次世代のデジタルPCRチップをガラスで作製~超短パルスベッセルビームによる「高速穴開け」~

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2024-01-10 理化学研究所

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 先端レーザー加工研究チームの杉岡 幸次 チームリーダー、张 嘉未(ジャン・ジャウェイ)特別研究員の研究チームは、超短パルスベッセルビーム[1]による微細可溶部形成とその後の選択化学エッチングを用いてガラス製デジタルPCR[2]チップを高速に作製することに成功しました。

本研究成果は、次世代の高感度・高精度医療検査法として期待されるデジタルPCR検査を実現するチップを、高速・安価に製造する技術として期待されます。

今回、研究チームは、集光点が長距離持続する超短パルスベッセルビームを用いて、ガラス基板に多数の微細貫通穴(直径0.07mm、深さ0.4mm)を高速で開ける技術を開発しました。シングルショットのベッセルビームで1個の微細可溶部を形成し、1秒間に100個の微細可溶部を作ることができます。高速のステージを用い、レーザーの繰り返し周波数(1秒間に発するパルスの数)を増加させれば、1秒間に数千個以上の微細可溶部の作製も可能です。スライドガラスに20,000個の微細貫通穴を開けたチップを、核酸増幅技術(NAAT)[3]の一つであるリコンビナーゼポリメラーゼ増幅(RPA)[3]に応用した結果、デジタルPCRに適用できることを実証しました。

本研究は、科学雑誌『Small Science』オンライン版(12月28日付)に掲載されました。

次世代のデジタルPCRチップをガラスで作製~超短パルスベッセルビームによる「高速穴開け」~
超短パルスベッセルビームによるデジタルPCRチップの高速作製

背景

ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction:PCR)は、標的DNA領域を選択的に短時間で10万倍以上に増幅する方法で、新型コロナウイルス感染検査などの臨床診断、環境病原体モニタリング、遺伝子工学、DNA配列決定などに広く利用されています。

一般的なPCRでは、1本の試験管に複数の標的DNAを含む試料を導入し増幅する方式が用いられています。

一方、デジタルPCRでは、標的DNAを含む試料を限界希釈して、各ユニットに0個か1個の標的DNAが入るように、試料を多数の微小な独立したユニットに分割します。それぞれのユニットに対してPCRを行い、標的DNAが存在するユニットの数をカウントすることにより標的DNAを定量します。デジタルPCRを行うことにより、感度および精度の向上、標的DNA分子の絶対定量、まれな変異の検出、阻害物質の影響の受けにくさなど、従来のPCRをはるかに超える性能の検査が可能です。

デジタルPCRで使用するチップには、直径数十マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)、深さ数百μmの微細貫通穴構造の独立したユニットが1万個以上開けられています。これまでシリコンやポリマーを基板としたデジタルPCRチップの開発が進められていました。しかし、シリコン基板の場合、光リソグラフィープロセス[4]を用いて微小なユニットを多数形成するので、多くの工程が必要となります。また、ポリマー基板の場合、金型加工[5]で多量のチップを安価かつ高速に作製できますが、疎水性のため溶液を微小なユニットに導入することが困難であるとともに、熱伝導率が低いためPCRには不向きでした。

研究手法と成果

今回、研究チームは、デジタルPCRチップの基板として、親水性があり、比較的熱伝導率の高いホウケイ酸ガラスを用いました。ホウケイ酸ガラスは、透明であり、蛍光をほとんど発せず、耐圧性・耐熱性に優れ、しかも安価といった特長を持ち、デジタルPCRチップの基板に適しています。研究チームが開発した超短パルスレーザー誘起選択エッチング法[6]に、集光点が長距離持続する超短パルスベッセルビームを利用することにより、ガラス基板に10,000個以上のユニットとなる微細貫通穴を高速で開けることを試みました。さらに、リコンビナーゼポリメラーゼ増幅(RPA)に応用し、その性能を実証しました。

