植物生理活性物質ストリゴラクトンの謎に迫る ~オロバンコール合成酵素の発見~

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2019-12-19 神戸大学,科学技術振興機構,国際協力機構

ポイント
  • ストリゴラクトンは、植物の形態制御、菌根菌との相互作用促進、根寄生雑草種子の発芽誘導などのさまざまな機能を有することが知られている。
  • ストリゴラクトンの化学構造は、ABC環を有するcanonical型と、BC環が開いたnon-canonical型に分けられる。
  • 本研究では、一連のストリゴラクトンに共通の生合成中間体であるnon-canonical型のカルラクトン酸を、canonical型のオロバンコールに変換する酵素遺伝子を発見した。
  • トマトにおいてこの遺伝子をノックアウトすることによりオロバンコールの生産を阻害し、カルラクトン酸を蓄積させることに成功した。ノックアウト体で根寄生雑草の種子発芽誘導活性が低下することも確認した。

ストリゴラクトン(SL)は植物ホルモンおよび根圏情報物質として注目を集めている植物由来の化合物群で、植物の形態制御や、食糧生産に大きな被害をもたらしている根寄生雑草注1)の発芽促進に関わっています。

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)注2)の一環として、神戸大学 大学院農学研究科の若林 孝俊 学術研究員、杉本 幸裕 教授の研究グループは、東京大学、徳島大学の研究者との共同研究により、植物に有用な菌根共生を促進するSLのカルラクトン酸を、根寄生雑草の発芽を誘導するSLのオロバンコールに変換するオロバンコール合成酵素を発見しました。

また、オロバンコール合成酵素遺伝子をゲノム編集注3)によりノックアウト注3)することにより、SLの生産を人為的に制御できるようになりました。これにより、それぞれのSLが担っている機能を解明する道が開け、植物生産の向上を目指したSLの応用展開が期待されます。

この研究成果は、2019年12月18日(米国東部時間)に国際学術雑誌「Science Advances」に掲載される予定です。

本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)、独立行政法人 国際協力機構(JICA)連携事業 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「ストライガ防除による食料安全保障と貧困克服」(研究代表者:杉本 幸裕)、JSPS 科学研究費「枝分かれ抑制ホルモンの実体解明を目指すストリゴラクトンBC環形成機構の解明」(研究代表者:杉本 幸裕)、などの支援を受けて行ったものです。

<研究の背景>

ストリゴラクトン(SL)は根寄生雑草の種子発芽刺激物質として発見された一連の類似した構造を有する化合物群の総称です。SLは、多くの陸上植物と共生し植物の栄養状態を改善するアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐を誘導する活性、および、植物地上部の分枝を抑制する活性も有するため、植物が根圏に分泌するシグナルとしてだけでなく植物の形態を制御する内生の因子としても注目を集めています。

SL研究の初期に発見されたオロバンコールをはじめとする化合物の構造はいずれもABC環を有しています。これまでに、C環の立体化学およびA環、B環の修飾の違いにより、約20種類の化合物が単離構造決定されています。近年では、BC環が閉じていないSLも相次いで発見されています。そのため最近では、ABC環を有するSLをcanonical SL、BC環が閉じていないSLをnon-canonical SLと呼びます。このように多様な分子があるため、一口にSLと言っても、どちらの型の化合物群が、あるいは、どの化合物が根圏シグナルとしての機能やホルモンとしての機能を担っているのか、明らかになっていません。SLの生産を抑制することができれば、根寄生雑草の種子発芽を誘導しにくくなり被害が軽減されると期待されます。一方、生産を増大させることができれば菌根菌との共生を促進し植物の栄養状態を改善することが期待されます。また、SLの内生量を調節することで植物地上部の形態を制御することが可能となります。したがって、個々の生理機能を担っている化合物を明らかにできれば、植物の形態や根圏環境を人為的に調節する道が開けます。このように植物生産に資する応用が展望できることから、植物がさまざまな構造を有するSLをどのように生合成するかについて関心が集まっています。

これまでの研究から、SLはβカロテンから生合成されることが明らかにされています。βカロテンは、4種類の酵素により、一連のSLに共通の中間体であるカルラクトン酸へと導かれます。イネのジャポニカ種では、カルラクトン酸を二段階でオロバンコールに変換するそれぞれの酵素が明らかになっていましたが、その他の植物におけるオロバンコール生合成経路については分かっていませんでした。本研究では、マメ科のササゲおよびナス科のトマトでカルラクトン酸を一段階でオロバンコールに変換する新規オロバンコール合成酵素を世界に先駆けて発見しました(図1)。

<研究の内容>

オロバンコールは本研究グループがササゲから単離して構造を明らかにしたSLであり、ササゲを用いた代謝実験から、シトクロムP450注4)の触媒によりカルラクトン酸がオロバンコールに変換されることが予想されました。そこで、ササゲの水耕条件を工夫してオロバンコールを作りやすい条件と作りにくい条件を設定し、それらの条件で水耕したササゲの根で発現している遺伝子を網羅的に比較しました。オロバンコール生産と同調して変動を示す2つのシトクロムP450遺伝子を選抜し、それぞれをタンパク質として発現させ酵素反応を行い、カルラクトン酸をオロバンコールに変換する活性を調べました。

