2018/08/06 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
■本研究成果のポイント
1. 自閉症スペクトラムの子どもの聴覚過敏性がウエアラブル身体加速度計で評価した日常生
活の身体活動動態と関連することを見いだしました。
2. 本研究では、神経生理学的な聴覚過敏性と日常生活における身体活動動態を、それぞれ聴
覚瞬目反射検査法と、日常的に計測可能なウェアラブル身体加速度計(アクチグラフ)で評
価し、これらの関連について検討しました。
3. 自閉症スペクトラムの子どもでは、定型発達の子どもと比べ、弱い音に対する聴覚性瞬
目反射で評価される聴覚過敏性が増大していました。また、終日の身体活動動態が散発的に
大きな低下を認め、ときおり大きく活動が低下してしまうことが明らかになり、覚醒時も同
様の傾向を認めました。
4. また、弱い音に対する聴覚過敏性は、覚醒時の過活動傾向や散発的な大きな活動低下と
関連しました。
5. 神経生理学的な聴覚過敏性や日常生活における身体活動動態を簡便に定量的・客観的に調
べることで、自閉症スペクトラムの病態解明や支援法の開発につながることが期待されま
す。
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)精神保健研究所(所長:中込和幸)児童・予防精神医学研究部(部長:住吉太幹)の高橋秀俊室長らのグループは、東京大学(東京都文京区 総長:五神真)大学院教育学研究科(研究科長:小玉重夫)身体教育コースの山本義春教授らのグループと共同で、自閉症スペクトラム(Autism Spectrum Disorders: ASD)や定型発達の子どもの神経生理学的な聴覚過敏性と、時計型のウエアラブル身体加速度計(アクチグラフ)で評価した日常生活の身体活動動態との関連を明らかにしました。その結果、自閉症スペクトラム症の聴覚過敏性は、日常生活における覚醒時の高い活動性と散発的な大きな活動低下という特徴との関連を認めました。これは、弱い音に対する聴覚過敏性が大きいほど、覚醒時に過活動傾向を示す一方で、ときおり大きく活動が低下してしまうことを示すもので、日中の多動傾向や急に動きがとまり固まったようにみえることに聴覚過敏性が関係している可能性を示唆するものですASDの感覚過敏・鈍麻などの感覚処理の非定型性については、最近ますます注目が増しています。非定型的な感覚処理特性は、日常生活に多大な支障をもたらすASDの中核特性の一つですが、周囲の方だけでなく本人も気づいていない場合も多いことが知られています。
本研究では、ASDと定型発達のお子様を対象に、①聴覚性瞬目反射検査を用いて神経生理学的な聴覚過敏性を評価し、②ウエアラブルで日常的に計測可能な時計型アクチグラフを用いて日常生活における身体活動動態を評価し、①と②の関連について検討しました。このような簡便で客観的・定量的な指標の関連を評価することで、基礎的研究・臨床的研究の双方の発展が期待され、自閉スペクトラム症の新規支援法開発につながる病態解明の推進が期待されます。
本研究成果は、日本時間2018年8月6日午後5時(報道解禁日時: 中央ヨーロッパ夏時間2018年8月6日午前10時)にスイスの国際科学雑誌「Frontiers in Psychiatry」のオンライン版に掲載されました。
■研究の背景・経緯
近年、発達障害は私たちの社会の大きな課題となっており、児童に限らず、成人の発達障害にも就労支援など多方面でのサービスの充実がますます求められています。発達障害のなかでも、自閉症スペクトラム(Autism Spectrum Disorders: ASD)は、生後まもなくから症状が現われる精神神経発達障害で、他の発達障害や精神障害の合併も多い障害です。支援として、早期から医療だけでなく教育機関や福祉施設など多領域が連携し、ASDの認知やコミュニケーションの弱さを考慮した周囲の働きかけの内容や家庭・学校・職場など生活環境の見直し・調整を行う必要があります。その為、ASDに対する理解を深め支援を進めることは、医療や教育・福祉にとって最重要課題の一つといえます。
ASDの非定型的な感覚処理特性は多くの自閉症スペクトラムの方に見られます。家庭生活や学業・就労など日常生活の様々な場面での不適応行動との関連を認める多大な支障をもたらす中核特性の一つです。しかし、周囲の人だけでなく、ASDの方本人も気づいていない場合が多く、日常生活で感覚処理特性を評価することは容易ではありません。ASDの聴覚過敏性や身体活動動態などの行動特性を、基礎的研究や臨床的研究でよく用いられる方法で簡便に定量的・客観的に評価して、それらの関連を明らかににする必要があると考えました。
■研究の内容
自閉症スペクトラムの子ども14名と定型発達(typical development: TD)の子ども13名が、本研究に参加しました。65~105dBの強さの音に対する聴覚性瞬目反射について、眼輪筋筋電図により評価された子どもの神経生理学的な聴覚過敏性とプレパルス抑制(prepulse inhibition: PPI)といった聴覚性瞬目反射の制御機構を評価しました(図1)。さらに、これらの聴覚性瞬目反射の指標と、評価した身体活動動態との関連について時計型のウエアラブル身体加速度計(アクチグラフ:図2)を用いて検討しました。
(図1)聴覚性瞬目反射の実際
(図2)時計型アクチグラフ