従来のガウシアンビームでは焦点深度は数~数十μmであり、基板の厚さ数百μmの領域を加工するためには、集光点を基板の厚さ方向に沿って走査させる必要があります。

一方、ベッセルビームの焦点深度(集光点が持続する距離)は通常数mm以上あるため、基板の厚さ数百μmの領域で集光点を一度に形成できるので、ビームを基板の厚さ方向に走査することなく加工できます。しかし、ベッセルビームの焦点深度が基板の厚さよりはるかに長いため、多くのエネルギーが加工に使われず無駄になることが課題でした。

ベッセルビームは、レーザー光源から出射されたレーザー光をコリメータレンズなどにより平行光として空間伝播させ、これを円すい形のアキシコンレンズ[7]に入射させて生成させます。

アキシコンレンズで生成された波長1,030ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)、パルス幅2ピコ秒(ps、1psは1兆分の1秒)のベッセルビームを2枚のレンズと20倍の対物レンズを用いて縮小投影することにより、焦点深度が基板の厚さとほぼ同じになるよう、ベッセルビームを成形しました(図1(a))。成形されたベッセルビームのシングルショットを繰り返し周波数100Hz(1秒間に100発のレーザーパルスを出射)で、XYZステージ上に保持された厚さ500μmのガラスに照射しつつ、XYZステージを1.2cm/秒で移動させることで、120μmの間隔で1秒間に100個の微細可溶部を形成しました(図1(b))。より高速なステージを用いて、繰り返し周波数を速くすれば、数千個/秒以上の加工速度を達成することも可能です。

超短パルスベッセルビームの加工装置の概略図とレーザー光照射の様子の図
図1 超短パルスベッセルビームの加工装置の概略図とレーザー光照射の様子
(a)超短パルスレーザーから発振されたレーザー光を、1/2波長板と偏光ビームスプリッターを用いて調整した後、アキシコンレンズを用いてベッセルビームを生成する。生成されたベッセルビームを二つのレンズ(レンズ1、レンズ2)と対物レンズを通して成形し、ガラス基板に照射する。(b)ベッセルビームを1ショットずつガラスに高速に照射する。

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レーザー照射後、全域にわたって直径1μmの円形の微細可溶部が複数形成された厚さ500μmのガラス基板(図2(a))に対して、10%のフッ酸溶液を用いて選択化学エッチングを行いました。微細可溶部は、レーザー光が照射されていない領域と比較して、フッ酸に対して約4倍速い速度でエッチングが進みます。その結果選択化学エッチングを30分行うことにより、直径が約70μmで、深さが400μmの微細貫通穴が形成されます(図2(b))。形成された微細貫通穴の寸法は、デジタルPCRを使うには適したものです。微細可溶部と未照射領域のエッチング速度の比が比較的小さく、微細貫通穴の形成過程で側壁もエッチングされるため、直径1μmの微細可溶部にもかかわらず直径が約70μmの微細貫通穴を作製することができました。また、ガラスの親水性の特性と毛細管現象の作用により、容易に微細貫通穴に水溶液を充填(じゅうてん)することができます(図2(b)右下)。

微細可溶部、形成された微細貫通穴、作製されたチップの光学顕微鏡写真の図
図2 微細可溶部、形成された微細貫通穴、作製されたチップの光学顕微鏡写真
(a)選択化学エッチング前のガラス基板。(b)選択化学エッチング後のガラス基板。(c)1枚のガラス基板に20,000個の微細貫通穴アレイを形成した。(b)の右下の穴、および(c)の拡大写真の左側の穴には、水が充填されている。


レーザーを高速で走査することにより、1枚のガラス基板に20,000個の微細貫通穴を形成することに成功しました。微細可溶部の形成に要したレーザー照射時間はわずか300秒未満です(図2(c))。前述のように、より高速なステージと速いレーザー繰り返し周波数を用いれば、さらに微細可溶部の形成時間を短縮することが可能です。一方、エッチングには数十分の時間を要しますが、エッチングは一度に多数のガラス基板を処理できるため、デジタルPCRチップの大量生産には問題になりません。

