漆黒の夜の海で魚を追う新手法~夜行性魚類の回遊生態を解明~

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2021-11-17 東京大学

1.発表者:
小枝 圭太(東京大学総合研究博物館 特任助教)
当真 英之(元美ら海水族館 主任)
立原 一憲(琉球大学理学部 教授)

2.発表のポイント:
◆世界で初めての光るタグを付けて暗闇のなかで追跡する手法に挑戦し、夜行性魚類ハタンポ科の夜間の行動生態の解明に繋がった。
◆これまでの予想に反し、ミナミハタンポが夜間にサンゴ礁の外まで長距離を回遊していることが判明した。
◆サンゴ礁の外から内までエネルギーを運搬する生態系にとっての重要な役割を果たすことが分かった。

3.発表概要:
夜行性魚類は夜間に活動する生態ゆえに生態調査が難しく、昼行性魚類と比べて研究例が極めて少ない。東京大学総合研究博物館の小枝圭太特任助教らは、光る小型タグを観察個体に装着し、水中ライトを付けずに暗闇のなかで泳いで追跡する手法を考案した。これにより、これまで謎に包まれていた夜行性魚類ミナミハタンポの夜間の行動生態が明らかになった。
彼らは夜間にサンゴ礁の外の沖合にでて、餌を探して極めて長い距離を回遊していた。これは本種がサンゴ礁生態系のエネルギー移動において重要な役割を果たしていることを意味している。
新たな手法により夜行性魚類の生態系での役割が再評価される一例となった。本手法が、今後の夜行性魚類に関する研究に生かされ、より正確な魚類生態の把握へとつながることが期待される。

4.発表内容:
【背景】
チョウチョウウオ類やスズメダイ類といったサンゴ礁で目に付く昼行性魚類たちの研究は数多く行われているものの、日中は身をひそめる夜行性魚類に関する生態学的研究は極めて少ない。ミナミハタンポは日中、サンゴ礁域の水中洞窟などの暗がりで数十から数千個体の群れを成す小型の夜行性魚類であり、体長は15 cmほど。サンゴ礁域において最も個体数の多い夜行性魚類の一つであることが知られているが、夜になると昼の隠れ家から忽然と消えてしまう。彼らが夜間どこへ行き、何をしているのかについては、全くわかっていなかった。

【手法】
夜行性魚類に関する研究が進んでいない原因は、彼ら自身の特徴による部分が大きい。というのも、夜行性魚類は光に対して非常に敏感であるため、観察のためにライトを当てると逃避行動をとってしまう。そのため既存の観察方法では、夜間における正しい行動生態の調査が困難である。そこで本研究では、採集した魚体に小型の光るタグを装着して放流し、これをライトのない真っ暗闇のなか泳いで追跡することにより、夜間の移動生態の解明を試みた。ただし光るタグを追跡する調査では、ダイナミックな移動は観察できるものの、詳細な行動が確認できないため、沖縄美ら海水族館の飼育個体を用いた水槽内観察と組み合わせることにより、詳細な行動生態を解明した。

