2024-11-18 早稲田大学
発表のポイント
- フレイルおよびフレイルでない高齢者どちらにおいても、体格の指標であるBMI(Body Mass Index)が22.5–23.5 kg/m2で最も介護認定を受けるリスクが低いことが示されました。
- BMI<18.5 kg/m2の者(やせ)は、介護認定を受ける前に死亡する可能性が高く、一方でBMI ≥27.5 kg/m2の者は障害生存期間が長いことが示されました。
- フレイルを有するBMI ≥27.5 kg/m2の者はフレイルを持たないBMI ≥27.5 kg/m2の者よりも障害生存期間が大幅に長いことが示されました。
早稲田大学スポーツ科学学術院の渡邉 大輝(わたなべ だいき)助教は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の吉田 司(よしだつかさ)研究員、びわこ成蹊スポーツ大学の渡邊 裕也(わたなべゆうや)准教授、東北大学の山田 陽介(やまだようすけ)教授、京都先端科学大学の木村 みさか(きむらみさか)客員研究員と共同して、65歳以上の地域在住日本人高齢者10,232名を対象に体格の指標であるBMI(Body Mass Index)※1と障害生存期間※2との関係を検討し、1)やせの者は介護認定※3を受ける前に死亡する可能性が高く、肥満者は障害生存期間が長いこと、および2)フレイル※4を有する肥満者が最も障害生存期間が長いことを世界で初めて報告しました。
本研究成果は、『International Journal of Obesity』(論文名:Is a higher body mass index associated with longer duration of survival with disability in frail than in non-frail older adults?)にて、2024年11月15日(金曜日)に、オンラインで掲載されました。
(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
フレイルとは身体的機能、精神的および社会的な活力などの心身の予備能力の低下が見られる状態であり、健康な状態と要介護状態の中間に位置します。フレイルは年齢と共に該当者が増加するため、日本を含む高齢社会を迎える国々が抱える健康問題の1つです。フレイルには「適切な介入により再び健康な状態に戻る」という可逆性が包含されているため、フレイルの状態を改善し得る生活習慣等が世界中で研究されています。
BMIはエネルギー摂取量(食べた量)と消費量(使用した量)によるエネルギー出納を簡易的に評価することができる指標であり、専門的な技術やスキルを必要とせずに計算することができるため、自身の体格を容易に知ることできます。高齢者は中年者よりもBMIが高いことで死亡リスクが低くなると考えられています。従って、寿命を延ばすために高齢者の最適な体格を評価することが重要です。しかし、フレイルの有無による、高齢者のBMIが全生存率と介護認定を考慮した障害生存期間とどのように関係するかは不明でした。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
私たちは、2011年から京都府亀岡市で行われている介護予防の推進と検証を目的とした前向きコホート研究※5である京都亀岡スタディに参加した10,232名のデータを使用しました。BMIは質問票の回答による身長と体重から算出し、<18.5、18.5–21.4、21.5–24.9、25.0–27.4および≥27.5 kg/m2の5グループに分けました。フレイルは厚生労働省が作成した基本チェックリスト※6を用いて評価しました。
図1 フレイルの有無に応じたBMIと介護認定リスク間の制限付き3次スプライン回帰モデル※7
実線はハザード比を表し、破線は95%信頼区間を表しています。棒グラフはBMIの分布を表しています。ハザード比はBMI 23.0 kg/m2を基準として算出しました。
本研究ではBMIを評価してから中央値で5.3年間追跡調査をおこない、介護認定と死亡の発生状況を確認しました。追跡期間中に、2,348名の方が新規で介護認定を受け、1,084名の方が亡くなりました。本研究の高齢者全体のフレイル該当割合は40.1%でした。普通体重であるBMI 21.5–24.9 kg/m2の者と比較してBMI<18.5 kg/m2および≥27.5 kg/m2の者は、介護認定を受けるリスクが有意に高いことが示されました。本研究ではさらに、BMIと介護認定イベントの量反応関係をフレイルの有無によって層別分析を行いました。フレイル(図1A)およびフレイルでない高齢者(図1B)どちらにおいても、BMIが22.5–23.5 kg/m2で最も介護認定を受けるリスクが低い値になることがわかりました。これらのことから、フレイルの有無に関わらず、高齢者の最適なBMIはやせでも肥満でもない普通の体格であり、これらの結果は健康寿命延伸のために重要な知見となる可能性があります。
図2 全体およびフレイルの有無に応じたBMIと全生存、無障害生存および障害生存期間の関係
BMI 21.5–24.9 kg/m2のフレイルでない者を基準(Ref)として全生存期間、無障害生存期間、障害生存期間を計算しています。黒点は全生存および無障害生存期間の50 パーセンタイル差(50th percentile difference; PD)※8を表し、エラーバーは 95%信頼区間を表しています。95%信頼区間が0をまたがない場合、有意な差と見なしています。棒グラフは障害生存期間を表し、「全生存期間」―「無障害生存期間」によって算出しました。障害生存期間が0より大きい (値が+) 場合は障害生存期間が長く、0より小さい場合は介護認定(障害)発生前に死亡する可能性が高いことを意味しています。
