2018/10/02 国立感染症研究所,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構,東京大学
ポイント
- 赤痢アメーバ症は9割が不顕性感染ですが、発症を規定する原虫側因子は不明でした。
- 本研究では病原性の異なる国内分離株の比較ゲノム解析から、新規病原性関連遺伝子を同定しました。
- 真核生物に広く保存されているGTPaseであるAIG1 family proteinが原生生物でも重要な機能を担うことが示されました。
- この成果から、遺伝子検査による病原性の判定、ワクチン創成、AIG1 family proteinの新機能の解明などが期待されます。
研究について
国立感染症研究所の津久井久美子主任研究官、東京大学大学院医学系研究科の野崎智義教授らの共同研究チームは、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業において、日本国内の赤痢アメーバ臨床分離株の比較ゲノム解析から新たな病原関連遺伝子を同定しました。
赤痢アメーバ症は赤痢アメーバ原虫(Entamoeba histolytica)の大腸への感染に起因します。患者の糞便と共に排出される嚢子(シスト)の経口摂取で感染するため、衛生環境の悪い開発途上国では汚染された飲料水・飲食物を介して感染が蔓延しています。同時に、日本を含めた先進国では性行為感染症として国内感染が続いており、途上国と先進国の両方で問題となる原虫性感染症です。赤痢アメーバの感染者の10~20%が発症し、発症者のうち90%は大腸での症状を示す腸アメーバ症を、残りの10%は腸管外へ播種し、肝臓での病変を主とする腸管外アメーバ症を呈します(図1)。
赤痢アメーバ症に対する感受性や病変を起こす臓器の特異性には様々な因子が関与すると考えられています。宿主側の因子としては、HLAハプロタイプ、レプチンレセプターの変異、腸管細菌叢などが発症に関与することが知られています。一方、原虫側の因子は明らかではありません。感染者の約90%が発症しないことから、感染しても病気を起こさない無症候性感染者から得られる原虫分離株の解析により病原性を規定する因子が発見されることが期待されてきました。しかし、症状のない個人から病原体を分離できる機会は少なく、これまでにゲノム解析が行われた例は本研究を含め世界で4株だけでした。さらに分離株が採取された人種、場所、時期が近い分離株を用いた比較はこれまで全く実施されていませんでした。
本研究では日本国内の赤痢アメーバ臨床分離株の比較ゲノム解析から新たな病原関連遺伝子を同定しました。
腸アメーバ症患者と無症候性感染者からの分離株を比較し、無症候性株で欠損のある遺伝子としてAIG1ファミリータンパク質の一つを同定しました(図2A:EHI_176590遺伝子)。この遺伝子は植物で発見され、ヒト・マウスでGTPase immune-associated proteins (GIMAP)として知られる分子の相同体です。GIMAPはGTPaseドメインであるAIG1ドメインを持ち、免疫細胞の細胞死に関与することが知られています。赤痢アメーバにAIG1を強く発現させると細胞接着性が亢進したことから、AIG1は細胞接着に関与すると考えられます(図3)。日本と台湾から得られた臨床検体を用いたPCRによる検討により、臨床症状を示す患者由来の検体に比べ、無症候性感染者由来の検体ではAIG1を欠損した分離株の割合が有意に増加していました(図2B)。本遺伝子を欠損した株では接着性が低下し、ヒトへの定着・病害性が低下していると考えられます。よって、この遺伝子の欠損を伴うゲノム変化は赤痢アメーバの病原性低下に関与すると結論しました。
本研究により、赤痢アメーバ株の遺伝的多様性、病態を決定する新たな因子が明らかにされました。これまで赤痢アメーバ分離株の病原性は、患者や実験動物での病態によって評価されてきました。今後、本研究成果によるAIG1遺伝子の情報を考慮することで病原性解析の迅速性と精度の向上が期待されます。
赤痢アメーバ症は年間報告数が1000例を超える日本で最も症例の多い原虫感染症であり、その数も年々増加しています。感染者における発症者の割合は途上国・先進国共に10%程度であることから日本にも感染者が1万人規模で潜在すると考えられます。国内症例の80%は渡航歴のない性行為感染症であり、今後の感染拡大が懸念されています。赤痢アメーバ症に有効な薬剤は現在1-2種類しか存在せず、副作用の問題や耐性株出現の懸念があります。本研究成果が発展し、病原性に関わる分子機構が詳細に明らかにできれば新たな薬剤開発の標的を提供することができます。
