2024-12-24 国立精神・神経医療研究センター,浜松医科大学,大阪大学
【ポイント】
- 3~9歳の子どもではゲーム利用時間が増加していくパターンが大きく3つのグループに分かれる。
- ADHDと関連した遺伝子の変化を持つ子どもでは、ゲーム利用時間が急激に長くなりやすい。
- ゲーム利用時間が急激に長くなる子どもでは、心理的な問題を抱えやすい。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)知的・発達障害研究部の高橋長秀部長、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター奥村明美助教、土屋賢治特任教授(大阪大学大学院連合小児発達学研究科 特任教授(常勤))らの研究チームは、「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の一環として、注意欠如・多動症(ADHD)*1の遺伝的リスクが子どものゲーム利用時間が成長に伴って増加するパターンに影響を与えることを解明しました。
近年、ゲーム利用時間が子どもの発達に与える影響が注目されており、世界保健機関(WHO)が作成するICD-11(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)に新たな分類として”Gaming Disorder”が追加されました。しかし、どのような要因がゲーム利用時間の増加に寄与するのかについては十分に理解されておらず、特に幼児期においてどの子どもがリスクを抱えているのかを早期に特定する手段は限られていました。
本研究では、子どもの成長に伴い、ゲーム利用時間がどのように変化(増加・減少・不変)するかの傾向を解析し、それに関与する要因の一つが、ADHDの発症に関連する遺伝的な変化を有すること、およびゲーム利用時間が成長と共に急激に伸びていく子どもでは、心理的問題を示すスコアが高かったこと、一方で、同胞(兄弟姉妹)がいることや社会的な交流が多い場合にはそれらのスコアは低かったことを明らかにしました。
この研究成果は、日本時間2024年11月29日(金)にヨーロッパ神経精神薬理学会誌『European Neuropsychopharmacology』のオンライン版に掲載されました。
研究概要
浜松母と子の出生コホート研究(代表:土屋賢治特任教授)に参加している636人の子ども(男児308人、女児328人)を対象に、3~9歳までの期間、複数の時点で日常的なゲーム利用時間を測定しました。参加者全員に対して、ADHDを発症する遺伝的リスクを評価するためにポリジェニックリスクスコア(PRS)*2を算出しました。
解析の結果、ゲーム利用時間の変化には以下の3つのパターンがあることが判明しました。1つ目のグループは、観察期間を通じてゲーム利用時間がそれほど長くなく(77.6%)、2つ目のグループでは、観察期間を通じてゲーム利用時間が中程度かつ徐々に増える傾向がみられ(21.1%)、3つ目のグループでは、観察期間を通じてゲーム利用時間がより顕著に増加していました(1.3%) (図1)。
図1 3歳から9歳までの1日のゲーム利用時間の変化
この中で、観察期間を通じてゲーム利用時間がより顕著に増加するグループに属する要因として、ADHDの発症に関与する遺伝的な変化を多く有している(ADHD-PRSが高い)ことがわかりました(オッズ比=3.393、P=0.003)。
さらに、このゲーム利用時間がより顕著に増加するグループの子どもたちは、SDQ(Strengths and Difficulties Questionnaire:強さと困難さ質問紙)を用いて心理的な問題を評価すると、内在化問題(例:情緒的問題と仲間関係の問題)や外在化問題(例:行動上の問題、多動・衝動性)が有意に高いことが確認されました(図2。3~9歳のゲーム利用時間の傾向に応じて分けられた3グループごとの情緒的問題(左上)、仲間関係の問題(左下)、行動上の問題(右上)、多動衝動性(右下)の強さを示した。各グラフの3つの棒は左から「ゲーム利用時間があまり変わらないグループ」、中央は「ゲーム利用時間が徐々に増えるグループ、右は「ゲーム利用時間がより顕著に増加するグループ」をあらわす)。一方で、同胞がいることや、社会的遊びを通じた交流がこれらの問題を緩和する可能性も示唆されました。
図2 成長に伴うゲーム利用時間の変化と心理的問題の関連
背景と意義
①ADHDとゲーム利用時間が長くなることの因果関係
