有用なモデルになる。
発表概要
東京大学医科学研究所再生発生学分野の小林俊寛特任准教授、自然科学研究機構生理学研究所の平林真澄准教授、ケンブリッジ大学ガードン研究所のAzim Surani教授らの国際共同研究グループは、ウサギの初期胚と多能性幹細胞(注1)を使って、精子・卵子の元となる始原生殖細胞がどのようにしてできるかを明らかにしました。始原生殖細胞は受精卵が発生を進める中、一番早い時期に作られる細胞種の一つですが、ヒトではその時期が妊娠のごく初期にあたるため、その成り立ちを直接観察することはほぼ不可能です。また哺乳類では一般的にこのような発生学的な解析にはマウスがモデル動物として用いられてきましたが、近年の研究からマウスとヒトでは初期胚の形だけでなく、始原生殖細胞の成立機構にも大きな違いがあることが分かってきました。そこで研究グループはヒトと初期胚の形が似ているウサギをモデル動物として、初期胚の発生過程および、多能性幹細胞から始原生殖細胞を作る過程を詳細に解析することで、ウサギとヒトで始原生殖細胞の成り立ちおよびその特徴がとても類似していることを明らかにしました。本成果はウサギがヒト初期発生を理解する上でのよいモデル動物となることを示し、発生学的な類似点を考慮することが幹細胞および臓器再生研究にとって重要であることを示唆しています。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム)の研究開発課題「新規キメラ作製法を用いた目的臓器の再生」ならびに独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(新学術領域研究(研究領域提案型))の支援を受けて行われました。
本研究成果は2021年10月13日付(日本時間)の科学雑誌「Cell Reports」オンライン版に掲載されました。
発表内容
近年、幹細胞や受精卵の培養技術、1細胞レベルでの詳細な解析技術の発展により、ヒトの受精卵がどのように発生を進行させるか、という研究が急速に進んできました。受精後の未分化な胚から最も早く作られる細胞の1つである始原生殖細胞は、身体の中で唯一次世代に遺伝情報を伝えることのできる精子・卵子といった生殖細胞の源であり、ヒト多能性幹細胞からの分化誘導系を用いるなどしてヒトにおけるその成り立ちの理解が進められてきました。一方で、始原生殖細胞は妊娠の初期に作られることから、実際にヒト胚の中でどのようにそれらが作られているかを直接観察することはほぼ不可能です。一般的にこのような発生学的な解析において、哺乳類ではマウスがモデル動物として利用されてきました。しかしマウスとヒトでは初期胚、特に未分化な細胞が各細胞種に運命決定をする時期の胚の形態に大きな違い(注2)があります。さらにヒト多能性幹細胞から始原生殖細胞様細胞(注3)への分化誘導系や、ヒト胎児生殖細胞を用いた最近の解析から、始原生殖細胞の成り立ちや特徴にも大きな違いがあることが示されてきました。一方で、サルなどの非ヒト霊長類をモデル動物として利用することは、ヒトの発生を理解する上でとても重要ですが、飼育できる施設や頭数が限られることから容易ではありません。そこで研究グループは今回の研究においてモデル動物としてウサギに着目しました。ウサギ初期胚の形態はヒトと類似していることから、ヒトの初期発生を知る上でよいモデルになるのではないかと考えました。
- ①ウサギ初期胚における始原生殖細胞の出現
- まず研究グループは、ウサギの初期胚発生を経過観察しました。その結果、あらゆる細胞になれる未分化な細胞集団であるエピブラストの後方部からウサギの始原生殖細胞が出現してくることが明らかになりました(図1)。次に始原生殖細胞において、どのような遺伝子が発現しているかを明らかにするため、エピブラストの後方部を顕微鏡下で注意深く取り分け、酵素処理によりバラバラにして1つずつの細胞にした後、単一細胞レベルのトランスクリプトーム解析(注4)を行いました。その結果、始原生殖細胞と思しき細胞がどのような遺伝子発現のパターンを示しているか明らかにすることができました。興味深いことに、ウサギの始原生殖細胞は、マウスやヒトに共通する生殖細胞特異的な遺伝子発現パターンに加え、ヒトと類似した特徴的な発現パターンを示すことが明らかになりました。特に、マウスでは始原生殖細胞の維持に重要とされるSOX2という遺伝子をほとんど発現しておらず、代わりに同じSOXファミリーに属するSOX17と呼ばれるヒトにおいて始原生殖細胞の成立に重要な遺伝子を高発現していることが分かりました。このことは胚の形が類似するヒトとウサギの間で、始原生殖細胞の特徴も似ていることを示唆しています。
図1.受精後7日目ウサギ胚と始原生殖細胞。(左)ウサギ胚の明視野像。(右)ウサギ胚を免疫染色した写真。未分化マーカーである OCT4陽性(緑色)のエピブラスト後方部に、生殖細胞や胚体外組織のマーカーであるTFAP2C(赤色)と OCT4 共陽性(黄色)の始原生殖細胞が観察される。 - ②ウサギ多能性幹細胞の樹立とその始原生殖細胞への分化誘導
