リン酸化酵素・γ型プロテインキナーゼCが運動制御に 重要な役割を果たすことを解明

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脊髄小脳失調症14型において運動失調が発症する原因の一端を解明

2022-02-14 群馬大学,日本医療研究開発機構

小脳は、身体を動かす場面において、複数の筋肉の動きを調整して滑らかな運動(協調運動)を実現します。プロテインキナーゼ[1]C (PKC) は1977年に西塚泰美らが牛の小脳から発見した酵素で、その後、タンパク質の分泌や細胞の増殖、炎症反応など、全身のさまざまな生理機能に関与することが明らかになりました。後になってわかったことですが、成熟後の小脳には脳内で最も大量のPKCが含まれており、小脳を用いたことがPKC発見の要因の一つでした。小脳のPKCの半分以上がγ型PKC(PKCγ)で、全てプルキンエ細胞[2]という大型のニューロンに詰め込まれています。

PKCの発見から40年以上経ち、生理機能や疾患発症に果たす役割が大きく解明される一方で、PKC発見の原点である成熟小脳において大量に存在するPKCγがどんな役割を担っているのかは不明のままでした。

群馬大学大学院医学系研究科 脳神経再生医学分野(群馬県前橋市)は、成熟期の小脳プルキンエ細胞に存在するPKCγが協調運動の制御に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。プルキンエ細胞は桜の木のように発達した樹状突起[3]で信号を受け取り、小脳皮質外へ出力します。プルキンエ細胞樹状突起の細胞膜にはカルシウム依存性大容量カリウム(BK)チャネルが存在し信号を減衰させる働きがあります。PKCγはBKチャネルの機能を抑えることで、樹状突起を信号が伝わりやすくすること、その結果、小脳皮質からの出力信号が大きくなり、滑らかな(協調)運動が可能になることが明らかになりました。

主に成人発症で進行性の運動障害を示す脊髄小脳失調症14型はPKCγの変異により、PKCγの機能が障害されることで発症することが知られています。しかし、PKCγの機能が失われるとどの様なメカニズムで症状が出るのかは不明でした。本研究により、脊髄小脳失調症14型において運動失調が発症する原因の一端(PKCγの機能不全→BKチャネルが抑制されない→樹状突起を伝わる信号が減衰→プルキンエ細胞からの出力が減弱)が明らかになったことで、治療法の開発にもつながることが期待されます。

本件のポイント
  • 成熟小脳に大量に含まれるものの、その機能が長年不明であったPKCγが、小脳の運動調節に重要であることを発見。
  • プルキンエ細胞でPKCγがBKチャネルの機能を抑えることを解明。
  • BKチャネル機能が抑えられることで、プルキンエ細胞の樹状突起を伝わる信号が増強し、プルキンエ細胞からの出力信号(小脳皮質から出る信号)が大きくなることを解明、その結果、滑らかな運動が可能になることが示唆された。
本件の概要

群馬大学大学院医学系研究科脳神経再生医学分野の渡邊将特任助教(現在は岐阜大学)及び平井宏和教授らのグループは、成熟小脳において、リン酸化酵素であるPKCγが協調運動を制御する機構を明らかにしました。

小脳は運動の中枢であり、小脳機能が障害されると、運動失調が起こります。PKCγは脳のさまざまな場所に存在しますが、小脳に一際多く、その全てがプルキンエ細胞という大型のニューロンにのみ存在します(図1)。PKCγは生後にプルキンエ細胞で作られはじめ、次第にその量が増えて行き、成熟後も多量のPKCγが作られ続けています。


図1 PKCγはプルキンエ細胞の樹状突起と細胞体に存在する。

脳でPKCγがどのような役割を持つのかを調べるために、1990年代にマサチューセッツ工科大学の利根川進教授らにより、遺伝子を操作してPKCγを持たないマウス(PKCγ-KOマウス)が作られました。このPKCγ-KOマウスは運動障害を示しました。プルキンエ細胞は登上線維と平行線維という2種類の神経線維から入力を受けますが(図2A)、PKCγ-KOマウスでは幼若期に、登上線維―プルキンエ細胞の神経回路の形成が障害されることがわかりました。このことから、幼若期のプルキンエ細胞において、PKCγは小脳皮質の神経回路の形成にとても重要な役割を果たしていると考えられました。その一方で、成熟後もPKCγはプルキンエ細胞で作られ続けますが、成熟後のプルキンエ細胞でPKCγがどのような役割を持つのかは、これまでわかっていませんでした。PKCγ-KOマウスの運動障害の原因として、1)小脳皮質の神経回路の形成障害、2)小脳以外(例えば大脳など)で欠損するPKCγの影響、3)成熟後のプルキンエ細胞においてもPKCγが何らかの重要な役割を担っている、が考えられました。

図2 A.プルキンエ細胞は平行線維と登上線維から信号を受け取り、信号を軸索起始部へ伝える。軸索起始部で最終的な出力信号(複雑スパイク)に変換されて小脳皮質外へ出力する。B.BKチャネルはプルキンエ細胞樹状突起の細胞膜に沿って存在し、樹状突起を伝わる信号を減弱させる。C.PKCγが活性化すると樹状突起の細胞膜へ移動、BKチャンネルをリン酸化して、その機能を抑える。この結果、信号の減衰が弱まり、軸索起始部で強い出力信号が形成される。


成熟小脳でPKCγが機能を持っているのか調べるために、研究グループは成熟後のPKCγ-KOマウスのプルキンエ細胞だけにPKCγを戻してみました(レスキューマウス)(※1)。その結果、PKCγ-KOマウスの運動失調が回復しました。逆に、普通にPKCγをもつマウスが成熟した後に、プルキンエ細胞からPKCγを除いてみたところ、運動失調が出現しました(※2)。以上より、成熟後のプルキンエ細胞に多量に存在するPKCγが協調運動の制御に重要であることがわかりました。

