海洋プランクトンの「光共生」の進化史を解明~外洋域生態系におけるニッチ形成メカニズム~

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2025-01-16 東京大学,島根大学,早稲田大学

発表のポイント

◆海洋プランクトン浮遊性有孔虫における「光共生」の進化史を明らかにしました。
◆これまで不明であった、光共生の獲得回数や、光共生する系統間の進化的関係性を、年代軸を入れた系統樹とともに明らかにしました。
◆外洋域生態系における、プランクトンのニッチ形成メカニズムを理解することへの貢献が期待されます。

海洋プランクトンの「光共生」の進化史を解明~外洋域生態系におけるニッチ形成メカニズム~
渦鞭毛藻と共生する浮遊性有孔虫(左)と光共生の概念図(右)

概要

東京大学大気海洋研究所の高木悠花准教授、齊藤宏明教授、島根大学の仲村康秀助教、ブレーメン大学のMichal Kucera教授、Christiane Schmidt研究員、早稲田大学教育・総合科学学術院の守屋和佳教授らによる研究グループは、単細胞の動物プランクトンである浮遊性有孔虫(注1)の進化史に、光共生(注2)が深く関わってきたことを明らかにしました。

本研究では、学術研究船白鳳丸、ドイツの研究船Meteor等の研究航海で採取された浮遊性有孔虫19種に対し、DNAメタバーコーディング法(注3)およびアクティブ蛍光法(注4)を用いることで、細胞内に共生する藻類の多様性や特異性と、共生藻種ごとの光適応戦略の違いを明らかにしました。さらに光共生のパートナーシップを宿主の系統樹上にマッピングすることにより、現生種につながる浮遊性有孔虫の系統で、少なくとも8回独立に、光共生が獲得されていること、より古い光共生は宿主系統の多様化を促し、強固な関係性が確立していることを明らかにしました。この成果は、広大な海で微小なプランクトンがどのように生態学的ニッチ(注5)を拡大してきたかを理解することに貢献します。

発表内容

微細藻類との細胞内共生である「光共生」は、宿主にとって、共生藻の光合成産物を栄養にできるため、貧栄養な環境での重要な適応的生態として理解されています。光共生は、サンゴと褐虫藻の関係性が有名ですが、さまざまな海洋プランクトンにおいても知られています。しかし、光共生のパートナーシップや、その特異性、進化的意義については未解明のままでした。光共生する種を多く有する浮遊性有孔虫は、近年の地球温暖化によって生息域の縮小や多様性の減少が懸念されているプランクトンであり、その生態を正しく理解することの重要性が指摘されています。本研究では、浮遊性有孔虫の光共生に着眼し、光共生が進化の過程で何度獲得され、地球環境変動とどのように関わってきたのかを調査しました。

浮遊性有孔虫の主要な3系統を網羅する19種122個体を対象に、DNAメタバーコーディング解析を行うことで、1個体(宿主1細胞)の中に共生している藻類を網羅的に明らかにしました。また、アクティブ蛍光法により、共生系の光環境に対する応答を明らかにし、宿主の生息水深との関係性と、その共生藻がどのような進化的タイムスケールで獲得されてきたかを、化石記録の年代で較正した分子系統解析を用いて明らかにしました。

本研究の結果、現生種につながる浮遊性有孔虫の進化の過程で、光共生の獲得回数は少なくとも計8回に及ぶことが明らかとなりました(図1)。すなわち、藻類と共生関係を築くことは、浮遊性有孔虫にとって比較的容易であると言えます。また、渦鞭毛藻を共生させるグループは単系統であり、光共生の起源が少なくとも漸進世以前に遡ることが明らかになりました。一方で、それ以降の光共生の獲得は、渦鞭毛藻の獲得から約2000万年間みられず、中新世の後期以降になってはじめて、ペラゴ藻が様々な宿主系統で繰り返し独立に獲得されていました。共生パートナーシップの特異性に着眼すると、渦鞭毛藻を有する種では強固なパートナーシップが確立されているものの、ペラゴ藻を有する種では共生藻になりうる種類が複数存在する可能性が示され(図2)、光共生する宿主系統の古さと、特異性の高さとの関係性も見出されました。さらに、ペラゴ藻を共生させる種は、より低照度に適応していることが光合成生理状態の解析から明らかになり(図3)、より深い水深でも光合成できる藻類を獲得できたことが、宿主のニッチ拡大に貢献した可能性が示唆されました。ペラゴ藻が様々な宿主系統で繰り返し独立に獲得された後期中新世は、地球規模で寒冷化が進行した時期にあたり、この寒冷化は、深層への有機物輸送を促し、より深層に浮遊性有孔虫のニッチを拡大させるきっかけとなったことが先行研究でも示唆されています。本研究の結果では、同時代に、より深層に適応した光共生も進化したことが示されました。


