犬の尿路上皮癌に対する新規治療薬候補を発見!! ~HER2を標的とする抗体薬の効果が明らかに~

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2024-03-21 東京大学

発表のポイント
  • 犬尿路上皮癌の細胞株および担癌モデルマウスに対して、HER2を標的とする抗体薬(トラスツズマブ)に抗癌剤(DM1)を結合させたトラスツズマブ-エムタンシン(T-DM1)が抗腫瘍効果を示すことを発見しました。
  • T-DM1の作用メカニズムとして、アポトーシス誘導が重要であることを発見しました。
  • 尿路上皮癌に罹患した犬に対してもT-DM1が抗腫瘍効果を示すことが期待されます。
発表内容

東京大学大学院農学生命科学研究科の中川貴之准教授、加藤大貴特任講師、大阪公立大学大学院獣医学研究科の酒居幸生講師らの研究グループは、これまでの研究において受容体型チロシンキナーゼ(注1)の一つであるHER2が尿路上皮癌をはじめ、前立腺癌や乳癌、肛門嚢腺癌、甲状腺癌など犬の様々な悪性腫瘍で高発現していることを発見し、新たな治療標的となる可能性を報告してきました。犬と同様に、人でも乳癌をはじめ、様々な悪性腫瘍でHER2の高発現が報告されており、さらにはHER2に対する抗体薬が開発され、その抗腫瘍効果が腫瘍細胞株や担癌モデルマウス、実際の癌患者で証明されています。一方、犬の悪性腫瘍に対する上記の抗体薬の効果は不明でした。
今回、研究グループは医薬品として開発された抗HER2抗体(トラスツズマブ)とこれに抗癌剤を結合させた抗体薬物複合体(トラスツズマブ-エムタンシン [T-DM1]、注2)に着目し、まず犬尿路上皮癌細胞株に対する効果を検討しました。その結果、いずれの薬剤も濃度依存的に細胞株の生存率を低下させ、特にT-DM1でより大きな効果が認められました(図1)。

犬の尿路上皮癌に対する新規治療薬候補を発見!! ~HER2を標的とする抗体薬の効果が明らかに~
図1:トラスツズマブとT-DM1は犬尿路上皮癌細胞株の生存率を低下させ、特にT-DM1でより大きな効果が認められた
A)トラスツズマブの濃度依存的に細胞生存率が低下した。
B)T-DM1の濃度依存的に細胞生存率が低下した。
C)T-DM1(点線)はトラスツズマブ(実線)に比べて細胞生存率を有意に低下させた。
**: P <0.01、****: P <0.0001


そこで、T-DM1の作用メカニズムを調べるために、細胞周期解析およびアネキシンアッセイという詳細な検証を行ったところ、T-DM1により腫瘍細胞にアポトーシス(注3)が誘導されることが分かりました(図2)。続いて、担癌モデルマウスに対する各抗体薬の効果を検討しました。犬尿路上皮癌細胞株を皮下移植した免疫不全マウスに各抗体薬を投与したところ、T-DM1により腫瘤体積の増大が抑制されました(図3)。つまり、犬尿路上皮癌の細胞株および担癌モデルマウスに対してT-DM1が抗腫瘍効果を示し、その作用メカニズムとしてアポトーシス誘導が重要であることが明らかになりました。


図2:T-DM1は犬尿路上皮癌細胞株に対してアポトーシスを誘導した
A)細胞周期解析において、T-DM1は溶媒やトラスツズマブに比べてSub-G1期の割合を増加させた。
B)アネキシンアッセイにおいて、T-DM1は溶媒やトラスツズマブに比べて早期アポトーシス(ANX陽性PI陰性細胞)および後期アポトーシス(ANX陽性PI陽性細胞)の割合を増加させた。


図3:T-DM1は犬尿路上皮癌の担癌モデルマウスに対して抗腫瘍効果を示した
T-DM1群は溶媒群やトラスツズマブ群に比べて腫瘤体積の増大が有意に抑制された。
N.S.: P ≧0.05 、*: P <0.05


犬の尿路上皮癌は診断時の転移率が高く、術後の再発も多いことから、治療において薬物療法が重要となります。しかし、従来の化学療法はある程度の治療効果を示すものの、症例の生存期間中央値が1年未満です。本研究では、尿路上皮癌に罹患した犬に対する新規治療薬候補としてT-DM1を見出すことに成功しました。したがって、今後の研究において犬に対するT-DM1の至適用量を検討後、臨床試験を進めることで、犬尿路上皮癌に対する新たな治療法を提唱できる可能性があります。また、本研究で使用されたT-DM1は人用に開発された医薬品であるため、今後動物用の抗体薬物複合体を開発することで、より高い抗腫瘍効果を得られると期待されます。

関連のプレスリリース

「犬の肺癌の新たな治療標的を発見」(2020/04/10)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200403-1.html
「犬の希少がんの治療標的を発見」(2019/05/29)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20190529-1.html

発表者

東京大学 大学院農学生命科学研究科
加藤 大貴(特任講師)
高橋 洋介(特任研究員)
池田 凡子(特任研究員)
青木 督(博士課程)
井口 貴瑛(博士課程)
中川 貴之(准教授)
大阪公立大学 大学院獣医学研究科
酒居 幸生(講師)
吉中 潤華(学部学生)
石川 真悟(准教授)
山岸 則夫(教授)
島村 俊介(准教授)

発表雑誌
雑誌
Veterinary and Comparative Oncology
題名
Effects of trastuzumab emtansine on canine urothelial carcinoma cells in vitro and in vivo
著者
Kosei Sakai*, Daiki Kato*, Junka Yoshinaka, Yosuke Takahashi, Namiko Ikeda, Susumu Aoki, Takaaki Iguchi, Shingo Ishikawa, Norio Yamagishi, Shunsuke Shimamura, Takayuki Nakagawa.(* 責任著者)
DOI
10.1111/vco.12970
研究助成

本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科研費(課題番号:23K05532、23H00356、20KK0153、20H03141)の支援により実施されました。

用語解説

注1 受容体型チロシンキナーゼ
細胞膜上に存在する糖タンパクで、様々な悪性腫瘍の進展に関連することが報告されている。

注2 T-DM1
トラスツズマブに微小管重合阻害剤であるDM1(メイタンシン誘導体)を結合させた抗体薬物複合体である。HER2を介して細胞内に取り込まれた際、DM1が細胞障害活性を示すため、トラスツズマブ単体よりも高い抗腫瘍効果が期待される。

注3 アポトーシス
有害な外的刺激より誘発される受動的な細胞死(ネクローシス)と異なり、遺伝子的にプログラムされた能動的な細胞死である。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医外科学研究室
准教授 中川 貴之(なかがわ たかゆき)

大阪公立大学 大学院獣医学研究科 獣医学専攻 小動物臨床医学教室
講師 酒居 幸生(さかい こうせい)

〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

大阪公立大学 広報課

有機化学・薬学
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