その結果、CYP722ファミリーに属するVuCYP722Cタンパク質がこの反応を触媒することが分かりました。次いで、オロバンコールを生産し、かつ、遺伝子操作が容易なトマトからVuCYP722C遺伝子のホモログ注5)であるSlCYP722C遺伝子を単離し、オロバンコール合成酵素遺伝子であることを確認しました。そこで、ゲノム編集によりこの遺伝子をノックアウトしたトマト(KOトマト)を作ったところ、野生型とは異なりKOトマトでは水耕液へのオロバンコールの分泌は認められず、代わってカルラクトン酸が検出されました。

これらから、トマトにおいてSlCYP722Cがnon-canonical型のカルラクトン酸をcanonical型のオロバンコールに変換するオロバンコール合成酵素であることが証明されました。KO体は野生型と変わらぬ地上部形態を示しました(図2)。このことはトマトの形態制御にオロバンコールが必須ではないことを示しています。カルラクトン酸が菌根共生を促進する活性があることはすでに報告されているため、KOトマトで菌根共生に不利益はないと考えられます。一方、KOトマトの水耕液は根寄生雑草Phelipanche aegyptiacaに対する発芽誘導活性を有意に低下させました(図3)。トマトの生産は地中海沿岸を中心に世界各地でP.aegyptiacaにより甚大な被害を受けています。本研究から、オロバンコール合成酵素遺伝子をノックアウトすることにより、トマトに対する根寄生雑草の被害を軽減できる可能性が示されました。

<今後の展開>

本研究で、主要なcanonical SLであるオロバンコールの生成を抑えnon-canonical SLのカルラクトン酸を蓄積することに成功しました。同様の方法で他のcanonical SLの合成酵素も解明し、さまざまな機能をどのSL分子が担っているかを明らかにすることで、栽培環境に応じて最大のパフォーマンスを発揮できるよう、植物を改変する道が開かれます。トマトだけでなく、ナス科、マメ科、ウリ科、イネ科などのさまざまな作物の生産が根寄生雑草により深刻な害を被っています。本研究成果は、地球規模で食糧生産を損なっている根寄生雑草による被害を軽減し、作物の生産能力を十分に発揮させる研究へと発展していきます。

<参考図>

図1 βカロテンからオロバンコールに至る生合成の概略図

図1 βカロテンからオロバンコールに至る生合成の概略図

矢印で示す反応を触媒するオロバンコール合成酵素が発見された。

図2 トマトの枝分かれ
図2 トマトの枝分かれ

野生型(左)、SlCYP722C-KO(中)、SL欠損体(右)

図3 SlCYP722C-KO根分泌物中のPhelipanche aegyptiacaに対する発芽誘導活性

図3 SlCYP722C-KO根分泌物中のPhelipanche aegyptiacaに対する発芽誘導活性

<用語解説>
注1)根寄生雑草
植物の根に寄生する雑草。食糧生産に大きな被害をもたらしている根寄生雑草は、オロバンキとストライガであり、前者はナス科、マメ科、ウリ科、セリ科など広葉の作物を、後者はイネ科作物を主な宿主として、いずれも収量を大幅に低下させる。根寄生雑草による被害は世界各地で拡大の一途を辿っているため、防除方法の確立が喫緊の課題となっている。
注2)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)、独立行政法人 国際協力機構(JICA)の連携により、地球規模課題解決のために日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行う3~5年間の研究プログラム。日本国内など、相手国内以外で必要な研究費についてはJSTが委託研究費として支援し、相手国内で必要な経費については、JICAが技術協力プロジェクト実施の枠組みにおいて支援する。国際共同研究全体の研究開発マネジメントは、国内研究機関へのファンディングプロジェクト運営ノウハウを持つJSTと、開発途上国への技術協力を実施するJICAが協力して行う。

JSTホームページ:http://www.jst.go.jp/global/about.html

JICAホームページ:http://www.jica.go.jp/activities/schemes/science/index.html

注3)ゲノム編集、ノックアウト
ゲノム編集とは、人工的にデザインされたDNA分解酵素により標的とした遺伝子配列内に変異を導入する手法で、標的とした遺伝子以外への変異導入が極めて低いことが知られている。DNAの切断に伴うDNA修復の際のエラーによる遺伝子の破壊、または短い配列の挿入や欠損が生じることで、遺伝子機能が失われる(ノックアウト)。
注4)シトクロムP450
活性部位にヘムと呼ばれる色素を持つヘムタンパク質の一種。還元型に一酸化炭素を結合させると450nm付近の波長の光を吸収する特徴から、P450と命名された。多様な生物で存在が確認されており、薬物代謝やホルモンの生合成、二次代謝産物の生合成・代謝酵素として機能する。
注5)ホモログ
共通祖先から派生した相同性の高い遺伝子。
<論文タイトル>
“Direct conversion of carlactonoic acid to orobanchol by cytochrome P450 CYP722C in strigolactone biosynthesis”
著者名:Takatoshi Wakabayashi, Misaki Hamana, Ayami Mori, Ryota Akiyama, Kotomi Ueno, Keishi Osakabe, Yuriko Osakabe, Hideyuki Suzuki, Hirosato Takikawa, Masaharu Mizutani, Yukihiro Sugimoto
DOI:10.1126/sciadv.aax9067
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

杉本 幸裕(スギモト ユキヒロ)
神戸大学 大学院農学研究科 教授

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 国際部 SATREPSグループ

<JICA事業に関すること>

国際協力機構(JICA) 農村開発部 農業・農村開発第二グループ

<報道担当>

神戸大学 総務部 広報課

科学技術振興機構 広報課

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