図1:化石記録の年代で較正された浮遊性有孔虫の分子系統樹と共生藻の種類
渦鞭毛藻との共生関係の起源が最も古く、かつ単系統である(赤、Pelagodinium béii)。ペラゴ藻との共生は複数の系統にまたがって独立に何度も獲得され、かつ獲得時期も最近である(青緑、Pelagomonas calceolata)。浮遊性有孔虫は豊富な化石記録をもつプランクトンであるため、分子系統樹であっても分岐年代を入れた議論が可能であり、光共生獲得のタイミングを地球環境史のイベントと比較しながら議論することが可能となる。


図2:浮遊性有孔虫の光共生から検出された藻類の種類とその対応関係
光共生生態をもつことが既知の17種(遺伝型として16種,図下半分の16色に対応)について、細胞内に存在していた藻類のDNA配列を網羅的に検出した結果、浮遊性有孔虫に共生する藻類は7種(図上半分の内側7色に対応)に限定された。宿主1種からはほぼ単一の共生藻しか検出されず、基本的には高い特異性が示されたが、ペラゴ藻を共生させる種では、わずかながら複数の共生藻が検出される例があり、比較的可塑性があることが示唆された。


図3:4つの共生藻の光合成生理状態の違い
渦鞭毛藻(赤)、ハプト藻(オレンジ)、ペラゴ藻(水色)、プラシノ藻(緑)。ペラゴ藻は顕著な弱光適応の光合成プロファイルを示している(光の吸収効率を示すパラメータσPSIIが高く(B)、光合成が光飽和に達する光強度Ekが低い(E))。


本研究では、浮遊性有孔虫という化石に残るプランクトンを研究することで、これまで成し得なかった、共生パートナーシップが進化のタイムスケールにおいてどのように確立されるかを評価しました。本研究の成果は、生物密度が低い外洋域の海洋生態系において、プランクトンのニッチがどのように形成され、進化してきたのかを理解することに貢献すると期待されます。

〇関連情報:
「研究トピックス 単細胞を飼う単細胞:浮遊性有孔虫と藻類の光共生関係の解明」(2019/10/23)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2019/20191023.html

発表者・研究者等情報

東京大学 大気海洋研究所
高木 悠花 准教授
齊藤 宏明 教授

島根大学 エスチュアリー研究センター
仲村 康秀 助教

ブレーメン大学
Michal Kucera 教授
Christiane Schmidt 研究員

早稲田大学 教育・総合科学学術院
守屋 和佳 教授

論文情報

雑誌名:The ISME Journal
題 名:Two waves of photosymbiosis acquisition in extant planktonic foraminifera explained by ecological incumbency
著者名:Haruka Takagi*, Yasuhide Nakamura, Christiane Schmidt, Michal Kucera, Hiroaki Saito, Kazuyoshi Moriya
DOI:10.1093/ismejo/wrae244
URL:https://doi.org/10.1093/ismejo/wrae244

研究助成

本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2176)、科研費(16H06738、17J05887、18K14507、24121003)、千葉大学テニュアトラック研究推進助成、ドイツ研究振興協会(390741603)の支援により実施されました。

用語解説
(注1)浮遊性有孔虫
単細胞性の動物プランクトンで、海洋表層に広く生息している。原生生物の一グループであるリザリアに属する。炭酸カルシウムの殻をもち、死後は堆積物中に微化石として保存される。殻に記録される様々な地球化学的指標は古海洋環境の解析に用いられている。
(注2)光共生
光合成を行う微細藻類を細胞内に共生させること。宿主は藻類から光合成産物を栄養として受け取り、また藻類は宿主の代謝産物を光合成のための栄養として利用できると考えられている。貧栄養な外洋域では、栄養面において重要な適応戦略となる。混合栄養性の一種とも言える。宿主がどのような藻類と共生関係を築くか(光共生のパートナーシップ)、特定の藻類のみと共生するのか(特異性)など、多くは不明であった。
(注3)DNAメタバーコーディング法
DNAの特定の領域を増幅し、次世代シーケンサーを用いて大規模に解析することで、1試料中に含まれる生物種を網羅的に明らかにできる手法。本研究では、18S rRNA遺伝子のV9領域をターゲットに、浮遊性有孔虫の細胞内の真核藻類を網羅的に明らかにした。
(注4)アクティブ蛍光法
人工光源によって藻類細胞内のクロロフィル蛍光を励起させ、その量子収率を測定する手法。光合成の生理状態を非破壊的に解析できる手法として広く用いられており、光化学系IIの生理状態を表す様々なパラメータを得ることができる。
(注5)生態学的ニッチ
生物種が生態系の中で占める位置(地位)のことをニッチ(生態学的ニッチ)と呼ぶ。利用する食物や生息場所が他の生物種と競合しなければ、安定した生存が可能になる。本研究では、これまで他の生物種が利用できなかった種類の共生藻を獲得したことが、新たなニッチの形成に寄与したことが示唆された。
問合せ先

東京大学 大気海洋研究所
准教授 高木 悠花(たかぎ はるか)

生物環境工学
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