2024-11-11 大阪大学,国立がん研究センター
発表のポイント
- 大腸内視鏡(カメラ)下小腸・大腸ステップ生検注1を健常者と大腸腫瘍患者さんに実施
- 健常者の遺伝子発現解析において、右側大腸 左側大腸で遺伝子発現が全く異なることを発見
- 大腸がん患者さんの「正常組織」と健常者の小腸・大腸組織の遺伝子発現が異なることを発見、大腸がん患者さんの大腸は既に「未病状態注2」である可能性が示唆された
- 進行大腸がん患者さんでは、「小腸(回腸末端):免疫の中枢器官」において遺伝子発現が変動しており、小腸を標的とした今後の免疫療法の開発に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の谷内田真一 教授、国立がん研究センター中央病院・内視鏡科の斎藤 豊 科長らの研究グループは、大腸内視鏡(カメラ)下小腸・大腸ステップ生検(図1)を行い、右側大腸と左側大腸について異なる臓器ともいえるような遺伝子発現の違いがあることを発見しました。
図1 大腸内視鏡下小腸大腸ステップ生検
小腸(回腸末端)、盲腸、上行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸の正常部位(2個ずつ:計12個)
腫瘍(ポリープや癌)がある場合は腫瘍部と腫瘍部周囲正常部位(2個ずつ:その場合は計16個)から生検
また、大腸がん患者さんの大腸の「正常組織」は、健常者(大腸カメラで病気を認めない人)と異なる遺伝子発現を示し、既に大腸がん発生の素地となる状態であることがわかりました。特に、進行大腸がんを有する患者さんにおいては、正常の大腸粘膜に加えて大腸がんとは離れた小腸(回腸末端)においても遺伝子の変動が観察されました。回腸末端は腸管免疫の中枢であることから、小腸免疫システムが大腸がんの進展に関連していることが明らかとなりました。
今後、小腸の免疫システムを利用した新たな腫瘍免疫治療の開発が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Molecular Cancer (インパクトファクター: 27.7)」に、11月8日(金曜日)18時(日本時間)に公開されました。
古くから、大腸の役割として腸管の水分吸収が知られていました。したがって、大腸が炎症(腸炎)を起こすと、炎症が大腸のどの位置で起こるかに関わらず下痢になります。一方で、大腸がんは左側大腸(特にS状結腸と直腸で全体の75%)に多く、右側大腸がんとは発がん機構も異なることが分かりつつあります。しかし、肉眼的(外から)、大腸内視鏡的(内腔から)には左側大腸と右側大腸に違いはみられないことから「大腸」として一括りに扱われてきました。
また小腸の回腸末端(小腸の出口付近)は大腸カメラで観察可能ですが、病気が存在することは極めてまれであることから、生検を行うことはこれまでに行われてきませんでした(図2)。しかし、回腸末端はパイエル板注3などが存在し、腸管免疫の中枢であることが知られています。
図2 大腸生検と小腸(回腸末端)生検
大腸(左)と小腸(右)の腸管粘膜像は全く異なる。
研究内容
研究グループは、国立がん研究センター中央病院 内視鏡科 斎藤 豊 科長が世界で初めての報告となる「大腸内視鏡(カメラ)下小腸・大腸ステップ生検」のサンプルを用いて、大腸(盲腸、上行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸)と小腸(回腸末端)の遺伝子解析を行いました。
まず健常者(大腸カメラ検査で特記すべき所見がみられなかった方)を対象に、各部位の生検組織からRNAを抽出し、全遺伝子の発現解析を行いました。
その結果、小腸(回腸末端) vs. 大腸の比較では、多くの遺伝子で発現の差がありました。特に、大腸では「水分吸収に関わる遺伝子群」が高発現し、回腸末端では白血球、特に「T細胞の活性化や分化に関わる遺伝子群」が高発現していました。これまでに知られていたように大腸の主な役割は水分吸収、回腸末端は免疫システムが発達した臓器であることを確認できました。
次に健常者を対象に右側大腸と左側大腸の遺伝子発現の違いを調べました。右側大腸では「生体異物(微生物や薬物を含む)への細胞反応」に関わる遺伝子群が多く、左側大腸では「細胞外マトリックス注4」に関連する遺伝子群の高発現がみられました(図3)。すなわち、右側大腸では本来生体には存在しない異物に反応し制御する役割、左側では細胞外マトリックスに関わる遺伝子発現による保水、細胞接着制御を行っていることが明らかとなりました。
図3 回腸末端、右側大腸と左側大腸で高発現している遺伝子群
回腸と右側大腸の栄養動脈は上腸管膜動脈(SMA)で
左側大腸は下腸管膜動脈(IMA)と血管支配も異なる。
右側大腸は発生学的には中腸由来(すなわち小腸と同じ)、左側大腸は後腸由来です(図4)。発生学的な差異を考慮すると、肉眼的には同じ臓器(大腸)にみえますが、その役割は左右で大きく異なることが分かりました。小腸がんが極めて少ないのと同様に、右側大腸は左側大腸と比較して少ないことも関連している可能性があります。
図4 消化器は前腸、中腸と後腸から発生
中腸と後腸の分岐点(赤矢印)は横行結腸左端
さらに大腸がん患者さんの「正常組織」と健常者の組織(大腸と回腸末端)の遺伝子発現を比較しました(図5)。大腸がんは(1)早期大腸がんと(2)進行大腸がんに分類して検討を行いました。その結果、(1)と(2)の両患者さんにおいて、非腫瘍部(正常組織)であるにもかかわらず、健常者の組織と比較すると遺伝子発現が異なることが明らかとなりました。大腸がんを有する患者さんの正常組織は健常者の組織とは既に遺伝子発現が異なり、「未病状態」である可能性が示唆されました。
図5 大腸(左側と右側)の「正常組織」と回腸末端の遺伝子発現
上段:進行大腸がん患者さん vs. 健常者
下段:早期大腸がん患者さん vs. 健常者
