2022-05-19 東北大学,東北大学金属材料研究所,日本原子力研究開発機構,J‐PARCセンター
【発表のポイント】
- 骨との高い力学的親和性を有する新規CoCr(コバルトクロム)系生体用金属材料の開発に成功
- 骨に匹敵する柔らかさ(低ヤング率注1)と、高い耐摩耗性・耐食性を両立させたバランスの優れた生体材料で、インプラントによる骨萎縮の解決が期待
- 既存実用超弾性合金注2の2倍を越える17%の超弾性ひずみを持つことからステントなどへの応用も期待
- 1.65%の大きな変形に対して1000万回以上の疲労寿命を実現
【概要】
超高齢社会の進行に伴って、骨や関節の疾患治療のためのインプラントの需要が高まっており、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させるためには、より優れた生体材料の開発が求められています。東北大学大学院工学研究科博士後期課程の大平拓実氏(研究当時)、許皛助教らの研究グループは、東北大学金属材料研究所、日本原子力研究開発機構、J‐PARCセンター、チェコ科学アカデミーとの共同研究により、今まで実現できなかった、骨との高い力学的親和性と耐摩耗性を両立させたCoCr系生体用金属材料を開発しました(図1)。さらに、本合金は優れた超弾性特性を示すことから、多機能性生体用金属材料として有望です。
特に低いヤング率、高い耐食性と耐摩耗性および優れた超弾性特性の4拍子そろった本CoCr系生体材料は、人工関節、ボーンプレート、脊髄固定器具やステントなどへの応用が期待されます。
本成果は、2022年5月9日付のドイツ科学誌Advanced Materialsに掲載されました。
図1 開発した新規CoCr系生体用金属材料単結晶の写真
【発表者】
東北大学大学院工学研究科:
大平 拓実 (大学院生 研究当時), 許 勝 (特任助教(研究)),
平田 研二 (大学院生 研究当時), 許 皛 (助教), 大森 俊洋 (准教授),
植木 洸輔 (大学院生 研究当時), 上田 恭介 (准教授),
成島 尚之 (教授), 貝沼 亮介 (教授)
東北大学金属材料研究所:
長迫 実 (助手)
日本原子力研究開発機構 J‐PARCセンター:
Stefanus Harjo (研究主幹)
川崎 卓郎 (研究副主幹)
チェコ科学アカデミー:
Lucie Bodnárová (ジュニアリサーチャー)
Petr Sedlák (シニアリサーチャー)
Hanuš Seiner (研究教授)
【研究の背景】
超高齢社会に突入した現代社会では、病気や怪我による骨や関節疾患者の増加が問題となっており、生体内に埋入して治療に用いられる、インプラントと呼ばれる生体材料の需要が高まっています。金属材料は強度・延性のバランスが優れ、力学的信頼性も高いため、大きな荷重を支える必要のある骨機能代替インプラントとして幅広く応用されています。
インプラントには、優れた耐摩耗性と耐食性が要求されます。しかし、高い強度を有する金属材料であるが故に、しなやかな生体骨とは力学的特性が大きく異なることが一般的であり、特にヤング率が高いことが問題となります。インプラントが骨よりはるかに高いヤング率を示すと、力のほとんどはインプラントにかかり、周囲の骨に伝わらないため(この現象を応力遮蔽と呼ぶ)、骨が萎縮し、骨密度の低下や骨折リスクの上昇に繋がります。そのため、近年、生体骨と同等の低いヤング率を持つ新規金属材料の開発が求められています。
臨床では、生体用金属材料として安価なステンレス鋼のSUS316L、耐摩耗性の優れたCoCr合金、ヤング率が比較的低いTi(チタン)合金が最も利用されています。しかしステンレス鋼と既存のCoCr合金のヤング率は生体骨の約10倍もの高い値を示します。低いヤング率のTi合金もありますが生体骨より高く、さらに耐摩耗性が低い問題があります。現状、ヤング率が生体骨と同程度で、優れた耐摩耗性と耐食性を兼ね備えた金属材料はほとんどありません。特に、重要な力学的特性である低ヤング率は高い耐摩耗性とは一般にトレードオフの関係にあり、これらの特性を両立させた新規合金の開発はこれまで困難でした。
一方、最先端医療で使用される超弾性合金の中では、約8%の超弾性ひずみを示すNiTi(ニッケルチタン)合金が最も使用されています。しかし、NiTi合金はNi(ニッケル)元素の割合が高く、Niを原因とするアレルギー反応を引き起こす懸念があります。そのため、Niを含まないTi系超弾性合金が開発されてきましたが、その超弾性ひずみはNiTi合金の半分程度に留まっています。
【研究成果のポイント】
図2 (a) 従来の生体用金属材料におけるヤング率と耐摩耗性の関係および本CoCr合金の位置付け (b) 1.65%ひずみにおける1000万回疲労試験前後の力学的特性
