ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた薬剤誘発性の不整脈評価法に関するベストプラクティスの作成

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2020-08-20 国立医薬品食品衛生研究所,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 心毒性に関する試験は従来からも動物実験で実施されてきたが、必ずしも正確さに欠けるところがあり、ヒトiPS細胞由来の心筋細胞1)を使ってヒト細胞で試験すれば、より正確な安全性を推測できるのではないかと検討を進めてきました。
  • 医薬品によるQT間隔延長2)ならびにTorsades de Pointes(TdP)3)の発生リスクに関する国内外の多施設検証試験をもとにして、多点電極アレイシステム4)などのヒトiPS細胞由来の心筋細胞の評価法に関するベストプラクティス5)を提案しました。
  • 本研究成果は、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた安全性薬理試験の国際的な議論に活用されることが期待されます。
概要

国立医薬品食品衛生研究所・薬理部の諫田泰成部長らが主導するJapan iPS Cardiac Safety Assessment(JiCSA)6)は、現在AMEDから研究支援を受けて、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた新規試験法の開発と検証、国際標準化に取り組んでいます。

本研究グループJiCSAは、これまで医薬品による心電図のQT間隔延長ならびに致死性不整脈の発生予測に関して大規模な多施設検証実験を行ってきました。ヒトiPS細胞由来心筋細胞の電気活動を多点電極アレイシステムにより記録することにより、医療の場において懸念される薬剤誘発性の致死性不整脈を高精度に予測し、薬剤による死亡事故を未然に防ぐために有効なツ-ルになりうることを明らかにしてきました。また、米国FDA(食品医薬品局)らが組織した国際コンソーシアムCiPA(Comprehensive in vitro Proarrhythmia Assay)7)の致死性不整脈に関する多施設検証試験においても、日本安全性薬理研究会との密な連携のもと、本研究グループのエーザイ株式会社、株式会社LSIメディエンスが実験データセットを提出し、試験法の再現性や信頼性を明らかにしました。

ヒトiPS細胞の実用化に関して、分化細胞を移植する再生医療等製品の活用のほか、医薬品の開発段階における有効性・安全性評価での利用が期待されています。本研究は、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた新たな試験法を実用化するうえで、心筋細胞の電気活動を記録する様々な方法を比較検討するとともに、JiCSAとCiPAによる大規模な多施設検証試験の比較検討を行いました。これらの比較検討より、ヒトiPS細胞由来心筋細胞が予測性の高い安全性評価法として社会実装するうえで必要なベストプラクティスを取りまとめました。今後、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた新規試験法の再現性や信頼性などを議論する根拠資料として活用され、ICH(医薬品規制調和国際会議)における議論に大きな影響を与えるものと期待されます。

なお、この成果に関する論文は、「Regulatory Toxicology and Pharmacology」のオンライン版に2020年8月19日に掲載されました。

背景

医薬品開発のプロセスは、薬効や毒性・安全性について動物や細胞などを用いて評価する非臨床試験と、実際に医薬品をヒトに投与して有効性を判断する臨床試験に分けられます。このうち非臨床試験では様々な臓器に対する安全性の確保が求められており、特にICHの非臨床試験ガイドラインの安全性薬理試験(S7B)では、心筋など循環器機能に対する作用を詳細に調べることが義務付けられています。

心電図のQT間隔を延長させる薬剤の中には、Torsades de Pointes(TdP)といわれる致死性不整脈を誘発するものがあり、これが原因で市場から撤退した医薬品が数多くあります。このため、医薬品候補化合物のTdP誘発リスクを、創薬プロセスの早期の段階から高精度に予測することは、患者さんに対する安全性の担保ならびに医薬品開発の成功確率を上げるために極めて重要です。そのため、現行のICH S7Bガイドラインでは、医薬品候補化合物のhERG(human ether-a-go-go related gene)チャネル8)に対する影響を調べ、動物を用いて心電図のQT間隔を評価することにより、致死性不整脈を引き起こす可能性が高い医薬品候補化合物をチェックしています。しかし、これまでの研究によりhERGチャネル阻害作用の強い化合物が必ずしも致死性不整脈を引き起こすわけではないことなどの問題点が明らかになり、新たな科学技術の導入によりヒトTdPリスクの予測性が向上できるのではないかと期待されてきました。