その結果、TDの子どもと比べASDの子どもでは、65dB(TD, 33.6±20.9; ASD, 53.6±27.1; U=25, p=0.020)や75dB(TD, 27.8±11.6; ASD, 47.9±25.0; U=28, p=0.033)、95dB(TD, 38.1±18.5; ASD, 66.5±57.5; U=23, p=0.014)の音刺激に対する聴覚性瞬目反射が増大し、終日の身体活動が有意に負の歪度(TD, 0.0±0.2; ASD, -0.2±0.2; U=28, p=0.042)を示し、日中の身体活動も負の歪度も示す傾向(TD, -1.1±0.6; ASD, -1.6±0.5; U=31, p=0.066)にありました。負の歪度は、平均から小さい方に大きく偏った分布の存在を示しており、散発的に大きく活動低下していることを示します。全被験者において、65dBの弱い音刺激に対する聴覚性瞬目反射の大きさは、覚醒時の活動量の平均 (rho = 0.484, p = 0.042).および負の歪度(rho = -0.626, p = 0.005) と有意な相関を示しました。つまり、弱い音刺激に対する聴覚過敏性は、覚醒時の高い活動性と散発的な大きな活動低下という特徴と関連することが示唆されました。これは、弱い音に対する聴覚過敏性が大きいほど、覚醒時に過活動傾向を示す一方で、ときおり大きく活動が低下してしまうことを示すもので、日中の多動傾向や急に動きがとまり固まったようにみえることに聴覚過敏性が関係している可能性を示唆するものです。加えて、85dBの弱い音刺激に対する聴覚性瞬目反射の大きさ(rho = -0.499, p = 0.035)や70dB のプレパルスに対するPPI (rho = 0.566, p = 0.018)も、覚醒時の活動の負の歪度と有意な相関を示しました。
■研究の意義・今後の展望
本研究成果から、特に弱い音に対する聴覚過敏性が、ウエアラブル身体加速度計で評価した覚醒時の高い活動性と散発的な大きな活動低下という日常生活の身体活動動態の特徴に関連することを見いだしました。PPIは統合失調症などの精神障害や児童の情緒・行動上の問題と関連することも知られています。聴覚性瞬目反射やアクチグラフによる身体活動動態の計測は、言語や動物種を問わず簡便に客観的・定量的に行動特性を評価できる計測法です。近年、小型で高精度のウエアラブル身体加速度計の開発はますます進んでおり、そのような機器を用いて発達早期から日常的に容易に行動動態に関するデータが取得でき、今後基礎的・臨床的な知見が蓄積され、聴覚過敏性や併存する精神障害に関わる生物学的メカニズムが解明できれば、自閉症スペクトラムの新たな支援法の開発につながると考えられます。
【用語解説】
自閉症スペクトラム:発達障害の一つで、生後まもない幼少時期より社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の障害やパターン化した行動および興味などを主な特徴として見られます。自閉症は多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害で、症状が軽い人たちまで含めると約100人に1~2人いると言われています。自閉症スペクトラムの人々の状態像は非常に多様で、信頼できる専門家のアドバイスをもとに状態を正しく理解し、個々のニーズに合った適切な療育・教育的支援につなげていく必要があります。
自閉症スペクトラムの非定型的な感覚処理特性について:非定型的な感覚処理特性が自閉症スペクトラムをもつ方にみられることは、古くから知られていました。非定型的な感覚処理特性は社会生活を営む上でも大きな影響を与えることが知られるようになり、最近米国精神医学会の自閉スペクトラムの診断基準にも含められ、その重要性が認識されております。非定型的な感覚処理特性は、聴覚、視覚、味覚、嗅覚、触覚など様々な感覚でみられますが、聴覚過敏・鈍麻は最も多くみられる非定型的な感覚処理特性の一つです。聴覚過敏があると、掃除機の音・犬の鳴き声・ドライヤーの音などの強い音に泣いたり隠れたりと拒否反応を示したり、周りが騒々しいと気が散ったりうまく活動できなかったりします。聴覚鈍麻の場合、話しかけても聞いていないようだったりします。
歪度(わいど, skewness):分布が正規分布からどれだけ歪んでいるかを表す統計量で、分布の非対称性(歪み:ゆがみ、ひずみ)を示す指標です。左右対称の分布(例えば正規分布)の場合には0になります。「右裾が長い」もしくは「左に偏った」分布のときには正の値を、「左裾が長い」もしくは「右に偏った」分布のときには負の値をとります。
ウエアラブル身体加速度計:手首や足首など体の一部に取り付けることで、身体の加速度の変化から活動量の分布動態を計測できます。近年、小型で高精度のものの開発が進められています。
聴覚性瞬目反射:強い音を聞いたときにみられる反射の一つ。生体の防御反応の一つで、基礎・臨床の両方の研究で用いられます。聴覚性瞬目反射の制御機構であるプレパルス抑制(prepulse inhibition: PPI)は、統合失調症のような精神障害との関連が報告されています。
【原著論文情報】
論文名:Acoustic hyper-reactivity and negatively skewed locomotor activity in children with autism spectrum disorders: an exploratory study
(和訳:自閉スペクトラム症児の聴覚過敏性と身体活動動態の負の歪度との関連:探索的研究)
Hidetoshi Takahashi*, Toru Nakamura, Jinhyuk Kim, Hiroe Kikuchi, Takayuki Nakahachi, Makoto Ishitobi, Ken Ebishima, Kazuhiro Yoshiuchi, Tetsuya Ando, Andrew Stickley, Yoshiharu Yamamoto, Yoko Kamio (*: 責任著者)
掲載誌:Frontiers in Psychiatryオンライン版
DOI: 10.3389/fpsyt.2018.00355
URL: https://www.frontiersin.org/journals/psychiatry#
【助成金】
本研究は、厚生労働科学研究費補助金 障害者対策総合研究事業、国立精神・ 神経医療研究センター精神・神経研究開発費事業、文部科学省科学研究費および科学技術振興機構 COIプログラム(大阪大学拠点)・科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環として行われました。
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ先】
高橋 秀俊 (たかはし ひでとし)
国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 児童・思春期精神保健研究部
【報道に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係