複雑性PTSD治療前進へ ~心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果~

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2022-06-08 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の丹羽まどか外来研究員(日本学術振興会特別研究員RPD)、大滝涼子客員研究員らの研究グループは、若松町こころとひふのクリニックの加茂登志子PCIT研修センター長、かとうメンタルクリニックの加藤知子副院長、黒崎中央医院の大友理恵子臨床心理部長、兵庫県こころのケアセンターの須賀楓介主任研究員と共同で、複雑性心的外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)に対するSTAIR Narrative Therapy1)の前後比較試験を実施し、この治療が日本でも実施可能であり、患者の症状が改善したことを報告しました。
複雑性PTSDは、2018年に公表された国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)で、新たに採用された診断項目ですので、複雑性PTSDに対してどのような治療が有効であるかを明らかにすることは国際的にも喫緊の課題となっています。今回の研究では、海外で虐待関連のPTSDに有効性が確立されているSTAIR Narrative Therapyを日本に導入し、ICD-11の複雑性PTSD診断を満たす患者さんを対象とした前後比較試験を実施しました。本研究は、この治療が日本の臨床現場においても安全に実施可能であり、複雑性PTSDに対して効果が期待できることを確認した点で、治療を前進させる重要な成果であると考えられます。
この研究成果は、2022年6月8日午前10時(英国夏時間)に国際精神医学誌「European Journal of Psychotraumatology」オンライン版に掲載されました。

研究の背景

複雑性PTSDは、持続的な虐待やドメスティック・バイオレンスなどのトラウマ体験をきっかけとして発症し、PTSDの主要症状(フラッシュバックや悪夢、過剰な警戒心など)に加えて、感情の調整や対人関係に困難がある等の症状を伴います。こうした症状により日常生活や社会生活上に大きな支障をきたす精神疾患です。通常のPTSDに比べて、日常生活や社会生活の支障がより大きく、併存疾患も多いことが分かっています。
複雑性PTSDに対する最適な治療法については、国際的に検証が進められている段階にあります。これまでの関連する研究の積み重ねにより、トラウマに焦点を当てた心理療法が有望であり、中でも複雑性PTSDの多様な症状に対応した治療が有望であることが報告されています。この多様な症状に対応した治療として、STAIR Narrative Therapyという心理療法が米国で開発されており、虐待を経験した成人PTSD患者を対象とした複数の臨床試験でその有効性が確認されています。ただし、これまでの欧米での研究はICD-11 の複雑性PTSDを対象としているわけではないため、複雑性PTSD診断に該当する患者さんを対象として、安全性や有効性を確認する必要があります。またこの治療は米国で開発され、臨床研究も欧米でのみ実施されているため、文化や制度の異なる日本でも同じように実施できるか、また同等の効果が得られるかどうかを確認する必要がありました。

図1 STAIR Narrative Therapy全体像

研究の方法

本研究では、18歳以前に身体的/性的虐待を経験し、ICD-11の基準で複雑性PTSDと診断された成人女性患者さんを対象として、STAIR Narrative Therapyの実施可能性、安全性、治療成果を調べるために、対照群を置かない前後比較試験を実施しました。10名の患者さんが研究に登録され、国立精神・神経医療研究センターまたは共同研究機関の外来で、STAIR Narrative Therapyの治療を受けました。治療はSTAIR Narrative Therapyの日本語版のマニュアルに基づきながらも、個々の患者さんのニーズに合わせて柔軟に治療内容を適用する方法で実施しました。最も重要な評価項目は、国際トラウマ面接(ITI)2)で評価された治療後および治療終了3か月後の複雑性PTSD診断と重症度です。その他に、うつ症状、不安症状、解離症状、感情調整の問題、対人関係の問題、生活の質、否定的認知などの変化を広く評価しました。

研究の結果

治療を完了した7名のうち、6名は治療後に複雑性PTSDの診断基準を満たさなくなり、7名全員が治療終了3か月後に診断基準を満たさなくなりました。また複雑性PTSDの重症度得点は、治療前と比べて治療後および治療終了3か月後に有意な(=統計的に意味のある)改善が認められ、その効果量も大きなものでした(治療後d=1.69、3か月後d=2.14)。同様に、うつ症状をはじめとした様々な評価項目においても有意な改善が認められました。治療を途中で終えた3名(1名はCOVID-19の影響)のうち、中間評価を受けた2名にも複雑性PTSD症状の改善が認められました。また治療期間中に重篤な有害事象は認められませんでした。

研究の意義・今後の展望

この臨床試験に参加された方は、長期にわたる持続的な虐待を経験しており、7名は1つ以上の併存疾患、8名は重度のうつ症状、6名は自殺企図歴のある患者さんでしたが、安全を保ちながら治療を進めることができ、複雑性PTSDをはじめ、様々な精神症状や生活機能の改善が認められました。本研究の結果から、STAIR Narrative Therapyは複雑性PTSDの患者さんにも適用可能であり、少人数での結果という前提がありますが、海外の先行研究と同等の効果が期待できることが示唆されました。今後は、予備試験で得られた結果をもとに、STAIR Narrative Therapyの有効性をより厳格な方法で検証するために、ランダム化比較試験を予定しています。
本研究にご参加くださった患者さまにこの場を借りて、深く御礼申し上げます。

用語の説明

1) STAIR Narrative Therapy:米国のMarylene Cloitre博士らが児童期虐待の成人サバイバーの治療のために開発した心理療法。現在の感情調整や対人関係の困難さに対処するスキルトレーニング(Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation; STAIR)とトラウマに焦点を当てた治療(Narrative Therapy)を組み合わせた治療法で、複数のランダム化比較試験によって安全性と有効性が報告されている。従来のPTSDに対する国際的な治療ガイドラインでは、トラウマに焦点を当てた心理療法が推奨されているが、複雑性PTSD特有の感情調整や対人関係の困難さに取り組むための治療要素を先に実施するのが特徴である。近年では、虐待に限らずさまざまなトラウマサバイバーに適用され、STAIR部分は集団療法や遠隔治療の有効性も報告されている。以前はSTAIR/NSTと呼ばれていた。

2) 国際トラウマ面接(International Trauma Interview; Roberts et al., 2019):ICD-11のPTSDおよび複雑性PTSDの診断評価のために新たに開発された構造化面接。オリジナルの英語版を日本語に翻訳し、厳格な手続きを経て日本語版が承認された。

原著論文情報

論文名: Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation Narrative Therapy for Women with ICD-11 Complex PTSD Related to Childhood Abuse in Japan: A Pilot Study.
著者: Niwa M, Kato T, Narita-Ohtaki R, Otomo R, Suga Y, Sugawara M, Narita Z, Hori H, Kamo T, Kim Y.
掲載誌: European Journal of Psychotraumatology.
DOI: 10.1080/20008198.2022.2080933
URL: https://doi.org/10.1080/20008198.2022.2080933

助成金

本研究成果は以下の補助金を受けて得られました。

日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究(16K13502)
日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費(19J40197)

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 所長
金 吉晴(きん よしはる)

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室

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