2018-09-28 国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所,大阪大学,岐阜県立森林文化アカデミー
ポイント
- 常緑広葉樹林を代表するスダジイ個体群の系統関係や個体数の変動を、約10万年前まで遡りモデル化しました。
- そのモデルは、最終氷期最寒冷期に少なくとも4地域でスダジイが生き延びたことを強く示唆しました。
- スダジイの遺伝的多様性の保全に関する新たな根拠を示す研究成果です。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所(以下、「森林総研」という)は、大阪大学、岐阜県立森林文化アカデミー、筑波大学、京都大学、首都大学東京と共同で、日本の常緑広葉樹林の主要な樹木であるスダジイが、約2万1千年前の最終氷期最寒冷期に、暖かい南西諸島や九州南部だけでなく、比較的寒い日本海および東日本の太平洋沿岸でも生き延びた可能性が高いことを遺伝的多様性の解析結果から示しました。これまで、花粉化石の記録から、最終氷期における常緑広葉樹林は南西諸島や九州南部の温暖な地域に追いやられ、氷期後に北上して東日本にも分布を広げたと考えられていました。しかし今回の解析によって意外にも、花粉化石の記録が少ない東日本の個体群の起源が古く、氷期後に新たに分布してきたわけではないことがわかりました。
現在までに1つの種内でも地域により遺伝子が異なることは多くの研究で示されてきましたが、それは偶然ではなく、過去の分布変遷が影響している場合があることが今回の解析により裏付けられました。この結果は地域の遺伝資源の保全や遺伝的撹乱防止への新たな根拠として活用できる成果です。
本研究成果は、2018年8月2日にHeredity誌でオンライン公開されました。
背景
現在の日本列島は温暖な気候に恵まれていますが、人類が誕生して以来、氷期と呼ばれる寒冷な気候と、間氷期と呼ばれる現在のような温暖な気候が約10万年の周期で繰り返されてきました。現在から約2万1千年から1万8千年前の地球の気候は特に寒冷で最終氷期最寒冷期と呼ばれています。その時期の気温は今より5~7度ほど低かったと言われています。これは現在の東京(年平均気温15.4度)の気候が札幌(年平均気温8.9度)に相当する気候であったことに相当します。花粉化石や植物遺体の出土記録からは、当時の常緑広葉樹林は南西諸島や九州南部(図1の濃色部分)の温暖な地域に追いやられ、氷期後に日本海や太平洋沿岸を北上して分布を広げたと考えられています。しかし、氷期の気候を推定し常緑広葉樹林の構成樹種であるスダジイの分布を予測すると(図1)、太平洋岸の南部に生育可能な環境があったことが示されます。現在、常緑広葉樹林は日本の温暖な地域で広範囲を占める主要な森林ですが、それが九州南部など西日本の太平洋側の限定された地域から一気に広がった新しい起源のものなのか、あるいは様々な地域に生き残っていた小さな集団から各々広がった古い起源のものなのか、という分布の由来については、長年議論がなされてきました。
図1:スダジイの分布モデル
濃い色の部分ほど分布する確率が高いことを示します。最終氷期最寒冷期(LGM)では現在と比較すると海水面が120m程度低下し、陸地が拡大していました。破線はLGM当時の主要な海岸線を示します。また赤線で囲った地域は最終氷期最寒冷期にスダジイが生き延びていたと考えられる地域(西日本、日本海、東日本)のイメージです(南西諸島は図中に示されていません)。
内容
本研究では、日本の常緑広葉樹林の主要な樹木であるスダジイが氷期にどこで生育していたのかを、遺伝的多様性の解析にもとづく複数のモデルを構築して検討しました。その結果、琉球グループ(奄美群島以南)と西日本グループ(九州南部付近)が最も古くから存在し、その後、西日本グループから東日本と日本海のグループができたことがわかりました(図2)。さらに、その成立時期を推定すると、これら4つのグループは最終氷期最寒冷期前には既に成立していたことがわかりました。このことからスダジイは、琉球、西日本、日本海、東日本で独自に最終氷期を生き延び、氷期後に暖かくなるにつれて個体数を増やしたと考えられます。
図2:スダジイの歴史的変遷に関するモデル
このモデルでは琉球(奄美群島以南)と西日本グループ(九州南部付近)が分岐した後に、西日本グループから日本海と東日本グループが分岐します。分岐年代はそれぞれ1,184世代前と431世代前と推定されました。スダジイの1世代を100年とすると日本海と東日本グループは43,100年前に西日本グループから分岐したことになります。
今後の展開
本研究の結果から、常緑広葉樹のスダジイでは日本列島内で琉球、西日本、日本海、東日本の4地域間で、遺伝的にはその由来が大きく異なることがわかりました。このことから、それぞれの地域には長い年月を通して形成された個体群が存在し、地域に特徴的な遺伝的組成をもっていることがわかります。それは偶然というわけではなく、気候変動に伴う長い歴史の結果形成されたものです。
近年、地域の遺伝的多様性を保全することの重要性が認識されてきています。自然再生のための広葉樹の植樹などを行う場合には、現在保たれている遺伝的多様性をできるだけ攪乱しない必要があります。本研究から、琉球、西日本、日本海、東日本間の遺伝的な境界を超えた苗木の移動・配布は制限するといったデータに基づいた具体的な提言が可能となり、遺伝資源の保全や遺伝的撹乱の防止への新たな根拠を示すことができます。
論文
タイトル:Approximate Bayesian computation analysis of EST associated microsatellites indicates that the broadleaved evergreen tree Castanopsis sieboldiisurvived the Last Glacial Maximum in multiple refugia in Japan
著者:K Aoki, I Tamaki, K Nakao, S Ueno, T Kamijo, H Setoguchi, N Murakami, M Kato, and Y Tsumura
掲載誌:Heredity、121巻(2018年)予定 DOI: 10.1038/s41437-018-0123-9
SharedIt link: https://rdcu.be/3UG1
研究費:・環境省地球環境保全研究費「自然再生事業のための遺伝的多様性の評価技術を用いた植物の遺伝的ガイドラインに関する研究」(平成17年度〜21年度)
・特別研究員奨励費「ブナ科植物とそれに付く植食性昆虫の遺伝構造比較による照葉樹林の分布変遷の解明」(平成22年度~24年度)
・特別研究員奨励費「相互作用する植物・昆虫・菌類のゲノム解析による照葉樹林の変遷過程の解明」(平成27年度~28年度)、基盤研究(C)「RADseq比較ゲノム解析による照葉樹林の生物間ネットワークの変遷過程の解明」(平成30年度~33年度)
・総合地球環境学研究所プロジェクトD-02「日本列島における人間 ― 自然相互関係の歴史的・文化的検討」(平成18年度~22年度)
共同研究機関
森林総合研究所、大阪大学、岐阜県立森林文化アカデミー、筑波大学、京都大学、首都大学東京
お問い合わせ先
研究推進責任者:
森林総合研究所 研究ディレクター 山中 高史
研究担当者:
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 チーム長 上野 真義
森林総合研究所 関西支所 主任研究員 中尾 勝洋
大阪大学 連合小児発達学研究科 寄附講座助教 青木 京子
岐阜県立森林文化アカデミー 講師 玉木 一郎
広報担当者:
森林総合研究所 広報普及科 広報係
大阪大学 医学系研究科 総務課 西ノ上 和彦
岐阜県立森林文化アカデミー 事務局教務課 丹羽 勝久