インドネシアの古代湖はメダカの進化のゆりかご

ad

スラウェシ島の湖で3種のメダカが同所的に種分化したことを証明

2019-08-28 国立遺伝学研究所

Evidence for sympatric speciation in a Wallacean ancient lake

Nobu Sutra, Junko Kusumi, Javier Montenegro, Hirozumi Kobayashi, Shingo Fujimoto, Kawilarang W. A. Masengi, Atsushi J. Nagano, Atsushi Toyoda, Masatoshi Matsunami, Ryosuke Kimura, Kazunori Yamahira

Evolution 13 August 2019 DOI:10.1111/evo.13821

プレスリリース資料

インドネシアの古代湖はメダカの進化のゆりかご
~スラウェシ島の湖で3種のメダカが同所的に種分化したことを証明~

琉球大学の山平寿智教授、松波雅俊助教、木村亮介准教授、九州大学の楠見淳 子准教授、龍谷大学の永野惇准教授、および国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授 らの共同研究チームによる研究成果が、進化学の国際学術雑誌「Evolution」誌に 掲載されます。※本日オンライン版に掲載されました。

<発表のポイント>
◆インドネシアのスラウェシ島の古代湖に 生息する3種のメダカが、1つの湖の中で 同所的に3種に分化したことを明らかにし ました。
◆種の誕生=種分化は、通常集団が別々の 場所に隔離されることが引き金となります。隔離を伴わない“同所的種分化”の実証 例はこれまでに数例しか知られていませんでした。種分化の仕組みの一端を明らかにし たことは、地球上の生物多様性の成り立ちを知る上で重要な研究成果です。
◆メダカは日本が誇る生物学のモデル生物です。今後は、同所的種分化の原因遺伝子の 特定など、モデル生物としての利点を活かした種分化研究の展開が期待されます。



① 研究の背景
新しい種の誕生様式:
新しい種の誕生=種分化は、1つの種が地理的に2つの集団に隔 離されることが引き金で起こると言われています。例えば、その 2 つの集団間で、大きな 山や深い海などに阻まれて長い間遺伝的な交流がなければ、それぞれの集団は独自に進化 して別々の種になることが考えられます。地球上のほとんどの種は、この“異所的種分化” により生じたと考えられています。一方、そうした地理的な隔離を伴わない種分化は“同所 的種分化”(注1)と呼ばれ、非常に厳しい条件のもとでしか起こりえないことが理論的に 予測されています。これまでに、同所的種分化の実例を野外で見つけ出そうとする研究が 数多くなされてきましたが、同所的種分化を証明するために必要とされる基準(単系統 性:注2、生殖的隔離の存在、過去の地理的隔離の皆無など)のいくつかは実証が非常に 困難であるため、真に同所的種分化とされる例は、世界中でもこれまでにほんの数例しか 知られていませんでした。

多様なメダカの生息するスラウェシ島:インドネシアのスラウェシ島は、イギリスの博 物学者アルフレッド・ラッセル・ウォーレスにちなんで名付けられた、ウォーレシア (Wallacea)という島嶼群の島の一つです。スラウェシ島は、ユーラシアプレートとオー ストラリアプレートが衝突するテクトニクス活動の非常に活発な場所に位置しており、島 の中央部には鮮新世から更新世(500 万年前〜100 万年前)にかけて形成されたたくさん の構造湖/古代湖群が存在しています。またこの島は、メダカの仲間(メダカ科魚類)の 多様性のホットスポットとしても知られ、この島だけで 20 種ものメダカ固有種が分布し ており(日本は 2 種のみ)、多くの種が上の古代湖群に生息しています(図1)。


ポソ湖のメダカ:特に、ポソ湖という琵琶湖の半分強の大きさの古代湖には、1つの湖 だけで3種のメダカ(ニグリマスメダカ Oryzias nigrimas、オルソグナサスメダカ O. orthognathus、およびネブローサスメダカ O. nebulosus)が生息しており、3種が1つの湖 の中で同所的に分化してきた可能性が、琉球大学熱帯生物圏研究センターの山平寿智教授 らによって示唆されていました(図2)。しかし、3種が1つの湖に生息しているのは、 それぞれが別々の場所に隔離されて種分化を遂げた後に、ポソ湖で二次的に接触しただけ (同じ場所にいるだけ)かもしれません。そうした可能性をひとつひとつ全て棄却してい かなければ、3種が同所的に種分化したことを証明することはできません。今回、山平教 授らの研究チームは、最新の DNA データの数理的解析を用いることにより,その「同所 的種分化の証明」といった難問にチャレンジしました。