ADHDを有する子どもは、ゲーム障害の発症リスクが高いことが知られています。一方で、これとは逆に、ゲーム利用時間が長いことが原因でADHDを発症すると主張する研究者もいます。本研究の結果は、遺伝子解析を用いることによって、ゲーム利用時間が長いことでADHDを発症するということは考えにくく、ADHDに関連した遺伝子の変化を持つことでゲーム利用時間が長くなることを示唆しています。これは、ゲーム利用時間が長いことで遺伝子の配列に変化が起こるということは考えにくいからです。
②成長に伴うゲーム利用時間の変化
さらに、これまでの多くの研究はある時点を切り取った、いわゆる横断的なデザインに基づいており、子どものゲーム利用時間が成長とともにどのように変化するかを詳しく追跡した研究はありませんでした。本研究では、長期間にわたってデータを収集する縦断的デザインを採用し、子どものゲーム利用時間の変化パターンを特定しました。そして、ほとんどの子どもはゲーム利用時間が際限なく増えていくことはなく中程度に留まっていること、ADHDに関連した遺伝子の変化を持つ子どもにおいて、ゲーム利用時間が急速に伸びていくことを明らかにしました。つまり、このような子どもたちではゲーム利用時間に十分な注意が必要ですが、多くの子どもたちはそれなりにゲーム利用時間を自分たちで調整できていると考えられます。ただ、本研究においては、それぞれの家庭でどのようなルール作りが行われていたのかなどについての情報は収集していないため、多くの子どもたちでは介入・支援が不要ということを示すものではないことに留意が必要です。
③ゲーム利用時間が長くなることによる心理的な影響
最後に、本研究では、大多数のゲーム利用時間が中程度に留まる子では心理的な問題を示すスコアはそれほど高くなく、ゲーム利用時間が急激に増加する子どもにおいて、心理的な問題を示すスコアが高いことが明らかになりました。一方で、これらの心理的問題は兄弟がいることや、友人との社会的交流によって緩和される可能性も見出されました。ただ、今回の結果は、ゲーム利用時間が急激に増加することが心理的な問題を引き起こすのか、心理的な問題を抱えているからゲーム利用時間が急速に増えるのか、因果関係については明らかになっていないことに注意が必要です。
今後の展望
研究チームは、今回の研究は、子どもの発達とゲーム利用時間について、遺伝的リスクの役割を理解するための重要な一歩であると考えています。しかし、より大規模なサンプル・独立した別のグループで研究が再現されること、さらにゲーム利用時間だけでなく、ゲームの種類が行動に与える影響についても詳しく調査する必要があると考えられます。
用語解説
※1 注意欠如・多動症ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder):
じっとしていることや待つことが苦手といった多動性・衝動性と、集中力を持続することが苦手といった不注意を特徴とし、18歳以下の約5%に見られると報告されています。
※2 ポリジェニックリスクスコア (PRS) :
多数の遺伝子の変化が疾患の発症に影響をもたらすというモデルに基づいて、個々人に見られる遺伝子が変化している数から、疾患へのなりやすさを数値化したものです。
論文情報
雑誌名:European Neuropsychopharmacology
論文名:Association Between Genetic Risk of Attention Deficit Hyperactivity Disorder and Trajectories of Daily Gaming Time in Children
著者名・所属名:高橋長秀1,2,3*、奥村明美2,3*、原田妙子2,3、岩渕俊樹2,3、
Md Shafiur Rahman2,3、西村倫子2,3、土屋賢治2,3,*
1 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 知的・発達障害研究部
2 浜松医科大学子どものこころの発達研究センター
3 大阪大学大学院連合小児発達学研究科
* 共同筆頭著者
DOI: 10.1016/j.euroneuro.2024.11.012
URL: https://doi.org/10.1016/j.euroneuro.2024.11.012
お問い合わせ
【研究に関すること】
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 知的・発達障害研究部
部長 髙橋 長秀(たかはし ながひで)
浜松医科大学 子どものこころの発達研究センター 特任教授
大阪大学 大学院連合小児発達学研究科
特任教授(常勤) 土屋 賢治(つちや けんじ)
【報道に関すること】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課広報室
浜松医科大学 総務課広報室
大阪大学大学院医学系研究科総務課
連合小児発達学研究科担当