乳がんの再発を起こす原因細胞を解明

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2023-11-16 金沢大学,帝京大学,東京大学,京都大学,東京医科歯科大学,神奈川県立がんセンター

発表概要

金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授、帝京大学先端総合研究機構の岡本康司教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授、東京大学定量生命科学研究所の中戸隆一郎准教授、東京大学大学院医学系研究科乳腺・内分泌外科学の田辺真彦准教授、京都大学大学院医学系研究科の小川誠司教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科の浅原弘嗣教授、神奈川県立がんセンター臨床研究所の宮城洋平所長、佐藤慎哉医長らの共同研究グループは、乳がん再発の原因細胞の取り出しに成功しました。

乳がんは、日本や欧米など世界的に女性が罹患する最も多いがんです。最新の統計では、生涯のうちに日本人女性の9人に1人が乳がんに罹患することが見込まれ、さらに、罹患者数のみならず死亡数も増加傾向にあり、大きな問題になっています。診断技術や分子標的薬の進歩などにより、治癒を見込める乳がん症例が増えてきている一方で、完治したはずの乳がんが、数年~10数年後に転移再発して不幸な転帰をたどる症例が一定数あることが、死亡数増加の要因の一つとなっています。

手術前に抗がん剤や分子標的薬による全身治療を行う「術前全身治療」後、手術切除した乳腺組織内にがん細胞が残存する症例では、転移再発しやすいことが知られています。この転移再発を起こすがん細胞が、抗がん剤などの治療に対して抵抗性を示すメカニズムは不明です。このメカニズムが分かれば、転移再発を減らして乳がんによる死亡数を減少させられると考えられます。

本研究では、幹細胞の性質を持つ、いわゆる「がん幹細胞」の細胞集団の中に、抗がん剤などの治療に対して最も耐性を示す亜集団を見いだして、取り出すことに成功しました。さらに、古くより心不全の治療に用いられてきた強心配糖体を用いることにより、この治療抵抗性のがん幹細胞亜集団を死滅させられることを見いだしました。本知見は、を組み合わせた術前化学療法を行うことにより乳がん再発を予防できる可能性を示し、乳がんの撲滅に貢献できることが期待されます。

本研究成果は、2023年11月15日12時(米国東部標準時間)に国際学術誌『Journal of Clinical Investigation』のオンライン版に掲載されました。

発表内容

(研究の背景)
乳がんはいくつかのサブタイプに分かれています。女性ホルモン受容体や、細胞表面にある受容体HER2が陽性のサブタイプのがんに対しては、近年優れた分子標的薬が開発されており、患者様の予後が改善されてきました。一方で、女性ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)およびHER2の3受容体全てが陰性のトリプルネガティブタイプの乳がんに対しては、治療効果が期待できる分子標的薬がいまだにありません。

乳がん手術後に抗がん剤治療が必須となる症例を中心に、治療反応性を評価することを主目的として手術前に抗がん剤や分子標的薬による全身治療を行う「術前全身治療」が、標準治療の一つとして行われています。しかし、手術後数年~10数年経って転移再発が顕在化して命が奪われる症例が一定数あり、乳がんによる死亡数増加の大きな原因になっています。世界中で研究が行われた結果、術前全身治療後の病理学的検査の際、乳腺組織内にがん細胞の遺残が認められた症例において転移再発が顕在化する症例が多く、生命予後に影響を及ぼすことが報告されています。

近年、がん組織は、がん幹細胞が分化と増殖を繰り返して構築されると考えられつつあります。いくつかの細胞膜タンパク質に対する抗体を用いた細胞ソーティングを行って、がん幹細胞を濃縮できることが報告され、世界中で研究が行われています。本研究グループも、細胞膜タンパク質ニューロピリン1(NRP1)や、IGF1受容体(IGF1R)を用いて、トリプルネガティブ乳がんのがん幹細胞を濃縮できることをこれまでに報告してきました。また、がん幹細胞は治療に対して抵抗性を示すことも分かってきています。しかし、がん幹細胞集団を構成するどの細胞が治療抵抗性なのか不明でした。

(研究成果の概要)
本研究では、トリプルネガティブ乳がん組織内のがん幹細胞集団内に潜んでいる、最も治療抵抗性のがん幹細胞亜集団を見つけ出すため、患者様由来のがん組織を用いました。NRP1もしくはIGF1Rに対する抗体を用いて、がん幹細胞を濃縮したのち、バラバラにして、シングルセルRNAシークエンス(※1)を行い、1細胞ごとに発現している遺伝子を網羅的に解析しました。その結果、NRP1もしくはIGF1R抗体によって濃縮されたがん幹細胞集団は、5つのクラスター(集団)に分かれることを見いだしました(図1)。図1のクラスター1および2に分類されたがん幹細胞は、トリプルネガティブ乳がんが発生するとされる、乳腺前駆細胞とよく似た性質を示していたため、「祖先がん幹細胞」と名づけました。

乳がんの再発を起こす原因細胞を解明図1:トリプルネガティブ乳がん患者様由来細胞をNRP1もしくはIGF1Rに対する抗体を用いてがん幹細胞を濃縮後、シングルセルRNAシークエンスを行った結果をUniform manifold approximation and projection (UMAP)にて示した。