デジタルPCRへの応用の可能性を実証するために、微細貫通穴アレイが形成されたガラスチップを使って、核酸増幅技術(NAAT)の一つであるRPAを行いました。

まずガラスチップに形成された微細貫通穴のうち約10,000個の微細貫通穴に染色したDNA分子を含む試薬を充填し、鉱油で被覆しました(図3(a))。ガラスチップに充填された試薬を40ºCで25分間増幅を行った後、5倍および10倍の対物レンズを使って任意の複数箇所を蛍光顕微鏡で観察しました(図3(b)~(e))。

その結果、いくつかの微細貫通穴からは強い蛍光が観察されましたが、それ以外の微細貫通穴からは蛍光はほとんど観察されませんでした。蛍光が観察された微細貫通穴には標的DNA分子が存在し、蛍光を発しない微細貫通穴には標的DNA分子がないことを意味します。観察結果より、各微細貫通穴から観察された蛍光強度の散布図を求めました(図3(f))。微細貫通穴からの蛍光強度は、80程度(任意単位)か20程度の二つにほぼ分類され、各微細貫通穴には最初0個か1個の標的DNA分子が導入され、それが増幅されていることを確認しました。この結果は、作製したガラスチップがデジタルPCRにも適用できることを示しています。

作製したチップのデジタルRPAへの応用の図
図3 作製したチップのデジタルRPAへの応用
(a)微細貫通穴に試薬を導入し鉱油で被覆したガラスチップの全景。(b)~(e)2種類の対物レンズを用いて任意の複数箇所を測定した蛍光顕微鏡像。(f)試薬を充填した各微細貫通穴からの蛍光強度の散布図。


デジタルPCRチップ作製には、微細可溶部と未照射領域のエッチング選択比[6]が比較的小さい(4倍程度)フッ酸を使いました。水酸化カリウム溶液を用いると、改質領域を未改質領域より高い選択比でエッチングすることができ、微細かつ高アスペクト比の微細貫通穴をガラスに形成できます(図4(a))。このような微細で高アスペクト比の貫通穴は、次世代3次元集積回路で必要とされるガラス貫通穴電極(Through Glass Via:TGV)[8]形成への応用が期待されます。

また、ベッセルビームを連続的に走査すると、比較的大きな寸法の任意の形状の微細貫通穴を形成することもできます。例えば、正方形の形状の微細貫通穴アレイが形成されたガラスチップは、ショウジョウバエを用いた高速運動制御機構の研究にも用いることができます(図4(b))。本加工技術では、クラックやバリのない微細貫通穴を形成できるので、特にショウジョウバエの高速運動制御機構の研究では本加工技術で作製した微細貫通穴アレイガラスチップは最適です。

超短パルスベッセルビームガラス加工の応用例の図
図4 超短パルスベッセルビームガラス加工の応用例
(a)水酸化カリウム溶液を用いて選択的化学エッチングしたガラス基板の断面写真。水酸化カリウム溶液による選択的化学エッチングした場合の選択比は、フッ酸の選択比よりも数百以上となり、未照射領域をほとんどエッチングすることなく超微細な貫通穴(穴径8μm、深さ555μm、アスペクト比(縦横比)~70)をガラス基板に形成できる。
(b)ベッセルビームを連続的に走査して、1mm×1mmの正方形の微細貫通穴アレイが形成されたガラスチップ。ショウジョウバエを用いた高速運動制御機構の研究に用いられている。

今後の期待

今回開発した超短パルスベッセルビーム加工技術により、PCRに代表されるNAATのデジタル検査を可能にするガラス製チップを安価かつ短時間で製造することを実現しました。基板に採用したガラスは、従来のシリコンやポリマーと比較してデジタルPCRチップの基板として優れた性能を提供します。このため、次世代のPCRとして期待されるデジタルPCRの実用化に大きく貢献すると考えられます。また本加工技術は、デジタルPCRチップの製造のみならず、3次元集積回路用TGV作製やガラス基板の任意形状の穴開け、切断など多様な応用も期待できます。

