窒素がなくてもアミノ酸はできる! ~生命を構成するアミノ酸の起源に新しい可能性~

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2022-04-27 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター健康・病態科学研究チームの福地知則研究員、渡辺恭良チームリーダー、分子標的化学研究チームの丹羽節副チームリーダー(研究当時)、細谷孝充チームリーダーの研究チームは、放射性同位体[1]の崩壊により、窒素を含まない化合物からアミノ酸[2]が直接生成される新しい反応経路を提案し、これを計算機シミュレーションにより検証しました。

本研究成果は、約40億年前に地球上に生命が誕生した際の謎とされている、生体の構成物質であるアミノ酸の起源について、新しいシナリオを与えるものです。

今回、研究チームは、放射性同位体の一つである炭素14(14C)[3]が、ベータ崩壊[4]により安定同位体である窒素14(14N)に変わることに着目しました。炭素14を含むメチル基[5]を持つカルボン酸[6]は、ベータ崩壊後にメチル基がアミノ基[7]に変換し、アミノ酸になるという仮説を立て、数値計算シミュレーションにより検証した結果、メチル基に炭素14を含むプロピオン酸[8](カルボン酸の一種)が、炭素14のベータ崩壊後に、80%以上の確率でグリシン[9](アミノ酸の一種)に変換することを確認しました。

本研究は、科学雑誌『Journal of the Physical Society of Japan』オンライン版(4月27日付:日本時間4月27日)に掲載されました。

背景

アミノ酸は、生命を構成する主要分子であるタンパク質の最小単位です。全ての生物は、材料として約20種類のアミノ酸を多数連ねることでタンパク質を作ります。地球上に生命が誕生したのは約40億年前と推定されていますが、その際にアミノ酸がどこから来たのかは、生命誕生に関する根源的な問いであるにもかかわらず、いまだに謎のままです。アミノ酸の起源については、これまでに、放電現象(雷)で生成したとする説、宇宙から飛来したとする説、隕石の落下による衝撃で生成したとする説など、さまざまな仮説が提案されていますが、確定的なシナリオはまだありません。

アミノ酸分子の骨格は、窒素(N)炭素(C)、酸素(O)、水素(H)で構成されています。アミノ酸の起源に関するこれまでの仮説では、これら四つの元素を含む分子をもとに生成された可能性が示されています。一方、自然界に存在する炭素同位体の一つである炭素14(14C)は、半減期約6,000年でベータ崩壊し、窒素14(14N)に遷移する放射性同位体です。従って、炭素14を含む分子が、炭素14がベータ崩壊した後も分子内にとどまれば、その部分が窒素14に置き換わった分子へと変化することになります。

研究チームは、「炭素、酸素、水素のみで構成されるカルボン酸(R-COOH)に炭素14が含まれた場合、これが窒素14に置き換わることでアミノ酸が生成する」という仮説を立てました。本研究では、このような現象が実際にどれくらいの確率で起こり得るのかを理論的に検証しました。

研究手法と成果

研究チームは、カルボン酸のメチル基(-CH3)に炭素14がある場合に、メチル基がアミノ基(-NH2)に変わることで、アミノ酸が生成する可能性を検証しました(図1上)。一般に、ベータ崩壊した同位体は電子(陽電子)や反ニュートリノ(ニュートリノ)などの放射線を出すため、その反跳[10]を受けて運動量を持つようになります(図2)。この運動量により、メチル基が結合していた炭素との結合が切られると、アミノ基としてとどまることはできません(図1下)。従って、研究チームが提案するアミノ酸の生成プロセスにおいては、炭素14がベータ崩壊した後に、どれくらいの確率で窒素14がアミノ酸の一部としてとどまるかが鍵となります。そこで、数値計算シミュレーションを用いて、この確率を見積もりました。

窒素がなくてもアミノ酸はできる! ~生命を構成するアミノ酸の起源に新しい可能性~

図1 炭素14を含むプロピオン酸からグリシンが生成する過程

炭素14(14C)を含むカルボン酸の一種、プロピオン酸(CH3CH2COOH)の構造(左)。分子を構成する炭素(灰)、酸素(赤)、水素(白)のうち、メチル基(-CH3、破線黒丸)の炭素を炭素14とした。この炭素14がベータ崩壊により窒素14(14N)に遷移すると、分子内にとどまってアミノ基となることでグリシン(グリシニウム)に変化する場合(上のフロー)と、分離してアミニルラジカルが放出される場合(下のフロー)の二つの可能性が考えられる。

炭素14のベータ崩壊とその際に受ける反跳の図

図2 炭素14のベータ崩壊とその際に受ける反跳

炭素14(14C)の原子核は、6個の陽子(赤)と8個の中性子(青)から成る。ベータ崩壊では、陽子の一つが中性子に変わる際、電子と反ニュートリノを放出する。放出された粒子の反跳により壊変した窒素14(14N)の原子核は運動量を持つようになる。