- 次に、遺伝子操作などを駆使し、より詳細な発生メカニズムの解明に迫るため、ウサギの胚盤胞(注5)およびエピブラストから多能性幹細胞を樹立しました。これまでにもウサギの多能性幹細胞樹立の報告はいくつかありますが、本研究による条件検討の結果、極めて安定して高頻度にその樹立と培養が可能になりました(図2)。また樹立された多能性幹細胞は遺伝子発現の特徴をみるとエピブラストにとても近いことが分かり、これを起点として試験管内で発生過程を再現することで、発生メカニズムの解析に利用できると期待されました。そこでこのウサギ多能性幹細胞を用い、始原生殖細胞様細胞への分化誘導系を開発しました。多能性幹細胞にあらかじめ始原生殖細胞様細胞になったときに蛍光を発するような仕組みを遺伝子操作により加えておき、様々な条件を試したところ、効率的な分化誘導法を見出すことができました(図3)。作られた始原生殖細胞様細胞のトランスクリプトームは、先ほど調べたウサギ初期胚由来の始原生殖細胞と極めて近いことが分かりました。この分化誘導系を用いることで、先に挙げたSOX17が始原生殖細胞の成立過程で最も早期に発現してくる遺伝子の一つであり、その分化に重要であることを明らかにしました。このことはヒト多能性幹細胞を用いた生殖細胞の分化誘導系による結果と一致しています。
図2.ウサギ多能性幹細胞。(左)ウサギ多能性幹細胞の明視野像。(右)ウサギ多能性幹細胞を免疫染色した写真。未分化マーカーであるOCT4(赤色)とSOX2(緑色)を一様に発現している(黄色)。
図3.ウサギ多能性幹細胞から誘導した始原生殖細胞様細胞。(左)赤く光っている部分が始原生殖細胞様細胞。(右)ウサギ始原生殖細胞様細胞を免疫染色した写真。赤く光る細胞(生殖細胞特異的なマーカーであるNANOS3を標識)はSOX17(緑色)、TFAP2C(水色)という始原生殖細胞のマーカーを発現している(白)。
以上、本研究成果により、ウサギをモデルとして始原生殖細胞の出現を生体および試験管内の両面から追跡することができました。特に今回の研究のように多能性幹細胞から試験管内で作られた細胞が、胚の中で自然に作られる細胞と一致しているかを厳密に比較できるのもウサギを用いることの大きな利点となります(図4)。また本研究によりウサギとヒトの類似点から、ウサギがヒト初期発生を理解する上でのよいモデル動物となることを示しました。現在、多能性幹細胞から動物体内を利用して臓器を作り出す研究も進められていますが、このような発生学的な類似点を考慮することでより効率的な臓器再生に結び付くのではないかと考えられます。
図4.本成果の概要。ウサギの胚発生をモデルとして特に受精後5ー7日目の初期胚に焦点をあて、多能性をもつ未分化なエピブラストから如何にして始原生殖細胞が作られるかを、初期胚および多能性幹細胞からの分化誘導系を用いて明らかにした。
発表雑誌
- 雑誌名
- Cell Reports
- 論文タイトル
- Tracing the emergence of primordial germ cells from bilaminar disc rabbit embryos and pluripotent stem cells
- 著者
- Toshihiro Kobayashi*, Aracely Castillo-Venzor, Chris A. Penfold, Michael Morgan, Naoaki Mizuno, Walfred W.C. Tang, Yasuyuki Osada, Masao Hirao, Fumika Yoshida, Hideyuki Sato, Hiromitsu Nakauchi, Masumi Hirabayashi*, M. Azim Surani*(*Corresponding author)
- DOI番号
- 10.1016/j.celrep.2021.109812
- URL
- https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.109812
用語解説
- (注1)多能性幹細胞
- 試験管内での無限の増殖能と、身体のあらゆる細胞になれる多分化能を兼ね備えた細胞。胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)に代表される。
- (注2)胚の形態の違い
- 1つの細胞である受精卵は分裂を繰り返し、胚盤胞という特徴的な構造を形成する。ここまでは哺乳類間で広く保存されているが、その後マウス・ラットなど齧歯類は卵筒型の構造を取るのに対し、大型動物やヒトを含む霊長類など齧歯類以外の動物種では円盤型の構造を取る。この時期の胚は未分化であらゆる細胞になれる細胞(=エピブラスト)が身体を構成する基本要素である三胚葉や始原生殖細胞を作りだす重要な段階である。
- (注3)始原生殖細胞様細胞
- 多能性幹細胞から試験管内で作られた始原生殖細胞を胚内のものと区別するために特にこのように呼称される。マウスでは受精後個体発生可能な精子および卵子が作れることが実験的に証明されている(Hayashi et al.,(2011), Hayashi et al.,(2012))。
- (注4)トランスクリプトーム解析
- 細胞がその特定の状態でどのような遺伝子を発現しているか(DNAからメッセンジャーRNAとして転写されているか)を網羅的に調べる解析方法。
- (注5)胚盤胞
- 精子と卵子が受精後、受精卵が分裂を繰り返し、マウス、ウサギであれば3~4日後、ヒトであれば5~7日後に見られる着床前初期胚。内腔を持つ特徴的な構造をとり、外側を囲む一層の栄養外胚葉と、その内側に塊として存在する内部細胞塊の二つの細胞種からなる(図4のイラストを参照)。内部細胞塊は身体を構成するすべての細胞になれる多能性を持つ。
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