本研究ではさらに、BMIと障害生存期間の関係を評価しました(図2)。BMI<18.5 kg/m2の者(やせ)は、介護認定を受ける前に死亡する可能性が高く、一方でBMI ≥27.5 kg/m2の者は障害生存期間が長いことが示されました。フレイルの有無による層別分析では、BMIに関係なくフレイルの者は非フレイルの者よりも無障害生存期間が短いことが示されました。フレイルを有するBMI ≥27.5 kg/m2の者はフレイルを持たないBMI ≥27.5 kg/m2の者よりも障害生存期間が大幅に長いことが示されました。例えば、フレイルを持たないBMI 21.5–24.9 kg/m2の者と比較して、障害生存期間はフレイルを持たないBMI ≥27.5 kg/m2の者では6.2ヶ月だが、フレイルを有するBMI ≥27.5 kg/m2の者では27.2ヶ月です。従って、単にフレイルを有する高齢者のBMIを増加させただけでは障害生存期間が長くなるため、フレイル度の改善を優先する必要があります。
(3)研究の波及効果や社会的影響
これまでの研究では、中高年成人のBMIと全死亡率の間にU字型の関係が示されており、BMIが低くても高くても死亡リスクが高いことが示されています。一方、高齢者では中高年の者よりも、死亡リスクが最も低い最適なBMIが高いことが報告されています。このような肥満者の方が普通の体格の者よりも生存期間が長いという“obesity paradox(肥満のパラドックス)”は、フレイルである者や心疾患患者でも報告されています。我々の結果は、フレイルを有する肥満者では最も障害生存期間が長いことを示しており、介護認定も考慮した健康寿命では、肥満パラドックスは存在しない可能性を示唆しています。従って、最適なBMIを維持し、フレイル度を改善することは、平均余命の延長だけでなく、高齢者の障害を伴う生存期間の短縮にも貢献する可能性があります。今後、日本においてフレイルの者が増加すると予測されているため、我々の調査結果は、高齢者の健康寿命を考慮した最適な体格(BMI)の知見を提供します。
(4)今後の課題
本研究では高齢者のフレイルの有無による一時点でのみ評価したBMIと死亡・介護認定リスクの関係を検討しました。本研究や以前の研究において、フレイルの者ではフレイルでない者に比べてBMIが高いことで死亡リスクの低下による恩恵を受ける“肥満のパラドックス”が存在する可能性が示唆されています。この肥満パラドックスは日本だけでなく世界中の研究者から報告されていますが、一時点での評価などいくつかの研究の限界点が原因で引き起こされる可能性が指摘されています。この限界点を克服するためには、フレイルの状態やBMIを一時点でのみ評価するのではなく、同一個人の繰り返し測定による個人のBMIやフレイル状態の軌跡と死亡・介護認定を受けるリスクとの関連も検討する必要があります。
(5)研究者のコメント
渡邉 大輝:BMIは厚生労働省の食事ガイドラインである「日本人の食事摂取基準※9」でも使用されているエネルギー出納を示す指標の一つです。日本人の食事摂取基準2020年版からフレイルの発症および重症化予防の観点が考慮されており、フレイルの有無によるBMIと予後の関係は、よりきめ細かい食事・栄養指導や健康政策の立案に役立つエビデンスだと思います。また、我々が行ったフレイルの有無による層別分析では、BMIに関係なくフレイルの者は非フレイルの者よりも無障害生存期間が短いことを示しており、BMIを高くしてもフレイルに関連して増加する介護認定リスクを完全に相殺できないことを示しています。これはフレイルを有する高齢者では最適なBMIを達成することよりも、フレイル度を改善することを優先する必要があることを示唆しています。これらのことから、臨床および公衆衛生の現場において、医療従事者や地域の健康に携わる者はフレイルの早期発見と生活習慣改善等の介入が必要です。
(6)用語解説
※1 BMI(Body Mass Index)
体重(kg)を身長(m)の二乗で割った数値です。BMIは国際的に認められているやせ・肥満の指標であす。日本ではBMIが18.5 kg/m2未満は「やせ」、18.5–24.9 kg/m2は「普通体重」、25.0 kg/m2以上は「肥満」と判定されます。
※2 障害生存期間
全寿命と健康寿命の差の期間のことであり、介護や支援が必要な状態で生存している期間のことです。
※3 介護認定
65歳以上の高齢者の場合、疾病や事故などのあらゆる原因で介護や支援が必要な者は介護保険制度に基づいて、被保険者として市区町村(保険者)から介護サービスを受けることができます。
※4 フレイル
ストレス反応に対する恒常性の低下によって複数の生理学的予備能力が低下した状態と定義されており、将来の早期死亡や介護認定のリスクが高い状態です。
※5 前向きコホート研究
疫学研究手法の一つです。疫学とは集団を対象として疾病の発生原因や流行状態、予防法などを研究する学問です。この手法は調査時点で仮説として考えられる要因を評価し、その対象者が保持する要因によってその後の疾病や死亡イベントの発症を比較することで、どのような要因を持つ者が予後不良なのかを評価する方法です。
※6 基本チェックリスト
要介護状態にない高齢者を対象に、近い将来介護が必要になる高齢者を抽出するスクリーニング法として、厚生労働省によって開発された質問票です。この質問票は手段的日常生活関連動作、身体機能、栄養状態、口腔機能、社会的状態、認知機能およびうつ状態を含む7つのサブドメインより構成されます。基本チェックリストの得点範囲は0点(フレイルではない)から25点(重度のフレイル)となります。
