ゲノム編集のための「ワープロ」の分子基盤を解明

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2024-05-30 東京大学

主藤 裕太郎(生物科学専攻 修士課程)
中川 綾哉(研究当時:生物科学専攻  博士課程)
保木 瑞季(研究当時:生物科学専攻  修士課程)
濡木 理(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • CRISPR-Cas9と逆転写酵素を融合した新たなゲノム編集ツールであるプライムエディターの立体構造を決定しました。
  • プライムエディターがpegRNAと協働して逆転写を開始・伸長・終結するまでの分子基盤を明らかにしました。
  • 本研究の成果は次世代型プライムエディターの設計・開発に大きく貢献することが期待されます。

ゲノム編集のための「ワープロ」の分子基盤を解明
プライムエディターによるpegRNA依存的な逆転写のモデル

発表概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の主藤裕太郎大学院生、中川綾哉大学院生(研究当時)、保木瑞季大学院生(研究当時)、濡木理教授らは、クライオ電子顕微鏡(注1)を用いて、CRISPR-Cas酵素(注2)と逆転写酵素(注3)を組み合わせたゲノム編集ツールであるプライムエディターが標的となるDNAに対して逆転写を行う過程の立体構造を決定しました。得られた構造と生化学的な解析からプライムエディターによる逆転写の開始、DNA鎖の伸長、逆転写の終結までの一連の過程の詳細を世界で初めて明らかにしました。本研究の成果は、正確性と編集効率を高めた次世代型プライムエディターの設計・開発に大きく貢献することが期待されます。

発表内容

研究の背景
原核生物のCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するCas9は、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAのガイド配列と相補的な二本鎖DNAを切断する「はさみ」として機能します。ガイド配列は任意の配列に設計可能なため、Cas9は生命の設計図であるゲノム情報に人為的に変更を加えるゲノム編集技術として、研究用の遺伝子改変生物の作成や農作物の品種改良、遺伝子治療などにおいて広く利用されてきました。しかし、遺伝子治療に利用する場合においては、編集の正確性やゲノム二本鎖DNAを切断することによる安全性が問題となっています。プライムエディティングは2019年に報告されたCas9を利用した二本鎖を「切らない」新たなゲノム編集技術です。この手法では、二本鎖の片鎖を切らないようにしたCas9(Cas9ニッケース)と逆転写酵素からなるプライムエディターが、編集したい内容を鋳型配列として追加した改変型ガイドRNA(prime editing guide RNA, pegRNA)と複合体を形成し、狙った位置で鋳型配列を逆転写することでゲノム情報を正確に置き換える「ワープロ」として機能します(図1)。しかしながら、プライムエディターがどのようにpegRNA依存的に逆転写を行っているのか、その詳細な分子基盤は明らかにされていませんでした。


図1:プライムエディターとpegRNA

研究の内容
今回、東京大学の濡木理教授らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡を用いてプライムエディターが標的DNAに対してpegRNA依存的に逆転写を行う過程の立体構造を複数決定しました(図2)。得られた構造からCas9のRuvCドメインに沿って形成されるRNA–DNAヘテロ二重鎖に対して逆転写酵素が結合し、Cas9に対してほとんど位置を変えずに逆転写を行う過程が明らかになりました。また、得られた立体構造と生化学的な解析から、逆転写酵素は予想された位置を超えて余分に逆転写を行い、Cas9との衝突によって逆転写を終えることが示唆されました。さらに、こうした余分な逆転写はプライムエディティングによる望まない配列の挿入につながることから、得られた立体構造に基づいた合理的な改変によって、望まない挿入を防ぐ改変型pegRNAの開発に成功しました。本成果はプライムエディティングの原理のさらなる理解にとどまらず、正確性と編集効率をさらに高めた次世代型プライムエディターの設計・開発に大きく貢献することが期待されます。


図2:Cas9–逆転写酵素-pegRNA-標的DNA複合体の電顕密度マップ(左)と立体構造(右)

論文情報
雑誌名
Nature論文タイトル
Structural basis for pegRNA-guided reverse transcription by the prime editor

著者
Yutaro Shuto, Ryoya Nakagawa*, Shiyou Zhu, Mizuki Hoki, Satoshi N. Omura, Hisato Hirano, Yuzuru Itoh, Feng Zhang, and Osamu Nureki*
(* : 責任著者)

DOI番号
10.1038/s41586-024-07497-810.1

研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「安全な遺伝子治療を目指した万能塩基編集ツールの創出」(研究代表者:濡木 理)、官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)「ゲノム編集酵素の機能モジュールデータ基盤構築」(課題番号:JPJ008000 研究分担者:濡木 理)、AMED 「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業」の一環とした「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス」、AMED「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」の一環とした「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」などの支援により実施されました。

用語解説

注1  クライオ電子顕微鏡
液体窒素(-196℃)冷却下でタンパク質などの分子に対して電子線を照射し、試料の観察を行うための装置。タンパク質や核酸の立体構造の決定に利用されている。

注2  CRISPR-Cas酵素
原核生物のもつCRISPR-Cas獲得免疫システムにおいて外来核酸の分解を担う酵素。CRISPR-Cas酵素は6つのタイプ(I–VI型)に分類される。II型CRISPR-Cas酵素Cas9はガイドRNAと複合体を形成し、ガイド配列と相補的な標的二本鎖DNAを特異的に切断する。

注3  逆転写酵素
一本鎖のRNAを鋳型としてDNAを合成する逆転写反応を触媒する、一部のウィルスなどがもつ酵素。セントラルドグマの一部であるDNAを鋳型として一本鎖RNAを合成する転写反応を逆転させたような反応であることからこのように命名された。

細胞遺伝子工学
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