今回、コバルト(58〜59質量%、以下同様)とクロム(33〜34%)を主成分とし、アルミニウムとシリコン(合計8%)を添加したCo-Cr-Al-Si合金を新たに開発しました。既存の面心立方構造であるCoCr合金に対し、本CoCr合金は体心立方構造を有し、極めて高い弾性異方性注3を示すため、〈100〉方向を有する単結晶を用いることで、生体骨と同様の10〜30 GPaと極めて低いヤング率を実現しました。図2(a)のように、一般的な生体用金属材料におけるヤング率と耐摩耗性はトレードオフの関係にありますが、本CoCr合金は既存CoCr合金に匹敵する高い耐摩耗性を有しながら、ヤング率は極めて低く、従来のトレードオフの関係を大きく打ち破ります。さらに、図2(b)のように、本CoCr合金は、1.65%もの大きな変形に対して、1000万回以上の疲労寿命を示し、低いヤング率も維持されることから、次世代生体用金属材料として大いに期待されます。
図3 (a) 本CoCr合金における超弾性特性 (b) 従来の生体用金属材料における回復ひずみと耐食性の関係および本CoCr合金の位置付け
NiTi超弾性合金は約8%の超弾性ひずみを示しますが、図3のように、本CoCr合金はその2倍以上である17%もの大きい超弾性ひずみを示すため、多機能性生体材料としての応用も考えられます。
【今後の展望】
本研究によって、特に低いヤング率、高い耐食性、高い耐摩耗性および優れた超弾性特性の4拍子そろった生体材料を初めて実現しました。低いヤング率、高い耐食性と耐摩耗性を活かすことで、人工関節、ボーンプレート、歯科インプラントおよび脊髄固定器具などへの応用が考えられます。さらに、優れた超弾性特性を利用することで、ステントやガイドワイヤーなどへの応用も期待されます。
【用語の説明】
注1:ヤング率、低ヤング率
材料を引張もしくは圧縮で弾性変形させたときの、変形ひずみに対する応力の比をヤング率と呼ぶ。一般に、高分子など柔らかい材料では低いヤング率を示すが、金属やセラミックスなどの硬い材料では高いヤング率を示す。生体骨の約10~30 GPaの低いヤング率に対し、ステンレス鋼や従来のCoCr合金では約190〜240 GPaの高いヤング率を示す。
注2:超弾性、超弾性合金
弾性変形を超える極めて大きな変形(例えば10%)を与えても、荷重を除くだけで元の形状に回復する特性および、その特性を有する合金。一般に通常の金属材料では弾性変形として最大1%程度しか形状が回復しない。
注3:弾性異方性
単結晶材料において、結晶方向毎にヤング率などの弾性的特性が異なる性質。基本的に、どのような金属材料でも多少の弾性異方性は示すが、体心立方構造である本CoCr合金は極めて大きな弾性異方性を有する。〈100〉方向では骨と同程度の30 GPaの低いヤング率を有するが、〈111〉方向では300 GPaの極めて高いヤング率を示す。
【発表論文】
タイトル Flexible and Tough Superelastic Co-Cr Alloys for Biomedical Applications
著者 Takumi Odaira, Sheng Xu, Kenji Hirata, Xiao Xu, Toshihiro Omori, Kosuke Ueki, Kyosuke Ueda, Takayuki Narushima, Makoto Nagasako, Stefanus Harjo, Takuro Kawasaki, Lucie Bodnárová, Petr Sedlák, Hanuš Seiner, Ryosuke Kainuma
掲載誌 Advanced Materials
DOI 10.1002/adma.202202305
URL https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adma.202202305
【謝辞】
本研究の一部は、科学研究費補助金の特別研究員奨励費(課題番号:20J11238)、基盤研究(B)(課題番号:19H02412、22H01753)、学術研究助成基金助成金の国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(課題番号20KK0108)、チェコ科学財団研究費(課題番号:20-12624S)の支援のもとで行われました。また、引張試験中その場中性子回折実験はJ-PARC物質・生命科学実験施設の工学材料回折装置「匠」(BL19)を用いて行いました(課題番号:2020B0449)。
【各機関の役割】
東北大学大学院工学研究科:研究企画立案、試料作製、組織観察、機械特性および物性評価、耐食性および耐摩耗性の評価、総括
東北大学金属材料研究所:透過型電子顕微鏡(TEM)による結晶構造の同定および組織観察
日本原子力研究開発機構 J‐PARCセンター:引張試験中その場中性子回折実験
チェコ科学アカデミー:超音波共鳴法(RUS)による弾性率測定