日本人でのゲノム解析から創製された新薬が難治性がんであるとして承認~大規模ゲノム解析から患者さんに治療薬を届ける実例~

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2024-10-23 国立がん研究センター,日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 胆道がんは5年生存率が20%以下と予後不良な難治性がんであり、また年間罹患者が2万人とまれなため臨床研究の実施が難しく、アンメットメディカルニーズの極めて高いがんであり、新たな治療法の開発が強く望まれています。
  • 国立がん研究センター研究所では2015年に日本人胆道がんを対象とした大規模シークエンス解析から治療標的となりうるFGFR2融合遺伝子を同定しました。更にそれを標的とした胆道がんの治療薬としてエーザイ株式会社が創製したFGFRキナーゼ阻害剤 タスルグラチニブ の臨床試験の実施については、国立がん研究センター中央病院、東病院と連携することで迅速に進めることができました。
  • タスルグラチニブは国際共同第II相試験(E7090-J000-201 試験)によってその有効性が示され、2024年9月に「がん化学療法後に増悪したFGFR2融合遺伝子陽性の治癒切除不能な胆道癌」の効能・効果で新薬として承認されました。
  • 日本人症例のゲノム解析を起点とした治療薬の承認により、今後難治性で希少である胆道がんの個別化医療・予後改善が進むことが期待されます。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:中釜斉)研究所(所長:間野博行) がんゲノミクス研究分野分野長 柴田龍弘は、大規模な日本人症例のゲノム解析により難治性がんである胆道がんの治療標的としてFGFR2融合遺伝子注1を2015年に同定しました*1。さらにエーザイ株式会社(エーザイ)が創製したFGFR2融合遺伝子を標的とするFGFRキナーゼ阻害剤 タスルグラチニブの臨床試験の実施については、国立がん研究センター中央病院、東病院と連携することで臨床開発を進めました。国際共同第II相試験によってその有効性(客観的奏効率:30%、臨床的有効率:51%)が示された結果により、エーザイが日本において承認申請を行い、2024年9月24日に「がん化学療法後に増悪したFGFR2融合遺伝子陽性の治癒切除不能な胆道癌」の効能・効果で新薬として承認されました。国立がん研究センター研究所は、FGFR2融合遺伝子が胆道がんの治療標的となることを同定(2015年)し、さらに国立がん研究センター中央病院と連携し診断法(FISH法)の開発につながる研究成果を収めることで、同薬剤の開発に貢献しました。同薬剤の承認により今後、難治性がんである胆道がんに対する治療薬の選択肢が増え、またゲノム診断による個別化医療と予後改善が進むことが期待されます。

本研究成果*1*2*3は、基礎領域の研究成果を確実に医療現場に届けるため、 非臨床領域の後半から臨床領域を中心として、がん医療の実用化をめざした研究を推進する国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)「革新的がん医療実用化研究事業」の支援により実施され、エーザイによる包括的なゲノム解析による胆道がんの治療標的同定を起点としたFGFR阻害剤の臨床開発の円滑な進行に貢献しました。

*1Nakamura H. et al., Genomic spectra of biliary tract cancer, Nat Genet, 2015.
*2Jusakul A. et al., Whole-Genome and Epigenomic Landscapes of Etiologically Distinct Subtypes of Cholangiocarcinoma, Cancer Discov. 2017.
*3Maruki Y. et al., Molecular detection and clinicopathological characteristics of advanced/recurrent biliary tract carcinomas harboring the FGFR2 rearrangements: a prospective observational study (PRELUDE Study), J Gastroenterol. 2020

背景

胆道がんは日本を始めアジアでの発症が多く、日本における5年生存率は20%以下と予後不良な難治性がんです。国内の年間罹患者が2.2万人とまれなため臨床研究の実施が難しく、アンメットメディカルニーズ注2の極めて高いがんであり、新たな治療法の開発が強く望まれています。