また、病原性の低下に関わる分子機構の解明は、開発の求められる赤痢アメーバ症ワクチンの創生につながる可能性をもちます。赤痢アメーバに対する新規薬剤やワクチンは、途上国で特に問題となる5歳未満の子供の致死的な腸管感染症の軽減、栄養吸収不良による発育阻害の改善を助けることが期待されます。同時に先進国では、集団感染の起こりやすい障害者施設、男性同性愛者の集団、風俗業従事者等の迅速診断・予防・治療に応用されることが期待されます。
本研究は東海大学の橘裕司教授、慶應義塾大学の小林正規講師と共同で行ったものです
※本成果は、以下の研究課題によって得られました。
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
- 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
研究開発課題名:原虫・寄生虫症の診断、疫学、ワクチン・薬剤開発に関する総合的研究
研究開発代表者:野崎 智義
研究開発期間:平成29年4月~平成32年3月
※また本研究は、下記の事業からの支援も受けています。
- AMED 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)
- AMED 地球規模保健課題解決推進のための研究事業(日米医学協力計画)「若手・女性育成のための公募―Infectious Disease and Immunology Research: U.S.-Japan Cooperative Medical Sciences Program Collaborative Awards, 2016」
本研究成果は、2018年3月19日発行の「PLoS Pathogens」に掲載されました。(doi: 10.1371/journal.ppat.1006882.)
用語解説
- 赤痢アメーバ症
- 腸管寄生性原虫である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)感染によって起こる病気の総称。病態は大きく二種類に分かれ、大腸で病気を起こす腸アメーバ症、大腸以外の臓器で病気を起こす腸管外アメーバ症がある。腸管外アメーバ症の好発部位が肝臓であるため、肝臓における腸管外アメーバ症は特にアメーバ性肝膿瘍と言われる。活発にアメーバ運動を行う栄養体とキチン質の殻に覆われた嚢子(シスト)の2種類のライフステージがあり、栄養体が病気を起こす。環境耐性があるシストの経口摂取により感染し、小腸で栄養体となり、大腸に寄生する。衛生状態が悪い熱帯、亜熱帯地域のみならず、日本を含む東アジアの先進国でも性感染症として国内感染が続いている。日本でも報告数は年間1000例を超えている。メトロニダゾールが有効な薬剤であるが、嫌気性原虫や嫌気性細菌に対しても有効であることから高頻度で使用され、複数の病原体で耐性株の報告がある。薬剤耐性赤痢アメーバの報告はまだされていないが、治療抵抗性の患者の存在は知られており、耐性株出現が懸念される。さらに副作用、妊婦への投与が不可などの理由から新規薬剤の開発が必要である。
- 不顕性感染
- 病原体に感染していながら症状を起こさない状態。病原体は自然に排除される場合もあるが、保菌者(キャリア)となると無自覚のまま病原体を拡散させ、感染を拡大させる懸念がある。また、加齢や罹患などによりキャリアの免疫状態が悪くなった場合に発症することがある。
- AIG1 family protein
- シロイヌナズナで免疫応答の初期に発現する遺伝子として同定された。AIG1ドメインはGTP加水分解活性を持ち、スイッチ分子として細胞内シグナル伝達に関与すると考えられている。ヒト・マウスにも相同遺伝子があり、GTPase immune-associated proteins(GIMAP)として知られる。GIMAPは免疫応答に関与しており、がん、自己免疫疾患、感染症などへの関与が知られている。
お問い合わせ先
内容に関するお問い合わせ先
国立感染症研究所
寄生動物部
主任研究官 津久井 久美子
事業に関するお問い合わせ先
日本医療研究開発機構 戦略推進部 感染症研究課
(新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 担当)