補足説明

1.超短パルスベッセルビーム
ベッセルビームとは、回折しない光のこと。集光した通常のガウスビームは伝搬により直ちにビームが広がるが、ベッセルビームはビームが広がることなく集光径を保ったまま伝搬する。超短パルスベッセルビームは、ベッセルビームのパルス幅が数十フェムト秒(fs、1フェムト秒は1,000兆分の1秒)~数ピコ秒である。

2.デジタルPCR
PCRとはポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)により標的DNA領域を選択的に短時間で10万倍以上に増幅する方法。これを利用して、知りたい遺伝子の発現の有無および量を検出することができ、検査や診断などに応用することができる。従来のPCRは、1本の試験管に複数の標的DNAを導入し増幅して行う。デジタルPCRでは、多数の微小な独立したユニットにそれぞれ0個か1個の標的DNA分子を導入して増幅を行う。

3.核酸増幅技術(NAAT)、リコンビナーゼポリメラーゼ増幅(RPA)
核酸増幅技術(NAAT)は、PCRなどの核酸増幅による検査の総称。リコンビナーゼポリメラーゼ増幅(RPA)は、NAATの一つであり、37℃から42℃の間の一定温度でDNA領域を短時間で増幅できるため、ガラスチップの両面を鉱油(石油など地下資源由来の油)で被覆するだけで行うことができる。PCRは変性、アニーリング、伸長の三つの工程をそれぞれ異なる温度で繰り返しサイクル反応するため、ガラスチップの上下面をガラスで被覆して密封する必要がある。今回はガラスチップの被覆が簡単で密封まで必要ないRPAにて実証した。

4.光リソグラフィープロセス
マスク上に形成された所望のパターンを、露光装置を介して基板上のフォトレジストに転写するプロセス。前処理、フォトレジストのスピンコート、プリベーク、露光、現像、ポストベーク、エッチングといった複数の工程が必要。

5.金型加工
金型に樹脂溶液を流し込み、樹脂を硬化することにより金型のパターンを樹脂に転写する加工法。

6.超短パルスレーザー誘起選択エッチング法、選択比
エッチングとは、主に金属やガラス、半導体を対象として、酸・アルカリやイオンの腐食性を利用して表面を一部削ることで、目的の形状を得る表面加工方法。超短パルスレーザー誘起選択エッチング法とは、超短パルスレーザーをガラスに照射することによりガラスを改質し、改質した領域をフッ酸などの溶液で選択的にエッチングする加工法。選択比とは、改質領域と非改質領域でのエッチングにおける除去速度比のこと。

7.アキシコンレンズ
円すい形の形状をしたレンズ。レーザー光をアキシコンレンズに入射することにより、微小な集光スポット(直径数μm程度)が長い距離(数mm以上)を伝搬する擬似的なベッセルビームを生成できる。

8.ガラス貫通穴電極(Through Glass Via:TGV)
ガラス基板に形成された穴に金属を埋め込んだ貫通電極。3次元シリコン大規模集積回路(Si LSI)は、Si LSIチップを複数枚重ねて一つのパッケージにしたものであり、重ねたSi LSIチップの間にガラス基板をインターポーザとして導入し、ガラス貫通穴電極により上下のチップ間の配線を行う。

研究支援

本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「光量子科学によるものづくりCPS化拠点(JPMXS0118067246)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Jiawei Zhang, Kotaro Obata, Kazunari Ozasa, Takanori Uzawa, Yoshihiro Ito, Koji Sugioka, “Rapid Manufacturing of Glass-Based Digital Nucleic Acid Amplification Chips by Ultrafast Bessel Pulses”, Small Science, 10.1002/smsc.202300166新規タブで開きます

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 先端レーザー加工研究チーム
チームリーダー 杉岡 幸次(スギオカ・コウジ)
特別研究員 张 嘉未(ジャン・ジャウェイ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

医療・健康
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