※7 スプライン回帰モデル
ある決められた値で算出した結果を曲線によって滑らかに繋ぎ合わせ、値全体の量反応関係を分かりやすく表したモデルです。。
※8 50パーセンタイル差(50th percentile difference)
あるイベント発生の中央値の差です。この研究ではフレイルを持たないBMI 21.5–24.9 kg/m2の者と比較して、ある群の死亡や介護認定の発生による生存および無障害生存期間の中央値の差です。
※9 日本人の食事摂取基準
日本人の1日に必要なエネルギーおよび栄養素摂取量を示した基準です。2005年に初版が作成され、5年に一度改訂されます。
(7)論文情報
雑誌名:International Journal of Obesity
論文名:Is a higher body mass index associated with longer duration of survival with disability in frail than in non-frail older adults?
執筆者名(所属機関名):渡邉 大輝(早稲田大学)、、吉田 司(医薬基盤・健康・栄養研究所)、渡邊 裕也(びわこ成蹊スポーツ大学)、山田 陽介(東北大学)、木村 みさか(京都先端科学大学)
掲載日時(現地時間):2024年11月15日(金曜日)12時
掲載日時(日本時間):2024年11月15日(金曜日)21時
(オンライン掲載)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41366-024-01681-6
DOI: https://doi.org/10.1038/s41366-024-01681-6
(8)参考情報
本研究は、今年(2024年)1月4日にClinical Nutrition誌に掲載された論文『Frailty modifies the association of body mass index with mortality among older adults: Kyoto-Kameoka study』(フレイルは高齢者における体格指数と死亡率の関係を変える)と密接に関係しています。これらの研究成果について興味のある方は、早稲田大学のホームページ「https://www.waseda.jp/inst/research/news/76261」をご覧ください。
(9)研究助成
研究費名:日本学術振興会/科学研究費助成事業 若手研究
研究課題名:フレイル概念モデルに着目した生物学的老化に関わるバイオマーカーの網羅的探索
研究代表者名(所属機関名):渡邉大輝(当時: 医薬基盤・健康・栄養研究所)
(10)研究者の略歴
渡邉 大輝:2020年聖マリアンナ医科大学医学研究科修了、博士(医学)。神奈川県立保健福祉大学 助手、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 特別研究員を経て、現在、早稲田大学スポーツ科学学術院 助教、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員、および、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究センター 協力研究員。
吉田 司:2017年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科修了、博士(学術)。医薬基盤・健康・栄養研究所 栄養代謝研究部 特別研究員を経て、現在、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究センター 研究員、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員。
山田 陽介:2009年京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士(人間・環境学)。福岡大学ポストドクター、京都府立医科大学日本学術振興会特別研究員(SPD)、米国ウィスコンシン大学マディソン校訪問研究員、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 運動ガイドライン研究室 室長を経て、現在、東北大学医工学研究科スポーツ健康科学/医学系研究科運動学分野 教授、および、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究センター 客員研究員、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員。
渡邊 裕也:2012年東京大学大学院総合文化研究科修了、博士(学術)。京都学園大学 客員研究員、同志社大学 スポーツ健康科学部 助教、公益財団法人 明治安田厚生事業団 体力医学研究所 研究員を経て、現在、びわこ成蹊スポーツ大学 スポーツ学部 准教授、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員、および、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究センター 客員研究員。
木村 みさか:1971年信州大学教育学部卒業、1983年京都府立医科大学博士(医学)。大阪体育大学体育学部、京都府立医科大学医学部看護学科 教授、京都学園大学(現・京都先端科学大学)教授、同志社女子大学看護学部 特任教授を経て、現在、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員。