②研究内容
山平教授らの共同研究チームは、ポソ湖から採集してきた3種のメダカ計 62 個体、な らびにポソ湖から約 65 キロ東に位置するティウ湖という別の湖に生息するメダカ(ティ ウメダカ O. soerotoi)20 個体、計 82 個体のゲノムを、ddRAD-seq(注3)と呼ばれる次 世代シーケンサーを用いた手法で調べ、3,188 遺伝子座の計 162,588 塩基配列の情報を用 いて以下の主に 4 つのことを明らかにしました。

(1)3種は共通の祖先種から分化:系統ネットワーク解析ならびに近隣結合法による分 子系統解析(注4)の結果、ポソ湖の3種のメダカは単系統群を形成することが明らかに なり(図3)、3種は共通の祖先種から分化してきたことが示されました。

(2)3種は生殖的に隔離した独立した種:主成分分析ならびに最尤法による集団遺伝構 造解析(注5)の結果、3種は雑種を全く形成していないことが明らかになり、3種は生 殖的に隔離した独立した種であることが示されました(図4)。

(3)湖内で(=同所的に)分化:集団動態履歴(注6)の解析によって、3種の分岐年 代は 30〜65 万年前と推定されました(図5)。また、3種の分岐に地理的隔離が関与し たとする集団動態履歴モデルの尤度(尤もらしさ)は非常に低く、3種はポソ湖の誕生以 降(100〜200 万年前以降)に、湖内で(=同所的に)分化したことが示唆されました。

(4)種間交雑による遺伝子浸透の痕跡:集団動態履歴の解析から、かつてティウ湖から ポソ湖への大規模な移入が起こったことも明らかになり、種間交雑による遺伝子浸透(注 7)が、ポソ湖の同所的種分化に何らかの影響を及ぼしたことが示唆されました(図 5)。

③ おわりに
種間交雑がキーポイント:
同所的種分化の証拠がここまで明瞭に示された例は、世界中 でもこれまでに数例しかありません。また、同所的種分化が起こりにくい大きな理由の一 つに、種が2つに分かれていくために必要な遺伝的変異の不足が挙げられていますが、本 研究によって、集団の外からの個体の移入による種間交雑とそれに伴う遺伝的変異の供給 が、同所的種分化の引き金となった可能性が示唆されました。スラウェシ島のメダカ科魚 類のホットスポットは、こうした種間交雑の繰り返しによって形成されたのかもしれませ ん。

同所的種分化の研究展開:メダカは日本が誇る遺伝学や発生学分野のモデル生物です。 今後は、モデル生物としての利点を活かした研究の展開が大きく期待されます。例えば、 人工授精でポソ湖の3種の雑種を形成すれば、同所的種分化をもたらした原因遺伝子が特
定され、その遺伝子がポソ湖の外からやってきた可能性を直接検証することができるよう になります。さらに、その原因遺伝子をターゲットにしたゲノム編集技術によって、実験 室で同所的種分化を再現することも可能となることでしょう。またポソ湖には、上の3種 のメダカの他にも、アドリアニクチス属という別属のメダカが4種生息しており、これら 4種のメダカも湖の中で同所的に種分化してきたことが山平教授らによって予備的に解明 され、ポソ湖はまさにメダカの進化のゆりかごであること明らかになりつつあります。

アジアを代表する野外種分化研究のモデルシステムへ:同所的種分化は、東アフリカの 大地溝帯の湖群にいるシクリッド科魚類が有名で(口内保育をする種がいることでも有 名)、これまでに数多くの研究がなされてきました。しかしながら、スラウェシ島のポソ 湖のメダカたちは、同所的種分化の実証研究を大きく前進させるアジア発の新しいモデル システムとして、シクリッドをも凌駕する大きな可能性を秘めています。

本研究は、先進ゲノム支援のサポートを受けておこなわれました。

<用語解説>
(注1)
同所的種分化:通常、種分化は1つの種が地理的に2つ以上の集団に隔離される ことが引き金で起こる。これを異所的種分化と呼ぶのに対し、地理的隔離を伴わない種分 化を同所的種分化と言う。同所的種分化は非常に限られた条件でのみ可能であることが、 理論的に予測されている。