具体的には、カルボン酸の一種であるプロピオン酸(CH3CH2COOH)で、末端のメチル基に炭素14を持つもの([14C]プロピオン酸)から、ベータ崩壊により最も単純な構造のアミノ酸であるグリシン(NH2CH2COOH)が生成する確率を計算しました。まず、ベータ崩壊前後の化合物の形状、およびベータ崩壊後に生じると予想される窒素14(アミニルラジカル[7])と炭素ラジカル[6]の間に働く相互作用を、量子化学計算[11]により求めました。その後、ベータ崩壊の際に窒素14が受けた反跳の方向と運動量をモンテカルロ法[12]により初期設定し、同時に発生すると考えられる炭素ラジカルの近くでどのような挙動をするか調べました。その結果、100万回のモンテカルロ試行により、反跳を受けた窒素14がグリシンの一部としてとどまる場合と遊離する場合を、ベータ崩壊の150フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)後の軌道の違いで識別できることが分かりました(図3)。

反跳した窒素14(アミニルラジカル)の軌道の時間発展の図

図3 反跳した窒素14(アミニルラジカル)の軌道の時間発展

横軸は軌道の長さ、縦軸は軌道の曲がり具合を表す。反跳した窒素原子には、秒速数kmでさまざまな方向に進もうとする力や、静止した原子との相互作用などが加わり、その軌道は必ずしも直線にはならない。このグラフの縦軸では、ある時間後の元の位置からの距離が実際の移動距離と同じであれば1となり、1に近いほど直線に近い軌道で進んだことを示す。本解析では、150フェムト秒の時点で、軌道の曲がり0.7以上を閾値として、とどまるものと遊離するものを分けた。ヒートマップは事象分布の強度を示し、暖色はその分布強度が大きいことを表す。


これらの解析から、[14C]プロピオン酸の約81%が、ベータ崩壊後にグリシン(グリシニウム[9])に変換するという結果が得られました(図4)。

ベータ崩壊後に反跳を受けた窒素14の挙動の図

図4 ベータ崩壊後に反跳を受けた窒素14の挙動

窒素14(アミニルラジカル)の軌道を平面に投影したグラフ。元の位置を(0, 0)とし、150フェムト秒後までの挙動を解析した。左はグリシンとして留まる場合(図3の閾値以下、約81%)、右は遊離する場合(図3の閾値以上、約19%)を表している。


この数値シミュレーションは、分子構造の変形や、熱振動、炭素14が窒素14に遷移したことによる電子配置の変化などを考慮しない単純化したモデルを用いています。そこで、窒素14の化合物への結合パラメータをさまざまに変化させた場合の、グリシンの生成率も調べました。その結果、仮に炭素-窒素結合の形成による安定化効果を半分まで減少させた場合においても、約32%の確率でグリシンが生成することが分かりました。このことから、溶液中や高温状態などさまざまな条件下においても、[14C]プロピオン酸からグリシンが生成されることが示唆されました。

今後の期待

今回の研究成果は、メチル基に炭素14を持つ[14C]プロピオン酸が存在した場合に、これがベータ崩壊によりグリシンに遷移する確率を計算したものです。炭素14の半減期は5,730年と非常に長いですが、今回の計算が正しいとすると、十分な量の[14C]プロピオン酸を数カ月置き、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)[13]などの検出感度の高い分析技術を用いることで、グリシンが検出できると考えられます。今後、この仮定に基づく実験的な検証を計画しています。

本研究で提案したアミノ酸の生成経路は、生命誕生に必須なアミノ酸の起源を説明する新たなシナリオになり得ます。ただし、このシナリオが成立するかどうかは、下記のようなさまざまな前提条件に大きく左右されます。

1)生命が誕生したとされる約40億年前の地球で、炭素14はどれくらいの比率で存在していたのか?
2)太古の地球において炭素14を含むカルボン酸がどこから来て、どれくらいの量存在したのか?
3)グリシン以外のアミノ酸も同様の経路で生成されるのか?

従って、アミノ酸の起源についての本シナリオを完成させるには、実験検証のための分析化学をはじめ、ベータ崩壊や分子軌道について知るための物理学、太古の地球環境を知るための地球惑星科学、生体のアミノ酸について知るための生物学など、広い分野における知見が必要です。研究チームは、さまざま知見を結集して生命はどこから来たのかという根源的な問いに答えを出していきたいと考えています。

補足説明

1.放射性同位体
原子核は陽子と中性子から構成されており、陽子数により元素の種類が決まる。同じ元素でも中性子数が異なると質量数が変わり、このようなものを同位体と呼ぶ。陽子数と中性子数のバランスが悪い同位体は崩壊して、より安定な同位体に遷移する。遷移の際に放射線を出すため、このような不安定な同位体は放射性同位体と呼ばれる。