2007年にヒトiPS細胞が発見されて10年以上が経過し、ヒトiPS細胞から作成された臓器細胞は創薬に活用されています。ヒトiPS細胞由来心筋細胞は、hERGチャネルなどヒト心臓組織に発現しているイオンチャネルを兼ね備えていることから、医薬品によるTdP発生リスクを予測できるツールになるのか国内外で検証されてきました。国内では、オールジャパン体制のコンソーシアムである本研究グループJiCSAが、世界に先駆けて大規模な多施設検証試験を実施して、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の電気活動を多点電極アレイシステムにより解析する標準的な方法を作製しました。次に、催不整脈リスク予測法を開発し、その有用性を提示しました(Ando et al., J Pharmacol Toxicol Method, 2017)。さらに、JiCSAは、米国FDAらが主導するCiPAの国際検証試験にも参加してデータを公表するとともに(Ksenia et al., Cell Reports, 2018)、ヒトiPS細胞由来心筋細胞のTdPリスク予測にはフリー体の医薬品(化合物)を用いる方が高精度であることを明らかにしました(Kanda et al., J Pharmacol Sci, 2018)。

これらの検証試験と並行して、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の解析には、細胞膜電位測定9)、膜電位イメージング10)、カルシウムトランジェント11)、インピーダンス12)など様々な方法を用いたデータが蓄積されてきました。各評価法にはそれぞれ利点と課題などがあると考えられますが、不整脈評価における特徴などを比較できておらず、また使用する細胞や薬剤、解析法などのチェックポイントも不明確でした。そのため実用化に向けては、今までのデータをしっかりと整理したうえで、試験法の有用性と課題を議論する必要性があることから、ベストプラクティスの作成が必要ではないか、と考えられていました。

成果

そこで本研究では、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の電気活動を記録する方法として、JiCSAが利用した多点電極アレイシステムに加えて、他の研究グループが利用した細胞膜電位測定、膜電位イメージング法、カルシウムトランジェント、インピーダンス、収縮機能測定の方法を取り上げて、その有用性と問題点を整理しました(表1)。また、JiCSAとCiPAによる大規模検証試験を詳細に比較検討して、実験方法や解析法、結果などをまとめました(表2)。

表1.ヒトiPS細胞由来心筋細胞の解析法表2.薬剤性不整脈の検証試験に関するCiPAとJiCSAの比較

さらに、広く利用されている多点電極アレイシステムをもとにして、試験法の再現性を確保する上で考慮すべき点を以下のように項目別にまとめました。

  1. ヒトiPS細胞由来心筋細胞の情報
    使用する細胞の製造企業、ロット番号、培地の血清の有無、播種して測定するまでの培養期間、基材の種類など。
  2. ヒトiPS細胞由来心筋細胞の機能評価
    細胞の拍動数、フィールド電位の振幅、フィールド電位持続時間など。
  3. 実験条件
    陽性対照物質、薬剤の投与法、推定血中濃度、タンパク結合率、安全域など。
  4. データ解析
    使用機器の種類、異常波形の判定基準などの評価方法、統計解析など。

以上のように、CiPAによる国際検証試験に参加したメンバーにより、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた薬剤誘発性の不整脈評価法のベストプラクティスが提示されました。これにより、試験法のばらつきの要因などが少なくなり、非臨床試験におけるインビトロ試験法としてヒトiPS細胞由来心筋細胞の活用が進むと考えられます。

波及効果、今後の展望

本研究成果は、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた薬剤性の致死性不整脈を予測する方法を検討するために活用されることが期待されます。

特に、現在、ICH S7Bガイドラインの改訂に向けた議論が行われており、ヒトiPS細胞技術を活用した試験法の記載が提案されています。本研究成果は当該ガイドライン改訂や実用化に向けた資料として活用されると考えられ、今後、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた安全性薬理試験が飛躍的に進むことが期待されます。