【成果】
光るタグを追跡する手法では、ライトを消して光るタグを追跡するため、魚が観察者から逃げることがなく、自然な行動が観察することが可能であった。その成果として、ミナミハタンポが夜間にサンゴ礁の外の沖合を極めて長距離回遊していることが明らかになった。彼らは、日没後、日中の隠れ家である水中洞窟から一斉に回遊をスタートさせ、最も長距離を移動した観察例では1時間あたり700m以上もの距離を移動していた。短い観察例でもその距離は約400mに達した。観察は移動開始後の約1時間に限定されているものの、その間、彼らの移動は止まることはなく、単純計算では一晩に最大7kmもの距離を移動できる換算である。また、彼らは日中の隠れ家があり、水深が浅いことで捕食者から逃げやすいサンゴ礁の内側には留まらず、サンゴ礁の縁辺から150m以上の沖合まで移動し、逃げ場のない開けた空間であるサンゴ礁の外側で回遊をつづける様子が観察された。サンゴ礁の外は逃げ込む場所が少なく、遊泳力の低い小型魚にとっては捕食リスクの高い場所であると同時に、観察者にとっては目印となる場所もないため追跡が非常に難しい。
ではミナミハタンポは高い捕食リスクのもと、サンゴ礁の外で何をしているのか。野外での観察結果と水族館の水槽内での観察結果と複合すると、ミナミハタンポは夜間にサンゴ礁の外側まで移動したのちに、産卵や摂餌といった重要な生態学的行動をおこなっていることが推察された。熱帯のサンゴ礁は栄養が豊富な環境と思われがちだが、実際には水中の栄養は非常に少ないことが知られている(それゆえ水の透明度が高い)。ただし夜になると、日中には海底に隠れていた底生性の動物プランクトンが水中に浮上することにより、サンゴ礁の外において表層や中層の栄養が豊かになることが知られている。ミナミハタンポにみられたサンゴ礁外への大規模な移動は、捕食リスクが高いために多くの魚類が利用できないサンゴ礁外の豊富な栄養を利用するためであると考えられる。先行研究によりミナミハタンポは他のサンゴ礁の昼行性魚類と比較して成長が速く、より頻繁に繁殖行動をおこなうことが知られているが、この成長の速さや繁殖頻度は、他の魚種が利用できない豊富な栄養を、彼らだけが利用できることによって支えられているのかもしれない。
ミナミハタンポでみられた夜間の大移動は、サンゴ礁生態系においても重要な役割を果たしていると考えられた。ひとつは豊富な栄養を利用して、早く成長することで、これを捕食する上位捕食者の重要な餌資源となっていることである。現にミナミハタンポは様々な肉食魚により食べられていることが分かっている。もうひとつは、サンゴ礁の外側から内側へと栄養を運び込む役割である。すなわち、他の魚種では利用の難しいサンゴ礁外において摂餌し、サンゴ礁の内側、とりわけ水中洞窟など光が届かず、貧栄養な環境に戻り糞として排出することにより、サンゴ礁内外のエネルギーを循環しているといえる。このような役割は多種多様な魚類が生息するサンゴ礁においても全く知られていなかった事象であり、生態系において極めて重要かつ特異的な役割といえる。
このように、これまで謎に包まれていた夜行性魚類の夜間の生態の一端を、光るタグを暗闇のなか追いかける手法により明らかにすることができた。また、その驚くべき生態は、これら夜行性魚類がサンゴ礁生態系において果たす役割を再評価することにまで繋がった。今回の研究においては、調査対象をミナミハタンポに限定しておこなったが、テンジクダイ科やイットウダイ科などのハタンポ科以外の夜行性魚類、同じハタンポ科の違う種などでも検証し、比較することにより、まだそのほとんどが謎に包まれている夜のサンゴ礁における魚類の生態が明らかになることが期待される。

5.研究代表者(小枝)のひと言:
ライトを付けて夜行性魚類を追跡しようとしましたが、対象魚はあっという間に闇のなかに逃げてしまい、追跡は失敗に終わりました。ライトを消して夜の海を泳ぐ、という行為は一見すると無謀で危険にも思われるかもしれませんが、調査場所の地形や環境条件を深く理解し、海況を適切に判断して調査日を設定したうえで、確かなフィールド力と信頼できるサポートがあったことで達成できたと考えています。このような特殊な手法により、興味深い夜行性魚類の生態が明らかになったと思います。
6.発表雑誌:
雑誌名:PeerJ(オンライン版:11月16日)
論文タイトル:Nighttime migrations and behavioral patterns of Pempheris schwenkii
著者:小枝圭太、当真英之、立原一憲(琉球大学理学部)
DOI番号:10.7717/peerj.12412(オープンアクセス)

7.問い合わせ先:
東京大学総合研究博物館
特任助教 小枝 圭太(こえだ けいた)

Koeda_image1ミナミハタンポに装着した光るタグ


koeda_image2ミナミハタンポの昼夜での行動の違い


Koeda_image3ミナミハタンポの夜間の移動(点線でサンゴ礁の縁辺を示す)

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