新奇ストレス源プラズマに対する細胞応答機構が明らかに

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2023-12-15 基礎生物学研究所,核融合科学研究所,名古屋大学

気体がエネルギーを与えられてイオン化した状態となったプラズマを常温大気圧下で生成することが可能となり、生体や生物試料へのプラズマ照射実験が行われだしています。生体にプラズマ照射を行うことで様々な影響が出ることが知られており、医療や農業分野などにおいてプラズマを利用する応用研究が進められています。しかしながら、プラズマ照射により生体が受ける影響については多くの謎が残されています。今回、基礎生物学研究所の大坪瑶子研究員(元:核融合科学研究所 特任助教/現:東京大学生命科学ネットワーク 特任助教)、基礎生物学研究所の山下朗特任准教授(元:名古屋大学低温プラズマ科学研究センター 特任准教授/現:東京大学大学院総合文化研究科 研究員)、基礎生物学研究所の後藤祐平助教、酒井啓一郎研究員、基礎生物学研究所及び自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの定塚勝樹助教らは、核融合科学研究所の吉村信次准教授(兼:名古屋大学低温プラズマ科学研究センター 特任准教授)らとともに、真核単細胞生物である分裂酵母にプラズマ照射を行い、細胞内でどのような応答が起きるのかを解析しました。
プラズマは一度の照射で、電気的な刺激、紫外線、活性酸素や活性窒素といった各種活性種などを生体に与えることができます。すなわち、細胞にプラズマを照射することによって、細胞は複数のストレスに同時に晒される状況になります。今回、研究グループは、プラズマ照射条件下で増殖可能なプラズマ耐性変異体の探索を行いました。その結果、細胞分裂に関わる因子に変異が入り、細胞分裂の最終段階に異常が生じて複数の細胞が分裂せずに連結して多細胞体となった状態になると、プラズマ照射に対して耐性となることを示しました。また、プラズマ照射によって発現状態が変化する遺伝子を網羅的に調べた結果、分裂酵母が細胞分裂を制御する経路と、栄養状態を細胞内で伝達するTORC1経路の二つの経路を介してプラズマ照射による複合ストレスに応答することを見出しました。
新奇ストレス源プラズマに対する細胞応答機構が明らかに
図1. 分裂酵母へのプラズマ照射
寒天培地にスポットした分裂酵母へプラズマ化したヘリウムガスを照射。その後、数日間培養し、増殖や遺伝子発現などを解析する。
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図2. プラズマ照射に対する分裂酵母の細胞応答
分裂酵母細胞はプラズマ照射に対して、Sep1 と Ace2 からなる細胞分裂を制御する経路と、栄養応答に関わる TORC1 経路を介して応答する。


本研究では、生物学での利用がスタートしたばかりのプラズマという新奇複合ストレス源を用いることで、これまでの単一ストレス源を用いた研究では見出されなかった新たな細胞応答の存在が浮かび上がってきました。また、プラズマを利用することで単細胞生物から多細胞生物への進化の謎を解き明かすことにつながるとの期待も生じます。
本研究成果は、出版に先立ち2023年11月22日、Journal of Cell Science誌にオンライン先行掲載されました。

【研究の背景】
プラズマは、気体にエネルギーを加えることで原子から電子が離れた状態で、固体、液体、気体に続く物質の第四の状態とも言われます。近年、常温大気圧下でプラズマを生成する技術が発展し、工業的な利用のみならず、生体への照射が行われだしています。止血や創傷治癒、がん治療などの医療応用や、植物の成長促進などの農業応用などに関する研究も活発に進められています。しかしその一方で、プラズマに対する生体の応答機構についての基礎的な研究に関しては、ほとんど行われていない状況にありました。そこで研究グループは、細胞レベルでの生命現象の研究において多大な貢献を果たしてきたモデル細胞である酵母の一種である分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを使って、プラズマ照射に対する細胞応答の分子機構の解析を行いました。

【研究の成果】
研究グループが開発した照射部位の温度制御が可能なプラズマ照射装置を用いて分裂酵母細胞にプラズマ照射を行うと、照射時間に応じて分裂酵母の増殖が阻害されることが分かりました(図3、野生型株)。プラズマに対する細胞応答に関わる因子を特定するために、野生型株では生育が阻害されてしまう、強い照射条件下で増殖可能なプラズマ耐性変異体の探索を行ったところ、細胞分裂に異常が生じ、複数の細胞が分裂せずに連結して多細胞体となった状態になる変異体が単離されました(図3、図4)。単離された変異体では、細胞分裂に関わることが報告されている転写因子Sep1に変異が入っていることが分かりました。Sep1によって発現誘導され、細胞分裂に関わる酵素群の転写を制御するAce2の変異体は、やはり細胞が連結した表現型を示すことが知られていましたが、Ace2の変異体もSep1変異体と同様にプラズマ耐性となりました。このことからSep1-Ace2からなる細胞分裂の制御系がプラズマに対する細胞応答で重要な働きをしていることが示唆されました。
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図3. プラズマ耐性変異株の単離
野生型株と単離されたプラズマ変異株に15秒から2分のプラズマ照射を行い、3日間培養を行った。単離された変異株はプラズマ照射に対して強い耐性を示した。
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図4. 細胞分裂に異常を示すプラズマ耐性変異株
細胞の中央部に隔壁を形成し、二つの細胞に分裂していく野生型株に対して、単離されたプラズマ耐性変異株は、細胞分裂に異常を示し、複数の細胞が連結した状態となった。