論文
論文誌
Regulatory Toxicology and Pharmacology
(2020年7月31日受理、8月19日オンライン掲載)
著者
Gary Gintant, Emily Pfeiffer Kaushik, Tromondae Feaster, Sonja Stoelzle-Feix, Yasunari Kanda, Tomoharu Osada, Godfrey Smith, Katherine Czysz, Ralf Kettenhofen, Hua Rong Lu, Beibei Cai, Hong Shi, Todd Joseph Herron, Qianyu Dang, Francis Burton, Li Pang, Martin Traebert, Yama Abassi, Jennifer Beck Pierson, and Ksenia Blinova
タイトル
Repolarization studies using human stem cell-derived cardiomyocytes: validation studies and best practice recommendations
(ヒト幹細胞由来心筋細胞を用いた再分極遅延の評価:多施設検証試験とベストプラクティス)
Doi
10.1016/j.yrtph.2020.104756
研究支援

本研究は、国立医薬品食品衛生研究所・薬理部長・諫田泰成が代表をつとめた日本医療研究開発機構の医薬品等規制調和・評価研究事業における研究開発課題「ヒトiPS分化細胞技術を応用した医薬品の心毒性評価法の開発と国際標準化に関する研究」で行われた研究成果です。

用語解説
1)ヒトiPS細胞由来心筋細胞
ヒトiPS細胞から分化誘導により作成された心筋細胞で、ヒト細胞として利用されています。
2)QT間隔延長
QT間隔は心電図のQRSの始まりからT波の終わりまでの時間で、これは心室筋の活動電位持続時間に相当します。医薬品の投与により過度のQT間隔延長をきたし、致死性不整脈を生じる懸念があります。
3)Torsades de pointes(TdP)
致死性の心室性不整脈の1つで、突然死の原因になり得ます。心電図におけるQT間隔の延長がTdPにつながるマーカーとして使用されています。
4)多点電極アレイシステム
アレイ上に配置された電子センサーを利用して、細胞の電気活動を非侵襲的に測定する方法。
5)ベストプラクティス(Best practice)
結果を得るのに最も効率的で最良の手法やプロセス、成功事例などを指します。適切なプロセスを確立することにより、問題の発生や予期しない複雑さなどを低減させて、望ましい結果が得られることが期待されます。
6)JiCSA(Japan iPS Cardiac Safety Assessment)
ヒトiPS細胞由来心筋細胞を医薬品の安全性評価に応用することを目的に、産・官・学で構成されたオールジャパン体制の研究グループです。国立医薬品食品衛生研究所・薬理部長の諫田泰成らが研究代表を務めています。
7)CiPA(Comprehensive in vitro Proarrhythmia Assay)
米国FDA(食品医薬品局)を中心に組織された国際コンソーシアムで、ヒトiPS心筋細胞などを含めた統合的な催不整脈リスク予測法の確立を目指しています。諫田泰成はCiPA運営委員のメンバーを務めて、JiCSAはCiPAと共同研究を行っています。
8)hERGチャネル
心筋細胞に存在するカリウムチャネルの1つです。hERGチャネルが阻害されると、心電図のQT間隔が延長し、不整脈が起こる可能性が高くなります。
9)細胞膜電位測定法
細胞膜電位とは細胞の内外に存在する電位の差であり、心筋細胞などでは刺激に応じて細胞膜に一過性に膜電位が変化します。パッチクランプ法により測定できますが、熟練した技術を要します
10)膜電位イメージング法
膜電位感受性色素を用いて、細胞の膜電位を光学的に計測する手法。電気生理学的手法の一種であり、心筋細胞の活動電位を計測できます。
11)カルシウムトランジェント
心筋の収縮などによって一過性に細胞質内のカルシウムイオン(Ca2+)濃度が上昇すること。カルシウム感受性蛍光色素により測定できます。
12)インピーダンス
電極上に細胞を接着させて、電気抵抗値を計測することで間接的に細胞の状態を測定する方法です。
お問い合わせ先
本研究成果に関するお問い合わせ先

諫田泰成(かんだやすなり)
国立医薬品食品衛生研究所 薬理部

長田智治(おさだともはる)
日本安全性薬理研究会
株式会社LSIメディエンス

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 規制科学推進課

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