国立がん研究センター研究所がんゲノミクス研究分野では、日本人胆道がんを対象とした大規模ゲノムシークエンス解析から5種類のFGFR2融合遺伝子を同定し、さらにFGFR2融合遺伝子が胆道がんにおける重要ながんドライバー遺伝子注3であることを2015年に報告しています*1。また、国立がん研究センター中央病院の臨床グループと連携し、多施設共同研究組織を立ち上げ、FGFR融合遺伝子の診断法を確立し、423名の進行もしくは再発症例の日本人胆道がん患者さんのうち7.4% (20/272)においてFGFR2遺伝子再構成注4を検出しました*3

タスルグラチニブは、エーザイ株式会社筑波研究所で創製された経口投与可能なFGFRキナーゼ阻害剤で、FGFR 遺伝子異常を有するがん患者さんに対する有効性が期待されていた*4ことから、国立がん研究センターが同定した5種類のFGFR2融合遺伝子に対する阻害効果を確認したところ有効であることが示されたため、エーザイ株式会社並びに国立がん研究センターはタスルグラチニブの胆道がん用途に関する特許を共同出願しました(PCT/JP2016/059162)。

*4 Miyano SW. et al., E7090, a Novel Selective Inhibitor of Fibroblast Growth Factor Receptors, Displays Potent Antitumor Activity and Prolongs Survival in Preclinical Models, Mol Cancer Ther, 2016.

展望

現在、胆道がんでのゲノム異常を標的とした臨床開発はめざましい勢いで進められています。タスルグラチニブの承認によって、FGFR2融合遺伝子を有する胆道がんに対する有効な治療薬がさらに増え、こうしたゲノム診断に基づく個別化医療・予後改善が一段と進むことが期待されます。特にタスルグラチニブは従来のFGFR阻害剤とは異なる遺伝子診断法としてFISH法を用いていることから、遺伝子パネル検査では見落とされるような染色体構造異常を持った症例にも適応できる可能性があります。

また、がんの基礎研究を出発点に、製薬企業等との活発な共同研究による創薬開発は国立がん研究センター研究所においても活発に進められており、今後こうした成果がさらに生まれてくることが期待されます。

研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の革新的がん医療実用化研究事業「国際共同研究に資する大規模日本人がんゲノム・オミックス・臨床データ統合解析とゲノム医療推進に向けた知識基盤構築」により実施されました。

用語解説

注1 融合遺伝子
がん細胞における染色体の転座、挿入、逆位などの組換えの結果、複数の遺伝子が連結されて生じる新たな遺伝子のこと。

注2 アンメットメディカルニーズ
いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズのこと。

注3 がんドライバー遺伝子
異常を起こすことによってがんの発生や進展に寄与する遺伝子を総称してがんドライバー遺伝子と呼ぶ。がん細胞の増殖や転移を促進する「がん遺伝子」とそれらを抑制する「がん抑制遺伝子」がある。がんドライバー遺伝子を標的とした診断(パネル遺伝子診断)や治療(分子標的薬治療)が現在ゲノム医療として進められている。

注4 FGFR2遺伝子再構成
ゲノム情報の利活用により、がん患者における治療効果・予後の改善を目指した国際がんゲノムコンソーシアム (International Cancer Genome Consortium, ICGC)のプロジェクト。ICGC-ARGO (Accelerating Research in Genomic Oncology, ARGO) はICGC 25k Initiative およびPan-Cancer Analysis of Whole Genomes (PCAWG)に続く、ICGCの第3フェーズ。2021年5月現在、日本を始め、米国・カナダ・英国(イングランド・スコットランド)・ドイツ・フランス・イタリア・スイス・韓国・中国・香港・サウジアラビアの13か国が参加を表明している。また、ICGC-ARGOには日本から国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が支援する研究班(Genome Medicine for Asia-Prevalent Cancers)並びに国立がん研究センターが主導する全国がん遺伝子診断ネットワーク(MONSTAR-SCREEN)が参加し、臨床情報の紐付いたがんゲノム情報の登録・共有を開始している。

お問い合わせ先

研究に関する問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター 研究所
がんゲノミクス分野 分野長 柴田龍弘

広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

AMED事業に関する問い合わせ先
日本医療研究開発機構(AMED)
革新的がん医療実用化研究事業

有機化学・薬学
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