さらに詳しく調べると、PKCγ-KOマウスではプルキンエ細胞の樹状突起でBKチャネルを介した電流が増大しており(図3)、その結果、登上線維からプルキンエ細胞に伝えられた信号が減衰してしまうことが明らかになりました(図4)。プルキンエ細胞の樹状突起を伝わる信号は、BKチャネルが強く働くと減衰し、逆にBKチャネルの働きが抑えられると減衰せずに伝わります。樹状突起を伝わる信号は軸索起始部に集約され、そこで複雑スパイクという最終的な出力信号に変換されます(図2A)。PKCγはBKチャネルの働きを抑え、プルキンエ細胞樹状突起を信号が伝わりやすくすること、その結果、軸索起始部で大きな出力信号が形成されることがわかりました(図2C)。


図3 PKCγ-KOマウスのプルキンエ細胞では、BKチャネルを介した電流が増大していたことから、PKCγはBKチャネルの機能を抑制すると考えられた


図4 PKCγ-KOマウスのプルキンエ細胞で登上線維入力に対する応答が減弱し、レスキューマウスで回復した

以上より、PKCγが、BKチャネルの機能を抑えることで、小脳皮質からの唯一の出力ニューロンであるプルキンエ細胞樹状突起内を信号が効率的に伝わるようになり、結果として小脳皮質からの出力が増強することで、協調運動が制御されると考えられました。

進行性の運動失調を主症状とする常染色体優性遺伝性の脊髄小脳失調症14型は、PKCγの半分に変異があり、残り半分の正常PKCγと凝集体を作ることで、細胞膜へ移動できなくなり、機能が損なわれることが報告されています。成熟小脳におけるPKCγの役割がわからなかったため、PKCγ機能が損なわれると、どのようなメカニズムで運動失調が引き起こされるのか不明でした。本研究成果により、脊髄小脳失調症14型ではPKCγによるBKチャネルの機能調節に異常があり、小脳皮質からの出力がうまく制御されないことで協調運動に障害がみられることが示唆されました。

※1 遺伝子治療にも用いられるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター[4]を使用。PKCγの遺伝子をもつAAVベクターをPKCγ-KOマウスの小脳に注射すると、プルキンエ細胞だけでPKCγが作られる。
※2 AAVベクターを使用。Creという遺伝子組換え酵素を作るAAVベクターをマウスの小脳に注射すると、プルキンエ細胞だけでPKCγ遺伝子が取り除かれて、PKCγが作られなくなる。

特記事項

本研究の成果は2022年2月10日(米国東部時間)にProceedings of the National Academy of Sciences誌(米国科学アカデミー紀要)オンライン版に掲載されました。

タイトル
Protein kinase Cγ in cerebellar Purkinje cells regulate Ca 2+ -activated large-conductance K + channels and motor coordination.
著者
Masashi Watanave, Nobutaka Takahashi, Nobutake Hosoi, Ayumu Konno, Hikaru Yamamoto, Hiroyuki Yasui, Mika Kawachi, Takuro Horii, Yasunori Matsuzaki, Izuho Hatada, Hirokazu Hirai* (* 責任著者)
掲載サイト
https://www.pnas.org/

なお、本研究は群⾺⼤学生体調節研究所ゲノム科学リソース分野との共同研究により実施されました。

また、本研究は⽇本医療研究開発機構(AMED)革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)、⽇本学術振興会(JSPS)科学研究費補助⾦ 挑戦的萌芽研究、基盤研究(B, C)、の助成を受けて⾏われました。

用語説明
[1]プロテインキナーゼ
タンパク質にリン酸基を付加(リン酸化)する酵素。リン酸化によってタンパク質は機能や細胞内での局在を変化させる。プロテインキナーゼCγ(PKCγ)はPKCのアイソザイムの一つで、カルシウムイオンとジアシルグリセロールなどのリン脂質によって活性化される。PKCγはニューロンのみに存在し、小脳のプルキンエ細胞に最も多く存在する。
[2]プルキンエ細胞
小脳皮質に存在する大型のニューロン。小脳はスムーズな運動を実現する重要な役割を果たしているが、小脳皮質内部の信号はすべて、最終的にプルキンエ細胞を通って小脳皮質から出力されるため、小脳の中でも中心的な役割を果たす神経細胞といえる。
[3] 樹状突起
ニューロンの細胞体から伸びている突起で、他の神経細胞からの信号を受けとり、細胞体へと伝える役割を担っている。
[4] アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
ウイルスを遺伝⼦のベクター(運び屋)として利⽤するウイルスベクターの一種。ウイルスの⾼い感染能を利⽤して、様々な細胞への遺伝⼦導⼊が可能。AAVは病原性を持たないウイルスであるため、安全性が⾼く、近年治療⽤遺伝⼦のベクターとして利⽤されている。
お問い合わせ先

発表内容に関するお問合せ先
群馬大学 大学院医学系研究科 脳神経再生医学分野 教授 平井 宏和(ひらい ひろかず)
未来先端研究機構 ウイルスベクター開発研究センター センター長

岐阜大学 大学院医学系研究科 高次神経形態学分野 助教 渡邊 将(わたなべ まさし)

取材に関するお問合せ先
群馬大学 昭和地区事務部 総務課広報係

AMED事業に関するお問合せ先
日本医療研究開発機構 疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
脳とこころの健康推進プログラム
革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト

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