さまざまな解析の結果、祖先がん幹細胞は抗がん剤に対して最も治療抵抗性を示すことが分かりました。また、細胞膜タンパク質FXYD3を強く発現するため、FXYD3に対する抗体を用いて取り出せることも分かりました。FYXD3は、Naイオンを細胞外へ排出しKイオンを細胞内へ取り込むNa-Kポンプ(※2)を細胞膜上で保護する役割を持っています。Na-Kポンプの阻害剤である強心配糖体を投与すると、祖先がん幹細胞の治療抵抗性が弱まって、抗がん剤で死滅させられることが分かりました。

最後に、術前全身治療前後のトリプルネガティブ乳がん組織を調べた結果、治療に反応せず残存したがん細胞が、強くFXYD3を発現していました(図2)。これらの結果から、術前全身治療の際に強心配糖体を加えることによって、トリプルネガティブ乳がんの再発を予防できる可能性が示されました。


図2:術前全身治療後の残存がん細胞(まる囲み)は,NRP1とFXYD3が高く発現する祖先がん幹細胞集団である。

(今後の展開)
さらなる非臨床試験を実施後、臨床試験によって効果が証明され、術前全身治療の標準治療として強心配糖体の追加が実施されるようになれば、乳がん患者の予後の改善に大きく役立てることが期待されます。

研究助成

本研究は、以下の支援を受けて実施されました。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療加速化研究事業・2021〜2022年度「一炭素代謝酵素とミトコンドリア機能の包括的理解による乳がんの革新的治療法の確立」、日本学術振興会科学研究費補助金(科研費)2021〜2023年度「乳がんゲノム遺伝子変異の不均一性及び幹細胞階層性の1細胞レベル統合解析」、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究 (研究領域提案型) 学術支援基盤形成 先進ゲノム解析研究支援推進プラットフォーム 2016、2018年度、文部科学省科学研究費補助金(科研費)新学術領域研究(研究領域提案型)「細胞社会ダイバーシティーの統合的解明と制御」2020〜2021 年度 公募研究

論文情報

雑誌名:Journal of Clinical Investigation
論文名:FXYD3 functionally demarcates an ancestral breast cancer stem cell subpopulation with features of drug-tolerant persisters
(治療抵抗性の祖先がん幹細胞は,FXYD3を用いて機能的に取り出せる)
著者名:Mengjiao Li, Tatsunori Nishimura, Yasuto Takeuchi, Tsunaki Hongu, Yuming Wang, Daisuke Shiokawa, Kang Wang, Haruka Hirose, Asako Sasahara, Masao Yano, Satoko Ishikawa, Masafumi Inokuchi, Tetsuo Ota, Masahiko Tanabe, Kei-ichiro Tada, Tetsu Akiyama, Xi Cheng, Chia-Chi Liu, Toshinari Yamashita, Sumio Sugano, Yutaro Uchida, Tomoki Chiba, Hiroshi Asahara, Masahiro Nakagawa, Shinya Sato, Yohei Miyagi, Teppei Shimamura, Luis Augusto Eijy Nagai, Akinori Kanai, Manami Katoh, Seitaro Nomura, Ryuichiro Nakato, Yutaka Suzuki, Arinobu Tojo, Dominic C. Voon, Seishi Ogawa, Koji Okamoto, Theodoros Foukakis, Noriko Gotoh
(Mengjiao Li、 西村建徳、竹内康人、本宮綱記、Yuming Wang、 塩川大介、Kang Wang、 廣瀬遥香、笹原麻子、矢野正雄、石川聡子、井口雅史、太田哲生、田辺真彦、多田敬一郎、秋山徹、Xi Cheng、Chia-Chi Liu、山下年成、菅野純夫、内田雄太郎、千葉朋希、浅原弘嗣、中川正宏、佐藤慎哉、宮城洋平、島村徹平、Luis Augusto Eijy Nagai、金井昭教、加藤愛巳、野村征太郎、中戸隆一郎、鈴木穣、東條有伸、Dominic C. Voon、小川誠司、岡本康司、Theodoros Foukakis、後藤典子)
DOI:10.1172/JCI166666
URL:https://doi.org/10.1172/JCI166666

用語解説

※1 シングルセルRNAシークエンス
細胞一個内に発現する転写産物RNA量を網羅的に解析する技術。近年の技術革新が著しい。UMAPという次元圧縮法などによって、発現する遺伝子パターンが似ている細胞群をグループ分けし、クラスター化する。

※2 Na-Kポンプ
全ての細胞の細胞膜にあるポンプで、alpha、beta、gammaサブユニットからなる3量体である。gammaサブユニットがFXYD3。AlphaサブユニットはATPase活性を持ち、ATPを加水分解するエネルギーを使って、Naを細胞外へ汲み出し、Kを細胞内へ汲み入れる。これにより細胞膜の静止電位が保たれている。心筋細胞では、強心配糖体投与によりATPase活性を抑制すると、連携したCa-Naポンプの作用によってCaが細胞内に取り込まれ、筋線維が収縮し心収縮機能が高まって、心不全が改善する。

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新領域創成科学研究科 広報室

医療・健康
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