研究グループは続いて、プラズマ照射によって発現が影響を受ける遺伝子をRNA-seq法により網羅的に解析しました。その結果、転写因子Sep1が調節している遺伝子群の発現がプラズマ照射によって低下することを見出しました。その中には変異体がプラズマ耐性を示したace2遺伝子も含まれていました。これらのことから、分裂酵母細胞は、Sep1-Ace2からなる細胞分裂を制御する経路の働きを低下させることでプラズマによる複合ストレスに対応しようとすることが分かりました。しかし野生型株ではSep1-Ace2経路の低下が不十分で、プラズマストレスに感受性を示すと考えられます。
網羅的な発現解析からは、Sep1-Ace2経路に加えて、栄養状態を細胞内で伝達するTORC1経路の働きが低下することを示す結果も得られました。TORC1経路は、酵母からヒトまで真核生物全般に存在し、細胞の成長、増殖の制御で欠かすことのできない役割を果たしており、様々な疾患や寿命との関わりからも注目されている細胞内シグナル伝達経路です。研究グループは、顕微鏡観察と生化学的な解析から、プラズマ照射によって実際にTORC1経路の働きが低下することを示しました。また、TORC1経路の低下は、Sep1-Ace2経路の低下とは独立の事象であることを示しました。
これらのことから分裂酵母細胞は、常温大気圧プラズマによる複合ストレスに対して、Sep1-Ace2細胞分裂制御経路とTORC1栄養応答経路という独立の二つの経路を介して応答することが分かりました。

【今後の展望】
今回研究グループが見出したプラズマによるTORC1経路の低下は、ヒトのがん細胞を用いた研究によっても示されています。今後、酵母でその意義と詳細なメカニズムを明らかにしていくことが、医療分野への貢献にもつながると考えられます。また、細胞分裂に異常を示し、あたかも多細胞体のようになった変異体がプラズマによるストレスに耐性を示したことは、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程を解き明かす上で重要な手がかりとなるかもしれません。本研究成果は、未だ黎明期にあるプラズマ生物学の更なる発展のための基礎となると期待されます。

【発表雑誌】
雑誌名 Journal of Cell Science
掲載日 出版に先立ち2023年11月22日にオンライン先行公開
論文タイトル: Cellular responses to compound stress induced by atmospheric-pressure plasma in fission yeast
著者:Yoko Otsubo*, Akira Yamashita*, Yuhei Goto, Keiichiro Sakai, Tetsushi Iida, Shinji Yoshimura, Katsuki Johzuka (*同等に貢献)
DOI: https://doi.org/10.1242/jcs.261292

【研究サポート】
本研究は、科学研究費基盤研究C(20K06500: 山下朗、22K03592: 定塚勝樹)、内藤記念女性研究者研究助成金(大坪瑶子)、及び名古屋大学低温プラズマ科学研究センター共同利用・共同研究(吉村信次)による支援を受けて行われました。

【本研究に関するお問い合わせ先】
研究当時 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 分野横断研究ユニット 研究員/核融合科学研究所 特任助教
現 東京大学 生命科学ネットワーク 特任助教
大坪 瑶子(おおつぼ ようこ)

研究当時 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 准教授/名古屋大学低温プラズマ科学研究センター 特任准教授
現 東京大学大学院 総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系 研究員
山下 朗(やました あきら)

自然科学研究機構 基礎生物学研究所 分野横断研究ユニット/自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンター
助教 定塚 勝樹(じょうづか かつき)

[プラズマ装置について]
自然科学研究機構 核融合科学研究所 研究部 プラズマ・複相間輸送ユニット
准教授 吉村 信次(よしむら しんじ)
(東海国立大学機構 名古屋大学 低温プラズマ科学研究センター 特任准教授をクロスアポイントメントで兼任)

【報道担当】
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
自然科学研究機構 核融合科学研究所 管理部 総務企画課 対外協力係
東海国立大学機構 名古屋大学広報課

生物化学工学
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