この差は特に(2)進行大腸がんの患者さんにおいて顕著で、大腸がんとは部位的(解剖学的)に離れた「回腸末端」においても遺伝子発現が健常者と比較して異なっていました(図5上段の右端)。大腸がんの存在で回腸末端の遺伝子発現変動がみられる点は、(1)早期大腸がんではみられなかったことから、大腸がんが進行する過程で回腸末端が反応して遺伝子が変動していることを示唆しています。回腸末端は腸管免疫の中枢であり、今後は大腸がん患者さんの小腸生検で小腸免疫環境を検索することで、「小腸免疫」をターゲットとした全く新たながん免疫療法の開発が期待されます。
研究成果の意義と展望
これまで大腸は一括りに一つの臓器として扱われてきました。しかし、右側大腸と左側大腸は異なる点が多いことが明らかになりました。また、大腸がんを有する患者さんの正常組織は健康者の組織とは既に異なる遺伝子発現をしており、一度ポリープや大腸がんを有した患者さんは治療後も「大腸カメラによるフォローアップ」が大切であることが実証されました。今後はこのような未病状態を健康に戻す「先制医療」が重要となり、「がん予防」への応用が期待できます。動物においては小腸免疫の重要性は指摘されてきましたが、ヒトを対象とした研究では長い間、進歩がなかった小腸に焦点をあてて研究を行いました。今後は、小腸免疫システムを活性化させるような新規の免疫療法の開発が期待されます。
発表論文
雑誌名
Molecular Cancer
タイトル
Variability in non-tumor areas of colorectal cancer patients as revealed by endoscopic intestinal step biopsied
著者
Shoko Ikuta1,2, Yutaka Saito3, So Takata1,2, Yoichiro Nakatani1, Izumi Nagatomo2,4, Satoshi Shiba5, Yoshito Takeda2, Yasushi Totoki1, Sayaka Mizutani6, Hironori Sunakawa7, Hiroaki Ikematsu7, Hiroyuki Takamaru3, Atsushi Kumanogoh2 and Shinichi Yachida1*(*責任著者)
所属:
- 大阪大学 大学院医学系研究科 ゲノム生物学講座 がんゲノム情報学
- 大阪大学 大学院医学系研究科 内科学講座 呼吸器・免疫内科学
- 国立がん研究センター中央病院 内視鏡科
- 大阪大学 キャンパスライフ健康支援・相談センター
- 国立がん研究センター研究所 がんゲノミクス研究分野
- 東京科学大学 生命理工学院
- 国立がん研究センター東病院 消化管内視鏡科
DOI
10.1186/s12943-024-02159-9
掲載日
2024年11月8日
URL https://molecular-cancer.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12943-024-02159-9(外部サイトにリンクします)
研究費
本研究は、AMED次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE:JP23ama221404、JP24ama221430)、国立がん研究センター研究開発費(2023-A-6)、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人三菱財団、公益財団法人高松宮妃癌研究基金の一環として行われ、金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科・医薬保健学域医学類 分子細胞病理学 前田大地 教授と堀江真史 准教授の協力を得て行われました。
用語説明
注1 ステップ生検
(1)小腸(回腸末端)、(2)盲腸、(3)上行結腸、(4)下行結腸、(5)S状結腸、(6)直腸、と部位を固定し、正常粘膜をランダムに生検(2個ずつ:計12個)、さらに腫瘍(ポリープや癌)がある場合は(7)腫瘍部と(8)腫瘍部周囲正常部位を追加(2個ずつ:その場合は計16個)から生検を実施(斎藤 豊らが実施し、世界初の報告)
注2 未病状態
未病状態とは健康状態ではないが、腫瘍は発生していない状態のこと。近年、がん治療が臓器全体の切除ではなく縮小手術、つまり正常に見える同じ臓器の非がん組織が残る手術が普及したことにより、一度がんになった人の非がん部は、遺伝子変化が蓄積し、発がんリスクが高く既に「未病」であることが解明された。例えば、大腸に一度、ポリープ(腺腫:前がん病変)や大腸がんが出来た患者さんは、その後に大腸にポリープが出来る確率は健康者より高いことが知られている。
注3 パイエル板
小腸は口側から空腸と回腸からなる。パイエル板は回腸末端に多く存在する免疫器官である、パイエル板は複数のリンパ濾胞が集まった集合リンパ小節であり、個々のリンパ濾胞のなかに活性化した胚中心を持つ。パイエル板にはB細胞が多く集まり、非自己物質に対する抗体産生の場として働く。リンパ濾胞の周囲にはT細胞や樹状細胞、マクロファージが集まる。
注4 細胞外マトリックス
細胞外の存在する不溶性物質であり保水能力を持つ。細胞にとって物理的な足場となるだけでなく、組織の形態形成・分化・形質発現を制御する多様な情報を読み取り様々な細胞機能を制御していることが明らかになりつつある。
谷内田真一教授のコメント
本研究成果は多くの大腸内視鏡検査を受ける患者さんのご協力によって成し遂げることができました。患者さんに心より感謝申し上げます。小腸や大腸の役割は昔から理解されてきましたが、新しい遺伝子解析手法でさらに詳細に理解できるようになりました。発生学的な大腸の左右の違いは、大人になっても左右で違う働きをしていることが分かりました。今後は「大腸がんがなぜ左側に多い」といった疑問に答える研究につなげたいと考えています。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
大阪大学 大学院医学系研究科 ゲノム生物学講座 がんゲノム情報学 教授
谷内田 真一
国立がん研究センター中央病院 内視鏡科 科長
斎藤 豊
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