2023-06-30 奈良先端科学技術大学院大学,東京医科歯科大学,理化学研究所
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学 (学長:塩﨑一裕) 先端科学技術研究科 幹細胞工学研究室の高田仁実助教、栗崎晃教授の研究グループは、東京医科歯科大学 難治疾患研究所 ゲノム機能情報分野の笹川洋平准教授、二階堂愛教授 (兼任:理化学研究所生命機能科学研究センター チームリーダー)らとの共同研究により、胃の幹細胞[1]の未分化状態を維持するしくみや、胃の表面を保護する粘液を分泌する細胞(表層粘液細胞)への分化のしくみを解明しました。
今回の研究では、理化学研究所が開発した世界最高精度の 1 細胞 RNA シーケンス法「Quartz-Seq2」 [2]を用いてマウスの胃を構成する様々な細胞の遺伝子の発現を 1 細胞レベルで精密に解析しました。この遺伝子発現解析データを用いることで、胃の幹細胞が分化する過程で活性化するシグナル伝達[3] 経路が予測可能になりました。さらに 3 次元培養した胃の幹細胞に予測されたシグナル経路の促進剤や阻害剤を添加して検証することで、胃が正常な働きを保つ恒常性維持のしくみの一部を解明することに成功しました。本研究成果は、幹細胞制御機構の破綻によって生じる胃がんやその前がん病変である化生[4]の発生メカニズムの理解にもつながると期待されます。
胃袋の表面は胃腺という大量の分泌腺で覆われており、そこには食物を分解する酵素や胃酸を分泌する細胞が存在します。胃腺の出口付近は、胃酸をさえぎるベールのような胃粘液を分泌する表層粘液細胞で覆われているものの、これらの細胞は数日間の短いサイクルで次々と新たな細胞に置き換わっています。胃粘膜の最前線で働く表層粘液細胞は、外界からのストレスにさらされるため、細胞を常に新しくすることで健康な胃粘膜を保っていると考えられます。この活発な新陳代謝を支えるのが胃腺に存在する幹細胞です。幹細胞は分裂して自分と同じ幹細胞を複製(自己複製)するとともに、表層粘液細胞へと分化する能力を持っていますが、そのメカニズムについては、未解明な点が多く残されていました。
今回私たちは、成体マウスの胃腺を構成する細胞をバラバラにし、1 細胞 RNA シーケンス法 QuartzSeq2 により得られた遺伝子発現データを用いて、幹細胞から表層粘液細胞への分化に伴って発現が変動する遺伝子を同定するとともに、幹細胞の分化を制御するシグナル伝達経路を予測しました。さらに、幹細胞を 3 次元培養した胃上皮オルガノイド[5]を用いて、予測した分化制御シグナルを増強したり、阻害したりする実験を繰り返して幹細胞の分化状態を検証しました。その結果、細胞増殖因子(タンパク質)である EGF ファミリーの一種、TGFα[6]シグナルが幹細胞から表層粘液細胞への分化を促進すること、その一方でサイトカインの一種である TNFSF12[7]シグナルが幹細胞の未分化状態を維持することを突き止めました(図 1)。今回の研究で明らかにした、正常胃組織の幹細胞を制御するしくみは、様々な胃疾患を解析する上で重要なリファレンスとなるものであり、今後の胃疾患研究の発展と治療法開発につながる可能性があります。
なお、本研究は、主に日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究 A、基盤研究 B、基盤研究 C、ロッテ財団、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて行いました。本研究成果は、Nature Communications 誌に 2023 年 6 月 29 日(木)18 時(日本時間)に公開されます。(DOI:https://dx.doi.org/10.1038/s41467-023-39113-0)
<掲載論文>
タイトル: Single-cell transcriptomics uncovers EGFR signaling-mediated gastric progenitor cell differentiation in stomach homeostasis
著者: 高田仁実 1,*、笹川洋平 2,3,*、芳村美佳 2、田中かおり 2、岩山佳美 2,3、林哲太郎 2、的場綾子 2、二階堂愛 2,3,4,#、栗崎晃 1,#
1: 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 幹細胞工学研究室
2: 理化学研究所 生命機能科学研究センター バイオインフォマティクス研究開発チーム
3: 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 ゲノム機能情報分野
4: 筑波大学
*共筆頭著者
#責任著者
掲載誌: Nature Communications 14, 3750 (2023)
DOI: https://dx.doi.org/10.1038/s41467-023-39113-0