(注2)単系統性:生物の分類群のうち、1 つの仮想的な共通祖先とその子孫すべてを合 わせた群は単系統群と呼ばれ、系統樹/系統ネットワークでいえば、1 つの枝の全体に当 たる。系統樹/系統ネットワーク上で複数の枝が一つの枝にまとまる状況を単系統的と言 い、進化史の上では1つの共通祖先から各枝の種/集団へと分岐が起こったと考える。

(注3)ddRAD-seq:Double Digest Restriction Site Associated DNA Sequence の略。ゲノ ム DNA を二種類の制限酵素で切断し、その末端にアダプターを付加した DNA を PCR で 増幅し、その配列を次世代シークエンス技術で読み取ることでゲノムワイドな遺伝子型分 析を行う技術。

(注4)分子系統解析:アミノ酸配列や塩基配列を使って、生物間または遺伝子の進化的 道筋(系統)を解明する解析。いったん分岐した系統が交雑を起こさないと仮定して推定 されるものが系統樹で、近隣結合法は系統樹推定の一つのアルゴリズムである。反対に、 分岐した系統が交雑を起こすことを仮定した系統推定を、系統ネットワークと呼ぶ。

(注5)集団遺伝構造解析:集団内に見られる遺伝的分化を明らかにする解析。ポソ湖の メダカ 3 種が生殖的に隔離していなければ、3種は遺伝的に均質になるはずである。一 方、3種が生殖的に隔離していれば、3種間で遺伝的な分化がみられることになる。対立
遺伝子頻度のデータから、主成分分析や最尤法を用いて集団遺伝構造を解析する様々な手 法が開発されている。

(注6)集団動態履歴:集団の分岐や集団サイズの変遷など、集団がたどってきた歴史の こと。デモグラフィーとも呼ぶ。ベイズ法や最尤法をベースに、デモグラフィーの様々な パラメータの推定や、複数のデモグラフィーを比較する手法が開発されている。

(注7)遺伝子浸透:遺伝的に異なった集団が二次的に接触し、交雑個体と親種との戻し 交配が繰り返されることで、一方の集団内に他方の遺伝的特徴が混入していく現象。

<論文情報>
(1) 論文タイトル:Evidence for sympatric speciation in a Wallacean ancient lake (2) 雑誌名:Evolution
(3) 著者:Nobu Sutra, Junko Kusumi, Javier Montenegro, Hirozumi Kobayashi, Shingo Fujimoto, Kawilarang W. A. Masengi, Atsushi J. Nagano, Atsushi Toyoda, Masatoshi Matsunami, Ryosuke Kimura, Kazunori Yamahira*
(4) DOI 番号(doi:10.1111/evo.13821) (
5) アブストラクト URL(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/evo.13821)

<問い合わせ先>
【研究内容について】
琉球大学熱帯生物圏研究センター
教授 山平 寿智

【報道対応について】
琉球大学総務部総務課広報係

九州大学広報室

龍谷大学 学長室(広報)

琉球大学の山平寿智教授、松波雅俊助教、木村亮介准教授、九州大学の楠見淳子准教授、龍谷大学の永野惇准教授、および国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授らの共同研究チームによる研究成果が、進化学の国際学術雑誌「Evolution」誌に掲載されます。※本日オンライン版に掲載されました。

<発表のポイント>
◆インドネシアのスラウェシ島の古代湖に生息する3種のメダカが、1つの湖の中で同所的に3種に分化したことを明らかにしました。
◆種の誕生=種分化は、通常集団が別々の場所に隔離されることが引き金となります。隔離を伴わない“同所的種分化”の実証例はこれまでに数例しか知られていませんでした。種分化の仕組みの一端を明らかにしたことは、地球上の生物多様性の成り立ちを知る上で重要な研究成果です。
◆メダカは日本が誇る生物学のモデル生物です。今後は、同所的種分化の原因遺伝子の特定など、モデル生物としての利点を活かした種分化研究の展開が期待されます。

国立遺伝学研究所の貢献
国立遺伝学研究所 比較ゲノム解析研究室は、先進ゲノム支援の一環として、インドネシアの スラウェシ島ボソ湖に生息する3種のメダカの多型情報を得るために必要な参照配列(セレベ ンシスメダカのゲノム)を主にPacBio Sequelのロングリードを用いて構築しました。

Figure1

図: インドネシアのスラウェシ島の古代湖と古代湖に生息する3種のメダカ

ad

細胞遺伝子工学生物化学工学生物環境工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました