音楽ライブの観客が「同期」するメカニズム~音楽知覚認知システムの解明~

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2024-06-20 早稲田大学

発表のポイント

  • 劇場で観客間に類似した感情が一斉に喚起される「集合的感情」現象が、観客の生理的応答の信頼性に依存することを、音楽刺激を用いた実験で発見した。
  • 音楽による心拍同期の程度は、「曲の好み」や「その日の気分」よりも、音楽の情報処理を担う認知システムの信頼性により説明されることを実証的に見出した。
  • この結果は、観客の認知システムが示す応答の信頼性を高める仕組み(劇場環境や視聴デバイス)が、音楽で生じる感動体験の再現性に寄与する可能性を示唆している。
概要

劇場では、観客の間に類似した感情が一斉に生じ、強い一体感が生まれます。こうした集合的感情の基盤に、同じ舞台表現を鑑賞する複数の観客の生理的状態が揃う、同期現象があるとこれまで考えられてきました。早稲田大学人間科学学術院の野村 亮太(のむら りょうた)准教授は、音楽への生理的応答の信頼性という観点から、このメカニズムの一端を明らかにすることに成功しました。数日ごとに繰り返し音楽を聴く状況を作り、心拍同期の個人内相関と個人間相関を定量評価する実験を行った結果、同一の参加者から得られた心拍データは、異なる参加者から得られた心拍データよりも同期することが明らかになりました。同一の参加者は認知システムが共通するとみなせることから、「入力に対する応答の確かさ」としての信頼性が同期の鍵であることを示唆します。この知見は、劇場で強い感情が生起する仕組みを説明する理論の構築に寄与します。

音楽ライブの観客が「同期」するメカニズム~音楽知覚認知システムの解明~
図:音楽聴取時の心拍どうしの相関は個人間ペアよりも個人内ペアで高い

本研究成果は、Springer Nature発行の『Scientific Reports』に「Reliability for music-induced heart rate synchronization」として、2024年5月28日(火)に公開されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

近年のテクノロジーの進歩に伴い、劇場をはじめとする自然状況で人間の行動データを計測する研究が多くなされています。とりわけ2020年以降には、世界各国で劇場でのフィールド・センシング※1したデータを解析する研究が多く報告されるようになってきました。しかしその多くは、パフォーマンスを鑑賞する個人の心拍、皮膚電位、脳波などの生理指標の時系列データが同期したことを報告するに留まっています。このため、観客どうしに相関が生じ、客席での振る舞いが同期するメカニズムについてはまだ十分に明らかになっていませんでした。

(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究は物理学の一分野である、非線形力学系※2 の理論に基づき、劇場での観客どうしは共通入力同期※3というメカニズムで同期することを理論的に予測し、これを実証実験で確かめました。本研究では、個人を対象とする実験を行い、劇場に存在する観客間の相互作用を排除することで、「音楽」という共通入力が心拍同期を同期させる効果(music-induced heart rate synchronization)の大きさを明らかにしました。日常的には、自分を他人とは置き換えることはできませんが、コンシステンシー※4の観点から見れば、「共通のパフォーマンスが初期状態(例:その日の気分や体調)によらず観客の生理状態を同期させる」とみなせます。この想定の下では、同一人物かどうかに関わらず、どの参加者も個体差の大小がある音楽知覚認知システムとして単純に記述できます。

このため本研究では、(1)同一の参加者の認知システムは数日では変化しない、(2)状態感情(気分)は認知システムに日間変動を与える、という二つの現実的な仮定の下で、繰り返し音楽を聴く状況において同一個人は(他の個人と比較した場合よりも)個体差が小さく信頼性が高いとみなしました。実験では、実験者に共通の楽曲である「課題曲」と、実験者がこれまでに最も感動した楽曲として指定した「自由曲」をランダムな順番で聴取してもらう手続きを2日〜7日ごとに4回に渡り行いました。また、音楽鑑賞の前後にその時点での気分について心理尺度を用いて回答してもらいました(図1)。


図1:各日の実験手続き

分析では、得られた瞬時心拍数の時系列データについて、個人内または個人間でペアを作り相関を算出しました(図2)。その結果、個人内相関は課題曲でも自由曲でも一貫して個人間相関よりも高いことが明らかになりました。また、音楽鑑賞の前後で気分の一部はポジティブに変化していたものの、実験前の気分がどれくらい似ているのかは、同期を予測することはできませんでした。このため、音楽の好みやその日の気分によらず、個体差が小さく入力に対する応答の信頼性がより高いことが同期に寄与すると考えられます。


図2:音楽鑑賞中の心拍測定と分析のペアの例

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究の知見は心拍同期が音楽を聴くときのモチベーションの高さや気分の高揚ではなく、音楽を聴いた人が、脳内で処理して生理的応答が生じる際の信頼性に依存していることを示唆します。これは、観客の入力に対する応答の確かさを高める仕組みを構築できれば、劇場での感動を高い確率で再現できることを示唆します。例えば劇場の環境を設計することや、視聴デバイスなどで入力に対して応答が確かに生じるように補助することで「同期」を生じさせやすくなり、パフォーマンスをより楽しむことが可能となるかもしれません。

(4)今後の課題

本研究では、共通入力同期を厳密に検証するため、観客間相互作用を排除した実験系を用いました。しかし、実際の劇場では、観客どうしが影響しあっていることはほぼ間違いありません。今後は共通入力同期を観客間相互作用がどのように促進してるのか、その影響力の強さを実証的に明らかにしていくことが劇場認知科学研究の課題として残されています。

(5)研究者のコメント

劇場での数秒から数十秒のオーダーで時間発展する審美的な体験は学融合的な研究テーマです。これからも劇場認知科学では、音楽に限らず様々な舞台表現を対象にした実証研究を通して、言語化しにくかった経験知や実践知を理論化し、知見を現場にお返しできるように研究を進めていきます。

(6)用語解説

※1 フィールド・センシング
実験室でのデータ計測ではなく、劇場やスタジアムなどの活動の現場でデータ計測すること。

※2  非線形力学系
ある時刻での状態が、それ以前の時刻の状態に依存して複雑に決定されるシステム。物理学、生物学、心理学、経済学などさまざまな学問分野で研究されている。

※3 共通入力同期
共通の入力が複数のシステムの状態を揃えること。さまざまな空間スケールで観察され、単一細胞が固定された波形のノイズを繰り返し受ける時に生じる発火タイミングの一致や移動ができないはずの隔離された島嶼部において生物の人口動態が同期するMoran効果などが知られている。

※4 コンシステンシー
非線形力学系の概念で、初期状態が異なるシステムに同一の複雑な入力信号を与えて経過を観察すると、はじめのうちは(過渡状態では)出力が異なるが、その後、同一の出力を示すようになる現象。

(8)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Reliability for music-induced heart rate synchronization
執筆者名(所属機関名):野村 亮太(早稲田大学)
掲載日時:2024年5月28日(土)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-62994-0
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-62994-0

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