2.アミノ酸
アミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)の両方を持つ有機化合物の総称。天然には約500種類のアミノ酸が見つかっており、そのうち22種類が、鎖状に多数連結(重合)して高分子を形成しタンパク質となる。ヒトのタンパク質は約20種類のアミノ酸から構成されている。

3.炭素14(14C)
炭素の同位体の一つ。半減期5,730年でベータ崩壊し、窒素14(安定同位体)になる。炭素の安定同位体は、炭素12(12C、存在比98.9%)と炭素13(13C、存在比1.1%)がある。炭素14(存在比1.2×10-8%)は放射性同位体であるが、半減期が長いため準安定な炭素同位体として自然界に存在する。

4.ベータ崩壊
不安定な同位体の崩壊形式の一つ。中性子の数が多過ぎる同位体は、高速の電子を放出して中性子が陽子に壊変する(ベータマイナス崩壊)。一方、陽子の数が多過ぎる同位体は、高速の陽電子を放出するか、または原子の軌道電子を原子核が捕獲することで、陽子が中性子に壊変する(ベータプラス崩壊)。放出される陽電子もしくは電子をベータ線と呼ぶ。ベータ線のエネルギーは、ニュートリノ(もしくは反ニュートリノ)を同時に放出する3体の崩壊になるため連続的な分布となる。

5.メチル基
炭素に水素が三つ共有結合した、有機化学において最も分子量の小さい基(-CH3)。

6.カルボン酸、炭素ラジカル
カルボン酸はカルボキシ基(-COOH)を持つ有機分子の総称。カルボキシ基は水素一つ、炭素一つ、酸素二つから構成され、炭素-酸素二重結合を含む。水素がイオンとして乖離しやすいため、カルボン酸は一般に酸性を示す。炭素ラジカルは、炭素原子上に不対電子を持った状態の化学種。

7.アミノ基、アミニルラジカル
アミノ基は、窒素に水素が二つ共有結合をした塩基性の基(-NH2)。酸と反応すると、水素がもう一つ結合し、正電荷を持つアンモニウム基(-NH3+)になる。アミニルラジカルは、アミノ基の窒素原子上に不対電子を持った状態の化学種。

8.プロピオン酸
カルボン酸の一種で、化学式はCH3CH2COOHである。

9.グリシン、グリシニウム
グリシンは、タンパク質を構成する約20種類あるアミノ酸の中の一つ。側鎖構造に水素を持つ、最もシンプルなアミノ酸である。グリシンのアミノ基が酸と反応すると、アミノ基にもう一つ水素が結合し、正電荷を持つグリシニウムになる。

10.反跳
一つの物体から粒子や光が放出される場合、放出された粒子の運動量の反作用により、元の物体に逆の運動量が加えられる。元の物体が静止している場合、粒子が放出されると、運動量の保存則から元の物体は放出された粒子と反対方向の運動量を持つことになる。

11.量子化学計算
原子レベルの微小な対象の振る舞いを記述する量子力学を化学に応用し、原子や分子の構造や性質を電子状態から解析する手法。

12.モンテカルロ法
計算機を用いたシミュレーション手法の一つ。初期値の違いや確率的過程により結果が多岐にわたり、解析的にその分布を得ることが困難な場合がある。そのようなときに個々の事象を、乱数を用いて抽出することにより、統計的に結果の分布を得る手法。抽出した事象の回数(計算回数)は試行回数と呼ばれる。

13.液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)
液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography;LC)と質量分析法(Mass Spectrometry;MS)を組み合わせた分析装置。複数の分子の混合物を分離しつつ、各成分について質量分析を行うことができる。有機分子の解析によく用いる手法の中で、質量分析は検出感度が高く、低濃度で存在する分子の検出に有効である。

研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター
健康・病態科学研究チーム
研究員 福地 知則(ふくち とものり)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
分子標的化学研究チーム
副チームリーダー(研究当時) 丹羽 節(にわ たかし)
(現 客員研究員、東京医科歯科大学生体材料工学研究所 生命有機化学分野 准教授)
チームリーダー 細谷 孝充(ほそや たかみつ)
(東京医科歯科大学生体材料工学研究所 生命有機化学分野 教授)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、一部、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「多核種同時撮像PETの実用化に向けたSc-44薬剤およびジェネレータの開発(研究代表者:福地知則)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Tomonori Fukuchi, Takashi Niwa, Takamitsu Hosoya, and Yasuyoshi Watanabe, “Computational study for amino acid production from carboxylic acid via 14C β-decay”, Journal of the Physical Society of Japan, 10.7566/JPSJ.91.064301

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム
研究員 福地 知則(ふくち とものり)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
分子標的化学研究チーム
副チームリーダー(研究当時) 丹羽 節(にわ たかし)
チームリーダー 細谷 孝充(ほそや たかみつ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

生物化学工学
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